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31. 理由と静音
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結局、須山は3日目の朝になっても機嫌はあまり変わらず、俺は今までにない違和感を抱いていた。そんな3日目は特に何もすることもなく、午後3時ごろ、中浜高校2年、総勢約280名は帰りのバスに乗ろうとしていた。
「いよいよ終わりか…。なんか、ものすっごく長く感じたな、この3日間は…」
バス前でポツンとそう呟く俺。ここで立ち止まっていても仕方ないので流れるようにバスに乗る。席は行きと同じなので俺の隣は再び須山だ。今のまま乗るのは気まずいし…、ちょっと機嫌がななめな理由を聞いてみるか…?
自分の座っていた席に行くと、須山が既に俺の隣に腕を組みながら座っていた。なんか怖ぇ、俺なんかやらかしたの…?
「す、須山…。どうしたんだ?何かあったのか?」
ゆっくりと彼の隣に座りながら恐る恐るそう尋ねる。すると須山は、今俺に気づいたような様子で、
「え?あ、ああ。まあ…。ちょっとな…」
「話してくれよ、俺でよければ」
自分の胸に手を添え、須山にそう言う。
「お、おお…。じゃあ…」
そう須山は次の言葉を紡ごうとしたが、
「いやダメだ…」
と、再び口を閉じてしまった。こいつ…明らかに様子がおかしい。キャンプファイヤーをする前は俺と同じく楽しいテンションでいたんだ。でも、終わった後は機嫌が…。ただ単にそのビッグイベントが終わったからそう言う機嫌なんだろうか。
「キ、キャンプファイヤーの時何かあったのか?」
どっちにしてもあのイベントの後に須山の機嫌が変わったのは事実だと感じた俺は須山にそんな質問を投げかけた。
「ま、まあ…。そうだな…」
須山はそう素直に答えた。
「よかったら…。話してくれないか?友達が困っているのは俺としても気分が良くないんだ…」
須山に語りかけるように俺はそう言った。気持ちは本当だ。彼は何で悩んでるのか知らないが、その悩みから救ってあげたい。
「まあ…。そこまで言うなら…」
「おお、頼む」
そう須山は2度目の了承をしたが…。
「……ダメだ。佐野には…、話すことはできない…」
と、またしても断ってしまった。しかも、俺には話すことが出来ないって…?
「何でだよ、俺が信用できないのか…?」
「そうじゃない、信用はしてる。ただ、本当に、佐野には…。話せないんだ…ごめん」
ちょっとムッとなって須山についそう言ってしまったが、須山は力無く謝った。
「なんでだよ…」
「いや、ちょっと本当に…。マジでごめん…」
話せば話すほど弱々しくなってくる須山に尋ねる俺の声も弱くなっていく。
「何で話してくれないんだよ…」
独り言のようにそう呟いた俺の言葉に須山はフーッと軽く息を吐き、言う。
「佐野"だから"、話せないんだ。少なくとも、お前にだけは…」
「俺だから…?余計に気になるわ…」
俺だからってどういう意味だよ…。でも、これ以上須山のこんな話をしていても、ここの2人の距離が開くだけだ。そう考えた俺は、
「…まあ、須山は須山なりに悩んでるんだな…。でも今日はもう野活最終日のバスだし、しんどくなければ、普通に雑談しないか…?」
いろいろモヤモヤしながらも、須山にそう提案した。無理なら無理でいい。須山には須山の気持ちを整理する時間が必要かもしれない。すると須山は、
「…まあ、普通に話す程度ならできるしな…」
と呟き、俺の案は通ったのだった。
俺の考えが通じたのか、須山は徐々に笑顔になっていった。3日間、ひたすら体を動かしまくって、疲れて…。寝たいはずなのに彼は俺との話を終わろうとはしなかった。
俺がこのことを須山に提案したのにはもう1つ、理由がある。それは、こうして雑談しているうちに、ぽろっとその"俺だから言えない"内容を言ってくれることを期待したが、考えてみればそもそも俺に言えないのなら、そうした雑談の中でも彼は決してそのことを言わないだろう。まず、それで聞き出すなんて、今考えてみれば相当タチが悪いしな。
「…何だろ、何か元気になってきたわ!」
「おお、そいつはよかった!」
30分くらいだろうか、それだけの時間で彼は自分自身の元気を取り戻すことに成功していた。そうそう、これがこいつって感じだよな。
「それでなー?」
もう自分から話し始める須山を見ながら俺は長いようで短かったこの2泊3日を振り返る。
まずは…、陶芸をしたっけ。俺は茶碗を作ったんだったな。この須山は、俺よりも少しだけ大きい割にどんぶりとか言ってたが…。後日学校に届いた時はどうなってるんだろうな…。そういえば、自分の頬を粘土がついた手で触っちゃって、茜に取ってもらったんだっけ?…あれはちょっと驚いてしまったなぁ。
でまあ、次はカヤックか。水の上を滑っているような感覚で気持ちよかったよなぁ。そこからだよな、須山が好きな人がいるとか言い出したのは。当時は完全に椛だと思ってたが…。今は…、判明しちまったしな…。え、あれ?
