燃え尽きた貴族が10年後療養してたら元婚約者に娶られてしまいまして

おげんや豆腐

文字の大きさ
上 下
52 / 119
本編

断章 騎士の暖かな記憶のはじまり

しおりを挟む
「相変わらず なんかいかついね~きみ」

「は? 」

整えられた髪、整えられた服、傷ひとつ無い肌。



「あ、ニッキーですよろしく~」

あどけない顔でへにゃりと笑い、どこか気の抜けた男だと感じた。



同時に俺にとっての婚約者はこの先ずっと、この男になるのかと、少し未来の姿を考え、少々悩んだ、相性的に良いとは言えないかもしれないと。







婚約者の名をニッキー。



いずれ大貴族の当主となる筈の、もっとしっかりとしなければならない筈の、子犬のような男。







改め、婚約者ができた。





「にしてもほんとにきみ大きいね、いかついね、すごいね」

「鍛えているからな、当然だ」

「へー」

あの夜の夜会でも同じ会話をした気がする。



青空の下、大きな屋敷の庭で二人歩きながら話す内容は……教えれた貴族のそれとはまるで違う。





 生まれた記念に専用の剣が作られ、その剣が鍛練の末に折れたら一人前。



 そんな家に生まれ受け入れ、騎士になる事を志し鍛錬を重ねていた当時の俺にとって邪魔でこそないが、いてもいなくても良いもの。



「ところできみ名前なんていうんだっけ」

「エウァルドだ」

「ほえーありがとう覚えるね……たぶん」

「たぶんだと? 」

その程度の認識だった、のだが。





「うん、たぶん」

同年代の子供とは少なからず会ってきたが、まさかそんな反応をされるとは思わず面食らう。



「ところで花は好き~? 」

「まあまあだ」

「あらそう、ざんねん」

「……あまり触れる機会がないからわからん」

「そっかー」

「そうだ」

「それでねー、えっと、なんだっけ、エウァルド君であってる? 」

「そうだが」

「よかったー! ……なに話そうとしてたか忘れちゃった」

「なにを言っているんだ? 」

残念と言ったとは思えない、聞いている側も力が抜ける錯覚を覚える。





嫌味でもない、侮辱でも軽蔑でもない。



当然尊敬でもない、単なる感想として、感覚としての言葉、素の性格、というものなのだろうか。





首をかしげる頭ふたつ小さな婚約者に理解ができないまま、大人たちの用意した顔合わせの終了の時が来た。





感想を一言に収めると、新鮮だった。





「じゃあまたね~てきとうにてがみおくるね~」

「わかった」

はにかみながら手を振る婚約者を見送る。







勉学と鍛練を繰り返していた俺とは程遠い、生き方も、生活の仕方も恐らく違う婚約者、ニッキー。



その触れ合いは新鮮で、不愉快ではなかった。









俺が十二歳、ニッキーが十歳。





俺は学業の合間に遠征に行き、ニッキーは投手となるための教育が本格的に始まる、そう親から聞いた。





もうあまり会うことはないのだろう。



そう結論をつけていた。









「やっほー、ひさしぶりげんきー? 」

「あぁ」

 対面から三か月後、婚約者と交流する時間を取っている、取らされている。





 この婚約者と過ごす時間を勉学に費やせば良いと感じるがどうやら親の意向は違うらしい。



 思うところはあれど、特別不満があるわけではないためこの時間を受け入れよう。



「なんかー、勉強がむずいんだよねー、どうすればいいかなー? 」

「教師を増やせ」

「えー、あ、はいこれおみやげ、山で見つけた綺麗な石! 」

「む? 」

 話が通じたかと思えば、全く違う話題で勝手に盛り上がる、大人の前では礼儀正しく振るまい、それ以外では猫背で過ごす。



 声に覇気は無く、目は虚ろに、怠慢を体で表している婚約者に苦言を投げるのも仕方のないこと。







 地頭は悪くない、寧ろ教育の賜物のようにまあまあ良いのだが、その知識を己が楽しむことに費やしている気の抜けた性格には苛立ちよりも感心が勝る、そういう生き方もあるのか、と。





