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26. 不安と存在
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「ここらへんでいいかしらね」
そう言って雫は足を止めた。ここは人気がなく、木に囲まれている。そのせいか雫の姿が少し見づらく感じた。
「そこにいるんだよな?」
「そうよ?何、見えてないの?」
「…悪かったな」
姿がよく分からなくても雫が少し顔を曇らせたのは言葉から読み取れた。なんか分かるようになってきてる自分が怖い…。
ちょっと目が慣れてきた矢先、少し目の前にベンチがあるのが分かった。雫もそれに気づいたのか、
「あ、座るところあるじゃない」
と言い、吸い寄せられるようにそこに座った。
「ほら、佐野っちも座って」
自分の座った横を叩いて横に座るよう促す雫。そういえば何か俺に話があるのだろうか…?
「おう、失礼します」
そうボソッと呟き、俺は雫の横にゆっくりと座った。そしてそれを確認したのか、雫は口を開いた。
「とりあえずまず、ありがと、来てくれて」
「え…?」
俺が思っていた言葉と異なっていたため、俺はそんな肩透かしな声が出てしまった。てっきり何かパッと言われると思ってたが…。
「あ、ああ。まあ誘われたし、行かなきゃ行けなかっただろ?」
「うん…。ありがとう」
なんだよ…。今日は妙に素直じゃないか…?さっきまでのいつもの少しツンとした雫の威厳はどこに行ったんだ…。
「ま、まあいいよ。それでなんかあったのか?」
「うん…、あの、ダンスというかキャンプファイヤーって明日じゃない?」
やや俯きながら雫はそう切り出した。
「うんうん」
「で、うまくできるかなーって今日急に不安になってきちゃって…。ごめん、完全に私の勝手な気持ちなんだけど…」
まるで性格が逆転したかのような態度の雫。俺はそんな雫の自信、萎縮さに疑問を浮かべながら言った。
「いやいや、大丈夫だよ。誰だってそういう行事は緊張するし、ちゃんと練習してきたなら尚更じゃないか?」
「わ、私。うまく踊れるかな…?」
顔を上げたかと思えば急にこちらを見てくる雫。
「だ、大丈夫だろ。前佐伯の家に上がらせてもらった時練習したけど、普通にうまく踊れてたぞ?だから自信持てよ!」
まだちょっとよく彼女の顔は見えないが、俺がそう言った後、少しだけ彼女の表情に明るさが戻ったように見えた。
「そう?ありがと、少し自信が出てきたわ」
「おう、まあ仮に失敗しても俺がカバーするから大丈夫さ、俺は楽しかったらそれでいいんだから」
「佐野っち…。なんか柄に合わないセリフ言ってるわね」
肩を小さく揺らしながら微笑する雫。
「うるさい、お前を励ますためにこう言うこと言ってるのに茶化すのは違うだろー?」
「だってだって、面白かったんだもん!」
あははは、と。肩だけでなく声でも笑う雫。そこまで笑われるとちょっと恥ずかしくなってくる…。
「もう…。まあとりあえず、笑えてるなら今のところは大丈夫だろ?さ、飯に戻ろうぜ?」
ベンチから腰を上げながら俺はそう言った。すると、左手に何やら感覚があった。
「へっ…?」
不意な出来事にここに来た時とはまた違うような、裏返ったような声が出てしまった。
見ると、そっぽを向きながら俺の左手を小さな力で握る雫の姿があった。
「ど…、どうしたんだ?」
心臓が高鳴っていく最中、俺は動揺しながらそう尋ねた。
「あの…。もう少しだけ喋って行かない…?」
「えっ」
まさかの言葉に俺は虚をつかれた。あれは確か、雫の家に上がらせてもらった時だろうか。あの時もこのような感じだった気がする…。でも今彼女は手を握っている。ダンスの練習の時も手は触れていたけど、これはまた違う気が…。
「な…、なんか言いなさいよ!」
「いてっ!おい、足殴るなよ…」
ここからでも分かる、少し顔を赤くした雫は俺にそう言った。だからって殴る必要なかっただろうに…。
「…で、喋ってくれないの…?」
「いやだって、この相談のためだけに呼び出したんじゃないのか…?俺を。じゃあ俺と喋ってて、時間無駄にするだけになるぞ…?」
雫がそんな提案をしてくれたことを嬉しく思いつつも、いつもと様子がおかしい雫に疑念を抱いた俺は申し訳なさを含め、雫にそう尋ねた。すると雫は少しだけ悲しそうな表情をしながら、告げる。