こいつが凹んでた理由って…?昨日のキャンプファイヤーの時にあいつに…?
「す、すや…」
俺はすぐさまそのことを聞こうとしたが、次の瞬間、俺の口は閉まっていた。それは、目の前の少年が、楽しそうに俺に何かを話していたからだ。こいつはせっかく笑顔になったのに、俺の話でまた落ち込んだらどうする。そのことは聞ける時に聞こう。まず、このこととは限らないしな。
そんで…。1日目の夜は飯盒炊飯をしたんだよな。ここで志知くんと初めて喋ったけど…。普通に喋りやすかった気がした。そして何より嬉しかったのが、彼から俺に話しかけてくれることが多かったことだ。気が効くし、優しいし…。きっと頭もいいんだろうな、俺、志知くんを目指そうかな。そういえば須山、その時椛を呼び出して何処かに行ってたんだよな。まあ、雫に捕まって、何を言ってたのかは分からないけど…。でも、その雫との会話はどこか楽しく、嬉しいものだったっていう記憶はある。やっぱり、あいつは喋りやすかったんだな。
それでやっぱり、2日目の夜、キャンプファイヤーだよな。ここで過ごした時間は何だろう、ものすごく長く感じた。まるでずーっとそこにいるような、そんな感覚だった。そして、そこでの印象と言えばやはり雫だろう。最初はグダグダだったダンス。でも本番であった昨日はサクサク踊ることが出来た。何より、楽しく感じた。その後は、あいつに呼び出されて…。そこから俺は雫に名前で呼ぶことを許可されたんだ。今思ってみれば…。名前呼びを許可って変な言い方だな、何だそれ、何かおかしいぞ…。まあでも、野活のこの行事を通して、俺と雫の関係は、距離はきっとーー縮まったのだろう。俺は、そう思いたい。
「……!」
そこで俺は1つ我に帰るようにして気づく。あれ、俺…。野活のほぼ全てのイベントで…、ずっと考えてしまっているやつがいる…。それも2人。
「茜…。雫…」
隣で話している須山にも聞こえないようなそんな声で俺はボソッと呟いた。さっきの思い出巡りも、前半は茜が、後半は雫が顔を出していた。おそらく、俺がこの街に引っ越してきて、一番喋っているのは茜だ。でも、この行事を通じて、喋ったのは雫…。そもそもとして俺…。何で、あの2人のことをずっと考えてしまうんだろ──。
「の、佐野!おい、聞いてるのか!?」
「っえ、あっ、すまん。ぼーっとしてて、ははは…」
須山の声で俺は本当に我に帰った。おお、声が聞こえないほど俺は…。
「ったく…。雑談しようって言ったのお前の方なんだからちゃんと聞いてくれよ…。どこから聞いてなかったんだ?」
「えっとあのー、鯉のエサって実は美味しいよねってところから…」
「そんな話してねぇよ!お前全部聞いてないじゃねぇか!」
笑いながら怒るそんな矛盾状態の須山を見て、俺は微笑を浮かべながら彼と話す。
「いやいや、聞いてるぜ?ほら、スイカって野菜だって話してたのは覚えてるんだから」
「そんな話もしてねぇよ!お前どれだけホラ吹けば気がすむんだよ!」
「あれ、そうだったっけ?」
すっかり元気になってしまった様子の須山。この状態の須山との会話はやっぱりくだらないな…。でもまあ、本当に元気になってくれてよかった…。
と、俺は心の中で呟くのだった。バスは未だ見慣れない山の中を走っていく──。
そしてついに、見慣れた街並みが戻ってきた。ここまで戻ってくると、自分の過ごした2泊3日が嘘のように感じ、同時に何か寂しい気持ちにもなる。だけど、楽しかったっていう事実は変わらない。俺は窓から線のように流れて見える、そんな景色に微笑を漏らした。
「っはー、ついに終わりかぁ、でも楽しかったなぁ」
「そうだな、色々なことがあったな」
感慨にふける須山。バスは校門を通り、校庭へと止まる。プシューという音とともに、この野活を終える最後のドアが開く。俺たちは真ん中くらいの席なので、混まないうちにそのドアを通った。ありがとうございましたと、ここまで送ってくれた運転手の人に感謝をしながら。
先生の話は10分ほどで終わり、俺たちは家に帰る支度をする。それにしても、何回も言ってるだろうが、本当に楽しかった。本当に、本当にだ。
