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49. 30分前
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「…お、茜から返事きた。どれどれ」
『了解!花火大会が終わった後に残るんだな?実くんとバイバイしてから、僕もそっちに向かうよ。場所は、その時メールしてもらえれば嬉しいかな。じゃあ、また後で!』
「そっか、そう言えば場所聞いてなかったな…。どうしようか、会場はそこそこ広いし、偶然会うなんて多分無理だぞ…?」
集合時間約1時間前、俺は昼間雫に伝えた通りのことを茜にメールで伝えていた。雫に頼もうと思ったが、こういうのはやっぱり自分で言うべきだと感じたので、メールにはなるが直接伝えたのだ。雫から茜に言ってた可能性もあったけどな…。
それよりも、今は場所の問題だ。しまったな、部活の時に先輩に聞いておくんだった。どうしようか。
「うん?」
すると、不意にスマホが震えた。茜のやつ、まだ俺に伝えることがあったのか…?
「あれ、先輩?」
なんか今日は色々と気になったことがすぐ解決する日なのだろうか、先輩からのメールの連絡にはこう記されていた。
『お疲れ様、佐野くん。ごめん!部活の時に集まってもらう場所伝えてなかったよね。花火大会が終わった後に、会場の奥の方に景色が一望できる小高い丘があるんだけど、そこに集まるようにあの双子ちゃんたちに言ってもらっててもいいかな?よろしくお願いします!』
「なんだろう…。俺の言葉が聞こえたのか?ま、まあいいか。解決したことだし」
先ほどまでのモヤモヤがスッキリ晴れた気持ちになった俺は、集合の1時間前だというのに色々と花火大会に向けての用意を始めるのだった。なんだが落ち着かないのは、気のせいなのだろうか──。
「うえぇ、やっぱりまだ暑いな…」
結局全然落ち着かなくて、俺は集合の30分前には会場に着いてしまっていた。
家からここに来るまでの道のりには、小さな子供だったり、同級生くらいの子だったり、中には浴衣を着ている人だっていた。本当に祭りって感じがするなぁ。俺が前まで住んでた町にはこんな行事なかったから本当に楽しみだ。
「はぁ…。疲れた、まさかこんなちょっと石段を登ったところが会場だなんて聞いてないぜ…」
花火大会の場所は俺が思っていた会場と少し異なっていた。場所に着くと、目の前には約100段ほどの石段が。軽く絶望したのはまた別のお話である。
「多分…。ここで待てばいいんだよな」
ふぅーっと息をつきながら俺は周りを見回す。既に用意が始まっている屋台などがちらほら見られた。ベビーカステラ、フライドポテト、金魚すくい、お面屋など、これじゃ花火大会というよりも祭りみたいだな、いや、実質祭りみたいなもんか。
「なんか…。うん、やばいな」
分からないだろうか、祭りが始まる前のこのワクワク感。俺が例えるとするなら、修学旅行の前日のようなそんな感情だ。これから雫と2人で…、ここを回るんだもんな。やばい、急に緊張してきた…。こういうことには慣れてないからな、また怒られたらどうしよう、ありうるありうる…。でもまだギリギリワクワクの方が勝ってる気がする…。
石段を登った先の邪魔にならないところで用意されている屋台を見ていると、下から上がってくる人の頻度が早くなっているように感じた。あ、集合予定の10分前だ。もうそんなに時間経ってたのか…。
「なあ、登る前にいた、あの子マジで可愛くなかった?」
「ああ、なんか逃げるように階段登ってきちゃったけど、話しかけてみようかな」
「1人だったよな、誰か他の男いるのかな」
「いやー、あの可愛さなら彼氏いそうだけどなぁ。とりあえず…。あの子が出てきたら話しかける準備だけしておこうぜ」
俺と同じくらいの年齢の子だろうか。男子4人がそんな会話をしながら石段を上がってきた。やっぱり祭りともなると、可愛い子とかたくさん来るよな、それにしても、そんなに可愛い子が来ているのか…?そんな会話を聞いていると、気になって仕方がない…。
「ふぅー、疲れたぁ」
俺がそんな思考を巡らせていると、何か聞き馴染みのある声が聞こえてきた。あれ?この声は、今日朝聞いたような…。
「え……?」
俺はその声に反射的に首を回す。すると、
「…あれ?あ!佐野くんじゃん、やっほー!」
「ほ…、星本先輩…!?え、先輩ですか?」
「うん、そうだけど…。どうしたの?」
