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32. 孤独
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「……ただいま…」
誰もいない家に俺のそんな声が響く。本来なら、横にいてくれる存在がいるはずだが…。
「…はぁ」
靴を脱ぎながら自然とため息が出てしまう。重い足取りで俺はリビングへと向かった。
ここまで帰ってきたのは記憶がうろ覚えだが、先生が俺の家まで送ってくれたんだっけ。先生の気の利かせで茜と雫も自分の車に乗せ、ここに帰って来たということである。
そんなことは今の俺にとって正直どうでもいい。母さんが、出発前あんなに元気だった母さんが…。交通事故だなんて…。
『何か起きる気がする…。佑の身にいいことが』
頭の中に、コンビニでの母さんのそんな言葉がリピートされる。いいことじゃねぇよ、悪いことじゃねぇか…。母さん…。
そう心の中でぼやきながらソファーに引き寄せられるように腰を落とす。すると、手元のスマホが震えた。電話だ。誰からだろうか…?
「父さん…?」
俺は反射的にスマホを手に取り、耳に当てた。
『佑…。大丈夫か?』
聞こえてきたのはそんないつもは聞かない、真剣そうな父さんの声だった。
「大丈夫…じゃないかも。はは…」
『……。電話したのは、佑の状態を確認するのと、もう1つ、佑に伝えなきゃならないことがあったからなんだ』
父さんは俺のそんな状態を心配しつつも、優しく俺にそう話を続けた。
「…うん」
『…本当に申し訳ない……』
そして、次に聞こえたのは父さんの謝罪だった。俺が困惑していると、父さんはさらに続ける。
『今日だけは、母さんの看病の方につく。今病院にいるんだが、医師の人からもそう言われたんだ…。だから本当にごめん、今日だけは1人で夜を明かしてくれ』
「……!」
1人でいることがこんなにも心細いのに、今日は父さんも帰ってこないのか…?心の中にヒビができたように感じた。
『…佑、聞いてるか…?』
「あ、ああ。ごめん、分かった。母さんを…頼むよ」
『おう、任せとけ。じゃあな。心細かったら、いつでも電話してこい』
「うん…。ありがとう、じゃあ」
俺がそういうと、通話は切れた。そのプツリという音がこれほどまでに心細く感じたことはない。弱く差し込んでくる光の中、俺は頭を下した。
ダメだ…。とても1人で夜を明かせられる気がしない。まず、飯はどうする。俺は自炊できないし…。しょうがない、今日はコンビニ飯で我慢するか…。それから風呂洗い、干してあった洗濯の取り込み…。
「どうすればいいんだ…。本当に…」
思わず頭を抱えたその瞬間、再び横のスマホが震えた。
「…え?」
何か言い忘れたことがあったのだろうかとそう思った俺はゆっくりとスマホの画面を見た。そこには思いもよらなかった名前があった。
「え…?茜…?」
画面には、茜の名があった。未だ震えるそのスマホに俺は手をかける。
『も、もしもし?…大丈夫か?佑…』
いつものテンションとは明らかに異なるそのような声で茜から話し出す。
「大丈夫じゃないな…。せっかく電話くれたのに、ごめん…」
俺はAIか。こんなに心配してくれてる人に対してこんな愛想のない返ししかできない…。さっきと同じような返しになってしまった…。
『ま、まあ…。そうだよな…。こんな時に電話かけるべきじゃなかったよな、ごめん…』
俺のそんな冷たすぎる返しに茜は気を遣ったのか、ごめんと謝った。俺はそれを逆に申し訳ないと思い、
「全然そんなことないぞ?今日は父さんもいなくて…。1人で1日過ごさなくちゃいけないから、こうやって身近な人の声を聞けてよかったよ」
と、出来るだけ優しく彼女に言うのだった。すると茜は、驚いたような反応で、俺に尋ねる。
『え?今日佑1人なのか?』
