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53. 対極の心

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 数分後、ことが落ち着いた俺たちはあの計画について作戦を練る。
「じゃあ、あいつら呼んできますんで、俺が呼んだらそこの影から出てきてください。何度も言いますけど…。成功するとは限りませんからね…?」
「分かってる分かってる!」
 ウインクしながら右手でグッドマークを作る先輩。いつもの先輩に戻って、どこか安心している自分がいた。
「…では、また後で。あ、それと!」
「ん?どーしたの佐野くん」
「あの」
 頭の上に疑問符を浮かべる先輩に俺は続けて言う。
「あの、ナンパには…。本当に気をつけてくださいね」
 こんなこと俺なんかに言われなくても本人は重々承知だと思うが、心配でたまらなかった俺は思わず先輩の顔をしっかりとみながら。
「大丈夫だよ」
 すると、そんな先輩は首を小さく傾げ、
「またそういうことがあっても、佐野くんが助けてくれるからね!スーパーヒーローくん!」
「いつも、いけるとは限らないです…」
 先輩の笑顔に今日何度目だろうか、思わず顔を背け、俺は照れ混じりにそう返す。
「…と、とにかく!俺はあいつら呼んできますので、気をつけて待っててくださいね!」
「うん、待ってるね」
 先輩のそんな言葉を背に受けながら、俺は一時的にその場を後にした。いやー、でも。本当に危機一髪だった…。まあ、色々危なかったと、そう考えて。俺は歩を進めていく──



 軽く息を切らし、帰りゆく人々とは180度異なる方向へと俺は足を動かしていく。気がつけば時刻は俺の呼び出した時刻から15分ほどオーバーしてしまっていた。しまったな、星本先輩のあのいざこざもあって結構待たせてしまっている…。あいつらを。
「はぁ…。はぁ…」
 そんな気持ちに足をさらに速まらせ、息を詰まらせながら、走る。
 脇腹に痛みが走る。あの男から食らった、正確にいえばかすっただけだが、それでも普通に痛む。それでも鉛のように重い足を動かしていく。
「…あ、いた」
 やがて、今日この花火大会が始まる前に見た、2色の浴衣を着た女性がいた。1人は腰に手をやり、もう1人は腕を組み、どこかご立腹のようだ。
「……あ」
「…来た」
 そんな2人の元に俺は膝に手をついて、何度か失った酸素を脳に与え、ゆっくりと2人の顔を見上げる。
「ごめん!遅れた」
「「遅い」」
 開口一番に俺の耳に入って来たのはそんな言葉だった。いつか聞いたようなハモリ具合で、曇った表情の双子は、不貞腐れるように頬を膨らませていた。
「す、すいません…」
 とりあえず平謝りするしかなかった。先輩の件があったとはいえ、遅れたのは事実。実際に2人も怒ってるし…。
「…あれ?佑。それ…、どうしたんだ?」
「え?」
 すると、そんな不機嫌そうな表情から心配そうな表情に切り替わった茜。指差す先は、俺の脇腹だった。
「あ、ああ…。ちょっとあってな、あはは…」
「結構汚れてるな…。ちょっと待ってて」
 俺の前にしゃがんで、その汚れを見るや否や茜は、懐からハンカチのようなものを取り出した。
「これ、とりあえず…。拭けるか?」
「いやいいよ。ハンカチが汚れちゃうだろ」
「いいんだよ、とりあえずそれで拭きなって」
 気持ちは進まないが、茜は押してくれてるので言葉に甘えてハンカチで汚れを拭う。
「…なあ茜。気のせいならごめんだが、何か気持ち低くないか?」
「え?そ、そうかな?」
 ふと目を逸らしながら髪をくるくる触る茜。何かあったんだろうか?まあ、今はそんなこといいか。
「…というか佑」
「ん、なんだよ雫…」
 するとそこに、腕を軽く組みながらどこか呆れた様子の雫が俺に言う。その様子だとまだ怒っている様子ですね…。
「…まあ遅れたのは許すわよ、そのシャツの汚れ具合だとヘマしたんじゃなくて他に余程のことがあったってことだろうし…。でも、私たち、あんたにメール送ったんだけど?」
「…え、マジ?」
 すぐにポケットからスマホを取り出し確認する。そこには確かに2件新規メッセージが来ていて、茜と雫から1件ずつさっき雫が言った内容のメールが届いていた。時間的に…、先ほどの先輩の件の時だろうか、どうりで気がつかなかったわけだ。
