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30. 特別
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「ふぅ、終わったー!」
僕、佐伯茜はキャンプファイヤーの熱い火のそばでグーっと伸びをした。僕のペアダンの相手は佐川くん。身長の高いイケメンで、ダンスも全て引っ張ってくれた。なのでとても踊りやすかったし、感謝している。
「じゃあ、今日までありがとう、佐伯さん」
そんなことを考えていると横から彼の声が聞こえた。佐川くんは手を振ってこの場から去ろうとしていた。
「うん、こちらこそ!」
僕はエスコートしてくれた感謝も込めて、彼にそう言った。佐川くんは軽く手を振って、階段を上がっていく。すると、様子からして待ってだであろうポニーテールの少女と途中で合流し、さらに上に上がっていった。練習中に彼は言っていた。彼には彼女がいて、クラスが同じなんだとか。恋、してるってことだよな…。
「恋って、どんな気持ちのことなんだろ…」
ふと僕は真っ黒な夜空にそう呟いた。椛にも聞かれた、好きな人いるのって。でも僕はまだ恋愛的に好きなのか友達的に好きなのか…。その2つの区別ができないんだ。ビビビっとくるのかな、その恋ってやつをした時に…。
「よう茜、お疲れさん!」
すると、横から上に上がっていった彼とはまた違った声がした。この声は、あの子だな。
「お疲れ様、実くん!足…、大丈夫か…?」
そこには歯を見せてニッと笑う実くんの姿があった。右足には僕が貼った絆創膏がまだあった。
「大丈夫だよ大丈夫!茜が貼ってくれたこいつのお陰で、ダンスもちゃんと踊れたんだ!ありがとな!」
「そ、そんな…。とんでもない…」
僕は未だ申し訳なさを彼に感じながら頭を軽く下げる。
「謝る必要ねぇよ、まあとりあえず上あがろうか、もう次の人たちのダンスが始まる」
「…うん」
そう言った実くんの後ろでは、次の5.6組のダンスが始まろうとしていたため、僕たちはその人たちの演技の邪魔にならないように階段を登っていく。
「…本当に、痛くないのか…?」
「何度も聞いてくるなよ、大丈夫だって言ってるだろ?あれは事故だったんだから茜が責任背負い込む必要なんて全くないぜ?」
「そ、そう…?ほんとにごめん、ありがとう…」
「そんなに落ち込むな!な?」
すると実くんは下がる僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。びっくりして思わず彼の方を見る。
「いっ…。やっぱり嫌だったか…?」
実くんは少し苦笑いしながらこっちを見ていた。でも彼の思ったことと僕の思ったことは一致してはいなかった。
「ううん…。むしろ、ちょっと嬉しかったかも…」
ボソッと僕はそう呟いた。するとなんだろうか。胸の奥が少し反応したような気がした。僕、今、何を…?
「…っ、茜!」
「えっ…?」
その瞬間、実くんは僕の名前を呼んだ。流れで彼の顔を見ると、キャンプファイヤーから少し離れているので分かりづらいが、やや顔が火照っているように見えた。なんでだ…?そして急に名前を呼ばれたからちょっと大きな声が出てしまった…。そんなプチ反省をしながら僕は彼に聞き返す。
「な…何…?」
実くん…。そんな真っ直ぐな視線で見つめないでくれよ…。こっちまで…、恥ずかしく──
「あのさ、」
すると彼は言った。僕たちの足は階段最上段で止まっており、誰もいないこの高い場で、僕の目をまっすぐ見据えながら…、
「この後…。空いてるか…?」
「…えっ?この…後?」
何を言われるか見当もつかなかった僕は思わず彼の言葉を復唱してしまった。そんな戸惑っている僕に実くんは続けて言う。
