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本編
断章 騎士の暖かな記憶のはじまり
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「相変わらず なんかいかついね~きみ」
「は? 」
整えられた髪、整えられた服、傷ひとつ無い肌。
「あ、ニッキーですよろしく~」
あどけない顔でへにゃりと笑い、どこか気の抜けた男だと感じた。
同時に俺にとっての婚約者はこの先ずっと、この男になるのかと、少し未来の姿を考え、少々悩んだ、相性的に良いとは言えないかもしれないと。
婚約者の名をニッキー。
いずれ大貴族の当主となる筈の、もっとしっかりとしなければならない筈の、子犬のような男。
改め、婚約者ができた。
「にしてもほんとにきみ大きいね、いかついね、すごいね」
「鍛えているからな、当然だ」
「へー」
あの夜の夜会でも同じ会話をした気がする。
青空の下、大きな屋敷の庭で二人歩きながら話す内容は……教えれた貴族のそれとはまるで違う。
生まれた記念に専用の剣が作られ、その剣が鍛練の末に折れたら一人前。
そんな家に生まれ受け入れ、騎士になる事を志し鍛錬を重ねていた当時の俺にとって邪魔でこそないが、いてもいなくても良いもの。
「ところできみ名前なんていうんだっけ」
「エウァルドだ」
「ほえーありがとう覚えるね……たぶん」
「たぶんだと? 」
その程度の認識だった、のだが。
「うん、たぶん」
同年代の子供とは少なからず会ってきたが、まさかそんな反応をされるとは思わず面食らう。
「ところで花は好き~? 」
「まあまあだ」
「あらそう、ざんねん」
「……あまり触れる機会がないからわからん」
「そっかー」
「そうだ」
「それでねー、えっと、なんだっけ、エウァルド君であってる? 」
「そうだが」
「よかったー! ……なに話そうとしてたか忘れちゃった」
「なにを言っているんだ? 」
残念と言ったとは思えない、聞いている側も力が抜ける錯覚を覚える。
嫌味でもない、侮辱でも軽蔑でもない。
当然尊敬でもない、単なる感想として、感覚としての言葉、素の性格、というものなのだろうか。
首をかしげる頭ふたつ小さな婚約者に理解ができないまま、大人たちの用意した顔合わせの終了の時が来た。
感想を一言に収めると、新鮮だった。
「じゃあまたね~てきとうにてがみおくるね~」
「わかった」
はにかみながら手を振る婚約者を見送る。
勉学と鍛練を繰り返していた俺とは程遠い、生き方も、生活の仕方も恐らく違う婚約者、ニッキー。
その触れ合いは新鮮で、不愉快ではなかった。
俺が十二歳、ニッキーが十歳。
俺は学業の合間に遠征に行き、ニッキーは投手となるための教育が本格的に始まる、そう親から聞いた。
もうあまり会うことはないのだろう。
そう結論をつけていた。
「やっほー、ひさしぶりげんきー? 」
「あぁ」
対面から三か月後、婚約者と交流する時間を取っている、取らされている。
この婚約者と過ごす時間を勉学に費やせば良いと感じるがどうやら親の意向は違うらしい。
思うところはあれど、特別不満があるわけではないためこの時間を受け入れよう。
「なんかー、勉強がむずいんだよねー、どうすればいいかなー? 」
「教師を増やせ」
「えー、あ、はいこれおみやげ、山で見つけた綺麗な石! 」
「む? 」
話が通じたかと思えば、全く違う話題で勝手に盛り上がる、大人の前では礼儀正しく振るまい、それ以外では猫背で過ごす。
声に覇気は無く、目は虚ろに、怠慢を体で表している婚約者に苦言を投げるのも仕方のないこと。
地頭は悪くない、寧ろ教育の賜物のようにまあまあ良いのだが、その知識を己が楽しむことに費やしている気の抜けた性格には苛立ちよりも感心が勝る、そういう生き方もあるのか、と。
屋敷ではソファーに溶けて、庭園では椅子に溶けて、湖に放てばプカプカ浮かぶ。
傍らで剣を振るう俺を眺めながら溶ける婚約者のセットが出来上がっていた。
人はそれぞれ違いがあると婚約者を見て自覚できたが、許容できることとできない事がある。
「おいニッキー」
「なーにー? あ、クッキーとか持ってきたよ食べましょ」
「手紙の返事が返ってこないがどういうことだ」
「……あーはん? 」
唯一、婚約者に苦言を投げることがある。
「目を通していることは既に調べがついているが、返事の手紙の作成がまだなようだな、どういうことだ」
「や、やだこわーい」
「誤魔化すな」
親睦を深める上でするべきことは一通り押さえた、生まれて今まで戦うことの知識を学んできたが、婚約者、ひいては未来の伴侶との過ごし方など知るはずもなく。
屋敷の書庫より借りた本にならい、つつがなく遂行したつもりだった、だがまさかそのマナーを守れない者がこの世に存在するとは驚きだ。
会う機会の極端にすくない我々に文通がどれだけ大事なのかこの男は理解していないのだろう。
近況報告のようなものを書き、書いたものをこちらに送る、それだけのことがなぜできないと苦悩したが、返ってくる言葉は動物の鳴き声のような言い訳ばかり。
これもまた鍛錬と考え押し通すことにしているが、顔を会わせたのなら話は違う。
「い、いやー、あのねエウァルド、聞いて? あと怒らないでね? 」
「聞くし俺は怒っていない」
「お、怒ってない?」
「怒っていない」
「ほんとにい? 」
「いいから話せ」
「うっす」
うんざりするような気持ちは苛立ちの一種。
だが不快ではない。
この気持ちに名をつけるならそう、呆れだ。
俺は生まれて初めて他人に対して呆れると言う感情を向けている。
「そ、そのっすねー、……途中まで書いたんだけど続き思いつかなくてぇ」
「思いつかなくて? 」
「めんどくさくなってやめちゃった」
「はあ? 」
メンドクサクナッテヤメタ?
