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41. 回顧

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 耳に入るさざ波の音。俺はこの瞬間に気づく。きっと、あの子が…。
「あ、また会ったね!」
 前からトコトコと歩く女の子のシルエットが映る。俺はそのシルエットの正体を知っていた。
「えっと、君は…」
「え?忘れちゃったの?私は覚えてるよ?」
 暮れる太陽となんら変わりのない笑顔で彼女は、俺にそう言う。
「私は名前を言ったのに、君はまだ名前を思い出さないの?」
「たすく」
「えっ?」
 俺の声が小さかったのか、目の前の少女は俺の顔を覗き込んで聞き返す。
「俺の名前は…、佐野佑」
「たすく?ははっ、変な名前~!」
 また笑われてしまった。俺が笑われない未来は存在するのだろうか。
「じゃあ改めて、よろしくね!たすく!」
「う、うん」
 終始笑顔の彼女は俺にそう言うと、手を差し出した。それは、彼女の身体と比例しているかのような小ささの手で、少しでも握れば潰れてしまいそうなほどだった。
「あ、そういえば」
「え?」
 刹那、何かを思い出したかのような表情をする少女。なんのことか分からず俺は疑問符を浮かべた。
「今日は私だけじゃなくて、もう1人来てるんだ!」
「もう1人…?」
「おーい!」
 俺が首を傾げる間も無く、少女は大きく手を挙げ、そのもう1人の人物を呼んだ。刹那、太陽の光が海に反射し、俺の視界は白く染まった。
「…くっ」
 目を開けると、俺たちがいる浜辺の少し向こう側に隣にいる少女よりも一通り小さい、女の子の姿があった。そのシルエットは、こっちに向かって走ってくる。
「ね、ねぇ。あの子は…?」
 俺が向かってくる少女に指差し、隣の少女に尋ねる。
「あの子は、私の──」



「…はっ」
 カーテンの間から優しく漏れる太陽の光で俺は目を覚ました。また夢か…、そして、また覚えている…。
「…あれは」
 その瞬間、俺は夢の中の記憶と、繋がるものがあることに気づいた。
「あれは、俺の…。過去だ」
 1人8畳の部屋でポツリと呟く。夢の記憶と過去の記憶。何か繋がっている気がする。俺の脳の端の方にある小さな引き出しに、その記憶がある気がする。前にも見たこの夢、その正体に俺は今、たどり着いた。
「あの子は…」
 そう模索しながら俺は隣にある目覚まし時計を見る。そこには6時半を示す文字盤があった。いつもよりもやや早い時刻。でも、今の俺にはこの時刻じゃなきゃいけないのだ。
「…しかしまさか、チャリのチェーンが外れるとはなぁ、父さんは車運転出来ないから送ってもらえないし、母さんはまだ入院中だし…。近くに自転車を直してくれるところも無さげだし…」
 ここ、長山町は前住んでいた八十口に比べたらかなりの都会なのだが、意外にもそういう店はなかった。
「ちょっと遠いけど、今日は歩いて行くかな。そうだそうだ、茜にも連絡しないと」
 ベットから体を下ろしながらそのことに気づいた俺は、充電器にささっていたスマホの電源を入れ、茜に連絡した。
「今日は悪いけど1人で登校してくれっと…」
 送信を確認した俺は、カーテンを勢いよく開け、この部屋を後にするのだった。
 階段を降りながら俺はふと考える。なぜあのような夢を最近見るようになったのか。しかも2回。そして、先程気づいたことで、あれは俺自身の過去であること。でも、たった一つだけ、思い出せないことがある。
「あの子…。名前なんなんだ…?」
 そこの記憶のピースだけが欠けている。そこが埋まれば何かスッキリする気がするのだが…。
「…ま、いつかは思い出すかな…」
 俺はそう呟き、リビングのドアを開ける。そこには、もう朝食を用意してくれている父さんの姿があった。その父さんは開口一番に俺に謝った。
「ごめんな佑。俺が車を運転できたらこういうことにはならなかったんだが…」
「大丈夫だよ父さん。最近、朝のジョギングがサボり気味になってたからね、ちょうどいい機会さ」
 バスに乗っていく手もふと考えたが、まさかのまさか、ここらへん一体はバスが走っていないらしい。となると、残る選択肢は必然的に歩くというものになるわけだ。
 そんなこんなでこんな朝早くから朝食を用意してくれた父さんに感謝しつつ、俺は家を出る支度をする。
「もう行くのか、佑。…いやでも、徒歩ならいい時間帯か」
「うん、じゃあ父さん。行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
 足元をトントンとしながら靴を履き、ゆっくりとドアを開ける。すると、そこには信じられないやつの姿があった。
「えっ…?」
「おはよー!佑!やっぱりこの時間は早いよな、まだあくびが出ちゃうぞー」
 そこには、見覚えのある、自転車とセットの茜の姿ではなく、かばんを肩から下げる、茜の姿があった。え、なんで…?
