燃え尽きた貴族が10年後療養してたら元婚約者に娶られてしまいまして

おげんや豆腐

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本編

断章 一方その頃

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人を観察し、嘘を見抜く特技は時に、真実を読み取ることも容易にできる。

貴族相手であれば実に有用なものと自負しているが、この館に限っては、無ければ良かったとさえ思ってしまうものだ。




貴族とは、生まれながらにして国の駒として生きるもの。

故に、幼少から成人まで "貴族として"  恥ずかしくない国の鏡としての教育を受けるのが通例。

それが国の中枢、重要な役割を担う一族ならば尚更きつく "貴族として" 育て上げられる。


それを踏まえ考えた男は、彼らしくもない荒々しい足音を立てながら廊下の先に佇む、白髪の男に向けて歩を進める。



「説明していただきたいことがあるのですが」
「なんだ急に」
柄にもなく焦っていると自覚はしているが、焦る自分を止めるよりも先にひとつ、いや、それ以外もあるが、聞かねばならない事がある。

「……失礼しました」
「何があった 」
「ご安心を、ニッキー様のお身体に異常は見られません、安らかに寝息を立てています」
「そうか、それで? 何を聞きたいのだね」
「公爵は……ニッキー様を愛していますか? 」
「……珍しく取り乱したかと思えば質問がそれか? 」
「お答え頂きたい」
「む……、当然、愛しているとも、でなければわざわざ当主の立場を降りてここにきはしない」
「左様ですか」
その言葉に嘘は見えない、表情も、目も、嘘は騙ってはいない。

尚悪い。



「では、少々気分を害されるかもしれませんがご容赦を……、公爵、貴方はニッキー様にどのような教育をすればあのように歪に育つのか、お聞かせ願いたい」
「……喧嘩を売っているのか? 」
「いいえ、至極真面目でございます」
底冷えする声に対し、威圧的になるよう意識して公爵を睨み付ける。


「現状のままですといずれ、取り返しのつかない事態が起こるかと」

ずっと、疑問に思っていたのだ。

何故あの方は屈託のない、嘘偽りのない笑顔をしていられるのか。



「何故、その疑問を持ったのか聞かせてくれ」
「畏まりました、良ければ別室に」
「いや、ここでいい」
首を横に振る公爵のその顔に見え隠れする焦りに、私は礼を取り、口を開いた。

「端的に申し上げますと、ニッキー様にとって我々は父親でも従者でもなく、単なる恩人として認識されています」
「……なんだと?  」
「そしてニッキー様にとって"ニッキー"という名前は見知らぬ人間の名で、公爵も私も、"ニッキー"という人間の代わりとして自分を治療してくれている」
「そ、そんな馬鹿な話があるものか! では何故ニッキーは今の今まで問題なく過ごして来たのだ、説明が――「受け入れていたからです」 ……嘘だろう?」
「いいえ、直接、ニッキー様より言葉を頂きました」

少々強引だったと思うがあの方の柔らかな笑顔、他者を気遣う姿勢、穏やかな気性。

「いやだが、わたしと話すときのニッキーは元気そうに過ごして……」
「そうでしょうね、公爵の腕にかかれば誰でも元気になるでしょう、それ以外は? 」
「食事の計算、容体の観察、ニッキーが退屈しないよう手を尽くしてきたつもりだが、これ以上に足りないものがあるのか? 」
「えぇ、勿論」

度しがたいとはこういうときに使うのでしょうね。

公爵も……私も、本当に、度しがたい。

支えることだけに満足するのは三流のすることだと言うのに、奇跡に目が眩んだか、もしくは、甘いだけなのか。

「言えた口ではございませんが、この屋敷でニッキー様の体の世話をする者はいても、心のケアをする者は恐らく、メルディアしかいないでしょう」
「なんと……」
「お互いがお互い遠慮しあっている現状をよしとし、何も起こらず穏やかに過ごせるよう努力しているのがあの方です……その上でわたしはニッキー様の気持ちが、わからないのです」
「……わたしも、わからん」
どれをとっても絵に描いたような善きお方だが、"満身創痍の体"  という言葉を付け足せば話が変わってくる。

国随一の医療の腕を持つ公爵が頭を悩ませるほどの容体だ、何故生きているのかわからないと頭を抱えるほど。


我々が保護しなければ間違いなく死んでいた、まともに動くことも、生きることも叶わない体を抱えているにも関わらずだ。

何故、他者を気遣う姿勢になれていられるのか。

結論はでない。

でないものは仕方がない、所詮は年寄りの詮索に過ぎないのだから。

とりあえずこの問題は後にする。

なにはともあれ、言えることはひとつだけ。

「ニッキー様の真意は正確には計りかねますが、公爵、もしあの方の記憶が戻る前提で動いておられるのならばお辞めなった方がいいでしょう、関係に溝が出来るだけです」
「む……い、いやしかしな、あいつは、ニッキーはわたしの……大事な息子だ」
「大事な事なのは理解していますが公爵よ、貴方はニッキー様にご自分の名前を告げましたか? 自己紹介は? 」
「…………して、ないな」
「話しになりませんね くだらない」
「……返す言葉もないな」
「是非とも改善して頂きたいですね 」
意気消沈した様子の公爵を尻目に私は公爵のいる廊下の横の"あの"扉を見る。


……疑問はなにも解決してはいないが、進展はあると願いたいものだ。




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