「……あんたは、私があんたと喋ることによって時間が無駄になってるって感じてるの…?」
「えっ…。ま、まあ、そうだが…」
目をじっくりと見ながら雫は続けた。
「…あんたは」
「え?」
「私にとって、あんたは。喋ってて、この時間もったいないなとか、他のことにあてたいとか。そういうことを感じさせない存在にもうなってるのよ?」
「…えっ」
「そろそろ自覚してよ。私にとって、あんたは、佐野っちは、とっくにそういう人なの…」
正直、かなりびっくりした。彼女がこう言うことを言うなんて。別に罰ゲームまがいなことで言ってるわけでもなければ、言葉の重さでそれが本当なんだって伝わってきた。そして同時にとても嬉しく感じた。最初の第一印象は最悪で、完全に嫌われていたと思い、こっちからもあまり関わらないようにしていたが、根は真面目で言うことは言ってくれる。俺は彼女のことを知っていたようで知らなかったのだ。その瞬間に俺はそう深く思った。
「かっ…」
「か?」
「か、勘違いしないでよね?私はどっちかというと佐野っちがそういう対象ってだけで別にあんたのことをいいなとか少しも思ってないんだから!」
信じられないほどの早口でそう言う雫。すごいすごい…。そして左手が痛い痛い。
「…そろそろ、手、離してくれるかな…」
「え?ああ。ごめんなさい、つい…」
そう一言言って、雫はゆっくりと手を離した。
「で、まあ。喋る喋らないの話だけど…。まあ…。し、佐伯がそれでよければ。俺は喋りますが…」
「ほんと?ほんとに?やった!」
両手で小さくガッツポーズをする雫。そこまで喜ばれるとこっちも嬉しいものがある。そんな雫にバレないような微笑をしながら俺は上がってた腰をベンチに下ろすのだった。
そこから、雫との初めてとも言えるまともな雑談をした。好きな動物の話だったり、茜が家で何をしているのかだったり…。話を聞いていて1つ思ったのが、雫は本当に妹の茜が好きなんだなって、そう思った。会話の中に何度も茜の話が出てきたと思えば、その度に笑顔になっているように見受けられた。なんというか…。日に日に雫の印象が変わってきてるな…。
「…ってやばっ!私たち結構な時間喋ってない?」
すると突然、我に返ったようにそう言う雫。言われてみれば体感かなり話している気が…?
「あ、確かに…。もうみんなほとんどカレー食い終わってるんじゃ…?」
「じゃあそろそろお開きにしましょうか」
ゆっくりと腰を上げながら雫は俺にそう促した。
「そうだな、俺もカレー全然食ってねぇし」
釣られて俺も腰を上げ、ぐぐぐと伸びをする。
「ごめんね、時間食わせちゃって」
「大丈夫大丈夫、その分カレー食えるから!」
「…え?」
「おい、そんな顔すんなよ!まるで俺がしらけたみたいじゃねぇか!」
「いやだって…。そうじゃん」
「うるせー!」
今にも吹き出しそうになってる雫に力のない反論をする俺。だが…、そのことをちょっと嬉しく思う自分もいた。そして俺はじゃあ、と一言添えて、
「今日はバイバイだ。じゃあな」
「ねぇ」
「ん?」
その時、ベンチから離れようとする俺に1つの声がかけられた。すると、その声の主である雫はやや薄暗くなっているこの林の中でも分かるほどの、俺に未だ見せたことのない綻んだ顔で、
「…今日は、佐野っちと話せてよかった!明日のペアダン、まだちょっと不安だけど頑張ろ!」
「お、おう…。そうだな、頑張ろう!」
俺がそう意気込んで返すと、彼女は丸めた右手を突き出してきた。それに俺は微笑して、丸めた右手を彼女の手にコツン、と合わせるのだった。
そう言って雫は足を止めた。ここは人気がなく、木に囲まれている。そのせいか雫の姿が少し見づらく感じた。
「そこにいるんだよな?」
「そうよ?何、見えてないの?」
「…悪かったな」
姿がよく分からなくても雫が少し顔を曇らせたのは言葉から読み取れた。なんか分かるようになってきてる自分が怖い…。
ちょっと目が慣れてきた矢先、少し目の前にベンチがあるのが分かった。雫もそれに気づいたのか、
「あ、座るところあるじゃない」
と言い、吸い寄せられるようにそこに座った。
「ほら、佐野っちも座って」
自分の座った横を叩いて横に座るよう促す雫。そういえば何か俺に話があるのだろうか…?