「…ごめん」
「…はぁ。まあいいわよ、さっきも言ったけど余程のことがあったんだろうし」
 スマホをしまう俺に軽くため息をつきながらそう言う雫。なんだかんだいってこいつは優しいな…。
「「…で」」
 ハモった言葉にお互い顔を合わせて驚く茜と雫。軽く微笑した後、2人はじっと俺の目を見据えて尋ねる。
「「何で呼び出したの?」」
「…………」
「…僕は、わざわざ実くんと一緒に帰らずにここに残って─」
「…私は、疲れた足を動かしてここで待って─」
「──付いてきてほしい」
 口から説明するよりも実際に見てもらった方が早いだろう。そう思った俺は、説明するより先に足をあの丘へと動かす。茜と雫はお互いの顔を見合わせたのち、不思議そうに俺の後を着いてくる。
 不思議と、心は落ち着いていた。これから、先輩とこの佐伯姉妹は実に5年ぶりの再会をする。その現場に俺が立ち会っていいのだろうか。彼女たちだけの空間に、全く関係のない俺が、入っていいのだろうか。
「…いや、違うな」
 俺は1人小さく呟いた。違う、違うんだ。先輩は俺を頼った。合わせてほしいって、俺に頼んだんだ。この双子がそれを望んでいるのかは分からないが、俺はきっとそこにいていいはずだ…。もしアレなら、先輩から声がかかるだろう。
 1つの靴の音と2つの下駄の音が辺りに小さく響く。周りはもうほとんど人通りがなくなり、ここはもうただの広場と化してしまっていた。先ほどまでの夢の場はもうただの現実となっていて、どこか寂しさをも感じさせる。すると、そこに1つの声があった。
「な、なぁ佑。ここ、暗くないか?」
「そ、そうよ…。こんなところで何の用なの?」
「…怖いのか?」
「「怖くないわ!」」
 少しニヤつきながら俺は振り返りそう言うと、分かりやすくムキになりながら反論する茜と雫の姿があった。やれやれ、またハモったな。本当に仲がいいことで…。
「よし、さ。ここだな」
 やがて、俺たちは景色が一望できる小高い丘にやってきた。そこそこ都会の長山町の夜景は日本三大夜景とやらには数段劣るが、それでも全然綺麗と感じさせるものだった。
「すごい…」
「なんか…。綺麗ね」
 茜と雫もそれに魅了されたのか、そんな言葉を吐いていた。この様子だとこの場所を知らなかったっぽいな、やっぱりここは結構な穴場なのかも。
「よし、じゃあ…。そろそろいいかな、茜、雫」
「…うん」
「………」
 小さく返事をした茜と、軽く頷いた雫はゆっくりと俺の方を向き、揺れる浴衣をキュッと抑えながら俺の目を見据える。俺はそんな2人の目をしっかりと見つめ返しながら話す。
「ここに2人を呼び出した理由は1つ」
 一拍置いて、俺は言った。
「2人に、合わせたい人がいるんだ…」
「えっ?」
「へっ?」
 そんな俺の言葉に、2人は思ってたことと違ったのか、そんな素っ頓狂な声を出した。頭の上のハテナマークがはっきりと可視化される。
 でも彼女を待たせるわけにはいかないし、俺としても早く彼女たちを再会させてあげたい…。
「…じゃあ呼ぶよ?──先輩!」
 くるっと振り返り、そう俺は誰もいないはずの場所に呼びかける。未だ疑問の意が浮かぶ2人の前の木の影から1人の影が見えた。
 さあ…。いよいよだ、どんな反応になるのか。この計画は…、成功するのか──。
「…やほっ」
 黄色い浴衣に身を結ぶ、まだ見慣れるはずもないそんな姿の先輩が、木影から現れた。いつも俺たち卓球部に見せる、そんな笑顔を彼女たちに向けて。
「…あ、あおちゃん!?」
「……っ!」
 第一印象の彼女たちの表情はどちらも目が点になっている様子だった。まあそうか、まさかの先輩登場だしな…。
「えっと…。とりあえず、元気?2人とも」
「う、うん。僕は元気だぞ!」
 動揺しながらも先輩の登場を喜ぶような雰囲気の茜。
「…久しぶり、茜ちゃん、雫ちゃん。5年ぶりかな?…まあ、分かっての通りそこにいる佐野くんに声かけて会わせて欲しいって頼んだんだ…」
「久しぶりあおちゃん、本当にびっくりしたー。そっか、佑が…」
 そう言いながら俺の方を見つめる茜。気のせいだろうか、少しニヤついてるようにも見えるが…?