すると、そんな清々しい気持ちでいる俺に、話しかけてくる人がいた。
「楽しかったな佑!帰りのバスは寝ちゃって全く喋れなかったけど…」
「おお茜か。そうだな、楽しかったなぁ」
「よしじゃあ、帰ろうか、帰りも送ってくれますかね…?」
やや申し訳なさそうにそういう茜。人によっては厚かましいと感じる人もいるかもしれない。だけど、俺は微笑して言った。
「いいよ、当たり前だろ?それじゃ、雫も呼んでコンビニに行こう、あらかじめ母さんには時間とかを伝えてあるから」
「おっけー!」
茜は、俺のそんな言葉に元気よく返事をした。いやはや、相変わらずのテンションだな。そう考えていると…。
「…佑、帰りも送ってくれるの?」
背後からいきなりそんな声が聞こえた。俺は少し意表をつかれたなと、そう感じながら、振り向いて言う。
「…びっくりした、雫。いいよ、今から雫を探そうとしていたところだ。ちょうどよかった、じゃあ行こう」
そう雫に軽く行って、俺は校門へ向かおうとした。
「ち、ちょっと待って!?」
刹那、俺と雫の耳に聞こえる声があった。思わず俺は振り返ると、その声を出した張本人、茜は口をパクパクしながら言う。
「えっ…?2人、特にお姉ちゃん…。呼び方が…?」
「え?そうかしら?私は最初から佑って呼んでたけど…」
いやいやその嘘は無理がありますよ雫さん…。でもその3文字を聞けることに嬉しく感じる俺がいた。
「絶対違うだろ!僕が知らないところでどこまで進んでたんだ!佑!お姉ちゃん!」
「別にいいだろ…。普通にこっちの方が呼びやすいってだけだ…」
「いいやダメだ!そういう名前呼びをするには、僕のサイン、そして手続きをだな…」
「いや関係ないでしょ茜!…そして何で今作ろうとしてるのよ…」
寝たからか、いつものテンションではしゃぐ茜、それにツッコむ雫。なんだか…。コントを見てるみたいだ…。
ああでも、楽しかったな。いい3日間だった…。
「ああいたいた!佐野!!」
そんな俺の言葉にできない感慨深さとも言えるそんな状態であった時、1つの図太い声が俺の耳を刺激した。
「…え?」
声のした方に目をやると、先生が1人、こっちへと全速力で走ってくるのが分かった。朝礼台付近では、何やら慌ただしい雰囲気の先生たち、そして走ってくる先生のその表情はいつもの笑っている先生ではなく、どこか落ち着きのない、そんな気持ちが汲み取れる。
「…ど、どうしたんですか…?」
息を切らしながら、俺のところへと来た先生に俺は眉をひそめながらそう尋ねた。だけど、ここにいる先生たちの様子を見るに、決していいことではないということを俺はその瞬間に悟った。そして、先生は、息を整えて、言った。
「……佐野。落ち着いて聞いてくれ」
「は、はい…」
そして先生は、俺の目をじっと見ながら言った。
「お前の母親が…。交通事故に遭った。先ほど警察から連絡があった…」
「え…」
先ほどまでの言わば天国のような感慨深い気持ちから、一気に地獄のどん底へと叩き落とされるような感覚があった。え?今先生は何と言った?…両親が、こ、交通…事故…?
「…は?え、か」
「…………」
先生はそんな狼狽える俺をじっと見て、口を固く閉じ、どこか悔しそうな表情をした。
「佐野…。事故に遭ったのはな、この学校に迎えにくる途中でーー」
先生は次に何かを話し始めた。おそらくこの事故の経緯のことだろうが、俺の頭には一切内容は入ってこなかった。
「……事故…。母さんが…」
呆然となりながら、俺はそう呟いた。ミュートしたかのように周りの雑音も俺の耳を通してシャットアウトされている。
そんな俺に茜はとても心配そうな表情で俺に何かを言っているが、俺の耳は完全に機能を停止してしまっていた。
刹那、俺の目の前は真っ暗に染まるのだった。今の目の前の世界も、この先の未来も…。
「いよいよ終わりか…。なんか、ものすっごく長く感じたな、この3日間は…」
バス前でポツンとそう呟く俺。ここで立ち止まっていても仕方ないので流れるようにバスに乗る。席は行きと同じなので俺の隣は再び須山だ。今のまま乗るのは気まずいし…、ちょっと機嫌がななめな理由を聞いてみるか…?