「おう、失礼します」
そうボソッと呟き、俺は雫の横にゆっくりと座った。そしてそれを確認したのか、雫は口を開いた。
「とりあえずまず、ありがと、来てくれて」
「え…?」
俺が思っていた言葉と異なっていたため、俺はそんな肩透かしな声が出てしまった。てっきり何かパッと言われると思ってたが…。
「あ、ああ。まあ誘われたし、行かなきゃ行けなかっただろ?」
「うん…。ありがとう」
なんだよ…。今日は妙に素直じゃないか…?さっきまでのいつもの少しツンとした雫の威厳はどこに行ったんだ…。
「ま、まあいいよ。それでなんかあったのか?」
「うん…、あの、ダンスというかキャンプファイヤーって明日じゃない?」
やや俯きながら雫はそう切り出した。
「うんうん」
「で、うまくできるかなーって今日急に不安になってきちゃって…。ごめん、完全に私の勝手な気持ちなんだけど…」
まるで性格が逆転したかのような態度の雫。俺はそんな雫の自信、萎縮さに疑問を浮かべながら言った。
「いやいや、大丈夫だよ。誰だってそういう行事は緊張するし、ちゃんと練習してきたなら尚更じゃないか?」
「わ、私。うまく踊れるかな…?」
顔を上げたかと思えば急にこちらを見てくる雫。
「だ、大丈夫だろ。前佐伯の家に上がらせてもらった時練習したけど、普通にうまく踊れてたぞ?だから自信持てよ!」
まだちょっとよく彼女の顔は見えないが、俺がそう言った後、少しだけ彼女の表情に明るさが戻ったように見えた。
「そう?ありがと、少し自信が出てきたわ」
「おう、まあ仮に失敗しても俺がカバーするから大丈夫さ、俺は楽しかったらそれでいいんだから」
「佐野っち…。なんか柄に合わないセリフ言ってるわね」
肩を小さく揺らしながら微笑する雫。
「うるさい、お前を励ますためにこう言うこと言ってるのに茶化すのは違うだろー?」
「だってだって、面白かったんだもん!」
あははは、と。肩だけでなく声でも笑う雫。そこまで笑われるとちょっと恥ずかしくなってくる…。
「もう…。まあとりあえず、笑えてるなら今のところは大丈夫だろ?さ、飯に戻ろうぜ?」
ベンチから腰を上げながら俺はそう言った。すると、左手に何やら感覚があった。
「へっ…?」
不意な出来事にここに来た時とはまた違うような、裏返ったような声が出てしまった。
見ると、そっぽを向きながら俺の左手を小さな力で握る雫の姿があった。
「ど…、どうしたんだ?」
心臓が高鳴っていく最中、俺は動揺しながらそう尋ねた。
「あの…。もう少しだけ喋って行かない…?」
「えっ」
まさかの言葉に俺は虚をつかれた。あれは確か、雫の家に上がらせてもらった時だろうか。あの時もこのような感じだった気がする…。でも今彼女は手を握っている。ダンスの練習の時も手は触れていたけど、これはまた違う気が…。
「な…、なんか言いなさいよ!」
「いてっ!おい、足殴るなよ…」
ここからでも分かる、少し顔を赤くした雫は俺にそう言った。だからって殴る必要なかっただろうに…。
「…で、喋ってくれないの…?」
「いやだって、この相談のためだけに呼び出したんじゃないのか…?俺を。じゃあ俺と喋ってて、時間無駄にするだけになるぞ…?」
雫がそんな提案をしてくれたことを嬉しく思いつつも、いつもと様子がおかしい雫に疑念を抱いた俺は申し訳なさを含め、雫にそう尋ねた。すると雫は少しだけ悲しそうな表情をしながら、告げる。
「……あんたは、私があんたと喋ることによって時間が無駄になってるって感じてるの…?」
「えっ…。ま、まあ、そうだが…」