そこには、普段部活で見ている姿とは全く印象が変わると言っても過言ではない、黄色の浴衣に身を結ぶ、先輩の姿があった。先輩は、無邪気に、そしてにこやかな笑顔で俺に話しかけてきた。なんだこの、おっとりした先輩は…。
「…ちょ、ちょっと。本当に佐野くんだよね?」
「え、あ、はい。そ、そうですけど…。どうして…ですか?」
「いや、なんかいつも私と喋ってる時と反応が違うから…。あ、ふふっ、もしかして、この浴衣のせいかな?」
にひっと歯を見せて、ひらりと浴衣を広げる先輩。一言で言おう、やばい。本当に似合いすぎてる。この先輩が着てる黄色の浴衣が、先輩に着られるために作られた、みたいな…。そんな考えに至るほど似合いすぎてる…。
「ま、まあ…。はい…」
「なんでそんなに顔赤くしてるのよ!やっぱり佐野くんって感じがしないなぁ、変なの!あははっ」
髪をくるくるいじりながら再び微笑する先輩。そういえば髪型も少し違うような…?浴衣にマッチした、祭りらしい髪型だ…。これも似合いすぎてるな…。
「えっと…。そ、そうだ。さっき、先輩から送られてきたメールに少し小高い丘ってあったじゃないですか?あれってどこのことですかね?俺、分からなくて…」
先輩の姿にやっと耐性がついてきたように感じた俺は、継ぎ継ぎな言葉で、先輩にそう尋ねた。
「そうなの?じゃあ行こっか」
「え?行こっかって、え?」
「だから、そこに案内するよ。祭りが終わった後、場所分からなかったら大変でしょ?」
すると、先輩は屋台がある道とは違う、裏の抜け道へと足を進めた。本当にこんなところに何かあるのか…?
「…ま、待ってくださいよー!」
多少戸惑いながらも俺は黄色い浴衣の先輩の後を追う。そんな彼女の背中を見ながら俺はふと思った。さっき男子4人組が言ってた可愛い子って…、まあ、間違いなく先輩だろうな。普段の部活動の姿とのギャップが凄すぎて…。さっきから心臓が妙に跳ねてるんだよなぁ…。
そんなことを俺が思っていると、不意に先輩は足を止め、こちらをくるりと振り返って言った。
「ほら、ここだよ!見て見て、町が見えるでしょ?」
両手を大きく広げて、そういう先輩。だめだ、完全に先輩が着てる浴衣のせいで、一つ一つの行動がもう…。やばすぎる。
「ちょっと!せっかく案内したんだから見てくれないと!」
「す、すいません…。で、でもここでいいんですよね、終わった後に集合する場所は」
「うん!先に茜ちゃんと雫ちゃんを呼び出しててもらえれば私が後から出てきてサプラーイズ!ってわけだね!」
祭りのせいか、ものすごくテンションが上がっている先輩。そういえばここには誰と来たのだろうか…?
「…あ、ちょっとごめんね」
そんなことを考えていると、先輩は浴衣からスマホを取り出し、耳に当てた。どうやら電話がかかってきてたらしい。
「──うん!そうそう、で、今会場の裏にあるちょっとした丘のところにいるの、そうそう、だからそこにきて欲しいな、うん、うん。ありがとう!じゃあまた後で!」
「…一緒に回る人ですか?」
先輩が電話を切ったタイミングで俺は尋ねた。
「ん?そうそう!私がいつもラリーのペア組んでる子だよ、あの子と回ると楽しいんだよねぇ。……あ、そういえば」
「?」
「佐野くんは、雫ちゃんと回るんだよね?」
「ま、まあはい。そうですけど…」
「楽しみ?ねえねえ、楽しみ?」
「ちょっとちょっと、そんな目を輝かせながら聞かないでくださいよ…」
目に名字の通り、星を浮かべながら俺に問い詰めるように尋ねる先輩。
「いいねぇ、私と合流する時に、ぜひ一緒に回った感想を聞かせてね!」
「…分かりましたよ」
苦笑いを浮かべながら俺は先輩にそういうのだった。すると、じゃ、と。先輩は軽く息をつきながらそう言って、
「ま、頑張ろうか!サプライズ大作戦!」
「そうですね、"先輩プレゼンツ:サプライズ大作戦(仮)"…」
「え?なんか言った?」
「いえいえ…。では、お先に失礼しますね。また後ほど」
俺は先輩にそう言い残し、案内してくれた丘を後にした。何回も言っているが、今日の先輩はいつもよりも雰囲気が違くて…。ほんと、やばいの一言でしか表せなかったなぁ。語彙力をもっと磨かなければ…。
先輩の圧倒的な浴衣姿を頭の中で反芻させながら、俺はもといた石段の登ったすぐのところへと足を進めた。ポケットからスマホを取り出し、時間を確認すると、そろそろ雫と合流する時間になっていたことに気づいた俺は、その足をさらに速める。
「…ん?あれ?」
