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28. 優しさ
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チチチ…。と、スズメの子守唄のような鳴き声が聞こえる。するとその刹那。
「!?うえっ!?」
自分を覆っていた布団がどこかにぶっ飛んでしまった。状況が読み込めず、狼狽えていると…、
「早く起きろ佐野!朝飯まで時間ないぞ!」
「佐野くん、割と時間やばいよ!急いで!」
そこには、ニッと白い歯を見せてそう言う須山とおろおろしながら焦る志知くんの姿があった。こいつら…。こんな朝っぱらから…。
「どした佐野、なんか眠そうじゃねえか?」
目を擦る俺に不思議そうにそう尋ねる須山。そりゃそうだ、お前は俺を寝不足にした張本人だぞ…。昨日の記憶はどこに行ったんだよ…。
「なんだその顔、布団ぶっ飛ばしたのは謝るから…。それよりも時間やばいぞ、早く着替えて下行こうぜ!」
「お、おう…」
ちょっと不機嫌な顔が須山に読み取られたのか須山はそう俺に謝った。そして、俺は志知くんに少しずつ手伝ってもらいながら用意を済ますのだった。俺の謎のモヤモヤは晴れないままだったが…。
「意外と危なかったなー!」
朝ご飯を食べたあと、部屋の布団などをしっかりと畳んで、僕と椛は長袖長ズボンの体操服で外の少し広い中庭に集合をした。
「そうね、茜。私が起こしてなかったら朝ご飯の時、間に合ってなかったわよ?…後これ、部屋に忘れてたわよ、少し大きい絆創膏みたいだけど、茜のであってるかしら…?」
そう言って絆創膏を見せる椛。彼女の予想通り、それは僕が部屋に忘れたものだった。
「おおっ、ありがとう!いやー今日2日目は山登りだからケガとか怖いなって思って…。大きめを」
そう、今回長袖長ズボンなのは山に登るからだ。怪我してもその被害を最小限に抑えるためだと先生は説明していたが…。
「そうなのね、それにしても暑いわねぇ、まだ5月の中頃だっていうのに…」
「それだよなー、ちゃんと帽子は被ってるから大丈夫だとは思うけど…」
帽子のつばをクイっとしながら僕はそう呟いた。ほんと、このちょっとした暑さは心配である。
「まあ、タオルもあるし、汗の匂いとかは大丈夫かしらね?」
「うわー、椛女子力高っ!僕も見習わないとなぁ」
「これに女子力云々はないでしょ…」
苦笑いをしながら椛は僕にそう言うのだった。
それから、僕たちは近くの山に足を運んでいく。登山ルートは5コースあるらしく、僕たちの学年は8クラス、よって3クラスだけが他のクラスと被るコースになるのだが、僕のクラスは他のどのクラスとも被らないコースとなった。途中の休憩を挟むと、到着は昼頃になるらしい。どんだけ登るつもりなのか…、と僕はツッコみたくなったが、山頂で食べるお昼はきっとおいしいだろうと考えると自然と足は動いていった。
「茜、大丈夫?」
不意に、右上から声が聞こえた。
「え…?」
ゆっくりと声の聞こえる方向に首を動かすと、心配そうにこっちを見つめる椛の姿があった。
「大丈夫、大丈夫だ!」
「そう?ちょっと体重そうに見えるわよ…?かばん持とうか?」
そう心配しながら右手を差し出す椛。大丈夫とは言ったものの、大丈夫ではない矛盾状態が発生してしまっていた僕は、