目をじっくりと見ながら雫は続けた。
「…あんたは」
「え?」
「私にとって、あんたは。喋ってて、この時間もったいないなとか、他のことにあてたいとか。そういうことを感じさせない存在にもうなってるのよ?」
「…えっ」
「そろそろ自覚してよ。私にとって、あんたは、佐野っちは、とっくにそういう人なの…」
正直、かなりびっくりした。彼女がこう言うことを言うなんて。別に罰ゲームまがいなことで言ってるわけでもなければ、言葉の重さでそれが本当なんだって伝わってきた。そして同時にとても嬉しく感じた。最初の第一印象は最悪で、完全に嫌われていたと思い、こっちからもあまり関わらないようにしていたが、根は真面目で言うことは言ってくれる。俺は彼女のことを知っていたようで知らなかったのだ。その瞬間に俺はそう深く思った。
「かっ…」
「か?」
「か、勘違いしないでよね?私はどっちかというと佐野っちがそういう対象ってだけで別にあんたのことをいいなとか少しも思ってないんだから!」
信じられないほどの早口でそう言う雫。すごいすごい…。そして左手が痛い痛い。
「…そろそろ、手、離してくれるかな…」
「え?ああ。ごめんなさい、つい…」
そう一言言って、雫はゆっくりと手を離した。
「で、まあ。喋る喋らないの話だけど…。まあ…。し、佐伯がそれでよければ。俺は喋りますが…」
「ほんと?ほんとに?やった!」
両手で小さくガッツポーズをする雫。そこまで喜ばれるとこっちも嬉しいものがある。そんな雫にバレないような微笑をしながら俺は上がってた腰をベンチに下ろすのだった。
そこから、雫との初めてとも言えるまともな雑談をした。好きな動物の話だったり、茜が家で何をしているのかだったり…。話を聞いていて1つ思ったのが、雫は本当に妹の茜が好きなんだなって、そう思った。会話の中に何度も茜の話が出てきたと思えば、その度に笑顔になっているように見受けられた。なんというか…。日に日に雫の印象が変わってきてるな…。
「…ってやばっ!私たち結構な時間喋ってない?」
すると突然、我に返ったようにそう言う雫。言われてみれば体感かなり話している気が…?
「あ、確かに…。もうみんなほとんどカレー食い終わってるんじゃ…?」
「じゃあそろそろお開きにしましょうか」
ゆっくりと腰を上げながら雫は俺にそう促した。
「そうだな、俺もカレー全然食ってねぇし」
釣られて俺も腰を上げ、ぐぐぐと伸びをする。
「ごめんね、時間食わせちゃって」
「大丈夫大丈夫、その分カレー食えるから!」
「…え?」
「おい、そんな顔すんなよ!まるで俺がしらけたみたいじゃねぇか!」
「いやだって…。そうじゃん」
「うるせー!」
今にも吹き出しそうになってる雫に力のない反論をする俺。だが…、そのことをちょっと嬉しく思う自分もいた。そして俺はじゃあ、と一言添えて、
「今日はバイバイだ。じゃあな」
「ねぇ」
「ん?」
その時、ベンチから離れようとする俺に1つの声がかけられた。すると、その声の主である雫はやや薄暗くなっているこの林の中でも分かるほどの、俺に未だ見せたことのない綻んだ顔で、
「…今日は、佐野っちと話せてよかった!明日のペアダン、まだちょっと不安だけど頑張ろ!」
「お、おう…。そうだな、頑張ろう!」
俺がそう意気込んで返すと、彼女は丸めた右手を突き出してきた。それに俺は微笑して、丸めた右手を彼女の手にコツン、と合わせるのだった。
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