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20. 予感

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 目覚まし時計の音が部屋中に鳴り響く。俺は場所を3回くらい探したのち、目覚まし時計の頭を叩き、顔を上げた。
 今の時刻は午前6時半。いつも起床する時間とは微妙に早い時間帯だ。なぜ早く起きるのかというと…。
「んー、今日から野活かぁー。遅刻したら大変だし、もう起きておこう」
 昨日の日曜は雫とダンスの練習はしなかったが、土曜の時の手応えからするとおそらく大丈夫だろう。そう思いながら俺は階段を下った。
 リビングには事前に用意した今回の野活用の大きなカバンがあった。着替えとか持っていかなくちゃいけないものとかが多くて大変だったぜ…。
 今日限りは荷物が多いので車で送ってもらうことになった。まあ先生もそう言ってたしな。
「…ん」
 すると、手に持っていたスマホが震えた。画面を確認すると、すっかり見慣れた送信者からのメールだった。
「お、茜か。どーしたんだ?」
 茜に関しては、即レス全然OKタイプなので俺はすぐにメールを開いた。
『佑、おはよう!いきなりで申し訳ないんだけど、今日学校に行くまでの道のり車で送ってくれないか?流石に自転車にはあの大きなカバン乗らないし、徒歩じゃこの時間からも微妙だし…。佑の親御さんにもお願いしてもらって欲しい!お願いします!』
「ずいぶんと長いメールだったな…。まあ、母さんからすれば送るのは全然大丈夫だと思うが…」
 なぜそれを当日に言ったんだ…。と、俺は心の中でツッコむ。事前に言ってくれれば予めそうしてたのに…。
「了解、15分後くらいに家の前に来てくれっと…」
 そう返信した俺は洗面所に顔を洗いに行くのだった。 
 


「よいしょっと」
 外に行く準備ができたので、玄関のドアを開けると、この時期には珍しい少し寒い風が吹いていた。ちなみに、俺が毎朝欠かさず行っていたジョギングだが、最近サボりがちになってしまっていて、野活から帰ってきたらサボった分、走ると決めた。いや、これはマジで走ります。今度こそサボりません。
「佑ー、その荷物後ろに乗せてしまいなさい」
「OKー。早い時間なのにありがとな、母さん」
 車を家の前まで回した母さんに感謝しながら俺は車の後ろの扉を開ける。すると、目の前が急に真っ暗になった。
「…えっ?」
「だーれだ!」
 と言われ、俺は今の状況を初めて理解した。こんないつもよりも早い朝っぱらからテンションの高い人なんてあいつしかいない。
「ちょっときつく目を抑えすぎだぞ、茜…」
「一言余計だなぁ。正解!」
 その声とともに、後ろからひょこっと茜が現れた。白い歯を見せながらニッと笑っている。
「あ、あなたが茜ちゃん?佑と仲良くしてもらってありがとね」
 車のドアが開き、俺たちのところへと来る母さん。母さんはペコっと頭を下げた。
「あーいえいえ!こちらこそ今日乗せていただけてありがとうございます!」
 手を胸の前に突き出しながら感謝する茜。こいつって意外と礼儀を兼ね備えてるんだなぁ。
「ねえ、佑。あなた彼女できてたの?こんな可愛い子あなたには勿体無いのに…」
「いや何言ってんの母さん…。茜は彼女じゃねえよ、家が隣の友達だよ友達!」
 きっと先程のやりとりを見てそう思ったであろう母さんが俺にそう尋ねた。やれやれという感じで俺は母さんに説明する。
「"今は"だもんね、佑?」
「おい、話をややこしくさせるな…。とりあえず乗れよ、そろそろ出発だぜ?」
「あーちょっと待って?」
 すると茜は佐伯家の玄関の方へ向いた。やがて玄関のドアが開く。その瞬間、俺はもう1人の人物を悟った。
「あ、雫?」
「そうそう、メールでは僕だけって頼んだんだけど、お姉ちゃんもいいかな?」
「だそうだが、母さん、大丈夫か?」
「別に問題ないけど…。お姉ちゃんがいたの?茜ちゃん」
 やや不思議そうに母さんは茜にそう尋ねた。
「あーはい!僕には双子の姉がいるんです」
「へぇ、そうなの?初耳だわ」
 初耳なのか?俺は行ってなかったけど、近所への挨拶の時確か2日目に佐伯家に寄ってなかったっけ?んーまあ忘れたんならしょうがないか。
「まあとりあえず、雫にも乗ってもらおう」
 そう話してるうちに、雫が家の前に出した車のところへとやってきた。そこで俺はいつもの雫とは雰囲気が違うことを感じ取った。雫に聞こえないように俺は茜に問う。
「あれ、雫ってあんな髪型だったっけ?茜」
「ほんとだー。あればハーフアップだな。お姉ちゃんめちゃ似合ってる…」
 若干嫉妬気味にそういった茜。すると雫は地面に荷物を置き、母さんの前までとことこと歩いて行った。
「あ、おはようございます。茜の姉の佐伯雫です。今日はよろしくお願いします」
「今日はって、そんなに固くならなくても大丈夫よ雫ちゃん!話は聞いてるわ。早く乗って!」
 雫のあいさつに茜同様笑顔で返した母さんは雫に車に乗るよう促した。なんというか…、しっかりしてるなあと俺は思った。
「ほら、茜も乗って乗って」
「うん、お母さん、よろしくお願いします!」
「任せといてー、ほら急ぐわよ!」
 礼儀正しい姉妹で機嫌が上がったのか、母さんは佐伯姉妹の荷物を受け取り、後ろに乗せた。
「2人は後ろに乗ってー。俺は助手席に座る」
「了解!」
 茜の元気な返事が返ってきたところで母さんはエンジンをかけるのだった。