「え、お、おはよう」
「何びっくりしてたんだよ?」
「い、いやだって。俺、朝お前に連絡したよな?今日一緒に行けないって…」
「うん、だから多分自転車直せなかったんだなーって予測しただけだぞ?バスはこの辺走ってないし、なんとなく歩いて行くのかなーって」
 ふああと大きなあくびをしながら茜はそう言った。ここから歩いて行くのは自転車で登校するよりも倍近くかかるが…。
「まさかだけど、俺と一緒に歩いて学校に行こうとしてる?」
「うん、そのまさかだけど?」
 何言ってたんだこいつみたいな表情で俺を見てくる茜。いや、そのセリフは俺の方なんですが…。
「いやいや、歩きなら学校までの距離、くっそ遠いぞ?後まだ眠いなら少し休んで自転車で行けよ」
「いいんだってー。これは僕個人の判断でこうしてるわけなんだから…。そんなことより、ほら、行くよ!」
「…分かったよ」
 転校してきてから約2ヶ月半、今まで何度見てきたことか、その茜の笑顔に引っ張られて、俺は笑顔をこぼしながら、彼女について行くのだった。



「おい、おい佐野?」
「へっ、お、おお…。須山か」
「ったく…。部活もう始まるんだからしっかりしてくれよ?俺はちょっとトイレ行ってくるわ」
「おーう」
 そう言って須山は卓球場を後にした。野活が終わってから約3週間。俺には、部活があるたびに考えることがある。 
 それは俺の視線の先、今日も今日とてピンクのヘアバンドをしたあの先輩についてのことだった。
「ゆい…さんか」
 あれは野活直前の部活だったろうか。水道で顔を洗っている時に先輩と2人きりになったんだ。その時は佐伯姉妹と星本先輩自身のことについて尋ねようと思ったのだが、新しい疑問の種が生まれたのだ。
 それは、先輩のヘアバンドに書かれた二文字"ゆい"。その存在は誰なのだろうとずっと考えているのだが…、分からない。それなら本人に直接聞いてみたらいいじゃないか、という意見が飛んできそうだが、野活が終わってからの今まで、聞こう聞こうと思いつつも、何か聞けないでいるのだ。理由としては、受験や部活。それで忙しいのにわざわざ呼び止めて、聞くわけには行かない、というものだ。
「…でも、気になるな。やっぱり聞いてみようかな…」
 でもそれで地雷というか、聞いてはいけないものだったら…。ああもう分からないですな…。
「はーい、じゃあ部活始めるよー」
 卓球場全体にそんな黄色い声が飛ぶ。見ると、ラケットをクルクル回しながらそう言う先輩の姿があった。先輩はすごいなぁ、とふと心の中で俺はそんなことを思うのだった。
 結局、今日もそのことについて尋ねることができず、今日の部活も終わりを迎えた。何もない普通の練習だったが、徐々にその何気ないものでも楽しむ自分の姿があることに俺は気づいた。
 そんなことを1人考えていると、横から聞き馴染みのある声が。そいつは自転車にまたがり言った。
「よし、んじゃな!佐野、明日はシャキッと頼むぜ!」
「おう、頑張るよ。じゃあな」
 須山とは方向が違うので、駐輪場付近で解散をした。そもそもとして今日の俺は、徒歩通学だしな…。
 1人門へと歩いていると、自転車で校門を通る生徒が多い中、小柄な少女が門の端の方にもたれている姿があった。
「…あっ」
 そいつは俺に気づくと、持っていた単語帳らしきものをカバンにしまう。
「よう、待っててくれたのか。茜」
「当たり前だろ?佑は僕のペットなんだから」
「え、今なんて言いました?」
「はいはーい、帰るぞー。っはー、部活疲れたー」
 今物凄いブラックジョーク的なものが聞こえたが、気のせいだろうか。気のせいだと信じておこう。
「…なんか行きの時も思ったけど」
「ん?」
「新鮮だよな。こうやって徒歩で帰るなんて」
 最近日が延びてきたように感じる空を見ながら茜はそう言った。まあ、そうだよな、今まではこの道は自転車で帰ってんだから。
「そうだなぁ。確かに新鮮だ…。それよりさ茜」
「ん?どったん?」
「あのー、結局。須山とは花火大会行くことになったのか?ほら、今日聞いてみるって言ってたじゃないか。行きにさ」