「うん。母さんの看病につくらしい。だから俺は今日、1人で過ごさなきゃならないんだ…。飯とかコンビニで買ってさ、だからさっきも言ったけど、電話をかけてきてくれたことは俺にとって心を落ち着かせるいいきっかけになったよ。本当にありがとう、茜」
理由を説明しながら、自分に気を遣ってくれている茜に感謝を述べて、俺は電話を切ろうとした。が、
『うん。…1つ話があるんだけど、いいかな?』
「ん?うん、どうした?」
何だろうと、疑問に思いながら俺は彼女にそう尋ねた。
『本当に嫌じゃなかったらでいいんだけど…。僕、佑の晩ごはんとか作ろうか?』
「…え?作るって、ここに来てか?」
思わなかった提案をされた俺は、少し動揺しながらそう茜に聞く。
『ああ、あれだぞ?材料はもちろんこっちで用意するぞ?作ったやつを佑の家に持っていこうかなと』
茜は電話越しの俺にそう言った。そして少し申し訳なさそうな声で茜は続けた。
『どうかな…?さっきも言ったけど、嫌なら全然いいんだぞ?これは僕の勝手な案だし、佑自身も1人でいたい状態だろうし…』
「いや、お願いしたい…。ごめん、今の精神状態だと、コンビニに行くのも辛くて…。頼む…」
精神が参ってしまっている俺は茜からのそんな提案を二つ返事で了承した。本当にありがく感じた。今は何も行動に移す気持ちになれなかったからだ。
『そ、そうか?じゃあ軽く食べれるもの作っていくから、30分ほど待っててくれ!』
茜はそう俺に言って、電話は切れた。俺はスマホを耳から離す。30分…か。何を作ってくれるのだろうか。
「母さん…大丈夫かな…」
病院に電話して、今すぐに母さんの声を聞きたい。でもできない…。なぜなら、先ほどの父さんの電話からするに、母さんは手術中だと思うからだ。そして父さんはおそらくその手術後の母さんに付き添うのだろう。
「6時…半か」
壁にかけられている時計を見て、そう呟く。バスに乗っていた時間が思ってたよりも長く、太陽が住宅街に消えていこうとしていた。そんな誰もいない静かなリビングで、俺は茜のことをじっと待つのだった。
「…押すか」
僕はそう呟いて、’佐野’と書かれた表札の横にあるインターホンに手をかけた。何回かポーンという音が響いた後、玄関へと移動する誰かの足音が聞こえて来る。やがて、扉は開かれた。
「よっ!佑、元気か…」
佑の元気がないことは百も承知だったが、少しでもテンションを上げてほしいと思い、僕は高らかな挨拶をしたのだが…。
「…よう。よく来てくれたな…」
そんな彼の反応を見て、この考えはきっと通用しないだろうと一瞬で悟った。よって、僕も彼に合わせる。いや、合わせなくちゃならないのだ。だって彼は今…。
「…うん。とりあえず…、はい!」
でも僕があからさまなテンションの下がり方だと佑も違和感を覚えるだろう。とりあえず笑顔で佑と話すことにする。少しでも元気になってほしいし…。
そう僕は思って、持ってた料理を佑に渡す。
「おお、ありがとな…。チャーハンか」
「うん、チャーハンは僕の得意料理なんだ!でも今日は急いで作ったから…。どうかな、ははは…」
頬を軽くかきながら僕は佑にそう言った。そんな佑の表情には笑顔はない。まるで、水分を失った花みたいに、元気がない…。
「いや、大丈夫さ。本当にありがとな、茜」
一番辛いのは彼自身のはずなのに、佑はそう言って、今できるであろう精一杯の笑顔を見せた。僕はそんな無理な笑顔を見て、少し心が痛くなる。
「うん…」
さっき僕…。佑と話すって決心したけど…。何を話せばいい?何を話せば佑はちゃんと笑顔になる…?いつもならポンポン話が出てくるが、今日は不思議と言葉が詰まり、何も出てこない。
「え…えと…」
僕はそんな感じでしどろもどろしていると、口を開いたのは目の前の少年だった。
「…そういえば、雫は…?大丈夫なのか…?」
「え?お姉ちゃん…?」
僕がそう疑問混じりに彼にそう尋ねると、佑は首をゆっくりと縦に振ったあと、続ける。
「…ああ。先生に送ってもらってる時、雫もどこか…。今にも泣きそうな感じだったからさ…」
「…!」
佑のそんな言葉を聞いて、僕は背中が張る感覚があった。佑…。自分もいっぱいいっぱいだろうに…。