「あ、そこでいいよ母さん。ありがとう」
 そう声をかけ、俺は母さんに学校前のコンビニに車を止めてもらい、助手席から降りた。弱い朝日とともに家の前とはまた違う感じのそよかぜが頬を伝う。
「ついたぞー…って」
 かかった時間、たった10分。だというのに佐伯姉妹は朝に弱いのかどちらも寝てしまっていた。雫の肩にもたれかかるように茜が寝ている。
「こんな短時間でよく寝れるもんだ…」
 軽く呆れながら俺は茜の肩をゆすった。
「おい、茜ー。ついたぞ起きろー」
「んあ?…おお、佑か。おはよう」
「なんだその反応…。まあいいや、隣の雫も起こしてやってくれ」
「了解いいい…」
 まだ眠そうに目を擦る茜はもたれかかっていた雫の肩を叩く。
「お姉ちゃんんん。着いたぞ、起きろぉー」
 よほど眠いのかおそらく自分なりに起こそうとしてるのだろうが、全く言葉に覇気がない。こんなに抜けた茜は初めて見るので何か新鮮な気分になった。
「ふぇ?朝?…ああ、着いたのね…」
 …なんだこの双子姉妹。妙なところが似るんだな。いつもつっぱってるイメージのある雫のこんな姿にも茜と同じような新鮮さを感じた。
「よっこらせ…っと」
 俺は車の後ろのドアから3人分の荷物を取り出し、アスファルトの上にどしっと置いた。
「ほらよ、茜」
 茜が車の後ろへと回ってきたので、荷物を持ち上げ渡した。茜は重そうながらもその荷物を肩にかけ、
「ありがとう!」  
 と、寝起きとは思えない笑顔で俺に言ってくれた。
 次に茜とは真逆の未だ眠そうな雫がよろよろと車の後ろにやってきた。これ布団があったら即座にバタンキューだな…。
「ほ、ほらし…、佐伯」
 一瞬名前で呼びそうになったが、なんとか持ち直した俺は雫に荷物を渡した。
「…ありがとう」 
 寝起きだから少しご機嫌斜めなのか、単純に荷物をアスファルトの上に置かれたのが嫌だったのか分からないが、小さい声で元気なくそう言った。でも礼を言うあたり感謝はしてくれてるんだろうと感じた。
 今考えてみれば人の荷物を問答無用でアスファルトの上に置くのはなかなかやばい行為だっただろう。これからはないように善処しよう。
「佑ー」
 荷物を持つよろよろな雫を茜が支えているのを見ていると、運転席から俺の名を呼ぶ声があった。
「ん、なんだい母さん」
「楽しんできなさいよ?」
 微笑を浮かべながら母さんは一言そう言った。
「あと…」
 そしてその言葉に付け加えるように母さんは続けた。
「何か起きる気がする…。佑の身にいいことが」
「え?なんだよそれ」
「さぁー?私もいいことが起きるということしか分からないから…」
「なんじゃそりゃ…。いいことねぇ…」
 ふと車の後ろの方で戯れている佐伯姉妹の方へと目線をやった。茜は相変わらずの笑顔だし、雫はやっと目が開いてきたのだろうか、鞄をしっかりと持てるようになっていた。
 ぼーっと2人を傍観する俺を見ていた母さんはクスッと笑って、
「ま、とりあえず行ってきなさい。時間も割とギリギリで着いちゃったしね」
「…お、本当だ。じゃあ行ってくるよ母さん」
「はーい、いってらっしゃい」
 俺が後ろのドアを閉めたのを確認した母さんは車を発進させた。茜と雫は深々とお辞儀をしていた。それに対し母さんは微笑しながら手を振り、コンビニを後にして行った。
「よし、じゃあ行こうか。時間やばいしな」
「そうだな、ほらお姉ちゃん行くぞ!」
「分かったわよ…。ああもう眠い!」
 7時を回った腕時計を見ながら、俺たち3人はちょうど青信号になった横断歩道を渡るのだった。
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