これからの僕の非日常な生活

喜望の岬

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48. 葛藤

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「あっちぃ…。なぁ、佐野」
「本当だよ、部活始まる前からこんなに汗かくとは…」
 翌日の花火大会当日。午前中は部活のため、俺と須山はいつものごとく卓球場にいるのだが…。
「まだ7月下旬だろ?これから熱くなり続けるってマジですかいな須山」
「…ま、まあまあ。卓球場の風通しが悪いのは学校を設立した人のSNSに愚痴書き込むくらいで勘弁してやれよ…」
「そんなもん特定できねぇよ…」
 相変わらずアホなことを言う須山に俺はそう言った。こんな暑さじゃ、今日の夜も暑くなるんじゃないのか…?
「…というか須山」
「ん、なんだ?」
「お前、なんでこんな暑いのにそんなに元気そうなんだよ。暑いのが好きなのか?ドMなのか?お前」
「なんで勝手にドM認定しれてるんすか俺…。違ぇよ、死ぬほど暑いけど、から元気みたいな感じで自分を盛り上げてんだよ!」
 額には既に汗が出ていたが、須山は元気そうに俺にそう言った。まあ、俺は須山が元気に見える本当の理由を知ってるのだが…。
 こいつは、好きな人であろう、茜と花火大会に行くことになっている。それが今日なのでまだ午前中という今の時間帯からでも楽しみなのだろう。ワクワクした気持ちが溢れて止まらなくなってるし…。
「はーい、んじゃ、始めるよ」
 俺が須山について考えを巡らせていると、卓球場に響く、すっかり聞き慣れた声があった。ピンクのヘアバンドをした、星本先輩だった。やっぱり、というか本当に…。大事に大事に、してるんだな。
「夏休みが始まって数日がたったね!健康的な生活を心がけて、新人戦も近いんだから、暑いけどだらけずに頑張っていこう!」
 先輩はそう言って、ニコッと眩しい笑顔を俺たちに向けた。
 きっと、3年の先輩も、2年の同級生も。この先輩の笑顔に助けられてきた人は多いだろう。これは俺の勝手な憶測だが、もし、試合などでしんどい時とかにこんな風な笑顔を向けられると、頑張ろうって気持ちになる…。絶対的信頼感を得ている彼女だからこそ、キャプテンに任命されたんだろうな。
 おっと、俺は1人でなに変なこと考えてんだ。先輩の話を聞かないと。
「──ということで、まずはいつも通りラリーから始めようか!じゃ、解散!」
 ちょうど先輩の話が終わったので、それぞれの卓球台に散らばるみんなを見て、俺も須山が先行く卓球台に足を運ぼうとしたのだが…。
「あっ、佐野くん」
「…え?」
 踵を返した俺の背中に、1つの声が飛んできた。俺はその声に反応するように首を回す。
「…なんですか。先輩」
「あ、いや…。大したことじゃないんだけど──。ってちょっと!」
「え!?」
 すると、急に俺を見る先輩の表情が変わった。なんだなんだ、びっくりするじゃないですか…。俺何かダメなことしてました?
「…?」
 よく先輩の目を見ると、微妙に焦点が俺にあっていなかった。じゃあ俺に言ったわけじゃない…?え、後ろ…?
「ん?」
 すると、各々卓球台へと向かったはずのみんなの足がピタッと止まっており、俺たちを凝視していた。ピンポン玉が台を跳ねる音は1つも聞こえない…。
「わ、私たちのことはいいから、早く練習始めなさい!ほら早く!」
 謎にやや焦りながら練習開始を促す先輩。なんで焦ってんですか…。
「…全くもう…。あ、で。佐野くん、ちょっと伝えておきたいことがあるんだけど…」
「あ、は、はい…。なんでしょうか…」
 待って待て、痛い痛い。視線が痛いよ。何回も背中に鋭利な刃物で刺されてる気分だ。だってピンポン玉の音聞こえないもん!これ絶対誰もラリー練習初めてないでしょ!
「……耳かして」
 先輩もこの視線を察したのか、少し不貞腐れ、頬を少し膨らませながらそう言った。言うこと聞かなくて不貞腐れちゃうのは分かりますけど…。
「今日の花火大会…。茜ちゃんと雫ちゃんを呼ぶのは、花火大会がいい感じで終わった後でも大丈夫かな?始まる前でも良かったけど…、なんとなく後の方がいいかなって。場所は後でメールしとくよ、あの子たちにも伝えておいてくれるかな…?」
「…はい、大丈夫ですよ。部活が終わったらあいつらにも伝えておきます」
「…ありがと!じゃ、何かすごく見られてるから…。練習始めよっか」
「…はい、そうですね。あはは…」
 少し恥ずかしそうにそう言った先輩は俺の元を離れ、ペアの子と合流し、卓球台の前に移動するのだった。まあ、何かしら色々と尋ねられていたが…。
 さあ、問題はここからである。きっと女子の卓球部員はこれで落ち着いただろうか。でも気のせいと感じたいのが、まだ背中に刺さる視線が1つも減った感覚がしないこと。これ、振り向いた瞬間…。終わる……。
 でも、自分の卓球台に行かなければ練習も始められないし、先輩はもう練習始めてるし…。はあ、覚悟していくしかないかぁ。葛藤してる場合じゃないな…。
 俺はそう決意を固め、くるりと身体を反転させた。結論から言おう、何も言われなかったが、ものすごい鬼の形相で俺は見られた。例えるなら…、そうだな。般若のお面を被ったものが数名、不気味に笑うもの残り過半数ってとこだろうか。ラリー中に、須山に死ぬほど色々尋ねられたのはまた別のお話である…。



