燃え尽きた貴族が10年後療養してたら元婚約者に娶られてしまいまして

おげんや豆腐

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本編

三十八話 再びの対話と月に愛された人

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5分で片をつけます、と。


それはそれは勇ましい顔で言ったダンさんはその言葉の通り、別に憎くも悪くもないお父様を口だけでボロボロにしてしまわれた。

極めつけはこれだ。

「部下や陛下相手にあんな態度を取れるのにご子息1人相手にこのざま……ですか、はんっ片腹痛い」
「うぐぅ……」
鼻で笑うダンさん怖かったです。




「その、だな」
笑顔の圧はどこへやら、

堂々と隣に立つダンさんにこってり絞られて若干しょげて見えるお父様。





「話したいことはだな、お前の記憶の事についてだ」
「……なるほど」
まぁ、そうだろうなと、予想はしていなかったけど驚きは少ない。


「率直に言って私は、お前に記憶を取り戻して欲しい」
「…………なるほど」
記憶、……記憶かあ。

今日はたくさんその話をするね、あんまりその話はしたくない……ううん。

今までなあなあで流してたツケが回ってきただけ、かも。

向き合わなくてはいけない大事な話、大事な事、お父様や、エウァルドさんたちにとっては、だいじなだいじな、思い? 

「お前にとってはただ迷惑なことだとは理解している、無理に思い出せとは言わん、思い出せないからと態度を変える事もしない、絶対だ、信じてくれ」
「それは……はい」
反応に困る、言葉に詰まる、何を返せば良いのかと考えてしまう。

このピリピリとした空気は嫌だな、ついついどうすれば良いか考えてしまう。

……どうにもならないことは分かってるんだけども。

「身勝手な願望にしかならんが、どうか治療を受け入れてくれ」
「ええそれは勿論、お父様が喜ぶのであれば」
「……すまない」
「いえ、なんと言いましょうか……それが普通だと思うので、なにもそこまで深刻に考える必要はないかなー、なんて思いますが、どうでしょう」
愛する息子が記憶喪失だった、だから治す、それだけのこと、至極単純、とても素晴らしいことだと思う。


「普通……まあ、そうだな、普通だ、私はただ、ニッキー……お前を幸福にしたい、そのために私ができるのは、治療しか……なくてな、すまない」
言葉が進んでいくうちに萎んでいくお父様の声は、静かな部屋に、僕の耳に響く。

「謝罪は結構です、お父様がいなければ僕はまだベッドから出れなかったでしょうし、寧ろ感謝をしてもし足りない位」
にっこりと、本心のままに笑顔を作ってお父様に語りかける、これで和解円満、ハッピー、と思ったけれど。

「だがな、だがなニッキー」
話は終わりには向かわないらしい。

「私にはお前が好きなことが分からんのだ」
「「  は? 」」
それがどうかしたのか、何か問題があるのかと純粋な疑問を持ったと同時に聞こえた声は僕の隣と、お父様の隣。

エウァルドさんとダンさんだ。


「? 」
「悪いとは、自覚しているんだ、仕事にかまけていたでは済まされないとは自覚している」
「?  別にそれになんの問題が」
「ニッキー」
「あ、はい」
「俺は、知っているぞ」
「? 」
「お前は氷菓子が好きだ」
「そうなんですか? 」
「そうだ」
ちょっとムッとしてるかもしれない顔でエウァルドさんはそんなことを言う。


「……公爵」
「なんだ」
「貴方、ご子息達とは年に何回会っていましたか? 」
確信を持ったダンさんの声にお父様はきつく目を閉じ言った。

「4回……だ」
「親として何をしていたですか? 」
「……会う機会が無くてだな」
「言い訳は結構、話を続けてください」
「うむ……」
しょげていたお父様が更にもう一段階しょげていく。


「あのー……」
「なんだね」
「変な話かもと自覚しながら言うんですけど、別に好きなものとかは別に知らなくても問題無いのでは? 」
「問題しか無いのです、ニッキー様」
「? 」
「例えば、ですが」
うなだれるお父様をよそにダンさんが前に出て腕を組んで言った。

「ニッキー様がとあるご令嬢と式をあげました」
「ほうほう 「なんだと? 」 」
「エウァルド殿はお静かに、例え話ですので、式を上げた令嬢と一夜を共にしたニッキー様は後に子宝に恵まれます」
「ふむふむ 「子供か、良いな」 え? 」
「例え話ですので、そして子供が生まれましたが、ニッキー様が父親ならどうしますか、この場合令嬢ではなく子供のみに対して、どのように接しますか? 」
「それは、まあ……そのときの自分がどうあれ、愛情を持って接しますとも」
「と、言いますと?」
「子供を育てる上で大事なことは勿論、褒めるときは褒めて、叱るときは叱って、叱ったあとは埋め合わせを、良いことをしたならご褒美を、悪いことをしたなら罰を、子供の成長にあわせて寄り添って、一人立ちをするまでずっと立派に育つまで見守っていけば、まあいいかなと」
「ですってよ、公爵、よい方に教育されたのでしょうね」
「……なにも言えんな」
「でしょうね」
立派に育つためのものを用意して、手助けをして、あとはのんびりと見守る、それに喜びを見出すのが良い家族になれるんだぞと、あの人から教えられて。

「? 」
あの人? 