「そっかそっか、佑。先輩とデキたんだな…?」
「え?いや、違うよ?」
「ちちちちち違うわよ茜ちゃん…」
「おおおお、先輩動揺しすぎっすよ…?」
 何をそんなに動揺してるのか。まあ久しぶりの再会で茜との会話にでも動揺してるのかな…。
「まあとりあえず、僕嬉しい!あおちゃんと会えて、久しぶりに喋れて!」
 屈託の笑顔をこの薄暗い場所に浮かべる茜。その輝きで、この場が光り輝きそうな、そんな気を起こさせる。
 よかった、今日のこの"先輩プレゼンツ:サプライズ大作戦(仮)は恐らく大成功で終わりそうだ。俺は彼女たちの笑顔に釣られるように思わず笑みを漏らした。
「ほんと…?喜んでくれてよかったっ!」
「うん!…ほら、お姉ちゃんも。あおちゃんだよあおちゃん!」
 そういえばさっきから妙な静かさを見せる雫。先輩が現れた瞬間は驚いた表情を見せていたが、それっきり茜と先輩の戯れを側から見てただけのように感じる。
 そんな俯いた様子の雫は静かに口を開く。その言葉は先ほどまで、どこか安心しきったような俺の感情を。一気に揺さぶる言葉だった。
「──に来たの」
「…え?」

「…何しに来たのっ!?あなたはっ!」

 バッと顔を上げたかと思えば、目尻に涙を浮かべながら叫ぶようにそう言う雫。その瞬間、俺に1つの疑問が浮かんだ。それは、なぜ泣いているのかということ。
「…何をしに来に…。私はあなたに…」
 拳を硬く握ってポツリポツリと言葉をこぼす雫。
「お、お姉ちゃん…?」
「………雫ちゃん。私は──」
「──っ」
 先輩の言葉が紡がれる前に、雫はくるっと踵を返して、この丘から元来た道へと走り出した。淡い水色の浴衣が激しく揺れて、あっという間に彼女の姿は見えなくなる。
「えっ、おい雫!」
「お姉ちゃん!?」
 瞬間的な出来事に、俺はその場で彼女の名を呼ぶしかなかった。そんなこの場には唖然と立ち尽くす茜と先輩。そして…、
「…最悪だ」
 俺は呆然と額を抑えながらそう呟く。恐れていた最悪の事態が起きてしまった。泣いて、逃げ出してしまうかもしれない。そんな考えうる、1番最悪な事態がこの花火会場で…。
「…っ、とりあえず追いかけないと…!」
 でも、雫が泣いた理由とか、最悪に絶望するとか。そんなことを考えている暇はないだろう。俺は独り言のようにそう言うと、雫の駆け出した方向へと必死に足を動かしていく。
 その時の先輩と茜はどんな表情をしていたのだろうか。そんなものを見る余裕は今の俺にはなかった。まずは彼女を…、雫を。捕まえないと、きっと、きっと。取り返しのつかない事になってしまう──!
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