「…ああ。この後、このキャンプファイヤーが終わった後、30分くらい自由時間があるんだ、その時に話がしたいというか…」
下の方で5.6組がダンスをしている方へ目をずらし、頭を軽くかきながら実くんは言った。
「話…?」
「ああ…。俺、茜に…」
一呼吸おいて、再び僕の目をじっと見ながら…、彼は告げた…。
「言いたいことが…。あるんだ──」
全てのダンスが終了した。どのクラスも見応えのあるもので、個人的には5.6組がよかったかなと勝手に考察していた。さて、今からは自由時間に入るらしい。俺はきちんとしおりを読んでたはずだが、どうもここは見落としてたらしい。こんな時間があったんだな…。
「さっき雫が俺のこと呼び出したのは…、この時間があるためだったのか、いつ行くんだとはちょっと思ってたんだがな…」
未だ燃え切ることを知らない、キャンプファイヤーをボケーっと眺めながら俺はそう呟いた。それにしても、俺はずーっと気になることがあった。
「雫…。俺に何を言う気だ…?」
正直、彼女にこう言われた時から、心の中はこのことでいっぱいだった。さっき、5.6組が一番出来がいいと評価したが、実のところちゃんと見れていない。適当言いました、すみませんでした。でも、それほど今の俺の心理状態はブレている状態にあるのだ。
「…てか、そろそろ行くか…」
心の中で色々と考えながら、俺は腰を上げ、階段を登っていく。彼女には奥の方、と言われたので、多分上のあまり目立たないところだとは思うのだが…。
触れていなかったが、周りも結構いろんな人と話している。男同士で喋るところ、女子同士で恋バナが盛り上がっているところ。やっぱりこういう時間っていいな、と俺は微風で揺れる木々を仰ぎながらそう思った。
「えーどこだ…?」
最上段に広がるやや広い広場で俺は首を横に振り彼女を探す。目が悪いのか、周りが暗いのか。いずれにせよ、視野には雫の姿は捉えられなかった。
「…!?」
刹那、突然目の前が真っ暗になった。いや、元々真っ暗なんだけど、誰かに目を押さえつけられている感じが…?誰だろう、でも…。今待っていて、探しているのは…。
「し…、佐伯か…?」
「…正解」
視界が明るくなるまではいかないが、キャンプファイヤーのあ灯りが見える視界に、雫が現れた。え…?どこにいたの…?
「よく…、来てくれたわね」
そう少し戸惑っていると雫は口を開き言った。
「ま、まあ…。呼ばれたしな…、遅れたか?」
「いや、むしろ早く来てくれてたって感じだったから…。佐野っちは悪くない…」
ダンスの時からそうだが、いつもの前に出てくるような感じの雫がこの雫からは一切見受けられない。この野活中、違和感が俺のそばから離れない。
「そ、そうか…?じゃあまあ、移動しますか…?」
「うん…、こっちよ」
雫はそう言って、ガヤガヤしているキャンプファイヤーのそばから真逆の方向へと足を動かし始めた。そこで俺は先導する彼女の背中を見ながら、ふと、
「なんか…。双子だなぁ」
…と。当たり前のことを昨日の茜の行動と重ね合わせながら言うのだった。もちろん、雫には聞こえておらず、その背中を追うごとに周りの音はだんだん小さくなっていく。やがて雫は足を止めた。
「…だいぶ、音小さくなったわね」
ゆっくりと振り向き、その場に腰を下ろしながら俺にそう言う雫。周りの音とともに明かりも乏しくなっていた。
「そうだな…」
そこで、少しの沈黙が流れた。でも不思議なことに気まずくはなく、俺は彼女につられるようにゆっくりと隣に腰を下ろす。妙に心臓が揺れている。なんだろう…、あいつの時と似た感情な気がする。だが、ゆっくりとゆっくりと。今の心臓は脈打っている。何が違うんだ、何が似てるんだ…?
「…ふぅ」
すると、そんな沈黙を打ち破ったのは雫の小さなため息だった。ため息というよりかは、息を軽く吹き出したかのような感じに聞こえたが…?