「いい…のか?ごめん、ありがとう…」
そう力なく言って、かばんを椛に預けた。椛は一瞬きつそうな表情をしたが、
「よし、行くわよ茜!山頂でお弁当が待ってるわ~!」
と、張り切りながらすごいスピードで山を登って言った。その途中で多少引いている実くんなど目もくれずに彼女はさらに駆け上がっていく。
「や、やば…。僕も行かないと…」
すると僕は体に異変が生じたのを感じた。あれ、おかしいな。かばんを持ってもらったはずなのに、体の重さがあまり変わらない…。やばい、そして目の前がクラッと…。
「……!」
その瞬間、僕の体はぐらっと右に傾いた。やばい、このままじゃ登ってきた道を逆戻りだ…。だけど、ダメだ…。体…が、言うことを聞か…な…。
「茜ぇぇぇぇぇ!」
刹那。はるか上から聞こえてくるその声に僕の目は一気に覚醒した。何…?この声は…。でもダメ、もう身体が…。
僕はぐるぐるな世界の中、痛い地面に身体を激突することを覚悟し、再び目を閉じた。だがしかし、僕が次の瞬間感じたものはそんな地面の衝撃とは程遠い、柔らかい何かだった。
「えっ…」
でも確かに、僕の身体は坂を滑り落ちていた。だが、1つ違ったのは僕の身体を支える1つの温もりがあったこと。その存在を、その救世主を僕は先ほどの声から悟っていた。
少しの激しき滑りの後、僕の身体は摩擦に従い停止した。そしてすぐに異変を感じた。こんなに滑ったはずなのに、ケガをしたという感覚がないのだ…。何故──
「茜、大丈夫か!?おい茜!」
すると、そんな声とともに、僕の視界はバッと開けた。そしてまだ怪しい僕の目の先には、血相を変えたある人の姿があった。僕はその人の名を呼ぶ。
「す、みのる…くん」
「…!よかった、大丈夫だったか!」
僕の反応を見て、安堵の表情に切り替わる実くん。
「あ、ありがとう…。助かった…」
「椛が全速力で横を走っていくからびっくりしながら目で追ったんだが、ふと下を見たら倒れそうになった茜がいたから、無我夢中で走ってダイブしたんだけど…、間に合って本当によかったよ…」
安堵のため息混じりにそう言った須山くんだったが、次の瞬間、痛っ!という声とともにその表情は今度は苦痛なものへと切り替わった。
「ぐ…」
「あっ…」
見ると、長ズボンの膝あたりが破れており、そこから赤いものが見えた。それは長ズボンに染みていた。
「ほ、本当にごめん!ぼ、僕のせいで…」
助けてもらいながらケガをしてしまっていた実くんに僕はどんな顔をすればいいのか分からなくなっていた。彼のズボンから出ている血は、止まるところを知らない。でも彼は、痛々しい笑顔を僕に見せながら言う。
「…大丈夫さ。茜を助けられたならこんなもん、かすり傷にもならないよ。さ、俺らがこのクラスで最後尾だ。頑張って上にあがろうぜ!」
「み…のる、くんっ…」
僕は彼の優しさと温かさに思わず涙が出そうになった。さっきまでぐるぐるだった視界は今度は涙のせいで悪化していく。
「お、おい泣くなよ…。ごめんな、怖い思いさせたな、ほら、立てるか?」
「…うん」
僕は微笑しながら伸ばす彼の手を思いっきり掴んだ。そしてなんとか立ち上がる。
「つっ…!?」
するとまだ傷が痛むのか、実くんはそんな声を漏らした。やっぱり無理して…。あ、そうだ…!
