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36. 追想
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「大丈夫なんだな…。母さん」
「…うん。心配かけてごめんね」
翌日の代休日。時刻は昼に差し掛かる頃、俺は母さんに立ち会っていた。横の椅子には父さんもいて、俺は野活の分も含め、久しぶりの家族の再会を喜んだ。だけど、頭にぐるぐる巻きの包帯をしているあたり、軽症ではないとすぐ分かった。
「それより…。先生に送ってもらったんだっけ?学校から。申し訳ないわね…」
当然、学校からは母さんのところへとそういう連絡は行く。茜と雫も一緒に送ってもらったのも母さんの耳に入ってるだろう。
「まあ、そうだね。明日、改めてお礼を言うことにするよ。昨日は…、頭、回ってなかったから」
「…そう。それと、今日はわざわざ来てくれてありがとね。今日からはお父さんも家に戻ってくれるから」
母さんは父さんの方を見ながらそう言った。
「そう、だから安心してくれ佑。昨日は本当にすまなかったな」
父さんは俺と向き合い、申し訳なさそうにそう言った。父さんは続ける。
「昨日は…。どう過ごしたんだ?一人でコンビニとか行ったのか…?」
俺は思わず口籠った。昨日は、茜が家に来て、俺の援助をしてくれた。そのことは両親である父さんと母さんに話さなければいけないだろう。でも、今思い返すと、なぜか少し抵抗があるように感じた。なんでなのだろうか…?
「あ、ああ。適当なもの買って、食べたよ」
結局、茜のことは話さずに俺は父さんに説明した。すると、父さんは安心しきったような表情で、
「そうか…。よかったよ、お前の性格上、何もできてなかったんじゃないかと心配で心配で…」
「いや、息子のことをちょっとひどく言い過ぎだろ…」
まあ、事実なんですけど。
「…じゃあ、俺と佑は帰るよ。またお見舞いにくる、お大事にな、母さん」
「うん、ありがと。佑、お父さん」
父さんのその言葉とともに俺と父さんはこの部屋を後にした。母さんのそんな感謝を背に受けながら…。
さざ波の音が耳に響く。一定のリズムで目の前の潮は満ち引きしていく。暮れていく太陽の光が水面に反射して、俺は思わず目を瞑った。
「……?」
目を開けると、1人の人影が見えた。俺と同じような…。そんな背丈のような気がする。
声をかけようとしたが、俺は直前で止めた。なぜなら…。
「う……。う、うう…」
立ちながらその少女は泣いていた。手でその涙を抑えているが、止まるところを知らず、溢れて落ちる涙が陽の光に反射して、まるで真珠のように感じた。
でも、その少女を放ってはおけない。その気持ちの方が抵抗する気持ちに勝った俺は、そんな少女の肩を軽く叩いた。
「う…。う?」
「あ…。だ、大丈夫?」
可愛らしい顔だった。そんな顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまっている様子を見ながら俺は心配の声をかける。
「……だ、誰?」
目を擦りながらその少女は俺に尋ねる。まあそりゃそうか、そんな反応になるよな…。
「お、俺は…」
「………。本当にだれ?」
涙はスッと引っ込み、困惑の表情を浮かべる少女。俺は不思議と自分の名前が出てこなかった。
「………。あはっ」
「…え」
すると、目の前の少女は突然、表情を崩して、その顔には笑顔が浮き出た。俺は何が起こったのか分からず、疑問符を浮かべる。
「……あはは!おかしな人!自分から話しかけておいて、何よそれ…!」
やがて腹を抱えながら笑われてしまった。なんなんだこの子…。謎子だ…。
「きゅ、急に笑うなよ!びっくりするじゃんか!」
「だって、だって!おかしくて…あははっ!」
そんなに笑われるなら話しかけなければよかったた…。
「ありがとう!」
すると、いじける俺に、横から声が飛んできた。声のする方向を見ると、その少女が笑顔混じりにそう言ったのだと瞬間的に察する。
「…え、う、うん」
「…あなた、名前なんて言うの?」
俺と同じような背丈のその少女はそう尋ねた。言おうとするが、再び不思議と名前が出てこない。
「…分からない?自分の名前なのに?変なの」
俺のそんな言葉に納得のいかないような表情をするその少女。
「じゃあ、君の名前はなんなんだよ…!」
なぜかそんな些細なことが悔しくて、俺はその少女にややムキになりながら尋ねた。すると目の前の少女は少し驚きながらも口を開く。
「私?…私の名前は──」
「…ん」
耳に聞こえる雀の歌声とともに俺は目を覚ます。それにしても、なんだったのだろう、さっきの夢は。そして何か…、懐かしいと、そう感じた。言うならば、思い出…?だが、大事なところが思い出せない。一体なんだっけ…?