「…大丈夫だよ、お姉ちゃんは。ちょっと疲れてただけみたいだ」
「…そうか…。ならよかった」
そう佑は僕の渡したラップ済みの皿を持ち直して言った。ずっと持ってるのもきついだろう、それを見てそう感じた僕は、
「…ごめん、話が長すぎたな。それはさっき作ったから、別にチンしなくても食べてると思うぞ、でも少し冷めてると思うなら、佑の好きな感じであっためて食べてくれ…。なら、僕は帰るな」
と、手を軽く上げながら踵を返した。だけど、次の瞬間、僕の足が動くことはなかった。それは…。
「…え?」
さっき上げた手の手首の方に感覚があった。それは何か掴まれてる感覚で…?
僕はそんな素っ頓狂な声とともに、手の方へと首を回す。
「…いやだ」
そこには、そんな懇願のような言葉とともに、とても悲しそうな顔をした佑の姿があった。チャーハンの皿は左手一本で抱え込むようにして持っており、右手は僕の手首をガッチリと掴んでいた。
「…いやだ…?何が…?」
僕は彼の言ったその言葉がイマイチ理解できず、思わず聞き返した。すると、佑は口を一度ギュッと閉じて、言う。
「1人にしないでくれ…。嫌なんだ、孤独が。1人っていう誰もいない状態が。今は…」
「…佑…?」
今にも崩れそうなその表情で、佑は僕に訴えた。同時に、これは僕が思っているほど以上の事態だと僕は察した。
「…えっと…。ど、どうしたらいい…かな?」
困惑しながらも、僕は彼にそう尋ねた。僕にとってしてあげられることは限られている。だから、それを彼に募ることにした…。すると、彼は。
「…俺の」
「え?」
「今日だけは、俺のそばにいてほしい…。1人が…、怖いんだ…。誰かの存在が、ほしい。それが俺は…。茜がいい…」
思わず、心臓が高鳴った。そばにいてほしい…?それってもうほぼ…。
いやいや違うだろ!とそんな考えをしてしまっている自分の心に抑止をかける。でもいつもとは明らかに心臓の鼓動が速くなってるし…、体温も…。この気持ちは…何…?
「…ご、ごめん…。俺、勝手なことを…」
すると、そんな言葉とともにパッと手首を離される感覚があった。そこにはうつむく佑の姿があった。
こんな状態の佑に僕がいましてあげられること…。そうだよな、僕が…。
「…いいよ」
「…え?」
「僕でよければ…。今日、佑のそばにいる。本当に、僕でよかったらだけど…」
佑の元気になるきっかけになりたい。そう心の中で思っていると、自然とそんな言葉が口から溢れ出た。ただ一つ、本当に僕でいいのかという不安を乗せて…。
「ほ、本当か…!?ありがとう、助かるよ…」
ほんの僅かだけど、彼の顔に先ほど見せた笑顔とは違う、表情が浮かび上がった気がした。それは、どこかで見たような…、そんな…。
「…うん。とりあえず、家にいるお姉ちゃんに連絡してくるから…。先に食べてて…?またインターホン鳴らすから」
「ああ…」
そして、今度こそ僕は踵を返そうとした。刹那、先ほどのように腕は掴まれなかったが、言葉が一つ、僕の背中に飛んでくるのだった。
「…茜。本当に、ありがとう」
といった、端的な感謝が…。
誰もいない家に俺のそんな声が響く。本来なら、横にいてくれる存在がいるはずだが…。
「…はぁ」
靴を脱ぎながら自然とため息が出てしまう。重い足取りで俺はリビングへと向かった。
ここまで帰ってきたのは記憶がうろ覚えだが、先生が俺の家まで送ってくれたんだっけ。先生の気の利かせで茜と雫も自分の車に乗せ、ここに帰って来たということである。
そんなことは今の俺にとって正直どうでもいい。母さんが、出発前あんなに元気だった母さんが…。交通事故だなんて…。
『何か起きる気がする…。佑の身にいいことが』
頭の中に、コンビニでの母さんのそんな言葉がリピートされる。いいことじゃねぇよ、悪いことじゃねぇか…。母さん…。
そう心の中でぼやきながらソファーに引き寄せられるように腰を落とす。すると、手元のスマホが震えた。電話だ。誰からだろうか…?