「…ダンス、楽しかったね」
キュッと、体を丸めながら雫は俺にそう言った。昨日の飯盒炊飯よりも暗い場所のはずなのに、今日は何故か、しっかりと顔が見えた気がした。
「…ああ、そうだな。頑張って練習した甲斐があった…」
そよぐ風に乗せるように、俺は雫には言う。
「佐野っちってさ…。頼りになるよね」
「えっ…?」
今、彼女から信じられないような言葉が聞こえたが…。気のせいではないだろう、俺の耳には彼女の言葉が残っていた。
「もう…。絶対聞こえてるでしょ、2回も言わせようとしないでよ…」
プクッと頬を膨らませながら俺にそう微笑して愚痴る雫。彼女のまっすぐな瞳が、俺の心臓の鼓動をさらに早まらせる。
「い、いや…。だって…」
「何よ…?変な佐野っち……」
「し…、佐伯だって…」
顔を思わず背けながら俺は雫にそう言った。そうだ、様子が変なのは俺よりも…、
そんなことを心の中で考えていると…。
「…それ、何回目よっ…」
という言葉とともに俺の目の前に人差し指が突き出された。雫は相も変わらず頬を膨らませている。
「えっ…。それ…?」
何のことを言われているのか分からず、俺は思わず聞き返した。
「し…、佐伯って…。私の名前はどっちなのよっ…」
きっと無意識のうちにそう言ってしまっていたのだろう。俺のそんな曖昧な呼び名に力なく彼女はそう発す。
「だって…、そっちがそう呼べって…」
「だってじゃないの、今回のキャンプファイヤー含めてそれ何回目よ…。むず痒いのよ…、ずっと」
か細い声で彼女は俺に言った。それはどこか、何かを訴えているかのようにも捉えられた。
「…………」
「…………」
そこで再び沈黙が流れた。身体が妙に落ち着かなくて、俺はふと膝を抱えていた手を地面に置く。程よく伸びた雑草が今は何故か心地よく感じた。グーッと空を仰ぐと、暗い場所だからか、星がよく光って見えた。ピカピカと、そんな言葉が似合いそうなほど輝いている。
「やっぱり…、あんたは……」
再びこの沈黙を破ったのは彼女の言葉だった。視線をふっと雫に目をやると、彼女は空を見上げていた俺とは対照的に、俺の方をじっと見て、言った。
「た、佑は…私にとって…。だ、大事な存在だから…、特別に…。名前で呼ぶことを許可するわ…、ありがたく思いなさい…」
「…え?」
今、彼女は何と言った?そして俺のことを何と呼んだ……?間違いじゃなければ…。
「…だから!私のことを名前で呼んでいいって言ってるのよ!佐伯、じゃなくって…。し、雫って…」
一瞬、いつもの雫との姿が重なったかのように思えたが、それはまるで線香花火のように、すぐに彼女の態度という火花は散り、新しい今の姿の火が灯る。
「いい…のか?本当に…」
あいつととてつもなく類似した心臓の鼓動とともに俺は雫の目を真っ直ぐ見ながらそう言う。
「いいって言ってるでしょ…!何回も何回も言わせないでっ…」
刹那、俺の脳は彼女との関係におけるフラッシュバック状態へと陥った。走馬灯…、とはまた違うものになるのかな…。
最初の雫へのイメージ、第一印象での絡み。どれをとっても決していいものとは言えなかった。きっと、このことを誰に話したとしても誰一人、いい状態だと言う人はいないだろう。でも、それから…。野活のペアダンに俺たちがなったことから事は動き出した。どうでもいい相手ならそれまでって事だ。彼女はそんな俺を見捨てず、関わろうとしてくれた。性格上、かなり不恰好な感じではなったが、俺の心には彼女の優しさや人の良さがしっかりと伝わっていた。
そんなうまくいったりいかなかったりの出来事がパッと流れ終わったその時に、やや下を見ながら言う彼女の声が耳に届く。
「…ま、まあ。勘違いして欲しくないのは、別に私はそう呼んで欲しいんじゃなくて、そっちの方が呼びやすいって思ったからそう言っただけってこと…。分かった?」
「え?あ、ああ…」
やっぱり理解は完全にはできてないかな…。彼女のそんな言動に俺は若干戸惑いながらそう返した。
「言いたいことはそれだけ…。今日までありがとう、…佑」
そうポツリと言って、雫は立ち上がり、背を俺に向けた。…やはり、ちゃんと耳に残っていた。聞き間違えではなかった。次の瞬間、俺は腰を上げ、雫を呼び止めていた。
「し…、雫…」
「…ん、何?」
くるっと振り返った彼女の顔にはいつもは見せない、少し赤くなっているような表情があった。何か、バレてしまった、見たいな表情にも見受けられるが…?