「はあ、疲れたな…」
 1人自転車を走らせながら俺はそう呟く。部活終了後、女子部員は星本先輩の元へ、男子部員は俺の元へ、いつか見たことのあるデジャヴ感を感じながら俺たちはまたもや周りを囲まれて、色々と聞かれた。まあ、一応事は落ち着いたが…。絶対そうはならないだろ、と。俺はツッコみたくなった。
 先輩も先輩で、なぜあんな目立つ時に俺を呼び止めたのか…、まあ、彼女だけのせいではないのは重々承知しているけどな…。
「さ、そーいえば雫との集合時間聞いてないな?」
 青信号になった横断歩道を渡りながら俺はふと思い出す。一緒に回るとはなったものの、肝心の会う場所と時間を聞いていなかったな…。どうしようか、後でメールでもしておくか?
 運命の神様というのは、本当にいるのだろうか。前の信号が赤を示したので、ブレーキをかけつつ進んでいたところ、見知った後ろ姿が俺の視覚に入った。これは…、本当に偶然だ。
「…よう」
「えっ?…あ、佑」
「雫も、部活帰りか?」
「うん、ゆっくりと1人で帰ってたとこ」
「あれ、部活帰りなら茜はいないのか?」
「あの子、なんか先生に呼び出されてて…」
「な、なるほど…」
 自転車から降りて信号を待つ雫の横に、俺は自転車を静止させる。それにしても、あいつよく先生に呼び出されるな…。
「…なあ、自転車降りるならサドルの位置下げりゃいいんじゃねーの?」
「いいでしょ別に。…悪い?」
「なんでそこでムッとなんだよ…。別に悪いとは言ってないだろー?」
 ああやっぱり、雫のこの性格は変わらないな、と。俺はふとそんなことを考える。そういえば、聞いておくか。花火大会のこと。
「なあ、今日の花火大会さ。集合場所とか時間とか…。まだ決めてなかったよな?」
「ああ、確かに。そうね、行くとは言ってたけど…」
 周りの車が走る音が聞こえる。前をチラッと見ると、信号が青を示していたので、俺たちは自転車を進めた。
「…家隣だし、普通に家前集合で行くか?時間は始まる30分前くらいでいいか?」
 今回の会場は徒歩でも15分くらいで着く、割と足を運びやすい距離にある。だから、それでも大丈夫だと思い、俺は雫に尋ねたが…。
「…いや、」
「?」
「集合場所は…。現地にしましょう。会場の入り口のところ。時間は15分前とかでいいかしら…?」
「現地?でも家隣なんだし、わざわざ現地に集まるよりも家から一緒に行った方がいいんじゃ?」
「うるさいわね、私が現地って言ったら現地なの!」
 だからなんでまたキレてんだよ…。このよく分からない暑さのせいで雫もちゃんと頭が回ってないのだろうか。
「…わ、分かったからそんなに怒んなって…。じゃあ現地15分前集合な?…あ、それとさ」
 このタイミングで俺は朝部活の時に先輩に言われた件について思い出したので、雫に伝えておくことにした。
「花火大会がある程度終わった後…。ちょっと残っててほしいんだ。そうだな…15分くらいかな」
「残る?なんで?」
「ま、まあ…。それはそれまでのお楽しみと言うことで、あはは…」
 これを今言ってしまうと…。サプライズの意味がないしな、まあ、成功するかは本当に分からないけど…。名付けるなら"先輩プレゼンツ:サプライズ大作戦(仮)"ってところか?…やばいな、俺のネーミングセンスどうなってるんだ…。
「何よその反応、何かあるの?」
「まあまあまあまあまあまあ」
「まあまあまあまあうるさいわね…」
「なんで俺呆れられてるんですかね…?」
 ため息混じりにそういう雫に俺は疑問符を浮かべながら、家への帰路をたどるのだった。雫には伝えたけど、茜には花火大会の後ってまだ伝えてないので、ちゃんとそれをメールで言っておかないと…。
 果たして、"先輩プレゼンツ:サプライズ大作戦(仮)"は成功するのだろうか。その答えは夜になればきっと分かるだろう──。
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