「父さん…?」
俺は反射的にスマホを手に取り、耳に当てた。
『佑…。大丈夫か?』
聞こえてきたのはそんないつもは聞かない、真剣そうな父さんの声だった。
「大丈夫…じゃないかも。はは…」
『……。電話したのは、佑の状態を確認するのと、もう1つ、佑に伝えなきゃならないことがあったからなんだ』
父さんは俺のそんな状態を心配しつつも、優しく俺にそう話を続けた。
「…うん」
『…本当に申し訳ない……』
そして、次に聞こえたのは父さんの謝罪だった。俺が困惑していると、父さんはさらに続ける。
『今日だけは、母さんの看病の方につく。今病院にいるんだが、医師の人からもそう言われたんだ…。だから本当にごめん、今日だけは1人で夜を明かしてくれ』
「……!」
1人でいることがこんなにも心細いのに、今日は父さんも帰ってこないのか…?心の中にヒビができたように感じた。
『…佑、聞いてるか…?』
「あ、ああ。ごめん、分かった。母さんを…頼むよ」
『おう、任せとけ。じゃあな。心細かったら、いつでも電話してこい』
「うん…。ありがとう、じゃあ」
俺がそういうと、通話は切れた。そのプツリという音がこれほどまでに心細く感じたことはない。弱く差し込んでくる光の中、俺は頭を下した。
ダメだ…。とても1人で夜を明かせられる気がしない。まず、飯はどうする。俺は自炊できないし…。しょうがない、今日はコンビニ飯で我慢するか…。それから風呂洗い、干してあった洗濯の取り込み…。
「どうすればいいんだ…。本当に…」
思わず頭を抱えたその瞬間、再び横のスマホが震えた。
「…え?」
何か言い忘れたことがあったのだろうかとそう思った俺はゆっくりとスマホの画面を見た。そこには思いもよらなかった名前があった。
「え…?茜…?」
画面には、茜の名があった。未だ震えるそのスマホに俺は手をかける。
『も、もしもし?…大丈夫か?佑…』
いつものテンションとは明らかに異なるそのような声で茜から話し出す。
「大丈夫じゃないな…。せっかく電話くれたのに、ごめん…」
俺はAIか。こんなに心配してくれてる人に対してこんな愛想のない返ししかできない…。さっきと同じような返しになってしまった…。
『ま、まあ…。そうだよな…。こんな時に電話かけるべきじゃなかったよな、ごめん…』
俺のそんな冷たすぎる返しに茜は気を遣ったのか、ごめんと謝った。俺はそれを逆に申し訳ないと思い、
「全然そんなことないぞ?今日は父さんもいなくて…。1人で1日過ごさなくちゃいけないから、こうやって身近な人の声を聞けてよかったよ」
と、出来るだけ優しく彼女に言うのだった。すると茜は、驚いたような反応で、俺に尋ねる。
『え?今日佑1人なのか?』
「うん。母さんの看病につくらしい。だから俺は今日、1人で過ごさなきゃならないんだ…。飯とかコンビニで買ってさ、だからさっきも言ったけど、電話をかけてきてくれたことは俺にとって心を落ち着かせるいいきっかけになったよ。本当にありがとう、茜」
理由を説明しながら、自分に気を遣ってくれている茜に感謝を述べて、俺は電話を切ろうとした。が、
『うん。…1つ話があるんだけど、いいかな?』
「ん?うん、どうした?」
何だろうと、疑問に思いながら俺は彼女にそう尋ねた。
『本当に嫌じゃなかったらでいいんだけど…。僕、佑の晩ごはんとか作ろうか?』
「…え?作るって、ここに来てか?」