自分の座っていた席に行くと、須山が既に俺の隣に腕を組みながら座っていた。なんか怖ぇ、俺なんかやらかしたの…?
「す、須山…。どうしたんだ?何かあったのか?」
ゆっくりと彼の隣に座りながら恐る恐るそう尋ねる。すると須山は、今俺に気づいたような様子で、
「え?あ、ああ。まあ…。ちょっとな…」
「話してくれよ、俺でよければ」
自分の胸に手を添え、須山にそう言う。
「お、おお…。じゃあ…」
そう須山は次の言葉を紡ごうとしたが、
「いやダメだ…」
と、再び口を閉じてしまった。こいつ…明らかに様子がおかしい。キャンプファイヤーをする前は俺と同じく楽しいテンションでいたんだ。でも、終わった後は機嫌が…。ただ単にそのビッグイベントが終わったからそう言う機嫌なんだろうか。
「キ、キャンプファイヤーの時何かあったのか?」
どっちにしてもあのイベントの後に須山の機嫌が変わったのは事実だと感じた俺は須山にそんな質問を投げかけた。
「ま、まあ…。そうだな…」
須山はそう素直に答えた。
「よかったら…。話してくれないか?友達が困っているのは俺としても気分が良くないんだ…」
須山に語りかけるように俺はそう言った。気持ちは本当だ。彼は何で悩んでるのか知らないが、その悩みから救ってあげたい。
「まあ…。そこまで言うなら…」
「おお、頼む」
そう須山は2度目の了承をしたが…。
「……ダメだ。佐野には…、話すことはできない…」
と、またしても断ってしまった。しかも、俺には話すことが出来ないって…?
「何でだよ、俺が信用できないのか…?」
「そうじゃない、信用はしてる。ただ、本当に、佐野には…。話せないんだ…ごめん」
ちょっとムッとなって須山についそう言ってしまったが、須山は力無く謝った。
「なんでだよ…」
「いや、ちょっと本当に…。マジでごめん…」
話せば話すほど弱々しくなってくる須山に尋ねる俺の声も弱くなっていく。
「何で話してくれないんだよ…」
独り言のようにそう呟いた俺の言葉に須山はフーッと軽く息を吐き、言う。
「佐野"だから"、話せないんだ。少なくとも、お前にだけは…」
「俺だから…?余計に気になるわ…」
俺だからってどういう意味だよ…。でも、これ以上須山のこんな話をしていても、ここの2人の距離が開くだけだ。そう考えた俺は、
「…まあ、須山は須山なりに悩んでるんだな…。でも今日はもう野活最終日のバスだし、しんどくなければ、普通に雑談しないか…?」
いろいろモヤモヤしながらも、須山にそう提案した。無理なら無理でいい。須山には須山の気持ちを整理する時間が必要かもしれない。すると須山は、
「…まあ、普通に話す程度ならできるしな…」
と呟き、俺の案は通ったのだった。
俺の考えが通じたのか、須山は徐々に笑顔になっていった。3日間、ひたすら体を動かしまくって、疲れて…。寝たいはずなのに彼は俺との話を終わろうとはしなかった。
俺がこのことを須山に提案したのにはもう1つ、理由がある。それは、こうして雑談しているうちに、ぽろっとその"俺だから言えない"内容を言ってくれることを期待したが、考えてみればそもそも俺に言えないのなら、そうした雑談の中でも彼は決してそのことを言わないだろう。まず、それで聞き出すなんて、今考えてみれば相当タチが悪いしな。
「…何だろ、何か元気になってきたわ!」
「おお、そいつはよかった!」
30分くらいだろうか、それだけの時間で彼は自分自身の元気を取り戻すことに成功していた。そうそう、これがこいつって感じだよな。
「それでなー?」
もう自分から話し始める須山を見ながら俺は長いようで短かったこの2泊3日を振り返る。
まずは…、陶芸をしたっけ。俺は茶碗を作ったんだったな。この須山は、俺よりも少しだけ大きい割にどんぶりとか言ってたが…。後日学校に届いた時はどうなってるんだろうな…。そういえば、自分の頬を粘土がついた手で触っちゃって、茜に取ってもらったんだっけ?…あれはちょっと驚いてしまったなぁ。
でまあ、次はカヤックか。水の上を滑っているような感覚で気持ちよかったよなぁ。そこからだよな、須山が好きな人がいるとか言い出したのは。当時は完全に椛だと思ってたが…。今は…、判明しちまったしな…。え、あれ?