「み、実くん、立たせてくれたところ悪いけど…。一回座ってくれる…?」
「…え?あ、ああ…」
若干戸惑いながら実くんはその場に腰を下ろした。そして僕はズボンのポケットを探り…、
「あった…」
実くんが負ってしまった少し大きな擦り傷にピッタリな絆創膏を取り出した。かばんに入れ忘れてたのをこの時だけは感謝したい。
「実くん、まずは止血しよう…。水、あるか?」
「おお。持ってるぞ…。あ、しまった。上だわ…」
「え、上…?」
実くんの言った上に視線をやると、そこには彼のかばんが真横になっているのが分かった。
「ごめん、茜を助けるときにかばんをぶん投げてそのままだ…。水が入った水筒はあの中にあるんだ…。とってくる」
「いやいやいいぞ!怪我させたのは僕だし、僕が当然行かなきゃダメだ!実くんはそこにいてくれ!」
そう僕は言い残し、実くんのかばんのあるところへと急いで移動した。さっきまでは死ぬほど苦しかったが、実くんを助けるという強い決意のようなもので、身体がものすごく軽かった。これも…、実くんが身体を張ってくれたおかげだよな…。
十数秒後、僕は水筒を片手に実くんの元へと戻った。そしてズボンをまくり、傷口に水を流す。
「くっ…」
「ごめん実くん…。我慢してくれ…」
申し訳ない、申し訳ないと思いながら傷口を洗い流す。そしてある程度流してから今度は長袖のポケットに偶然入れていたハンカチでその傷口をグッと押さえた。
「えっ、いいよ茜…。ハンカチが汚れちまう…」
こんなことをしてまでも許そうとしてくれる実くんのそんな言葉を首を振りながら否定し、ただ押さえ続ける。…そして、
「…止まった。よし…!」
ついに止血が完了した。僕はそう呟き、実くんの負った傷口に絆創膏を丁寧に貼った。
「大…丈夫、か?実くん」
恐る恐る彼の顔を見上げると、そこにはやや顔を赤くした実くんの姿があった。やっぱり…、赤くするほど痛かったよな…。
すると実くんは我に返ったような反応で、
「え!?あ、ああ。大丈夫大丈夫、元気100倍だぜ!」
と、ニコッという言葉が似合いそうな表情になり、僕に大丈夫なことを示してくれた。実くん…、なんで優しいんだ…。
「ちょ、ちょっと…。そんなに面白くなかったかよ、また泣きやがって…」
「ち、違う!これは、ほんと…。ごめん」
言葉にならない感情とはこのことだろうか。目の前の優しくしてくれる存在に僕は胸がいっぱいになった。
「なんで謝るんだよ…。と、とりあえず頂上に急ごう。もうそろそろみんな着いちまう…」
戸惑いながらもその場に立とうとする実くん。だが、まだ痛むのかうまく立てない様子でいた。
「あ…。ほら、実くん、掴まって!」
「おう…。すまん、ありがとう…」
今度は僕が彼を引っ張る番だ。そう思った僕は彼の手を思いっきり引っ張った。実くんはなんとか起立し、ニコッとはにかんだ。なんで…、僕にケガされておいてそんな優しい表情ができるんだ…。僕の心はもう君の親切心に満たされちゃってるぞ…。
「かばんは僕が背負うから、実くんは僕の肩に掴まって!なんとかして頂上めざそ!」
そんな彼の優しさに押しつぶされそうになりながら、僕は今の僕ができる最低限の恩返しを彼に対してするのだった。一歩ずつ、一歩ずつ。卵から返ったヒナが母親の元へと歩いて行くようなそんなゆっくりとしたスピードで僕と実くんは頂上を目指すのだった。
「あー、やっと来た!」
そんな声とともに佑、山口、渡辺が俺の元へとやってきた。そして俺の状況を見て、彼ら3人の表情は一変する。
「え?須山、その傷はどうしたんだ?」
佐野が俺にそう尋ねた。すると、隣で俺の方を背負ってくれている茜が口を開こうとしていた、が。