「…モヤモヤするなぁ」
大事なことのはずなのに、思い出せない自分の心にモヤモヤしながら俺は身体を起こす。時計は7時を指していた。ああそうか、今日からまた学校が始まるんだ。
昨日は、母さんの看病に行って、その後はのんびりと過ごしていた。その前の日からするとあっという間に過ぎた1日だったな…。
「お、佑。おはよう」
下に降りると、コーヒーを淹れる父さんの姿があった。父さんは俺に気づくと、顔を見ながら微笑して、俺にそう言った。
「うん、おはよう」
かばんをソファーのそばに置き、椅子に座る。朝ごはんは既に机の上に並べられていた。
「…これ、父さんが作ったの?」
「ああ、慣れないけど、頑張って作ってみた。食べられそうなら食べてくれ」
ありがたかった。昨日の朝食はコンビニのパンで済ませたので、正直、ちゃんと栄養が取れていなかったのだ。
「いや、食べるよ!ありがとう」
母さんよりかは不器用な食事のように感じたが、嬉しさの方が勝っていた俺はご飯を食べる箸が自然と動いた。
やがて、ご飯を食べ終わり、支度を済ませた俺に父さんは俺に声をかけた。
「…事故のないようにな、気をつけて」
「当たり前さ、安全第一!行ってきます」
ニッと笑顔を父さんに向けた俺はそう心配してくれた父さんに心から感謝をしながらリビングを後にした。
玄関のドアに向かう最中、俺は先程見た夢について考えていた。夢っていうのは普通あまり覚えていないのが普通だ。でも今回は記憶に残っている、そして夢ってよりは、何か一度経験したようなそんなデジャヴ感を感じた…。
「なんなんだろうな。あれ…」
そう呟きながら俺は靴を履く。そろそろ暑くなってきたな、と。また別のことを考えながら俺は目の前のドアを開ける。
「あ、佑。おはよ!」
すると、表札前にいつもの笑顔が光る、茜の姿があった。やれやれ、こいつは相変わらず元気だな…。
「おお、おはよう」
自分の自転車の方へと向かいながら俺は茜に挨拶する。
「今日からまた学校だなー。ちょっとだるいな!」
「まあそうだなぁ。というかもうすぐでテストじゃねえか!」
茜の横に自転車を並べた俺は、すっかり日常となりつつある、彼女との雑談をする。ふと、テストのことを思い出し、いやーな気持ちになったのだが…。
「佑…」
「え?」
「いや、ふふっ。なんでもない!…よかった!さ、行こう、学校に遅れちゃうぞ!」
俺の顔を見るや否や茜は微笑して、どこか安心したかのような表情を俺に見せた。一体なんなんだ?俺は茜のその真理を理解することはできなかった。
…だけど、と。横で楽しそうに話す茜を見ながら俺は思う。母さんの事故に恐怖を覚えた俺が、1番感謝を伝えたいのは紛れもなくこの少女、茜だ。彼女のこのポテンシャルや、持ち前の明るさで俺をここまで立ち直らせた。ちょっと考えたら分かることじゃないか、さっき茜がどこか安心したような表情を見せた理由が…。本当に、感謝しているよ…。茜。
どんなに疲れてても、どんなにしんどくても、一瞬でどこかに吹き飛んでしまいそうな、そんな茜の笑顔に俺は思わず小さく笑みをこぼしながら、彼女のペースに合わせるように、自転車を走らせるのだった。
「…うん。心配かけてごめんね」
翌日の代休日。時刻は昼に差し掛かる頃、俺は母さんに立ち会っていた。横の椅子には父さんもいて、俺は野活の分も含め、久しぶりの家族の再会を喜んだ。だけど、頭にぐるぐる巻きの包帯をしているあたり、軽症ではないとすぐ分かった。
「それより…。先生に送ってもらったんだっけ?学校から。申し訳ないわね…」
当然、学校からは母さんのところへとそういう連絡は行く。茜と雫も一緒に送ってもらったのも母さんの耳に入ってるだろう。
「まあ、そうだね。明日、改めてお礼を言うことにするよ。昨日は…、頭、回ってなかったから」