集合時間約3分前、なんとか間に合っただろうと安堵する俺の前に、見知った後ろ姿をしたやつがいた。俺はそいつの肩を軽く叩きながら尋ねる。
「…須山?」
「…ん?お、おお。佐野」
なんと、10分前まで俺がいたその場所に、須山がいたのだ。暑そうにシャツをパタパタさせながら彼は振り向く。
「…あれ、お前茜と回るんじゃなかったの?まだ合流してなかったんだ?」
「いや、なんか集合場所ここって言われてさ。で、時間があと3分ってとこ」
「ほうほう、なんか俺と同じだなお前…」
「同じ?…お前は誰かと回るのか?」
「ああ、俺は──」
「「お待たせっ」」
刹那、俺たちの耳に、妙にハモった声が届いた。1人の声はどこか明るく、1人の声はどこか低く。でも絶対聞いたことのある声が俺たちの耳に。ほぼ同じタイミングで俺と須山は声のした方へと身体を動かす。
「あ、茜──」
「し、雫──」
そこには、淡いオレンジ色の浴衣を着た、ニッと白い歯を見せて笑う茜と、薄い水色の浴衣を着た、やや恥ずかしそうにしながらこちらをチラチラと見ている雫の姿があった。
「…待った?実くん。ごめんな?」
「い、いやいや。全然全然待ってないぞ?」
「ごめん佑…。待たせちゃった」
「いやいや…。ま、待ってないです…、はい」
いつもとは違う2人に俺たちは気圧されながらなんとか言葉を紡いだ。やばい、星本先輩然り、人って浴衣に身を包むと、こんなにも印象が変わるものなのか…?
「ど、どう?実くん。思い切って着てみたんだけど…」
茜は眉を下げ、少し恥じらいながら、両手の裾を持って、浴衣を広げてみせた。
「え、えっと…。その、に、似合ってます…」
須山は頭をかきながら照れ臭そうに茜にそう感想を紡いだ。なんだこれ、こっちまでなんか恥ずかしくなってくるぞ…?
「…ほんと?やった!」
嬉しそうに小さくガッツポーズをする茜。彼女は次に、須山を見上げて言った。
「…よし、じゃ、実くん。行こっか!もう祭りも始まる頃だし、僕はまず、ポテト食べたいポテト!」
「お、おお。行こうか茜…」
彼女の浴衣によってさらに頬を染める須山は彼女の言葉に引っ張られるように、出ている屋台へと足を運んでいった。その気持ち、今はしっかりと理解できるぞ須山…。楽しんでこいよ、茜と。
すると、その様子を見ていた雫が俺に尋ねる。
「…あれ、茜のカレシ?」
「え?ああいや。あれは友達だよ友達」
「ふーん、友達、ねぇ…」
「そんなに疑いなさんな…」
細い目で先に屋台に行った2人を見る雫。なんだよその目…。怖い怖い。
そんな多少引き気味になってしまった俺に、雫は俺の方を一瞬チラッと見てから言う。
「そ、それよりもさ…。ど、どう?」
「…どうって何が」
「分かってくるせに、ばかっ」
右手の拳で優しく肩をコツンと当てる雫。少しうつむく彼女から、力無い拳が飛んできた。そんな雫の言葉に俺は彼女の浴衣姿から思わず目を逸らしながら、
「…浴衣、似合ってるよ。いいじゃん」
「…あ、そ」
雫はそう独り言のように言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。刹那、彼女の髪を束ねる髪飾りがもう沈みそうな夕日でキラッと光る。そういえば、茜もそうだったけど、2人の髪型も…。だいぶおしゃれだ。
俺は、雫のそんな反応に、
「お、おい…。なんだよそれ」
「う、うるさいっ。ほら、早く行くわよ」
徐々に賑やかになり、人も増えてきた会場の中、雫は向こうを向きながら、俺に端的にそう言った。先ほど茜たちが向かった屋台の後を追うように、雫は歩を進める。
「…ほんっとうに」
そんな雫についていくように、俺はふと言葉を漏らす。
「やばいなぁ…。もう、本当に…」
と、語彙力皆無なそんな言葉を──。
『了解!花火大会が終わった後に残るんだな?実くんとバイバイしてから、僕もそっちに向かうよ。場所は、その時メールしてもらえれば嬉しいかな。じゃあ、また後で!』
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集合時間約1時間前、俺は昼間雫に伝えた通りのことを茜にメールで伝えていた。雫に頼もうと思ったが、こういうのはやっぱり自分で言うべきだと感じたので、メールにはなるが直接伝えたのだ。雫から茜に言ってた可能性もあったけどな…。
それよりも、今は場所の問題だ。しまったな、部活の時に先輩に聞いておくんだった。どうしようか。
「うん?」
すると、不意にスマホが震えた。茜のやつ、まだ俺に伝えることがあったのか…?
