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44. 注目

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「なんか最近、時が過ぎるのが早すぎる気がするのだが…」
「まあ確かに、もう7月の中旬だもんな」
 自転車に乗りながら汗を拭き取る茜はそう言った。今は登校中なのだが、あまりにも暑すぎる。もうこれ、8月のピークの暑さだろ…。
「…俺たちが出会ってから、3ヶ月と少しか…。最初の野活までの時間は本当に長ーく感じたが、最近はそれという出来事が薄いのかな…?」
「薄いって何さ!佑はずっと僕と一緒に帰ってるじゃないか!誇りに思えよ誇りに!」
 ふふーんと胸を張りながらそう言う茜。相変わらずのない胸だが…。
「今何か考えなかったかい?」
「イヤー、ナンデモナイッスヨ」
 あはは…。と視線をずらす俺。ずっとなんだよな、なんで心読めるんだよ…。そんなに分かりやすいですかね…?
「ならいいけどさ…?まあでも、確かに佑の言う通り、時の流れは早いですな」
「そうだよ…。もうすぐ夏休みだぜ?」
 今までに起こった出来事を思い返しながら俺は独り言のようにそう呟いた。7月の冒頭にも謎にテストがあった、そういえば。またテスト撲滅委員会を設立したくなりました。
 まあ、個人的には、星本先輩と喋ったあの日から、日が経つのはびっくりするほど早かった。ちなみに、連絡先をあの日交換した俺と先輩は、そこから連絡がずっと続いている。みんなが憧れる存在であるそんな先輩と連絡が続くのは俺自身嘘だとずっと思ってるのだが…。
「ああー、となると宿題が…。というかさー、聞いて聞いてー!」
 俺の言葉に反応した茜は絶望した様子で足を動かす。そんな茜には俺はまだあのことを言えていない。それはあの日、先輩と話し合った内容で、佐伯姉妹と先輩と会わせると言うものだ。先輩はサプライズでもいいって言ってたんだが、突然出てくると、茜はまだしも、雫に関してはどうなるか分からない。だから、怖くて言い出せていないのだ…。
 汗が吹き出して止まるところを知らない最中、俺たちは学校へ差し掛かる一本道へと自転車を走らせるのだった。