「きゃ、きゃー、エウァルドこわい」
「うるさい」
気づけばこの会話を繰り返すこと三年
俺が十五、婚約者が十三、子供の安定しない思考と感情が存在しているのは理解しているが、この婚約者に限っては自制する心を養っている筈だ。
つまり故意、怠慢である。
他人に己と同じことをしろと言うつもりは毛頭無かったが、怠惰を甘受しているのがあろうことか俺の婚約者である。
目の前に現れていてかつ、度が過ぎたことをするのなら容赦なく詰めるのが礼儀というものだ。
「やだー、顔のしわすんごいよエウァルド、……ほんとに学生? 」
「言い訳以下の戯言が出てくればこんな顔にもなる、はあ……まあいい、茶を飲もう」
相変わらず俺は騎士になるための鍛錬を続けている。
今でこそ会う時間が取りづらいが、いつか目標を果たした時には婚約者としての責務を果たせば良い、お互い学業を修めきれば同棲もはじまる。
「はーい、あ、エウァルドエウァルド、今度温泉街に行くんだけどお土産なにがいい? 」
「土産はいらんが学園に通えばこういった時間は中々取れなくなる、手紙を書く習慣をつけておくように」
「はーい」
「さあ、口を開け」
「はーい」
間の抜けた男の口に菓子を放り込み、頭の中で先ほどの師匠との鍛錬で学んだことを復習する。
「ねーエウァルド~」
「なんだ」
「こんどおじさまに山に詰め込まれるんだけどさー」
「ほう、それで? 日程にもよるが鍛練に付き合うこともやぶさかでは 「逃げたいんだけどどしよー」 なにを言っているんだ貴様? 」
「やだこわーい」
「………ふん」
更にテーブルに溶ける婚約者に言葉もでないが、このくだらない時間も悪くないと思っている。
「は? 」
整えられた髪、整えられた服、傷ひとつ無い肌。
「あ、ニッキーですよろしく~」
あどけない顔でへにゃりと笑い、どこか気の抜けた男だと感じた。
同時に俺にとっての婚約者はこの先ずっと、この男になるのかと、少し未来の姿を考え、少々悩んだ、相性的に良いとは言えないかもしれないと。
婚約者の名をニッキー。
いずれ大貴族の当主となる筈の、もっとしっかりとしなければならない筈の、子犬のような男。
改め、婚約者ができた。
「にしてもほんとにきみ大きいね、いかついね、すごいね」
「鍛えているからな、当然だ」
「へー」
あの夜の夜会でも同じ会話をした気がする。
青空の下、大きな屋敷の庭で二人歩きながら話す内容は……教えれた貴族のそれとはまるで違う。
生まれた記念に専用の剣が作られ、その剣が鍛練の末に折れたら一人前。
そんな家に生まれ受け入れ、騎士になる事を志し鍛錬を重ねていた当時の俺にとって邪魔でこそないが、いてもいなくても良いもの。
「ところできみ名前なんていうんだっけ」
「エウァルドだ」
「ほえーありがとう覚えるね……たぶん」
「たぶんだと? 」
その程度の認識だった、のだが。
「うん、たぶん」
同年代の子供とは少なからず会ってきたが、まさかそんな反応をされるとは思わず面食らう。
「ところで花は好き~? 」
「まあまあだ」
「あらそう、ざんねん」
「……あまり触れる機会がないからわからん」
「そっかー」
「そうだ」
「それでねー、えっと、なんだっけ、エウァルド君であってる? 」
「そうだが」
「よかったー! ……なに話そうとしてたか忘れちゃった」
「なにを言っているんだ? 」
残念と言ったとは思えない、聞いている側も力が抜ける錯覚を覚える。
嫌味でもない、侮辱でも軽蔑でもない。
当然尊敬でもない、単なる感想として、感覚としての言葉、素の性格、というものなのだろうか。
首をかしげる頭ふたつ小さな婚約者に理解ができないまま、大人たちの用意した顔合わせの終了の時が来た。
感想を一言に収めると、新鮮だった。
「じゃあまたね~てきとうにてがみおくるね~」
「わかった」
はにかみながら手を振る婚約者を見送る。
勉学と鍛練を繰り返していた俺とは程遠い、生き方も、生活の仕方も恐らく違う婚約者、ニッキー。
その触れ合いは新鮮で、不愉快ではなかった。
俺が十二歳、ニッキーが十歳。
俺は学業の合間に遠征に行き、ニッキーは投手となるための教育が本格的に始まる、そう親から聞いた。
もうあまり会うことはないのだろう。
そう結論をつけていた。
「やっほー、ひさしぶりげんきー? 」
「あぁ」
対面から三か月後、婚約者と交流する時間を取っている、取らされている。
この婚約者と過ごす時間を勉学に費やせば良いと感じるがどうやら親の意向は違うらしい。