こいつが凹んでた理由って…?昨日のキャンプファイヤーの時にあいつに…?
「す、すや…」
俺はすぐさまそのことを聞こうとしたが、次の瞬間、俺の口は閉まっていた。それは、目の前の少年が、楽しそうに俺に何かを話していたからだ。こいつはせっかく笑顔になったのに、俺の話でまた落ち込んだらどうする。そのことは聞ける時に聞こう。まず、このこととは限らないしな。
そんで…。1日目の夜は飯盒炊飯をしたんだよな。ここで志知くんと初めて喋ったけど…。普通に喋りやすかった気がした。そして何より嬉しかったのが、彼から俺に話しかけてくれることが多かったことだ。気が効くし、優しいし…。きっと頭もいいんだろうな、俺、志知くんを目指そうかな。そういえば須山、その時椛を呼び出して何処かに行ってたんだよな。まあ、雫に捕まって、何を言ってたのかは分からないけど…。でも、その雫との会話はどこか楽しく、嬉しいものだったっていう記憶はある。やっぱり、あいつは喋りやすかったんだな。
それでやっぱり、2日目の夜、キャンプファイヤーだよな。ここで過ごした時間は何だろう、ものすごく長く感じた。まるでずーっとそこにいるような、そんな感覚だった。そして、そこでの印象と言えばやはり雫だろう。最初はグダグダだったダンス。でも本番であった昨日はサクサク踊ることが出来た。何より、楽しく感じた。その後は、あいつに呼び出されて…。そこから俺は雫に名前で呼ぶことを許可されたんだ。今思ってみれば…。名前呼びを許可って変な言い方だな、何だそれ、何かおかしいぞ…。まあでも、野活のこの行事を通して、俺と雫の関係は、距離はきっとーー縮まったのだろう。俺は、そう思いたい。
「……!」
そこで俺は1つ我に帰るようにして気づく。あれ、俺…。野活のほぼ全てのイベントで…、ずっと考えてしまっているやつがいる…。それも2人。
「茜…。雫…」
隣で話している須山にも聞こえないようなそんな声で俺はボソッと呟いた。さっきの思い出巡りも、前半は茜が、後半は雫が顔を出していた。おそらく、俺がこの街に引っ越してきて、一番喋っているのは茜だ。でも、この行事を通じて、喋ったのは雫…。そもそもとして俺…。何で、あの2人のことをずっと考えてしまうんだろ──。
「の、佐野!おい、聞いてるのか!?」
「っえ、あっ、すまん。ぼーっとしてて、ははは…」
須山の声で俺は本当に我に帰った。おお、声が聞こえないほど俺は…。
「ったく…。雑談しようって言ったのお前の方なんだからちゃんと聞いてくれよ…。どこから聞いてなかったんだ?」
「えっとあのー、鯉のエサって実は美味しいよねってところから…」
「そんな話してねぇよ!お前全部聞いてないじゃねぇか!」
笑いながら怒るそんな矛盾状態の須山を見て、俺は微笑を浮かべながら彼と話す。
「いやいや、聞いてるぜ?ほら、スイカって野菜だって話してたのは覚えてるんだから」
「そんな話もしてねぇよ!お前どれだけホラ吹けば気がすむんだよ!」
「あれ、そうだったっけ?」
すっかり元気になってしまった様子の須山。この状態の須山との会話はやっぱりくだらないな…。でもまあ、本当に元気になってくれてよかった…。
と、俺は心の中で呟くのだった。バスは未だ見慣れない山の中を走っていく──。
そしてついに、見慣れた街並みが戻ってきた。ここまで戻ってくると、自分の過ごした2泊3日が嘘のように感じ、同時に何か寂しい気持ちにもなる。だけど、楽しかったっていう事実は変わらない。俺は窓から線のように流れて見える、そんな景色に微笑を漏らした。
「っはー、ついに終わりかぁ、でも楽しかったなぁ」
「そうだな、色々なことがあったな」
感慨にふける須山。バスは校門を通り、校庭へと止まる。プシューという音とともに、この野活を終える最後のドアが開く。俺たちは真ん中くらいの席なので、混まないうちにそのドアを通った。ありがとうございましたと、ここまで送ってくれた運転手の人に感謝をしながら。