そんな雫の様子を見て、俺は一瞬驚いたが、クスッと微笑して、言った。
「…いや、何でもないよ。今日までダンス、ありがとう。俺も、楽しかった…」
今の精一杯の気持ちを、感謝を…、彼女に。するとそんな俺に目の前の少女…、雫は、にひっとはにかんで一言。
「…よかったっ!」
なんだろうか。彼女のそんな笑顔、言葉には一つ一つの何か"気持ち"が入っているように感じた。それはあいつの時も同じだったが…。関係が決していいとは言えなかった雫にはより一層、そんな風に見受けられた。それは、この言葉にも言えて…。
「…ふふっ、あはははは!」
「な、何よ!何がおかしいのよっ!」
不意に笑いが込み上げてきた。それはどこか安心感、親近感と言った、さまざまな気持ちが交差して混ざり合った結果なんだと思う。
「いやいや、ごめん。ほんとに…。あはは!」
「何よ全く!……変な佑っ」
微かな風が吹くこの静かな場で、俺と雫は笑い合うのだった。この2日間、印象として、一番変化のあった雫。まさかこの日、名前呼びを提案されるとは思いもしなかった。野活中、俺たちの距離は縮まっていたのだろうか。まあ、少なくとも…。俺が思うに…。
自意識過剰かもしれない、嬉しく思っているのも俺だけなのかもしれない。
…でも、きっと…。きっと──
「ふぃ~」
今の時刻は約10時。だいぶ遅くまでキャンプファイヤーしてたんだな、そう思いながら部屋の電気をつける。すると、少し遅れてその部屋へと入ってくる、そんな人の姿があった。そして俺はそいつの名を反射的に呼んだ。
「…須山!」
そういえば、キャンプファイヤー中こいつの姿をあまり見なかった。まあ俺が、雫に呼び出されていたからなんだけど…。
「……。布団、敷こうぜ」
「…え?」
すると、俺の知っている須山とは明らかに違う反応が返ってきた。え、須山?どうしたんだ…。
「お、おい。どうした、なんか元気なくないか?」
すぐさま俺は彼に何かあったのか尋ねた。…が。
「…なんもねえよ、眠いだけだ、早く敷くぞ」
そうでないことは目に見える須山は俺にぶっきらぼうにそう言った。なんだよ…、本当にどうした…?
志知くんや山口くん、渡辺くんも合流したが、須山は進んで口を開こうとしなかった。そしてその空気のまま、部屋の電気は消されるのだった。
「…やっぱり……」
という、須山の妙に小さく、重苦しい言葉とともに…。
僕、佐伯茜はキャンプファイヤーの熱い火のそばでグーっと伸びをした。僕のペアダンの相手は佐川くん。身長の高いイケメンで、ダンスも全て引っ張ってくれた。なのでとても踊りやすかったし、感謝している。
「じゃあ、今日までありがとう、佐伯さん」
そんなことを考えていると横から彼の声が聞こえた。佐川くんは手を振ってこの場から去ろうとしていた。
「うん、こちらこそ!」
僕はエスコートしてくれた感謝も込めて、彼にそう言った。佐川くんは軽く手を振って、階段を上がっていく。すると、様子からして待ってだであろうポニーテールの少女と途中で合流し、さらに上に上がっていった。練習中に彼は言っていた。彼には彼女がいて、クラスが同じなんだとか。恋、してるってことだよな…。
「恋って、どんな気持ちのことなんだろ…」
ふと僕は真っ黒な夜空にそう呟いた。椛にも聞かれた、好きな人いるのって。でも僕はまだ恋愛的に好きなのか友達的に好きなのか…。その2つの区別ができないんだ。ビビビっとくるのかな、その恋ってやつをした時に…。
「よう茜、お疲れさん!」
すると、横から上に上がっていった彼とはまた違った声がした。この声は、あの子だな。
「お疲れ様、実くん!足…、大丈夫か…?」
そこには歯を見せてニッと笑う実くんの姿があった。右足には僕が貼った絆創膏がまだあった。
「大丈夫だよ大丈夫!茜が貼ってくれたこいつのお陰で、ダンスもちゃんと踊れたんだ!ありがとな!」
「そ、そんな…。とんでもない…」
僕は未だ申し訳なさを彼に感じながら頭を軽く下げる。
「謝る必要ねぇよ、まあとりあえず上あがろうか、もう次の人たちのダンスが始まる」
「…うん」
そう言った実くんの後ろでは、次の5.6組のダンスが始まろうとしていたため、僕たちはその人たちの演技の邪魔にならないように階段を登っていく。
「…本当に、痛くないのか…?」
「何度も聞いてくるなよ、大丈夫だって言ってるだろ?あれは事故だったんだから茜が責任背負い込む必要なんて全くないぜ?」
「そ、そう…?ほんとにごめん、ありがとう…」
「そんなに落ち込むな!な?」
すると実くんは下がる僕の頭をくしゃくしゃっと撫でた。びっくりして思わず彼の方を見る。
「いっ…。やっぱり嫌だったか…?」
実くんは少し苦笑いしながらこっちを見ていた。でも彼の思ったことと僕の思ったことは一致してはいなかった。
「ううん…。むしろ、ちょっと嬉しかったかも…」
ボソッと僕はそう呟いた。するとなんだろうか。胸の奥が少し反応したような気がした。僕、今、何を…?
