魔族少女の人生譚

幻鏡月破

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第二章 第二回人間軍大規模侵攻

第四十一話 覚悟

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 先程まで鮮やかな緑色をした若草が生い茂っていた平野は、今となっては踏みつぶされ抉られ、血で赤く染まった地面を露わにしていた。
 そしてその赤い地に屍が横たわり、内臓やら体の一部やらが覆う。
 心地よいさざ波の音は消え失せ、悲鳴、怒号、断末魔が場を満たしている。

 ここは戦場だ。

 戦場となっているトルマ海岸平野の奥。まだ戦闘の開始されていない丘の麓には、周囲が見渡せる陣幕が張ってあった。

 その陣幕の中に、二つ佇む姿がある。

 アーガードとウィディナだ。

 片方は腕を組んで交戦箇所を見据え、もう片方は手で口を押さえ震えていた。

「……俺が指示したとはいえ、始まっちまったなァ」

 とアーガードがぽつりと言うと、

「……これが……戦争……」

 とウィディナも声を震わせて呟いた。

 開始十分も経っていないが、戦場を見て彼女は既に怯えていた。

 体で感じていたのだ。

 目で死を捉え、耳で叫びを聞く。こちらに吹く風は血と鉄の匂いが潮の匂いを上書きし、鼻を突き刺す。

 まだ大人になっていない少女にとって、戦争の残酷さは感じるだけでも耐えがたいものだった。
 実際ここに立っているだけでも辛い。

「!!」

 途端、胃からせり上がってくるものを感じ、後ろを振り向き吐き出す。
 大量の血の匂いに耐えられなかった。 

「おえっ、っぷ」

 口から出るものを止めることはなく、出し切ってからよろりと立ち上がった。

 手巾で口を拭いながら、ウィディナは思う。
 私、この先四天王としてやっていけるのか、と。

 考えてみれば今まで実戦なんてしたことはないし、人を殺したこともない。人が殺され死んでいくところを見るのなんて初めてで、当然気持ち悪くもなる。
 というよりも自分が誰かの命を奪うことなんて出来るだろうか。

  私が四天王である以上、戦いを避けることはできないし、戦いにて成果を上げることが求められている。
 現に今回この戦いに来ているのは、戦争に慣れるためという魔王からの命なのだ。

 ……慣れていいことなのかなぁ……?

 不安に感じる。
 戦争に慣れるということは、つまり人を殺すことに慣れろということだ。

 良心として正しい考えなのか、魔族としてマズい考えなのか、どちらなのだろう。

 だが、

「決して命を奪うことは良いことではねェぞ」

 不意にアーガードが言った。

「……前から思ってたんですけど、将軍って、私の考えてることわかったりします?」

 彼はこちらを見ずに笑う。

「人の心が読めたら苦労するこたァねェよ。ただの勘だ、勘」

 ただなァと一言おいて、

「そういう考えは持っといた方がいいぜェ。人として大切な心だ。この恨みの時代において貴重だぜ? だが、そういうこたァ俺もふと思うが、結局殺し続けてる。叶える力が無ェんだ。傷つけ、喰らう力しか無ェ」

「……そんなことないですよ。将軍は優しいです」

「よせよせ、照れるだろォが」

 そう言いつつやはり照れているのか、頭をボリボリと掻く。
 だが、

「嬢ちゃんはこの心を大切にしとけ。嬢ちゃんなら叶えられるかもしれねェしな」

 私はアーガードを見た。

 彼は多くの戦績を残してきた。つまりは多くの命を奪ってきたのだ。
 だが彼は優しく、叶えられずとも何が大切かが分かっている。

 ……四天王として、私もこうあるべき……。

 そしてアーガードはこう言った。

 ……私なら叶えられるかも……?

 実際どうだろう。戦闘経験のない少女がそんな事が出来るのか?
 わからない。

 だがこれは任されたと言っていいのだろう。

「はい……、頑張ってみます……!」

「あァ、頑張れよ」


 そう言葉を交わすと、突然向こうの一部の声が大きくなった。

 場所は交戦箇所の中央。よく見れば他は拮抗した状態なのに対し、そこだけ少し押されている。
 何か特殊兵器が投入されたというわけではなさそうだが、つまるところこれは、

「お、強えェ奴がようやく出てきたかァ?」

「向こうの主力ですか……」

 押されているのはそこの一か所だけだが、そのまま対処できずにいたらそこを切っ掛けに崩されてしまう。
 どうしようかと迷っていると、

「さァて、俺もそろそろ行くとすっかなァ!!」

 アーガードがそう叫んで、空中からあるものを引っ張り出した。

 引き抜かれたそれは、一振りの大剣。否、大剣というには巨大で、さらに大雑把な金属の塊だった。

 彼と同じくらいの大きさのそれは、片側は刃がついているのに対し、もう片側は砕けた硝子のようなギザギザとした金属の歯がついている。

 そして色は黒ずんでおり、所々血のような暗い紅があった。
 金属に混ざった血の匂いから、それがどれほどの数を葬ってきたかが感じられる。

「な、何ですかそれ。大剣……?」

 あまりの衝撃にそう尋ねると、

「ン? あァこれか。これァ俺の神格武装、血肉喰らいだ。俺にピッタリでな? 使いやしィんだ」

「血肉、喰らい……。ていうかそれ神格武装なんですね。……因みに能力とか聞けたりします?」

 アーガードが低い音を立てて一振りすると、

「えーっとだな、『血肉を喰らうことで成長する』とかそんなもん。折れても斬りゃ回復するんだよなァ」

「うっわぁ凄いですねそれ、名前のまんま……」

 少し引いてしまった。

 ……そういうタイプの神格武装もあるんだ……。

 結局殺し続けてるという彼の言っている理由の一つが分かったような気がした。
 だがそれだからこそ殺し続けない選択を私に託してくれたのではないかと、そう思っていると、

「やめろ引くんじゃねェ。戦い続けるのは俺の天命なんだよ。だから嬢ちゃんに託すんだろうが」

「……やっぱり将軍心の中読めますよね」

「るっせェな、勘だっつってんだろェ。ほれ、俺はもう行くぞ。嬢ちゃんは降りてくるならタイミングをよく見るんだぜ?」

 するとアーガードは大剣を肩において身を屈める。

「じゃ」

 という声が聞こえたと思った瞬間、激しい地響きとともに土埃が上がって辺りが見えなくなった。
 砲撃かと思ったがそうではないようなので土埃を払うと、交戦箇所中央部へと跳んで行ったのが見えた。

 先程まで彼が立っていたところを見ると、小規模なクレーターが出来ている。

 ……ん? おかしくない? 跳んだの?

 跳んだアーガードを目で追うと、着地場所にいた人達が、彼の着地と同時に円形に吹き飛んだ。
 どうやら着地の瞬間に魔力を放ち衝撃波を起こしたようだ。
 だが恐らく敵味方関係なく吹き飛んでる。

 ……あれでいいのかなぁ?

 少しの間あっけらかんとしていたが、フルフルと頭を振り、頬を叩く。
 気合い入れだ。
 そろそろ覚悟を決めなければならない。

 両の手にウィンディアとカルルアを呼び出し、


「私も行かなきゃ」
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