思うところはあれど、特別不満があるわけではないためこの時間を受け入れよう。
「なんかー、勉強がむずいんだよねー、どうすればいいかなー? 」
「教師を増やせ」
「えー、あ、はいこれおみやげ、山で見つけた綺麗な石! 」
「む? 」
話が通じたかと思えば、全く違う話題で勝手に盛り上がる、大人の前では礼儀正しく振るまい、それ以外では猫背で過ごす。
声に覇気は無く、目は虚ろに、怠慢を体で表している婚約者に苦言を投げるのも仕方のないこと。
地頭は悪くない、寧ろ教育の賜物のようにまあまあ良いのだが、その知識を己が楽しむことに費やしている気の抜けた性格には苛立ちよりも感心が勝る、そういう生き方もあるのか、と。
屋敷ではソファーに溶けて、庭園では椅子に溶けて、湖に放てばプカプカ浮かぶ。
傍らで剣を振るう俺を眺めながら溶ける婚約者のセットが出来上がっていた。
人はそれぞれ違いがあると婚約者を見て自覚できたが、許容できることとできない事がある。
「おいニッキー」
「なーにー? あ、クッキーとか持ってきたよ食べましょ」
「手紙の返事が返ってこないがどういうことだ」
「……あーはん? 」
唯一、婚約者に苦言を投げることがある。
「目を通していることは既に調べがついているが、返事の手紙の作成がまだなようだな、どういうことだ」
「や、やだこわーい」
「誤魔化すな」
親睦を深める上でするべきことは一通り押さえた、生まれて今まで戦うことの知識を学んできたが、婚約者、ひいては未来の伴侶との過ごし方など知るはずもなく。
屋敷の書庫より借りた本にならい、つつがなく遂行したつもりだった、だがまさかそのマナーを守れない者がこの世に存在するとは驚きだ。
会う機会の極端にすくない我々に文通がどれだけ大事なのかこの男は理解していないのだろう。
近況報告のようなものを書き、書いたものをこちらに送る、それだけのことがなぜできないと苦悩したが、返ってくる言葉は動物の鳴き声のような言い訳ばかり。
これもまた鍛錬と考え押し通すことにしているが、顔を会わせたのなら話は違う。
「い、いやー、あのねエウァルド、聞いて? あと怒らないでね? 」
「聞くし俺は怒っていない」
「お、怒ってない?」
「怒っていない」
「ほんとにい? 」
「いいから話せ」
「うっす」
うんざりするような気持ちは苛立ちの一種。
だが不快ではない。
この気持ちに名をつけるならそう、呆れだ。
俺は生まれて初めて他人に対して呆れると言う感情を向けている。
「そ、そのっすねー、……途中まで書いたんだけど続き思いつかなくてぇ」
「思いつかなくて? 」
「めんどくさくなってやめちゃった」
「はあ? 」
メンドクサクナッテヤメタ?
「きゃ、きゃー、エウァルドこわい」
「うるさい」
気づけばこの会話を繰り返すこと三年
俺が十五、婚約者が十三、子供の安定しない思考と感情が存在しているのは理解しているが、この婚約者に限っては自制する心を養っている筈だ。
つまり故意、怠慢である。
他人に己と同じことをしろと言うつもりは毛頭無かったが、怠惰を甘受しているのがあろうことか俺の婚約者である。
目の前に現れていてかつ、度が過ぎたことをするのなら容赦なく詰めるのが礼儀というものだ。
「やだー、顔のしわすんごいよエウァルド、……ほんとに学生? 」
「言い訳以下の戯言が出てくればこんな顔にもなる、はあ……まあいい、茶を飲もう」
相変わらず俺は騎士になるための鍛錬を続けている。
今でこそ会う時間が取りづらいが、いつか目標を果たした時には婚約者としての責務を果たせば良い、お互い学業を修めきれば同棲もはじまる。
「はーい、あ、エウァルドエウァルド、今度温泉街に行くんだけどお土産なにがいい? 」
「土産はいらんが学園に通えばこういった時間は中々取れなくなる、手紙を書く習慣をつけておくように」
「はーい」
「さあ、口を開け」
「はーい」
間の抜けた男の口に菓子を放り込み、頭の中で先ほどの師匠との鍛錬で学んだことを復習する。
「ねーエウァルド~」
「なんだ」
「こんどおじさまに山に詰め込まれるんだけどさー」
「ほう、それで? 日程にもよるが鍛練に付き合うこともやぶさかでは 「逃げたいんだけどどしよー」 なにを言っているんだ貴様? 」
「やだこわーい」
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