思わなかった提案をされた俺は、少し動揺しながらそう茜に聞く。
『ああ、あれだぞ?材料はもちろんこっちで用意するぞ?作ったやつを佑の家に持っていこうかなと』
茜は電話越しの俺にそう言った。そして少し申し訳なさそうな声で茜は続けた。
『どうかな…?さっきも言ったけど、嫌なら全然いいんだぞ?これは僕の勝手な案だし、佑自身も1人でいたい状態だろうし…』
「いや、お願いしたい…。ごめん、今の精神状態だと、コンビニに行くのも辛くて…。頼む…」
精神が参ってしまっている俺は茜からのそんな提案を二つ返事で了承した。本当にありがく感じた。今は何も行動に移す気持ちになれなかったからだ。
『そ、そうか?じゃあ軽く食べれるもの作っていくから、30分ほど待っててくれ!』
茜はそう俺に言って、電話は切れた。俺はスマホを耳から離す。30分…か。何を作ってくれるのだろうか。
「母さん…大丈夫かな…」
病院に電話して、今すぐに母さんの声を聞きたい。でもできない…。なぜなら、先ほどの父さんの電話からするに、母さんは手術中だと思うからだ。そして父さんはおそらくその手術後の母さんに付き添うのだろう。
「6時…半か」
壁にかけられている時計を見て、そう呟く。バスに乗っていた時間が思ってたよりも長く、太陽が住宅街に消えていこうとしていた。そんな誰もいない静かなリビングで、俺は茜のことをじっと待つのだった。
「…押すか」
僕はそう呟いて、’佐野’と書かれた表札の横にあるインターホンに手をかけた。何回かポーンという音が響いた後、玄関へと移動する誰かの足音が聞こえて来る。やがて、扉は開かれた。
「よっ!佑、元気か…」
佑の元気がないことは百も承知だったが、少しでもテンションを上げてほしいと思い、僕は高らかな挨拶をしたのだが…。
「…よう。よく来てくれたな…」
そんな彼の反応を見て、この考えはきっと通用しないだろうと一瞬で悟った。よって、僕も彼に合わせる。いや、合わせなくちゃならないのだ。だって彼は今…。
「…うん。とりあえず…、はい!」
でも僕があからさまなテンションの下がり方だと佑も違和感を覚えるだろう。とりあえず笑顔で佑と話すことにする。少しでも元気になってほしいし…。
そう僕は思って、持ってた料理を佑に渡す。
「おお、ありがとな…。チャーハンか」
「うん、チャーハンは僕の得意料理なんだ!でも今日は急いで作ったから…。どうかな、ははは…」
頬を軽くかきながら僕は佑にそう言った。そんな佑の表情には笑顔はない。まるで、水分を失った花みたいに、元気がない…。
「いや、大丈夫さ。本当にありがとな、茜」
一番辛いのは彼自身のはずなのに、佑はそう言って、今できるであろう精一杯の笑顔を見せた。僕はそんな無理な笑顔を見て、少し心が痛くなる。
「うん…」
さっき僕…。佑と話すって決心したけど…。何を話せばいい?何を話せば佑はちゃんと笑顔になる…?いつもならポンポン話が出てくるが、今日は不思議と言葉が詰まり、何も出てこない。
「え…えと…」
僕はそんな感じでしどろもどろしていると、口を開いたのは目の前の少年だった。
「…そういえば、雫は…?大丈夫なのか…?」
「え?お姉ちゃん…?」
僕がそう疑問混じりに彼にそう尋ねると、佑は首をゆっくりと縦に振ったあと、続ける。
「…ああ。先生に送ってもらってる時、雫もどこか…。今にも泣きそうな感じだったからさ…」