「…っ、茜!」
「えっ…?」
その瞬間、実くんは僕の名前を呼んだ。流れで彼の顔を見ると、キャンプファイヤーから少し離れているので分かりづらいが、やや顔が火照っているように見えた。なんでだ…?そして急に名前を呼ばれたからちょっと大きな声が出てしまった…。そんなプチ反省をしながら僕は彼に聞き返す。
「な…何…?」
実くん…。そんな真っ直ぐな視線で見つめないでくれよ…。こっちまで…、恥ずかしく──
「あのさ、」
すると彼は言った。僕たちの足は階段最上段で止まっており、誰もいないこの高い場で、僕の目をまっすぐ見据えながら…、
「この後…。空いてるか…?」
「…えっ?この…後?」
何を言われるか見当もつかなかった僕は思わず彼の言葉を復唱してしまった。そんな戸惑っている僕に実くんは続けて言う。
「…ああ。この後、このキャンプファイヤーが終わった後、30分くらい自由時間があるんだ、その時に話がしたいというか…」
下の方で5.6組がダンスをしている方へ目をずらし、頭を軽くかきながら実くんは言った。
「話…?」
「ああ…。俺、茜に…」
一呼吸おいて、再び僕の目をじっと見ながら…、彼は告げた…。
「言いたいことが…。あるんだ──」
全てのダンスが終了した。どのクラスも見応えのあるもので、個人的には5.6組がよかったかなと勝手に考察していた。さて、今からは自由時間に入るらしい。俺はきちんとしおりを読んでたはずだが、どうもここは見落としてたらしい。こんな時間があったんだな…。
「さっき雫が俺のこと呼び出したのは…、この時間があるためだったのか、いつ行くんだとはちょっと思ってたんだがな…」
未だ燃え切ることを知らない、キャンプファイヤーをボケーっと眺めながら俺はそう呟いた。それにしても、俺はずーっと気になることがあった。
「雫…。俺に何を言う気だ…?」
正直、彼女にこう言われた時から、心の中はこのことでいっぱいだった。さっき、5.6組が一番出来がいいと評価したが、実のところちゃんと見れていない。適当言いました、すみませんでした。でも、それほど今の俺の心理状態はブレている状態にあるのだ。
「…てか、そろそろ行くか…」
心の中で色々と考えながら、俺は腰を上げ、階段を登っていく。彼女には奥の方、と言われたので、多分上のあまり目立たないところだとは思うのだが…。
触れていなかったが、周りも結構いろんな人と話している。男同士で喋るところ、女子同士で恋バナが盛り上がっているところ。やっぱりこういう時間っていいな、と俺は微風で揺れる木々を仰ぎながらそう思った。
「えーどこだ…?」
最上段に広がるやや広い広場で俺は首を横に振り彼女を探す。目が悪いのか、周りが暗いのか。いずれにせよ、視野には雫の姿は捉えられなかった。
「…!?」
刹那、突然目の前が真っ暗になった。いや、元々真っ暗なんだけど、誰かに目を押さえつけられている感じが…?誰だろう、でも…。今待っていて、探しているのは…。
「し…、佐伯か…?」
「…正解」
視界が明るくなるまではいかないが、キャンプファイヤーのあ灯りが見える視界に、雫が現れた。え…?どこにいたの…?