「あれ、先輩?」
なんか今日は色々と気になったことがすぐ解決する日なのだろうか、先輩からのメールの連絡にはこう記されていた。
『お疲れ様、佐野くん。ごめん!部活の時に集まってもらう場所伝えてなかったよね。花火大会が終わった後に、会場の奥の方に景色が一望できる小高い丘があるんだけど、そこに集まるようにあの双子ちゃんたちに言ってもらっててもいいかな?よろしくお願いします!』
「なんだろう…。俺の言葉が聞こえたのか?ま、まあいいか。解決したことだし」
先ほどまでのモヤモヤがスッキリ晴れた気持ちになった俺は、集合の1時間前だというのに色々と花火大会に向けての用意を始めるのだった。なんだが落ち着かないのは、気のせいなのだろうか──。
「うえぇ、やっぱりまだ暑いな…」
結局全然落ち着かなくて、俺は集合の30分前には会場に着いてしまっていた。
家からここに来るまでの道のりには、小さな子供だったり、同級生くらいの子だったり、中には浴衣を着ている人だっていた。本当に祭りって感じがするなぁ。俺が前まで住んでた町にはこんな行事なかったから本当に楽しみだ。
「はぁ…。疲れた、まさかこんなちょっと石段を登ったところが会場だなんて聞いてないぜ…」
花火大会の場所は俺が思っていた会場と少し異なっていた。場所に着くと、目の前には約100段ほどの石段が。軽く絶望したのはまた別のお話である。
「多分…。ここで待てばいいんだよな」
ふぅーっと息をつきながら俺は周りを見回す。既に用意が始まっている屋台などがちらほら見られた。ベビーカステラ、フライドポテト、金魚すくい、お面屋など、これじゃ花火大会というよりも祭りみたいだな、いや、実質祭りみたいなもんか。
「なんか…。うん、やばいな」
分からないだろうか、祭りが始まる前のこのワクワク感。俺が例えるとするなら、修学旅行の前日のようなそんな感情だ。これから雫と2人で…、ここを回るんだもんな。やばい、急に緊張してきた…。こういうことには慣れてないからな、また怒られたらどうしよう、ありうるありうる…。でもまだギリギリワクワクの方が勝ってる気がする…。
石段を登った先の邪魔にならないところで用意されている屋台を見ていると、下から上がってくる人の頻度が早くなっているように感じた。あ、集合予定の10分前だ。もうそんなに時間経ってたのか…。
「なあ、登る前にいた、あの子マジで可愛くなかった?」
「ああ、なんか逃げるように階段登ってきちゃったけど、話しかけてみようかな」
「1人だったよな、誰か他の男いるのかな」
「いやー、あの可愛さなら彼氏いそうだけどなぁ。とりあえず…。あの子が出てきたら話しかける準備だけしておこうぜ」
俺と同じくらいの年齢の子だろうか。男子4人がそんな会話をしながら石段を上がってきた。やっぱり祭りともなると、可愛い子とかたくさん来るよな、それにしても、そんなに可愛い子が来ているのか…?そんな会話を聞いていると、気になって仕方がない…。
「ふぅー、疲れたぁ」
俺がそんな思考を巡らせていると、何か聞き馴染みのある声が聞こえてきた。あれ?この声は、今日朝聞いたような…。
「え……?」
俺はその声に反射的に首を回す。すると、
「…あれ?あ!佐野くんじゃん、やっほー!」
「ほ…、星本先輩…!?え、先輩ですか?」
「うん、そうだけど…。どうしたの?」
そこには、普段部活で見ている姿とは全く印象が変わると言っても過言ではない、黄色の浴衣に身を結ぶ、先輩の姿があった。先輩は、無邪気に、そしてにこやかな笑顔で俺に話しかけてきた。なんだこの、おっとりした先輩は…。
「…ちょ、ちょっと。本当に佐野くんだよね?」
「え、あ、はい。そ、そうですけど…。どうして…ですか?」
「いや、なんかいつも私と喋ってる時と反応が違うから…。あ、ふふっ、もしかして、この浴衣のせいかな?」
