燃え尽きた貴族が10年後療養してたら元婚約者に娶られてしまいまして

おげんや豆腐

文字の大きさ
上 下
25 / 118
本編

十九話 診察と療法と抵抗とアイス

しおりを挟む
夜が少し寒くなってきた。


外の草原が少し寂れたきた気がする。


日光の出ている時間は変わらず暖かいけど、夜はきちんと布団に潜らないと寒い程度には寒くなってきた。



この辺りの気候はどんな感じだろうと思いを寄せながら、今日の僕の気分はあまりよろしくない。




「……」
「浮かない顔なんてしてどうした」
「いえ、なんでも」
「朝食が気に召さなかったか?」
「とても美味しかったです、明日もお願いします」
「畏まった言葉は禁止だと言うとるだろう」

体は元気だけど元気じゃない良く分からない状態、お父様達の助けがあって漸く生活できる位。

朝起きて、ベッドの上でお父様の診察を受けている僕は少し憂鬱な気分になっている。


「なんだ、言ってみろ、解決できるかは分からんが幾らかマシにはなるだろう」
「そうです?」
「おおとも」
お父様やダンさんとは全く関係ないとは分かっているけど……仕方がない。


「……それでは、少しだけ」
やんわりと笑顔で言ってくれる優しいお父様に少しだけ甘えて。

「この部屋に来てとても楽しく過ごせてるんですけど、少し不安というか、微妙なことがあってですね」
「ほう」
こう、特別問題にする事ではないけど、少しだけ重要なやつ。


「最近、メルディアさんのお陰で小説の中の物語に浸り楽しむ事が習慣になってて、1日に何冊か読んでますよね? 」
「そうだな」
頷くお父様を見て、僕は少しため息をつく。


「その……ずっと本を読んでると……現実と夢の区別が少し、曖昧になる時があって、少しだけ不安に思うときがあるんですよ」
「……ほう」
ここでの暮らしに不満も無いけど、目に映る景色が何一つ変わらない場所にいるとどうしても……頭の中の景色に見惚れちゃう。


ふわふわするような、夢心地のような……気持ち悪くはないけど、気持ちが良い訳でもない。



「それで夢の方が現実だと良いなあ、なんて最近思ってしまうんですけどこれって病んでますかね」
「それなりに危険だな……」
「そうですかね……じゃあ今日はもう休んだ方が良いかなって」
「そうだな、体だけではなく心のケアもしなければいけないな、さあ、注射を打とう」

………。

……………。



「目を剃らしてどうした……さあ、腕を出せ」
「……いやです」
「出さんかコラ」
恐ろしい凶器を手にお父様がにっこり微笑んでいる、怖いなぁ。

頑張って腕に力を込めるが悲しいかな、腕をとられ、細い細い針を刺されて……。


「んぎゃあ」
「その声はどこから出しているんだ、痛くはないだろう?」
悲鳴をあげる僕をお父様が呆れた顔で見る。


「ええまあはい、……今日は最悪な日ですねほんと」

注射、知識としては十分、使い方もある程度知っているし誰かに打てと言われれば打てる自信があるけど……やだ。


命の危険とか誰かを人質に取られれば分からないけど基本的には、打ちたくない、怖い。


「嘆いている所悪いが、後6本打つぞ」
「ろっぽん!?  意味が分からない!!」
「必要だからだ!  腕2本足2本背中と腰に1本ずつ! 」
「やだ!  やめてください!!」
「やめん!!」
1本でも最悪だったのに何故そんな……!

「さあ頑張れ、父は応援してるぞ」
「やだ、やだやだ……、目の前の嫌なことを避けるために隠していた嫌なことを差し出す囮戦術が無駄に……!!  あっ」
口を滑らして……お父様の顔がどんどん厳つく……。

あーあーあー、凄い真っ赤。


「こんの阿呆!! 切実な話をしたと思ったら意味のわからん事をしよって、ダン! 手伝え! 」
「畏まりました」
「え?! 」
抵抗しようとする僕に業を煮やしたお父様の掛け声で後ろに控えていたダンさんがにっこりとやってきた

「さあニッキー様、お覚悟を」
「こわいこわいこわい」
僕の頭を優しく撫でて腕を取ってお父様の方に持ってって……プスリ。



「この世全てが憎くなってきた……」
注射……怖い、お父様、嫌い。





「そこまで落ち込むことか……?」
「今ものすごく裏切られた気分です、ええ」
「私はお前がこんな注射嫌いなのを初めて知った」

抵抗らしいことはできないからサクサクと打たれてぐったりと天井を見つめる僕の顔を覗き込んでくる、お父様に虚ろな目で僕は答えると、呆れた声が返ってきた。


げんなりするお父様と、ついでに僕。


メルディアさん経由で手に入れた雑誌をゆったり読もうとしたらお父様が注射を持ってきて刺すなんて言うから。


「しばらく何もしたくないです、酷いです」
「同じ言葉をそのまま返せるぞ……疲れた」
「僕もです」
「誰のせいだと思ってるんだ馬鹿たれ、少しは我慢できんのか」
「いやぁ……我慢出来なくは無いんですが、もやもやが残って嫌なので一回思いきり抵抗して駄目なら仕方ないって自分なりに納得つけたいなって」
戦って負けて力を認める感じのあれ。


「考え方が剣闘士か阿呆……今日はデザートを多めにつけてやるから、な? 好きだろう? 」
デザートでご機嫌取り、うーん……。

「アイスクリームのミルク味とチョコ味を用意した、好きだろう?」
「好きです」
食べ物で釣ろうなんて酷いなと思った自分が恥ずかしい、お父様大好き。


「ならば良し、明日も注射を打つが大丈夫だな」
「そうですね……え? 」
え? 

にっこりと笑顔のお父様のその裏に圧を感じる……。

「明日は取り寄せていた物品と呼び寄せていた者が到着するからな、楽しみだな、注射を頑張ったら明日もアイスをつけてやる、どうだ?」
「……ううん! 」
嫌だけど嫌じゃないというか最悪だけど最悪じゃないような……!

恨み辛み妬みは一切無いけどすっごい唸り散らかしたい複雑な気持ち……!!



あと呼び寄せてた人って何なのさと思うけども!  お父様嫌い!




あ。


「すいません、喉痛くなってきました」
「……阿呆、大声出すからだ、待ってろ、ハチミツミルクを用意する」
「やったー」
疲れた背中のお父様を見送る笑顔の僕であった。





しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

家を追い出されたのでツバメをやろうとしたら強面の乳兄弟に反対されて困っている

香歌奈
BL
ある日、突然、セレンは生まれ育った伯爵家を追い出された。 異母兄の婚約者に乱暴を働こうとした罪らしいが、全く身に覚えがない。なのに伯爵家当主となっている異母兄は家から締め出したばかりか、ヴァーレン伯爵家の籍まで抹消したと言う。 途方に暮れたセレンは、年の離れた乳兄弟ギーズを頼ることにした。ギーズは顔に大きな傷跡が残る強面の騎士。悪人からは恐れられ、女子供からは怯えられているという。でもセレンにとっては子守をしてくれた優しいお兄さん。ギーズの家に置いてもらう日々は昔のようで居心地がいい。とはいえ、いつまでも養ってもらうわけにはいかない。しかしお坊ちゃん育ちで手に職があるわけでもなく……。 「僕は女性ウケがいい。この顔を生かしてツバメをしようかな」「おい、待て。ツバメの意味がわかっているのか!」美貌の天然青年に振り回される強面騎士は、ついに実力行使に出る?!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……? ※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

処理中です...