「よく…、来てくれたわね」
そう少し戸惑っていると雫は口を開き言った。
「ま、まあ…。呼ばれたしな…、遅れたか?」
「いや、むしろ早く来てくれてたって感じだったから…。佐野っちは悪くない…」
ダンスの時からそうだが、いつもの前に出てくるような感じの雫がこの雫からは一切見受けられない。この野活中、違和感が俺のそばから離れない。
「そ、そうか…?じゃあまあ、移動しますか…?」
「うん…、こっちよ」
雫はそう言って、ガヤガヤしているキャンプファイヤーのそばから真逆の方向へと足を動かし始めた。そこで俺は先導する彼女の背中を見ながら、ふと、
「なんか…。双子だなぁ」
…と。当たり前のことを昨日の茜の行動と重ね合わせながら言うのだった。もちろん、雫には聞こえておらず、その背中を追うごとに周りの音はだんだん小さくなっていく。やがて雫は足を止めた。
「…だいぶ、音小さくなったわね」
ゆっくりと振り向き、その場に腰を下ろしながら俺にそう言う雫。周りの音とともに明かりも乏しくなっていた。
「そうだな…」
そこで、少しの沈黙が流れた。でも不思議なことに気まずくはなく、俺は彼女につられるようにゆっくりと隣に腰を下ろす。妙に心臓が揺れている。なんだろう…、あいつの時と似た感情な気がする。だが、ゆっくりとゆっくりと。今の心臓は脈打っている。何が違うんだ、何が似てるんだ…?
「…ふぅ」
すると、そんな沈黙を打ち破ったのは雫の小さなため息だった。ため息というよりかは、息を軽く吹き出したかのような感じに聞こえたが…?
「…ダンス、楽しかったね」
キュッと、体を丸めながら雫は俺にそう言った。昨日の飯盒炊飯よりも暗い場所のはずなのに、今日は何故か、しっかりと顔が見えた気がした。
「…ああ、そうだな。頑張って練習した甲斐があった…」
そよぐ風に乗せるように、俺は雫には言う。
「佐野っちってさ…。頼りになるよね」
「えっ…?」
今、彼女から信じられないような言葉が聞こえたが…。気のせいではないだろう、俺の耳には彼女の言葉が残っていた。
「もう…。絶対聞こえてるでしょ、2回も言わせようとしないでよ…」
プクッと頬を膨らませながら俺にそう微笑して愚痴る雫。彼女のまっすぐな瞳が、俺の心臓の鼓動をさらに早まらせる。
「い、いや…。だって…」
「何よ…?変な佐野っち……」
「し…、佐伯だって…」
顔を思わず背けながら俺は雫にそう言った。そうだ、様子が変なのは俺よりも…、
そんなことを心の中で考えていると…。
「…それ、何回目よっ…」
という言葉とともに俺の目の前に人差し指が突き出された。雫は相も変わらず頬を膨らませている。
「えっ…。それ…?」
何のことを言われているのか分からず、俺は思わず聞き返した。
「し…、佐伯って…。私の名前はどっちなのよっ…」
きっと無意識のうちにそう言ってしまっていたのだろう。俺のそんな曖昧な呼び名に力なく彼女はそう発す。
「だって…、そっちがそう呼べって…」
「だってじゃないの、今回のキャンプファイヤー含めてそれ何回目よ…。むず痒いのよ…、ずっと」
か細い声で彼女は俺に言った。それはどこか、何かを訴えているかのようにも捉えられた。
「…………」
「…………」
そこで再び沈黙が流れた。身体が妙に落ち着かなくて、俺はふと膝を抱えていた手を地面に置く。程よく伸びた雑草が今は何故か心地よく感じた。グーッと空を仰ぐと、暗い場所だからか、星がよく光って見えた。ピカピカと、そんな言葉が似合いそうなほど輝いている。
「やっぱり…、あんたは……」
再びこの沈黙を破ったのは彼女の言葉だった。視線をふっと雫に目をやると、彼女は空を見上げていた俺とは対照的に、俺の方をじっと見て、言った。
「た、佑は…私にとって…。だ、大事な存在だから…、特別に…。名前で呼ぶことを許可するわ…、ありがたく思いなさい…」
「…え?」
今、彼女は何と言った?そして俺のことを何と呼んだ……?間違いじゃなければ…。
「…だから!私のことを名前で呼んでいいって言ってるのよ!佐伯、じゃなくって…。し、雫って…」
一瞬、いつもの雫との姿が重なったかのように思えたが、それはまるで線香花火のように、すぐに彼女の態度という火花は散り、新しい今の姿の火が灯る。
「いい…のか?本当に…」
あいつととてつもなく類似した心臓の鼓動とともに俺は雫の目を真っ直ぐ見ながらそう言う。