屋敷ではソファーに溶けて、庭園では椅子に溶けて、湖に放てばプカプカ浮かぶ。



傍らで剣を振るう俺を眺めながら溶ける婚約者のセットが出来上がっていた。



人はそれぞれ違いがあると婚約者を見て自覚できたが、許容できることとできない事がある。



「おいニッキー」

「なーにー? あ、クッキーとか持ってきたよ食べましょ」

「手紙の返事が返ってこないがどういうことだ」

「……あーはん? 」

唯一、婚約者に苦言を投げることがある。



「目を通していることは既に調べがついているが、返事の手紙の作成がまだなようだな、どういうことだ」

「や、やだこわーい」

「誤魔化すな」

親睦を深める上でするべきことは一通り押さえた、生まれて今まで戦うことの知識を学んできたが、婚約者、ひいては未来の伴侶との過ごし方など知るはずもなく。



屋敷の書庫より借りた本にならい、つつがなく遂行したつもりだった、だがまさかそのマナーを守れない者がこの世に存在するとは驚きだ。



会う機会の極端にすくない我々に文通がどれだけ大事なのかこの男は理解していないのだろう。





近況報告のようなものを書き、書いたものをこちらに送る、それだけのことがなぜできないと苦悩したが、返ってくる言葉は動物の鳴き声のような言い訳ばかり。



これもまた鍛錬と考え押し通すことにしているが、顔を会わせたのなら話は違う。



「い、いやー、あのねエウァルド、聞いて? あと怒らないでね? 」

「聞くし俺は怒っていない」

「お、怒ってない?」

「怒っていない」

「ほんとにい? 」

「いいから話せ」

「うっす」

うんざりするような気持ちは苛立ちの一種。

だが不快ではない。



この気持ちに名をつけるならそう、呆れだ。

俺は生まれて初めて他人に対して呆れると言う感情を向けている。



「そ、そのっすねー、……途中まで書いたんだけど続き思いつかなくてぇ」

「思いつかなくて? 」

「めんどくさくなってやめちゃった」

「はあ? 」

メンドクサクナッテヤメタ?



「きゃ、きゃー、エウァルドこわい」

「うるさい」



気づけばこの会話を繰り返すこと三年

俺が十五、婚約者が十三、子供の安定しない思考と感情が存在しているのは理解しているが、この婚約者に限っては自制する心を養っている筈だ。



つまり故意、怠慢である。



他人に己と同じことをしろと言うつもりは毛頭無かったが、怠惰を甘受しているのがあろうことか俺の婚約者である。



目の前に現れていてかつ、度が過ぎたことをするのなら容赦なく詰めるのが礼儀というものだ。



「やだー、顔のしわすんごいよエウァルド、……ほんとに学生? 」

「言い訳以下の戯言が出てくればこんな顔にもなる、はあ……まあいい、茶を飲もう」

相変わらず俺は騎士になるための鍛錬を続けている。



 今でこそ会う時間が取りづらいが、いつか目標を果たした時には婚約者としての責務を果たせば良い、お互い学業を修めきれば同棲もはじまる。



「はーい、あ、エウァルドエウァルド、今度温泉街に行くんだけどお土産なにがいい? 」

「土産はいらんが学園に通えばこういった時間は中々取れなくなる、手紙を書く習慣をつけておくように」

「はーい」

「さあ、口を開け」

「はーい」

間の抜けた男の口に菓子を放り込み、頭の中で先ほどの師匠との鍛錬で学んだことを復習する。



「ねーエウァルド~」

「なんだ」

「こんどおじさまに山に詰め込まれるんだけどさー」

「ほう、それで? 日程にもよるが鍛練に付き合うこともやぶさかでは 「逃げたいんだけどどしよー」 なにを言っているんだ貴様?  」

「やだこわーい」

「………ふん」

更にテーブルに溶ける婚約者に言葉もでないが、このくだらない時間も悪くないと思っている。

しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

僕の太客が義兄弟になるとか聞いてない

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
 没落名士の長男ノアゼットは日々困窮していく家族を支えるべく上級学校への進学を断念して仕送りのために王都で働き出す。しかし賢くても後見の無いノアゼットが仕送り出来るほど稼げはしなかった。  そんな時に声を掛けてきた高級娼家のマダムの引き抜きで、男娼のノアとして働き出したノアゼット。研究肌のノアはたちまち人気の男娼に躍り出る。懇意にしてくれる太客がついて仕送りは十分過ぎるほどだ。  そんな中、母親の再婚で仕送りの要らなくなったノアは、一念発起して自分の人生を始めようと決意する。順風満帆に滑り出した自分の生活に満ち足りていた頃、ノアは再婚相手の元に居る家族の元に二度目の帰省をする事になった。 そこで巻き起こる自分の過去との引き合わせに動揺するノア。ノアと太客の男との秘密の関係がまた動き出すのか?

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...