「いやー、派手にすっ転んじまって…。偶然近くにいたこの茜が手当してくれたんだ!マジ神対応だった!」
右手を後ろにやりながら、俺はそいつらに説明した。やがて先生がこっちに来て、心配事や、ケガの状態などを探ってくれたが俺は全て大丈夫です、と答えた。まあ本当に大丈夫になってきたしな…。
「ご、ごめん…。本当に…」
そんなことを考えていると、いつもの茜のテンションとは考え難い彼女の態度がそこにはあった。下を向いて、今にも泣き出しそうなそんな彼女に俺は肩をポン、と叩いて言った。
「大丈夫だって言ってるだろ?それにありがとな、茜のおかげで山頂まで来ることができた!本当に感謝してるぜ!」
「……!」
そんな俺の言葉に茜は泣いているのか笑顔なのかよく分からないそんな2つの表情がぐちゃぐちゃに混ざった顔で告げた。
「…ありがとう!みのるっ!」
と、おそらく笑顔が勝っているような表情で。その瞬間、俺の痛んでいる箇所である右足に感覚がなくなり、代わりに自分の左胸が痛くなった。その瞬間、俺はやっぱり…。と、心中思い、悟ったんだ、自覚したんだ…。
『やっぱり…俺、こいつのこと大好きなんだな』
…と。横にいる少女に、改めて……。
「!?うえっ!?」
自分を覆っていた布団がどこかにぶっ飛んでしまった。状況が読み込めず、狼狽えていると…、
「早く起きろ佐野!朝飯まで時間ないぞ!」
「佐野くん、割と時間やばいよ!急いで!」
そこには、ニッと白い歯を見せてそう言う須山とおろおろしながら焦る志知くんの姿があった。こいつら…。こんな朝っぱらから…。
「どした佐野、なんか眠そうじゃねえか?」
目を擦る俺に不思議そうにそう尋ねる須山。そりゃそうだ、お前は俺を寝不足にした張本人だぞ…。昨日の記憶はどこに行ったんだよ…。
「なんだその顔、布団ぶっ飛ばしたのは謝るから…。それよりも時間やばいぞ、早く着替えて下行こうぜ!」
「お、おう…」
ちょっと不機嫌な顔が須山に読み取られたのか須山はそう俺に謝った。そして、俺は志知くんに少しずつ手伝ってもらいながら用意を済ますのだった。俺の謎のモヤモヤは晴れないままだったが…。
「意外と危なかったなー!」
朝ご飯を食べたあと、部屋の布団などをしっかりと畳んで、僕と椛は長袖長ズボンの体操服で外の少し広い中庭に集合をした。
「そうね、茜。私が起こしてなかったら朝ご飯の時、間に合ってなかったわよ?…後これ、部屋に忘れてたわよ、少し大きい絆創膏みたいだけど、茜のであってるかしら…?」
そう言って絆創膏を見せる椛。彼女の予想通り、それは僕が部屋に忘れたものだった。
「おおっ、ありがとう!いやー今日2日目は山登りだからケガとか怖いなって思って…。大きめを」
そう、今回長袖長ズボンなのは山に登るからだ。怪我してもその被害を最小限に抑えるためだと先生は説明していたが…。
「そうなのね、それにしても暑いわねぇ、まだ5月の中頃だっていうのに…」
「それだよなー、ちゃんと帽子は被ってるから大丈夫だとは思うけど…」
帽子のつばをクイっとしながら僕はそう呟いた。ほんと、このちょっとした暑さは心配である。
「まあ、タオルもあるし、汗の匂いとかは大丈夫かしらね?」
「うわー、椛女子力高っ!僕も見習わないとなぁ」
「これに女子力云々はないでしょ…」
苦笑いをしながら椛は僕にそう言うのだった。
それから、僕たちは近くの山に足を運んでいく。登山ルートは5コースあるらしく、僕たちの学年は8クラス、よって3クラスだけが他のクラスと被るコースになるのだが、僕のクラスは他のどのクラスとも被らないコースとなった。途中の休憩を挟むと、到着は昼頃になるらしい。どんだけ登るつもりなのか…、と僕はツッコみたくなったが、山頂で食べるお昼はきっとおいしいだろうと考えると自然と足は動いていった。
