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本編

三十話 淀みを吐き出して 難問を投げられた

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「気を遣われている、と考えてますか?」
「……ええと」
「お考えですね?」
「いえそんな事は……ないような、あるような」
「無理のある質問をしている自覚はございますが……、貴方様に仕える身、支えるとして一度踏み込ませて頂ければと身勝手な願いの元こうして場を設けているのです……まあようするに、ありのままのニッキー様を見せてくだいませ」
穏やかで、優しい笑みを浮かべてダンさんは言った。

なら僕が返せるのはただひとつ、答えは出ている、言う内容は曖昧だけど決心がつくまでもう少し、もうすこし……少し――よし。

膝に手を置いて、お腹に力を込めて、優しい目をしっかり見て気をしっかり持って。
なにを言おうとしたのかちょっと忘れたけど……今度こそ、よし。


「そう、ですね」
「はい」
「どこが、とかはっきり分からないのですが、……うん、とにかく、何がなんだか僕には、わからないのです」
「と、言いますと? 」
「皆さん……ダンさんやメルディアさん、お父様にこれまでとてもよくして頂いて、本当に嬉しいのですが……正直、よく……うーんと、よく……」
なんて言おうか、なんと言おうか……どうすれば角が立たないか、うーん。

「言葉を選んでいますね? 」
「……ええと」
「如何なる言葉であろうと私は傷つきません、怒りません、不利になるような行動をとりません、ありのままの言葉が欲しいのです、よろしいですかな?」
「……はい、ありがとうございます」
「礼には及びません、さあ、お言葉を」
ほんの少しだけ急かすように言ってくれたダンさんに今度こそ僕は踏ん切りがついた……と思う。


「――弱っていた僕が今こうして生きていれるのは、僕を治そうと動いてくれるみなさんのおかげです、ありがとうございます」
「いいえ、当然のことですので」
「とてもとてもありがたいし、嬉しいのですが、何故皆さんはこんなにも良くしてくれるのか、ずっと疑問に思っています」
「それは……」
「ええ知っています、”ニッキー様”という方が皆さんに好かれて、手厚く保護されて、とても大事な存在だということは、でもごめんなさい、ごめんなさい……僕はそのことを”知りません” ……すいません」
「……謝る必要などは」
「ええと、多分勝手に謝りたいんだと思います……なのでお気になさらずといいいますか……自己満足です」
見知らぬ人に突然親切にされたらどうおもうか。

まあ、そういう人もいるんだなあと思うだろう、じゃあ、瀕死の状態なら? うん。

良い人だなって好感持つよね、好きになるかもだね、恩返ししなきゃってなるよね。

でもそれで、自分を誰かに重ねられているとしたら? 自分と同じ姿をした誰かみたいだと言われて、涙を流されて……どうする?

罪悪感を持つ? ラッキーだと思ってそのままされるがままになってる? うーん僕は……中間? 

初めのうちは罪悪感とか後ろめたさは軽く流せるけど、段々と怖くなってきちゃう。

今のままで本当に良いのか、優しい人達を自分は騙しているのではないかと思って、怖くなって。

突き詰めればとても自分勝手な、浅ましい感情が大きくなって見て見ぬふりをしても、ちょっとつつかれるだけでボロが出る――こんな自分が嫌になる。


「僕の……記憶というか、認識としてはですね、あの部屋の、ベッドの中から始まって頑張って体を動かして外に出てダンさんに見つけてもらった……それだけなので……大事にしてもらうことに違和感と言いますか、どうしても申し訳ないなって思ってしまいます」
明るくポジティブに前向きに考えようとしてるけど、どうしても暗くなっちゃう時もあるって言えたら良いのだけどそこまでの度胸は僕には無かったのであった、まる。


「ニッキー様……」
どうしよう、ダンさんを困らせてしまった。

もやもやとした気持ちを吐き出せてスッキリとした気持ちと迷惑をかけてしまったと思う心で、ちょっと複雑。

気まずさで目を逸らしたくなる気持ちを抑えてダンさんの顔を見れば、温和だった顔が厳しく、怒ったような顔になっていた。

「あの……すい」
「謝罪をする必要は……ございません」
「えっと」
「違うのですニッキー様、決して咎めようとしているのではなくむしろ……謝罪をしなければいけないのは、我々でございます」
「いえそんな、僕の悩みはどう考えても身勝手で考えなしな」
「そのような事は断じてない!! 」
「わっ」
「はっ! 申し訳ありません」
「い、いえ」
とても棘の感じる声のダンさんはすぐに慌てたように表情を崩すと頭を下げると、苦々しく眉を寄せながら顔を上げると言った。

「よろしいですかニッキー様、論す立場では無いことを承知で進言しますと、あなた様の認識は些か、謙虚に過ぎるかと」
「謙虚……? いえそんなことは」
「いいえ、今までの公爵や私どもとの会話の中にも見られましたが確信しました、あなた様は……自分を下に置いていらっしゃるようだ」
「下に……? 」
つまり誰かを尊重しているということで良いのかな、どうだろう、よくわからない。


「元の穏やかな性格もあるのでしょうが、あなた様のそれは記憶が無い事を差し引いても些か度が過ぎている」
「……それはどういう意味でしょうか」
「端的に言いますと、常にとは言いません、もっとあなた様の抱えている思いを強く出して頂きたい」
段々とまた厳しくなっていくダンさんの顔にちょっと不安になりつつ見守れば、更に眉間の皺が増えていく。

「比喩でも大袈裟でもなく、公爵や私どもは危うくあなた様の抱えている悩みにも気づかず危うく尊厳を踏みにじるところでした、決して責めているわけではありませんが……どうか少しでも悩みが生まれたのでしたらすぐにお伝え頂きたい」
「…………」
とても難しいお願いが、来た、どうしようか。

「なにも完璧にとは言いません、少しずつ、少しずつでいいのです、今回のような悩みをどうか公爵や、私に……是非」
「……前向きに、考えます」
コクりとゆっくり頷けば、ホッとしたような顔でダンさんは微笑んだ。


強引ではないけど甘くはない、するりと意見を通された感じ……弱いなあこういうの。


「よろしい……では最後に、記憶を無くされ、いつ戻るのかもわからず不安を抱えているのでしたら簡単です、ありのままでいたらよいのです」
ありのまま……ありのまま?


「それは、どういうことです?  」
今の僕でも多分……ありのまま、だと思うような?

「過去のニッキー様も、今のあなた様も重ねて見てしまう者がいるやもしれませんが、どんな姿であろうとあなた様は、あなた様です、感情の赴くままに動かれればよろしいのです」
「……いえ、でも僕はその、"ニッキー様"のようには」
「ですから、ありのまま、今のままでよいのです、過去のニッキー様と今のあなた様を比べる方もいるでしょうが、そのことをとやかく言う資格は誰にも無いのですから、嘲笑うような方がいましたらご安心を、黙らせますので」
「わあ……」
ギラリと一瞬、ダンさんの目が光った気がした……すごい。

「ふぅ、少しのつもりが長くなってしまいました……ささ、肩が冷えてはいけませんのでこちらを」
「え? あ、はい、あれ? ん? 」
何でもなかったかのようににこりと笑ったダンさんが身を乗り出してシーツを僕にかけて、その流れであれよあれよとベッドに寝かしつけられる。

「年寄りの長話に付き合って頂きありがとうございました、ゆるりとお休みなさいませ」
「?   ?  」
最後にいつもの優しい笑顔をされてもそんなすぐに寝れるわけ……わけ。


「ふわ……」

寝れちゃったみたいですう~……。







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