「…まずは、やっぱり茜から話すべきか…?」
 いつもの卓球場の壁に、もたれかかって座りながら俺は1人呟く。今日一日中このことについて考えていて、授業なんてまともに聞けなかった。
「はーい、始めるよ。集合してー」
 いつものごとく声がかかる。今日は須山が休みなので、誰とペアを組もうかと考えながら、俺は先輩が作る輪に入る。やがて、話が終わってみんな散らばり始めた。まずいなどうしよう、一応他の同学年の卓球部のやつとは喋るが、俺がいつも須山とペアを組んでいるみたいに、他のやつらもそれ相応にペアがいた。俺、どうすればいいんだ…。
 と、俺がどうして分からず首をキョロキョロさせていると、かかる声が1つ。
「あれ、佐野くん1人?」
「…あ、はい。今日は須山が休みなので…。あいにくにも…」
 左手にラケットを持った先輩が俺の元に。気にかけてくれたのだろうか…?
「実は今、私のペアの子も休んでるんだよね…。もしよかったらペア、組まない?それに、ちょっとメールだけじゃ話し足りないところもあったし…。時間ができれば話したいな」
「あ、ああ…。いいですよ、俺でよければ!」
 声をかけてくれた先輩に感謝しながら、同時にうまく出来るか不安になってきた。いつか須山は言ってた、先輩はかなり卓球のレベルが高いはずだ。俺はついて行けるのだろうか…?
「じゃ、行っくよー?」
「はい、よろしくお願いします」
 俺はそんなことを考えながら、ラケットを構える。すると、構えたところにピンポン玉がやってきた。
「…!」
 2回、3回…。10回、50回…。俺たちの目の前の青いコートで白いピンポン玉が何度も行き交う。カコン、カコンと聴き心地の良い音を立てながら、リズム良く跳ねる球は、まるで自我をもってるかのようだった。すごい、凄すぎる…!俺は先輩の構えたところに打ち返すのなんか無理なのに、先輩はズレた俺の球も、自分の構えたラケットの位置へと正確に球を返してきた。
「…よし、こんな感じか。ちょっと休憩しようか、顔洗いに行こ?」
 何と俺たちはノーミスで500回、ラリーを続け、そう言った先輩は意図的にラリーをやめてラケットをゆっくりとテーブルに置き、タオルを手に取った。
「い、いいんですか?みんなまだやってますけど…」
「ふふっ、君は真面目だね。いいんだよ、部長は私だし…。それに、私言ったでしょ?…ちょっと話したいこともあるって。んじゃ、先に行ってるよー」
「あ、ちょっと…。もう、マイペースな先輩だな、あはは…」
 俺は先に卓球場をでた先輩に苦笑いをこぼしながら、先輩の後を追うのだった。
 卓球場の側近にある水道に移動すると、先輩は顔をタオルで覆っていた。そして、先輩は俺に気付いたのか、顔にかかるタオルをどけながら俺に言う。
「結局…。あの日から佐野くんは、茜ちゃんたちに私と会うって旨を伝えたの?」
 その問いに、俺は先輩から視線を少し外して、
「…いえ、何か怖くて。今の元気な茜が、どういう反応になるのかなって。先輩が茜や雫を許してるっていうのもまだ言えてなくて…」
 約1ヶ月の間、俺と先輩はやりとりを続けていたのだが、こう言う感じの話は意外にもあまりでなかった。それもあり、俺は少し申し訳なさげにそう言った。
「…うーん、そっか。雫ちゃん自身は私や結衣のことについてやっぱり負い目とか責任感とか感じてる?」
「はい、それはもともとあいつ自身が言ってました。本当に申し訳ないでならないほどって…」
「そっか…。じゃあやっぱりさ」
 すると先輩は一呼吸置いて言う。
「サプライズで会わせるしかないんじゃない?」
「…実はそれ、俺もちょっと思ってました」
「でしょでしょ?2人の驚いた顔、見てみたいなー!」
「…何回も言いますけど、喜ぶとは限りませんよ…?最悪、逃げ出してしまうかも…」
 最大の危惧を思い浮かべながら俺は先輩に忠告のようにそう言う。でも、問題は…。
「…まあ、その時は私が頑張って2人と話し合うよ。で、いつにするの?」
 そう、時間帯なのだ。先輩にも日時を探って見たが、空いてる日がそうとない。いつか、共通の空いてる日があればいいんだが…。
「それが…。うーん、どうしましょうか」
 特にどうすることもできず、その場で腕組みうむむと唸る。すると、隣で指パッチンの音が聞こえた。
「そうだ!佐野くんってさ、後もう少ししたらある花火大会って行く?」
「花火大会?まあはい、行きますけど…」
「私も友達と行くからさ、そこに茜ちゃんと雫ちゃん連れて来れない…?15分くらい有れば大丈夫!」
「15分も何も…」
 俺はフーッと息をついて続けた。
「俺は雫と行きますし、茜は須山と行くので…。須山には説明して茜を呼び出して、雫はそのままでいいかと」
「え?そうなの!?…佐野くん、雫ちゃんと花火大会行くの!?それで、茜ちゃんは須山くんと…?はわわ…、すごい展開になってるね…!」
「な、なんで顔赤くしてるんですか…」
 口元を手で覆いながら顔を赤くする先輩に俺は苦笑をしながらそうツッコんだ。あれかな、人様の恋愛事は自分が照れ臭くなるタイプなのかな…?
 先輩のそんな表情に思わず顔を少し逸らしながら俺はそんなことを思った。
「ま、まあ…。須山くんにも言ってくれると助かるな!祭りの最初か終わりしに集まるから、ちょっと時間くれってさ」  
「分かりました、あいつにもそう伝えておきます!」
 ヘアバンドを直す先輩に、俺は軽く笑ってそう言うのだった。
「さ、じゃあ戻ろうか!…てか、何気に私たち結構喋ってるよね、変な噂立たないといいけどー?」
「いや何ニヤニヤしてるんですか…。大丈夫ですよ、そんなに考えなくてもきっと杞憂ですって。ほら、帰りましょうよ」
「さー、どーだか」
 俺は先に卓球場へと踵を返した。先輩は、タオルを肩にかけて、俺の横に来る。この感じ…、茜、もしくは雫と喋っているような感覚だ。身長もあいつらと同じくらいだしな…。
 先輩ってどんな人のことを好きになるんだろうと、今このタイミングに至っては本当に割に合わないことを考えながら、俺たちは卓球場の入り口にかかったネットを払い、中を見る。すると…、
「…え?」
「ねぇ佐野くん。何か私たち…、見られてない?」
 入ってすぐ、異変を感じた。今はラリー練習のはずだったが、今俺たちが入ってきた瞬間には、全員の手が止まり、視線は俺たちに注がれていた。え、まさかさっきの先輩の杞憂…。杞憂じゃなかった説!?
「な、ななな何見てるのよ!練習しなさい練習!」
「いや、さっきまで抜け出してた先輩が言っても説得力ありませんよ…」
 注目されるのがこんなに恥ずかしいことなのかと、俺は心中で愚痴りながら、俺は、俺たちが練習してたテーブルに戻ろうとした。男女共の視線が痛い…。特に男子、やめてくれ、そんな殺意に満ちた眼で俺のこと見るのは…。俺、残り寿命2時間です…。 
「と、とりあえず続きやりましょう続き…」
「そ、そうね…」
 背中に突き刺さる視線に俺は苦笑いをしながら残りの部活の時間をこなすのだった。



「はい、じゃあこれで今日は終わります、解散!」
「うーっす」
 星本先輩の部活後のミーティングが終わり、みんな各自自分の持ち物のところへと移動した。いや、これは俺がいつも見ていた光景…、今日、実際には…。
「え、えちょ。な、なんですか…!?」
「な、何…?」
 合図と共に、卓球部男子は俺の元へ、女子は星本先輩の元へ取り囲むように集まった。
「おい佐野!星本とどこ行ってた!」
「本当ですよ佐野先輩!ずるいですよ、僕まだ最初の自己紹介の時しか喋ってないのに!」
「佐野!星本先輩狙ってるのかよ!」
 次々と来る野次の声。こういうのに慣れてない俺は、どう対処すればいいか分からず、困り果てていた。そして、その被害は向こう側にも…。
「葵衣!あんたあの子と何してたの!?」
「彼氏ですか先輩!彼氏ですか!?」
 先輩は手を前に突き出し、お手上げのポーズをしていた。そんな困りげな顔も、相変わらずの先輩だなと俺は感じる。
「何もないですって…。ただ単に抜けるタイミングが一緒だけだっただけですよ…」
「本当に付き合ってないって…。佐野くんとは、何もないから、そんなに問い詰めないで…!」
 お互いに嘆きの声が響くそんな卓球場で、俺はいつもテレビのニュースで見る、取り囲まれる有名人ってこんな気持ちなんだな、と未だ耳に入る野次に頑張って対処しながらそんなことを考えるのだった。
 結局、校門で待たせてた茜にプチ説教され、家に着く頃には7時半を回っていた。注目されるのは嬉しいが、こんな注目の集まり方はもうこりごりだぜ──。
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