「茜、大丈夫?」
不意に、右上から声が聞こえた。
「え…?」
ゆっくりと声の聞こえる方向に首を動かすと、心配そうにこっちを見つめる椛の姿があった。
「大丈夫、大丈夫だ!」
「そう?ちょっと体重そうに見えるわよ…?かばん持とうか?」
そう心配しながら右手を差し出す椛。大丈夫とは言ったものの、大丈夫ではない矛盾状態が発生してしまっていた僕は、
「いい…のか?ごめん、ありがとう…」
そう力なく言って、かばんを椛に預けた。椛は一瞬きつそうな表情をしたが、
「よし、行くわよ茜!山頂でお弁当が待ってるわ~!」
と、張り切りながらすごいスピードで山を登って言った。その途中で多少引いている実くんなど目もくれずに彼女はさらに駆け上がっていく。
「や、やば…。僕も行かないと…」
すると僕は体に異変が生じたのを感じた。あれ、おかしいな。かばんを持ってもらったはずなのに、体の重さがあまり変わらない…。やばい、そして目の前がクラッと…。
「……!」
その瞬間、僕の体はぐらっと右に傾いた。やばい、このままじゃ登ってきた道を逆戻りだ…。だけど、ダメだ…。体…が、言うことを聞か…な…。
「茜ぇぇぇぇぇ!」
刹那。はるか上から聞こえてくるその声に僕の目は一気に覚醒した。何…?この声は…。でもダメ、もう身体が…。
僕はぐるぐるな世界の中、痛い地面に身体を激突することを覚悟し、再び目を閉じた。だがしかし、僕が次の瞬間感じたものはそんな地面の衝撃とは程遠い、柔らかい何かだった。
「えっ…」
でも確かに、僕の身体は坂を滑り落ちていた。だが、1つ違ったのは僕の身体を支える1つの温もりがあったこと。その存在を、その救世主を僕は先ほどの声から悟っていた。
少しの激しき滑りの後、僕の身体は摩擦に従い停止した。そしてすぐに異変を感じた。こんなに滑ったはずなのに、ケガをしたという感覚がないのだ…。何故──
「茜、大丈夫か!?おい茜!」
すると、そんな声とともに、僕の視界はバッと開けた。そしてまだ怪しい僕の目の先には、血相を変えたある人の姿があった。僕はその人の名を呼ぶ。
「す、みのる…くん」
「…!よかった、大丈夫だったか!」
僕の反応を見て、安堵の表情に切り替わる実くん。
「あ、ありがとう…。助かった…」
「椛が全速力で横を走っていくからびっくりしながら目で追ったんだが、ふと下を見たら倒れそうになった茜がいたから、無我夢中で走ってダイブしたんだけど…、間に合って本当によかったよ…」
安堵のため息混じりにそう言った須山くんだったが、次の瞬間、痛っ!という声とともにその表情は今度は苦痛なものへと切り替わった。
「ぐ…」
「あっ…」
見ると、長ズボンの膝あたりが破れており、そこから赤いものが見えた。それは長ズボンに染みていた。
「ほ、本当にごめん!ぼ、僕のせいで…」
助けてもらいながらケガをしてしまっていた実くんに僕はどんな顔をすればいいのか分からなくなっていた。彼のズボンから出ている血は、止まるところを知らない。でも彼は、痛々しい笑顔を僕に見せながら言う。
「…大丈夫さ。茜を助けられたならこんなもん、かすり傷にもならないよ。さ、俺らがこのクラスで最後尾だ。頑張って上にあがろうぜ!」
「み…のる、くんっ…」
僕は彼の優しさと温かさに思わず涙が出そうになった。さっきまでぐるぐるだった視界は今度は涙のせいで悪化していく。
「お、おい泣くなよ…。ごめんな、怖い思いさせたな、ほら、立てるか?」
「…うん」
僕は微笑しながら伸ばす彼の手を思いっきり掴んだ。そしてなんとか立ち上がる。
「つっ…!?」
するとまだ傷が痛むのか、実くんはそんな声を漏らした。やっぱり無理して…。あ、そうだ…!