にひっと歯を見せて、ひらりと浴衣を広げる先輩。一言で言おう、やばい。本当に似合いすぎてる。この先輩が着てる黄色の浴衣が、先輩に着られるために作られた、みたいな…。そんな考えに至るほど似合いすぎてる…。
「ま、まあ…。はい…」
「なんでそんなに顔赤くしてるのよ!やっぱり佐野くんって感じがしないなぁ、変なの!あははっ」
髪をくるくるいじりながら再び微笑する先輩。そういえば髪型も少し違うような…?浴衣にマッチした、祭りらしい髪型だ…。これも似合いすぎてるな…。
「えっと…。そ、そうだ。さっき、先輩から送られてきたメールに少し小高い丘ってあったじゃないですか?あれってどこのことですかね?俺、分からなくて…」
先輩の姿にやっと耐性がついてきたように感じた俺は、継ぎ継ぎな言葉で、先輩にそう尋ねた。
「そうなの?じゃあ行こっか」
「え?行こっかって、え?」
「だから、そこに案内するよ。祭りが終わった後、場所分からなかったら大変でしょ?」
すると、先輩は屋台がある道とは違う、裏の抜け道へと足を進めた。本当にこんなところに何かあるのか…?
「…ま、待ってくださいよー!」
多少戸惑いながらも俺は黄色い浴衣の先輩の後を追う。そんな彼女の背中を見ながら俺はふと思った。さっき男子4人組が言ってた可愛い子って…、まあ、間違いなく先輩だろうな。普段の部活動の姿とのギャップが凄すぎて…。さっきから心臓が妙に跳ねてるんだよなぁ…。
そんなことを俺が思っていると、不意に先輩は足を止め、こちらをくるりと振り返って言った。
「ほら、ここだよ!見て見て、町が見えるでしょ?」
両手を大きく広げて、そういう先輩。だめだ、完全に先輩が着てる浴衣のせいで、一つ一つの行動がもう…。やばすぎる。
「ちょっと!せっかく案内したんだから見てくれないと!」
「す、すいません…。で、でもここでいいんですよね、終わった後に集合する場所は」
「うん!先に茜ちゃんと雫ちゃんを呼び出しててもらえれば私が後から出てきてサプラーイズ!ってわけだね!」
祭りのせいか、ものすごくテンションが上がっている先輩。そういえばここには誰と来たのだろうか…?
「…あ、ちょっとごめんね」
そんなことを考えていると、先輩は浴衣からスマホを取り出し、耳に当てた。どうやら電話がかかってきてたらしい。
「──うん!そうそう、で、今会場の裏にあるちょっとした丘のところにいるの、そうそう、だからそこにきて欲しいな、うん、うん。ありがとう!じゃあまた後で!」
「…一緒に回る人ですか?」
先輩が電話を切ったタイミングで俺は尋ねた。
「ん?そうそう!私がいつもラリーのペア組んでる子だよ、あの子と回ると楽しいんだよねぇ。……あ、そういえば」
「?」
「佐野くんは、雫ちゃんと回るんだよね?」
「ま、まあはい。そうですけど…」
「楽しみ?ねえねえ、楽しみ?」
「ちょっとちょっと、そんな目を輝かせながら聞かないでくださいよ…」
目に名字の通り、星を浮かべながら俺に問い詰めるように尋ねる先輩。
「いいねぇ、私と合流する時に、ぜひ一緒に回った感想を聞かせてね!」
「…分かりましたよ」
苦笑いを浮かべながら俺は先輩にそういうのだった。すると、じゃ、と。先輩は軽く息をつきながらそう言って、
「ま、頑張ろうか!サプライズ大作戦!」
「そうですね、"先輩プレゼンツ:サプライズ大作戦(仮)"…」
「え?なんか言った?」
「いえいえ…。では、お先に失礼しますね。また後ほど」
俺は先輩にそう言い残し、案内してくれた丘を後にした。何回も言っているが、今日の先輩はいつもよりも雰囲気が違くて…。ほんと、やばいの一言でしか表せなかったなぁ。語彙力をもっと磨かなければ…。
先輩の圧倒的な浴衣姿を頭の中で反芻させながら、俺はもといた石段の登ったすぐのところへと足を進めた。ポケットからスマホを取り出し、時間を確認すると、そろそろ雫と合流する時間になっていたことに気づいた俺は、その足をさらに速める。