「このように、公爵は当主としては立派でも親としては金に困らないこと以外全く価値のない……いかがされましたか」
「私は単に落ち込んでいるだけだが 「貴方ではなく、ニッキー様です」 なんと、どうしたニッキー」
「あ、いえ、いえ、特になんでも 「我々にとっては一大事だ」 あ、はい……」
真面目な話とちょっと茶目っ気のある話と、チクりとした違和感。

皆の強い視線が、僕を見ている。

「頼む! 今お前が考えていることを私に教えておくれ」
「……分かり、ました」
ここまで言われたら答えないわけにもいかない。

とはいえだ、すごくシンプルな疑問だし勘に鋭いダンさんに指摘されなかったら自分でも記憶の彼方に流していた事柄なのだ。

うーん、あ、ちょっとこういう感覚前にもあったような。

「なんと言いましょうか、ダンさんの質問に答えたときにふと違和感……疑問、そう、そういえば、と」
「そういえば?  何か思い出したのかっ」
「いえ、それはさっぱり、でも……愛情? に関することを考えた時に、誰かにそのことを教えて貰った、ような、色んなことを教えて貰った、ような」
何回も、何回も、知識を思い出したときの片隅に誰かが、ちらりと、ちらりと。

無駄な事だと今まで流してきたけど、聞かれてみれば、なんなんだろうこれ。


「公爵」
「なんだ」
「ニッキー様の教育を施した方はどなたです」
「……兄だ」
「ではその方をこちらに」
「無理だ」
「何故でしょう、その方を呼びよせればニッキー様の記憶も」
「兄は、15年前に役目を果たしている」
言葉を重ねるダンさんに、暗い声で、お父様は言った。

それを見守る僕は、何か、なにか。


「役目……とは一体」
「これ以上は秘匿だ」
「ディフラカン」
おや、どうしたことか、一斉にこちらを向く皆の前で、どもることなく口が勝手に動いてしまう……だって知っているみたいだから、それ。

「どうした」
「ニッキー様? 」
「?  ? 」
頭の中に役目についての教えがどこから浮かんできて、溢れる。

「どこか不調でも」
「あたま……」
「頭が痛いのか!? 」
「変な、言葉? 呪文……違う……願い? 」
「ニッキー? 」
口に出してしまわないと痛くなるような、取り返しのつかないことになるような危機感がやってきて、僕は口を開いた。

「我ら……大いなる獅子を楽しませるもの、 獅子に愛されしディフラカンにこの身、この魂を捧げ病魔を貰い受けるもの、我ら……クロトゥラン、ただひとつの宝を護るもが長子が役目、……あー、なんとなくわかったかも 」
「……記憶は」
「いえまったく」
驚く顔から怖い顔になったお父様の質問には、否だ。

知らないことを知っているこの感覚は気持ちが悪い。

一度口に出してしまえばすっきりする、けどまた別のもやもやが出てきたのも事実。

「これも教えられたような、今思い出したような、しっくりはきますね」
「ニッキー、詳しく話せ」
「いえ、頭に浮かんだのはここまででこれ以上は……あやふやですいません」
皆びっくりしている、僕もびっくりしている、今日はなんだかおかしいね。


「……」
「……あの、変なことを言ってすいませ 「決めたぞ 」わっ」
沈黙に負けていた僕に、突然立ち上がったお父様に飛び上がりかける。

「二の足を踏んでいればまたお前を失ってしまう、いいかニッキー!!  」
「はいぃ、え、また? 」
「そうだ! 私は一度愛していると言った息子を、お前を失った」
「……それは」
「記憶が無いから分からぬよな、分かっているとも! ……私は今後、今まで距離を置いていた分の、私が思う幸せを お前に押し付ける! よいかニッキー! 」
「はい! なんでしよう! 」
「私の思う幸せが少しでも不快と感じたらすぐに知らせてくれれば、治す、いいな? 」
「わ、かりました? 」
「幸せと感じることを今後私が死ぬまで繰り返す、何度も何度も繰り返す、肩書きだけの父親のただの我が儘だ……幸福になってくれ、ニッキー」
切実な、何かを堪えている顔で、お父様は言った。

「……頑張ります」
正直なことを言おう、理解ができていない。

幸福になってくれ、幸せになってくれ。

言葉の意味はわかる、話している内容もわかる、だけれど、それが自分に向けられているのは、理解できていない。

ただ、頷くだけしかできない自分に虚しさが少し。



「それとだ、これだけは記憶しておいてくれ」
「? はい」
「お前の役目は終わっている」
「? 」
終わっ……ている?

「クロトゥランの獅子の役目は既に果たされている、これだけは忘れないでくれ」
「……わかりました? 」
分かるような分からないような、理解したくないような。

「返事がいまいちだな、もう一度」
「あー、わかりました」
「よし」
雰囲気に飲まれてる自覚はあるけれど、不快ではないからよしとする、これで良いはず。



……うん。



「エウァルド君」
「はっ」
頭の中で無駄な思考をしている傍らで、お父様がエウァルドさんを真剣な目で見ている。


「ニッキーから片時も離れないように、いいね? 」
「畏まりました」
何かが進展したかも、というのはわかった、それで良いよね?  いいよね?


クロトゥラン、ディフラカン。

獅子に愛された人、愛されてしまった人。


記憶とはまた別で、へんなことを思い出そうとしてるような……まあいいか、後で考えよう。




あとで、あとで、きっといつか知らなければいけないことなのだろうけど別に急ぐことではない。

つまりは気楽に行こうということである。



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