「み、実くん、立たせてくれたところ悪いけど…。一回座ってくれる…?」
「…え?あ、ああ…」
若干戸惑いながら実くんはその場に腰を下ろした。そして僕はズボンのポケットを探り…、
「あった…」
実くんが負ってしまった少し大きな擦り傷にピッタリな絆創膏を取り出した。かばんに入れ忘れてたのをこの時だけは感謝したい。
「実くん、まずは止血しよう…。水、あるか?」
「おお。持ってるぞ…。あ、しまった。上だわ…」
「え、上…?」
実くんの言った上に視線をやると、そこには彼のかばんが真横になっているのが分かった。
「ごめん、茜を助けるときにかばんをぶん投げてそのままだ…。水が入った水筒はあの中にあるんだ…。とってくる」
「いやいやいいぞ!怪我させたのは僕だし、僕が当然行かなきゃダメだ!実くんはそこにいてくれ!」
そう僕は言い残し、実くんのかばんのあるところへと急いで移動した。さっきまでは死ぬほど苦しかったが、実くんを助けるという強い決意のようなもので、身体がものすごく軽かった。これも…、実くんが身体を張ってくれたおかげだよな…。
十数秒後、僕は水筒を片手に実くんの元へと戻った。そしてズボンをまくり、傷口に水を流す。
「くっ…」
「ごめん実くん…。我慢してくれ…」
申し訳ない、申し訳ないと思いながら傷口を洗い流す。そしてある程度流してから今度は長袖のポケットに偶然入れていたハンカチでその傷口をグッと押さえた。
「えっ、いいよ茜…。ハンカチが汚れちまう…」
こんなことをしてまでも許そうとしてくれる実くんのそんな言葉を首を振りながら否定し、ただ押さえ続ける。…そして、
「…止まった。よし…!」
ついに止血が完了した。僕はそう呟き、実くんの負った傷口に絆創膏を丁寧に貼った。
「大…丈夫、か?実くん」
恐る恐る彼の顔を見上げると、そこにはやや顔を赤くした実くんの姿があった。やっぱり…、赤くするほど痛かったよな…。
すると実くんは我に返ったような反応で、
「え!?あ、ああ。大丈夫大丈夫、元気100倍だぜ!」
と、ニコッという言葉が似合いそうな表情になり、僕に大丈夫なことを示してくれた。実くん…、なんで優しいんだ…。
「ちょ、ちょっと…。そんなに面白くなかったかよ、また泣きやがって…」
「ち、違う!これは、ほんと…。ごめん」
言葉にならない感情とはこのことだろうか。目の前の優しくしてくれる存在に僕は胸がいっぱいになった。
「なんで謝るんだよ…。と、とりあえず頂上に急ごう。もうそろそろみんな着いちまう…」
戸惑いながらもその場に立とうとする実くん。だが、まだ痛むのかうまく立てない様子でいた。
「あ…。ほら、実くん、掴まって!」
「おう…。すまん、ありがとう…」
今度は僕が彼を引っ張る番だ。そう思った僕は彼の手を思いっきり引っ張った。実くんはなんとか起立し、ニコッとはにかんだ。なんで…、僕にケガされておいてそんな優しい表情ができるんだ…。僕の心はもう君の親切心に満たされちゃってるぞ…。
「かばんは僕が背負うから、実くんは僕の肩に掴まって!なんとかして頂上めざそ!」
そんな彼の優しさに押しつぶされそうになりながら、僕は今の僕ができる最低限の恩返しを彼に対してするのだった。一歩ずつ、一歩ずつ。卵から返ったヒナが母親の元へと歩いて行くようなそんなゆっくりとしたスピードで僕と実くんは頂上を目指すのだった。
「あー、やっと来た!」
そんな声とともに佑、山口、渡辺が俺の元へとやってきた。そして俺の状況を見て、彼ら3人の表情は一変する。
「え?須山、その傷はどうしたんだ?」
佐野が俺にそう尋ねた。すると、隣で俺の方を背負ってくれている茜が口を開こうとしていた、が。
「いやー、派手にすっ転んじまって…。偶然近くにいたこの茜が手当してくれたんだ!マジ神対応だった!」
右手を後ろにやりながら、俺はそいつらに説明した。やがて先生がこっちに来て、心配事や、ケガの状態などを探ってくれたが俺は全て大丈夫です、と答えた。まあ本当に大丈夫になってきたしな…。
「ご、ごめん…。本当に…」
そんなことを考えていると、いつもの茜のテンションとは考え難い彼女の態度がそこにはあった。下を向いて、今にも泣き出しそうなそんな彼女に俺は肩をポン、と叩いて言った。
「大丈夫だって言ってるだろ?それにありがとな、茜のおかげで山頂まで来ることができた!本当に感謝してるぜ!」
「……!」
そんな俺の言葉に茜は泣いているのか笑顔なのかよく分からないそんな2つの表情がぐちゃぐちゃに混ざった顔で告げた。
「…ありがとう!みのるっ!」
と、おそらく笑顔が勝っているような表情で。その瞬間、俺の痛んでいる箇所である右足に感覚がなくなり、代わりに自分の左胸が痛くなった。その瞬間、俺はやっぱり…。と、心中思い、悟ったんだ、自覚したんだ…。
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