先生の話は10分ほどで終わり、俺たちは家に帰る支度をする。それにしても、何回も言ってるだろうが、本当に楽しかった。本当に、本当にだ。
すると、そんな清々しい気持ちでいる俺に、話しかけてくる人がいた。
「楽しかったな佑!帰りのバスは寝ちゃって全く喋れなかったけど…」
「おお茜か。そうだな、楽しかったなぁ」
「よしじゃあ、帰ろうか、帰りも送ってくれますかね…?」
やや申し訳なさそうにそういう茜。人によっては厚かましいと感じる人もいるかもしれない。だけど、俺は微笑して言った。
「いいよ、当たり前だろ?それじゃ、雫も呼んでコンビニに行こう、あらかじめ母さんには時間とかを伝えてあるから」
「おっけー!」
茜は、俺のそんな言葉に元気よく返事をした。いやはや、相変わらずのテンションだな。そう考えていると…。
「…佑、帰りも送ってくれるの?」
背後からいきなりそんな声が聞こえた。俺は少し意表をつかれたなと、そう感じながら、振り向いて言う。
「…びっくりした、雫。いいよ、今から雫を探そうとしていたところだ。ちょうどよかった、じゃあ行こう」
そう雫に軽く行って、俺は校門へ向かおうとした。
「ち、ちょっと待って!?」
刹那、俺と雫の耳に聞こえる声があった。思わず俺は振り返ると、その声を出した張本人、茜は口をパクパクしながら言う。
「えっ…?2人、特にお姉ちゃん…。呼び方が…?」
「え?そうかしら?私は最初から佑って呼んでたけど…」
いやいやその嘘は無理がありますよ雫さん…。でもその3文字を聞けることに嬉しく感じる俺がいた。
「絶対違うだろ!僕が知らないところでどこまで進んでたんだ!佑!お姉ちゃん!」
「別にいいだろ…。普通にこっちの方が呼びやすいってだけだ…」
「いいやダメだ!そういう名前呼びをするには、僕のサイン、そして手続きをだな…」
「いや関係ないでしょ茜!…そして何で今作ろうとしてるのよ…」
寝たからか、いつものテンションではしゃぐ茜、それにツッコむ雫。なんだか…。コントを見てるみたいだ…。
ああでも、楽しかったな。いい3日間だった…。
「ああいたいた!佐野!!」
そんな俺の言葉にできない感慨深さとも言えるそんな状態であった時、1つの図太い声が俺の耳を刺激した。
「…え?」
声のした方に目をやると、先生が1人、こっちへと全速力で走ってくるのが分かった。朝礼台付近では、何やら慌ただしい雰囲気の先生たち、そして走ってくる先生のその表情はいつもの笑っている先生ではなく、どこか落ち着きのない、そんな気持ちが汲み取れる。
「…ど、どうしたんですか…?」
息を切らしながら、俺のところへと来た先生に俺は眉をひそめながらそう尋ねた。だけど、ここにいる先生たちの様子を見るに、決していいことではないということを俺はその瞬間に悟った。そして、先生は、息を整えて、言った。
「……佐野。落ち着いて聞いてくれ」
「は、はい…」
そして先生は、俺の目をじっと見ながら言った。
「お前の母親が…。交通事故に遭った。先ほど警察から連絡があった…」
「え…」
先ほどまでの言わば天国のような感慨深い気持ちから、一気に地獄のどん底へと叩き落とされるような感覚があった。え?今先生は何と言った?…両親が、こ、交通…事故…?
「…は?え、か」
「…………」
先生はそんな狼狽える俺をじっと見て、口を固く閉じ、どこか悔しそうな表情をした。
「佐野…。事故に遭ったのはな、この学校に迎えにくる途中でーー」
先生は次に何かを話し始めた。おそらくこの事故の経緯のことだろうが、俺の頭には一切内容は入ってこなかった。
「……事故…。母さんが…」
呆然となりながら、俺はそう呟いた。ミュートしたかのように周りの雑音も俺の耳を通してシャットアウトされている。
そんな俺に茜はとても心配そうな表情で俺に何かを言っているが、俺の耳は完全に機能を停止してしまっていた。
刹那、俺の目の前は真っ暗に染まるのだった。今の目の前の世界も、この先の未来も…。
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