「…そう。それと、今日はわざわざ来てくれてありがとね。今日からはお父さんも家に戻ってくれるから」
母さんは父さんの方を見ながらそう言った。
「そう、だから安心してくれ佑。昨日は本当にすまなかったな」
父さんは俺と向き合い、申し訳なさそうにそう言った。父さんは続ける。
「昨日は…。どう過ごしたんだ?一人でコンビニとか行ったのか…?」
俺は思わず口籠った。昨日は、茜が家に来て、俺の援助をしてくれた。そのことは両親である父さんと母さんに話さなければいけないだろう。でも、今思い返すと、なぜか少し抵抗があるように感じた。なんでなのだろうか…?
「あ、ああ。適当なもの買って、食べたよ」
結局、茜のことは話さずに俺は父さんに説明した。すると、父さんは安心しきったような表情で、
「そうか…。よかったよ、お前の性格上、何もできてなかったんじゃないかと心配で心配で…」
「いや、息子のことをちょっとひどく言い過ぎだろ…」
まあ、事実なんですけど。
「…じゃあ、俺と佑は帰るよ。またお見舞いにくる、お大事にな、母さん」
「うん、ありがと。佑、お父さん」
父さんのその言葉とともに俺と父さんはこの部屋を後にした。母さんのそんな感謝を背に受けながら…。
さざ波の音が耳に響く。一定のリズムで目の前の潮は満ち引きしていく。暮れていく太陽の光が水面に反射して、俺は思わず目を瞑った。
「……?」
目を開けると、1人の人影が見えた。俺と同じような…。そんな背丈のような気がする。
声をかけようとしたが、俺は直前で止めた。なぜなら…。
「う……。う、うう…」
立ちながらその少女は泣いていた。手でその涙を抑えているが、止まるところを知らず、溢れて落ちる涙が陽の光に反射して、まるで真珠のように感じた。
でも、その少女を放ってはおけない。その気持ちの方が抵抗する気持ちに勝った俺は、そんな少女の肩を軽く叩いた。
「う…。う?」
「あ…。だ、大丈夫?」
可愛らしい顔だった。そんな顔が涙でぐちゃぐちゃになってしまっている様子を見ながら俺は心配の声をかける。
「……だ、誰?」
目を擦りながらその少女は俺に尋ねる。まあそりゃそうか、そんな反応になるよな…。
「お、俺は…」
「………。本当にだれ?」
涙はスッと引っ込み、困惑の表情を浮かべる少女。俺は不思議と自分の名前が出てこなかった。
「………。あはっ」
「…え」
すると、目の前の少女は突然、表情を崩して、その顔には笑顔が浮き出た。俺は何が起こったのか分からず、疑問符を浮かべる。
「……あはは!おかしな人!自分から話しかけておいて、何よそれ…!」
やがて腹を抱えながら笑われてしまった。なんなんだこの子…。謎子だ…。
「きゅ、急に笑うなよ!びっくりするじゃんか!」
「だって、だって!おかしくて…あははっ!」
そんなに笑われるなら話しかけなければよかったた…。
「ありがとう!」
すると、いじける俺に、横から声が飛んできた。声のする方向を見ると、その少女が笑顔混じりにそう言ったのだと瞬間的に察する。
「…え、う、うん」
「…あなた、名前なんて言うの?」
俺と同じような背丈のその少女はそう尋ねた。言おうとするが、再び不思議と名前が出てこない。
「…分からない?自分の名前なのに?変なの」
俺のそんな言葉に納得のいかないような表情をするその少女。
「じゃあ、君の名前はなんなんだよ…!」
なぜかそんな些細なことが悔しくて、俺はその少女にややムキになりながら尋ねた。すると目の前の少女は少し驚きながらも口を開く。
「私?…私の名前は──」
「…ん」
耳に聞こえる雀の歌声とともに俺は目を覚ます。それにしても、なんだったのだろう、さっきの夢は。そして何か…、懐かしいと、そう感じた。言うならば、思い出…?だが、大事なところが思い出せない。一体なんだっけ…?