「…!」
佑のそんな言葉を聞いて、僕は背中が張る感覚があった。佑…。自分もいっぱいいっぱいだろうに…。
「…大丈夫だよ、お姉ちゃんは。ちょっと疲れてただけみたいだ」
「…そうか…。ならよかった」
そう佑は僕の渡したラップ済みの皿を持ち直して言った。ずっと持ってるのもきついだろう、それを見てそう感じた僕は、
「…ごめん、話が長すぎたな。それはさっき作ったから、別にチンしなくても食べてると思うぞ、でも少し冷めてると思うなら、佑の好きな感じであっためて食べてくれ…。なら、僕は帰るな」
と、手を軽く上げながら踵を返した。だけど、次の瞬間、僕の足が動くことはなかった。それは…。
「…え?」
さっき上げた手の手首の方に感覚があった。それは何か掴まれてる感覚で…?
僕はそんな素っ頓狂な声とともに、手の方へと首を回す。
「…いやだ」
そこには、そんな懇願のような言葉とともに、とても悲しそうな顔をした佑の姿があった。チャーハンの皿は左手一本で抱え込むようにして持っており、右手は僕の手首をガッチリと掴んでいた。
「…いやだ…?何が…?」
僕は彼の言ったその言葉がイマイチ理解できず、思わず聞き返した。すると、佑は口を一度ギュッと閉じて、言う。
「1人にしないでくれ…。嫌なんだ、孤独が。1人っていう誰もいない状態が。今は…」
「…佑…?」
今にも崩れそうなその表情で、佑は僕に訴えた。同時に、これは僕が思っているほど以上の事態だと僕は察した。
「…えっと…。ど、どうしたらいい…かな?」
困惑しながらも、僕は彼にそう尋ねた。僕にとってしてあげられることは限られている。だから、それを彼に募ることにした…。すると、彼は。
「…俺の」
「え?」
「今日だけは、俺のそばにいてほしい…。1人が…、怖いんだ…。誰かの存在が、ほしい。それが俺は…。茜がいい…」
思わず、心臓が高鳴った。そばにいてほしい…?それってもうほぼ…。
いやいや違うだろ!とそんな考えをしてしまっている自分の心に抑止をかける。でもいつもとは明らかに心臓の鼓動が速くなってるし…、体温も…。この気持ちは…何…?
「…ご、ごめん…。俺、勝手なことを…」
すると、そんな言葉とともにパッと手首を離される感覚があった。そこにはうつむく佑の姿があった。
こんな状態の佑に僕がいましてあげられること…。そうだよな、僕が…。
「…いいよ」
「…え?」
「僕でよければ…。今日、佑のそばにいる。本当に、僕でよかったらだけど…」
佑の元気になるきっかけになりたい。そう心の中で思っていると、自然とそんな言葉が口から溢れ出た。ただ一つ、本当に僕でいいのかという不安を乗せて…。
「ほ、本当か…!?ありがとう、助かるよ…」
ほんの僅かだけど、彼の顔に先ほど見せた笑顔とは違う、表情が浮かび上がった気がした。それは、どこかで見たような…、そんな…。
「…うん。とりあえず、家にいるお姉ちゃんに連絡してくるから…。先に食べてて…?またインターホン鳴らすから」
「ああ…」
そして、今度こそ僕は踵を返そうとした。刹那、先ほどのように腕は掴まれなかったが、言葉が一つ、僕の背中に飛んでくるのだった。
「…茜。本当に、ありがとう」
といった、端的な感謝が…。
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