「いいって言ってるでしょ…!何回も何回も言わせないでっ…」
刹那、俺の脳は彼女との関係におけるフラッシュバック状態へと陥った。走馬灯…、とはまた違うものになるのかな…。
最初の雫へのイメージ、第一印象での絡み。どれをとっても決していいものとは言えなかった。きっと、このことを誰に話したとしても誰一人、いい状態だと言う人はいないだろう。でも、それから…。野活のペアダンに俺たちがなったことから事は動き出した。どうでもいい相手ならそれまでって事だ。彼女はそんな俺を見捨てず、関わろうとしてくれた。性格上、かなり不恰好な感じではなったが、俺の心には彼女の優しさや人の良さがしっかりと伝わっていた。
そんなうまくいったりいかなかったりの出来事がパッと流れ終わったその時に、やや下を見ながら言う彼女の声が耳に届く。
「…ま、まあ。勘違いして欲しくないのは、別に私はそう呼んで欲しいんじゃなくて、そっちの方が呼びやすいって思ったからそう言っただけってこと…。分かった?」
「え?あ、ああ…」
やっぱり理解は完全にはできてないかな…。彼女のそんな言動に俺は若干戸惑いながらそう返した。
「言いたいことはそれだけ…。今日までありがとう、…佑」
そうポツリと言って、雫は立ち上がり、背を俺に向けた。…やはり、ちゃんと耳に残っていた。聞き間違えではなかった。次の瞬間、俺は腰を上げ、雫を呼び止めていた。
「し…、雫…」
「…ん、何?」
くるっと振り返った彼女の顔にはいつもは見せない、少し赤くなっているような表情があった。何か、バレてしまった、見たいな表情にも見受けられるが…?
そんな雫の様子を見て、俺は一瞬驚いたが、クスッと微笑して、言った。
「…いや、何でもないよ。今日までダンス、ありがとう。俺も、楽しかった…」
今の精一杯の気持ちを、感謝を…、彼女に。するとそんな俺に目の前の少女…、雫は、にひっとはにかんで一言。
「…よかったっ!」
なんだろうか。彼女のそんな笑顔、言葉には一つ一つの何か"気持ち"が入っているように感じた。それはあいつの時も同じだったが…。関係が決していいとは言えなかった雫にはより一層、そんな風に見受けられた。それは、この言葉にも言えて…。
「…ふふっ、あはははは!」
「な、何よ!何がおかしいのよっ!」
不意に笑いが込み上げてきた。それはどこか安心感、親近感と言った、さまざまな気持ちが交差して混ざり合った結果なんだと思う。
「いやいや、ごめん。ほんとに…。あはは!」
「何よ全く!……変な佑っ」
微かな風が吹くこの静かな場で、俺と雫は笑い合うのだった。この2日間、印象として、一番変化のあった雫。まさかこの日、名前呼びを提案されるとは思いもしなかった。野活中、俺たちの距離は縮まっていたのだろうか。まあ、少なくとも…。俺が思うに…。
自意識過剰かもしれない、嬉しく思っているのも俺だけなのかもしれない。
…でも、きっと…。きっと──
「ふぃ~」
今の時刻は約10時。だいぶ遅くまでキャンプファイヤーしてたんだな、そう思いながら部屋の電気をつける。すると、少し遅れてその部屋へと入ってくる、そんな人の姿があった。そして俺はそいつの名を反射的に呼んだ。
「…須山!」
そういえば、キャンプファイヤー中こいつの姿をあまり見なかった。まあ俺が、雫に呼び出されていたからなんだけど…。
「……。布団、敷こうぜ」
「…え?」
すると、俺の知っている須山とは明らかに違う反応が返ってきた。え、須山?どうしたんだ…。
「お、おい。どうした、なんか元気なくないか?」
すぐさま俺は彼に何かあったのか尋ねた。…が。
「…なんもねえよ、眠いだけだ、早く敷くぞ」
そうでないことは目に見える須山は俺にぶっきらぼうにそう言った。なんだよ…、本当にどうした…?
志知くんや山口くん、渡辺くんも合流したが、須山は進んで口を開こうとしなかった。そしてその空気のまま、部屋の電気は消されるのだった。
「…やっぱり……」
という、須山の妙に小さく、重苦しい言葉とともに…。
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天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
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