 俺は昨日、茜に須山とのプチ崩れしてしまった関係を戻すのを手伝うべく、花火大会に行くことを提案した。朝に茜は自分から聞いてみると言ってたのだが…。
「いやぁ。やっぱり避けられてるのかな…?まず話すら聞いてもらえなかった…」
「…うーん。そうなのか…。じゃあ俺から聞いてみようかな?」
 須山の心情としてはどうなのだろう。やっぱり気まずいという感じなのだろうか。気持ちは分からんでもないけども…。
「うん、…ん?」
 そんなことを考えていると、不意に茜のカバンから着信音のようなものが鳴った。茜は慌ててカバンから自分のスマホを取り出す。そして着信者を確認して一言。
「ウワサをすれば…、だな」
 彼女のスマホの画面には須山実の文字が。そういえば、須山はなぜ茜の電話番号を知っているのだろうか?野活の時とかに交換したのかな。
「佑、出ても大丈夫か?」
「ああ、早く出てあげろよ」
「うん。…あ、もしもし、実くん?どーしたんだ?」
 画面を耳に当て、茜はそんな言葉とともに電話に出た。自転車に乗ってないので、別に信号で止まっていなくても電話ができるのは徒歩のいいところなのかもしれない。
「うん、うん…。だ、大丈夫だぞ。まあ、そんな感じはしてたけどな。ははは…」
 スピーカーじゃないので、茜が須山と何を話しているのか分からなかったが、どこかまだ気まずい空気が残っているように感じられる。
「急だけど?うん、うん…。え?」
 刹那、茜の表情が緩んだ。どうしたのだろうか。
「…ちょっと待ってて。1分だけ!」
 そして茜は画面から耳を離し、電話を保留状態にし、俺に話しかける。
「…あのな、さっきまで僕と佑は花火大会のことについて話してたじゃん?」
「お、おお。…それがどうした?」
「…さっき実くんに花火大会2人で行かないかって誘われた」
「えっ」
 その瞬間、俺の頭の中には驚きよりも、行動を移そうとしていたタイミングが同じだったことにどこか凄さを感じた。…でも、須山も意を決したということなのだろうか?
「…いいじゃん、行ってこいよ。須山とちゃんと話し合える場も設けることがことができたってわけだし」
「う、うん。そうだな…。ははっ」
 そんな言葉とともに、茜はどこか寂しそうにも見える空笑いをした。なんだ?須山との関係をしっかりとしたいと言ったのは茜の方のはずなのに…?
「まあ、とりあえず…。実くんに返事しておくよ」
「おう、あいつも待ってるしな」
 茜はそう言うと、再びスマホを耳につけると、言葉を募り始める。
「ちょ、そんなに喜ばなくても…。うん、僕も楽しみだぞ、じゃあ、誘ってくれてありがとう!また明日!」
 所々緩む口元になりながら、茜は須山と電話をしていた。電話越しに須山はきっと大喜びしたんだろう、茜は電話から耳を少し離し、苦笑をこぼしていた。
「…もう、いいのか?」
「うん、僕は実くんと花火大会に行ってくる」
 スマホをカバンにしまいながら茜は俺にそう言った。
「おう、楽しんでこいよな!」
 俺は自分の提案した通りになって、やや上機嫌で茜の背中を押したつもりだったのだが、対照的に、俺の前には少し眉を下げる茜の姿があった。
「…佑は、そうだよな。お姉ちゃんと行くんだもんな」
「え?」
「ああいやいや、何でもない…。独り言…」
 髪を指でクルクルといじりながらそう言う茜。なんかいつもの茜じゃない気がするのは気のせいだろうか。
「…なんだよ?」
「だーもううるさい!何でもないって言ってるだろ!ほら、帰るぞ帰るぞー!うおーーー!!」
「えっおい茜…」
 あいつの顔を覗き込んだ瞬間、両手を上げて何故か逆ギレをされてしまった。おいおい、そのまま走ると一緒にいる俺が変人とつるんでるみたいになるじゃないか…。
「あいつ…。やっぱり分かんないや、ははっ」
 俺はそんな微笑をこぼしながら、走っていった茜の姿を追うのだった。その時、右頬に何か冷たいものが当たったのを気にもせずに──。
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