「…ん?あれ?」
集合時間約3分前、なんとか間に合っただろうと安堵する俺の前に、見知った後ろ姿をしたやつがいた。俺はそいつの肩を軽く叩きながら尋ねる。
「…須山?」
「…ん?お、おお。佐野」
なんと、10分前まで俺がいたその場所に、須山がいたのだ。暑そうにシャツをパタパタさせながら彼は振り向く。
「…あれ、お前茜と回るんじゃなかったの?まだ合流してなかったんだ?」
「いや、なんか集合場所ここって言われてさ。で、時間があと3分ってとこ」
「ほうほう、なんか俺と同じだなお前…」
「同じ?…お前は誰かと回るのか?」
「ああ、俺は──」
「「お待たせっ」」
刹那、俺たちの耳に、妙にハモった声が届いた。1人の声はどこか明るく、1人の声はどこか低く。でも絶対聞いたことのある声が俺たちの耳に。ほぼ同じタイミングで俺と須山は声のした方へと身体を動かす。
「あ、茜──」
「し、雫──」
そこには、淡いオレンジ色の浴衣を着た、ニッと白い歯を見せて笑う茜と、薄い水色の浴衣を着た、やや恥ずかしそうにしながらこちらをチラチラと見ている雫の姿があった。
「…待った?実くん。ごめんな?」
「い、いやいや。全然全然待ってないぞ?」
「ごめん佑…。待たせちゃった」
「いやいや…。ま、待ってないです…、はい」
いつもとは違う2人に俺たちは気圧されながらなんとか言葉を紡いだ。やばい、星本先輩然り、人って浴衣に身を包むと、こんなにも印象が変わるものなのか…?
「ど、どう?実くん。思い切って着てみたんだけど…」
茜は眉を下げ、少し恥じらいながら、両手の裾を持って、浴衣を広げてみせた。
「え、えっと…。その、に、似合ってます…」
須山は頭をかきながら照れ臭そうに茜にそう感想を紡いだ。なんだこれ、こっちまでなんか恥ずかしくなってくるぞ…?
「…ほんと?やった!」
嬉しそうに小さくガッツポーズをする茜。彼女は次に、須山を見上げて言った。
「…よし、じゃ、実くん。行こっか!もう祭りも始まる頃だし、僕はまず、ポテト食べたいポテト!」
「お、おお。行こうか茜…」
彼女の浴衣によってさらに頬を染める須山は彼女の言葉に引っ張られるように、出ている屋台へと足を運んでいった。その気持ち、今はしっかりと理解できるぞ須山…。楽しんでこいよ、茜と。
すると、その様子を見ていた雫が俺に尋ねる。
「…あれ、茜のカレシ?」
「え?ああいや。あれは友達だよ友達」
「ふーん、友達、ねぇ…」
「そんなに疑いなさんな…」
細い目で先に屋台に行った2人を見る雫。なんだよその目…。怖い怖い。
そんな多少引き気味になってしまった俺に、雫は俺の方を一瞬チラッと見てから言う。
「そ、それよりもさ…。ど、どう?」
「…どうって何が」
「分かってくるせに、ばかっ」
右手の拳で優しく肩をコツンと当てる雫。少しうつむく彼女から、力無い拳が飛んできた。そんな雫の言葉に俺は彼女の浴衣姿から思わず目を逸らしながら、
「…浴衣、似合ってるよ。いいじゃん」
「…あ、そ」
雫はそう独り言のように言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。刹那、彼女の髪を束ねる髪飾りがもう沈みそうな夕日でキラッと光る。そういえば、茜もそうだったけど、2人の髪型も…。だいぶおしゃれだ。
俺は、雫のそんな反応に、
「お、おい…。なんだよそれ」
「う、うるさいっ。ほら、早く行くわよ」
徐々に賑やかになり、人も増えてきた会場の中、雫は向こうを向きながら、俺に端的にそう言った。先ほど茜たちが向かった屋台の後を追うように、雫は歩を進める。
「…ほんっとうに」
そんな雫についていくように、俺はふと言葉を漏らす。
「やばいなぁ…。もう、本当に…」
と、語彙力皆無なそんな言葉を──。
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