「…モヤモヤするなぁ」
大事なことのはずなのに、思い出せない自分の心にモヤモヤしながら俺は身体を起こす。時計は7時を指していた。ああそうか、今日からまた学校が始まるんだ。
昨日は、母さんの看病に行って、その後はのんびりと過ごしていた。その前の日からするとあっという間に過ぎた1日だったな…。
「お、佑。おはよう」
下に降りると、コーヒーを淹れる父さんの姿があった。父さんは俺に気づくと、顔を見ながら微笑して、俺にそう言った。
「うん、おはよう」
かばんをソファーのそばに置き、椅子に座る。朝ごはんは既に机の上に並べられていた。
「…これ、父さんが作ったの?」
「ああ、慣れないけど、頑張って作ってみた。食べられそうなら食べてくれ」
ありがたかった。昨日の朝食はコンビニのパンで済ませたので、正直、ちゃんと栄養が取れていなかったのだ。
「いや、食べるよ!ありがとう」
母さんよりかは不器用な食事のように感じたが、嬉しさの方が勝っていた俺はご飯を食べる箸が自然と動いた。
やがて、ご飯を食べ終わり、支度を済ませた俺に父さんは俺に声をかけた。
「…事故のないようにな、気をつけて」
「当たり前さ、安全第一!行ってきます」
ニッと笑顔を父さんに向けた俺はそう心配してくれた父さんに心から感謝をしながらリビングを後にした。
玄関のドアに向かう最中、俺は先程見た夢について考えていた。夢っていうのは普通あまり覚えていないのが普通だ。でも今回は記憶に残っている、そして夢ってよりは、何か一度経験したようなそんなデジャヴ感を感じた…。
「なんなんだろうな。あれ…」
そう呟きながら俺は靴を履く。そろそろ暑くなってきたな、と。また別のことを考えながら俺は目の前のドアを開ける。
「あ、佑。おはよ!」
すると、表札前にいつもの笑顔が光る、茜の姿があった。やれやれ、こいつは相変わらず元気だな…。
「おお、おはよう」
自分の自転車の方へと向かいながら俺は茜に挨拶する。
「今日からまた学校だなー。ちょっとだるいな!」
「まあそうだなぁ。というかもうすぐでテストじゃねえか!」
茜の横に自転車を並べた俺は、すっかり日常となりつつある、彼女との雑談をする。ふと、テストのことを思い出し、いやーな気持ちになったのだが…。
「佑…」
「え?」
「いや、ふふっ。なんでもない!…よかった!さ、行こう、学校に遅れちゃうぞ!」
俺の顔を見るや否や茜は微笑して、どこか安心したかのような表情を俺に見せた。一体なんなんだ?俺は茜のその真理を理解することはできなかった。
…だけど、と。横で楽しそうに話す茜を見ながら俺は思う。母さんの事故に恐怖を覚えた俺が、1番感謝を伝えたいのは紛れもなくこの少女、茜だ。彼女のこのポテンシャルや、持ち前の明るさで俺をここまで立ち直らせた。ちょっと考えたら分かることじゃないか、さっき茜がどこか安心したような表情を見せた理由が…。本当に、感謝しているよ…。茜。
どんなに疲れてても、どんなにしんどくても、一瞬でどこかに吹き飛んでしまいそうな、そんな茜の笑顔に俺は思わず小さく笑みをこぼしながら、彼女のペースに合わせるように、自転車を走らせるのだった。
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