捕獲大作戦

丹羽 庭子

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1巻

1-3

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 仕事を終え、先に帰宅した私がお出迎えをすれば、そこにいるのはいつものカチョーだった。
 ただし、冗談で身に着けたブリブリエプロンはそのままでと指令を残して、お風呂場に直行。むうう、謎のオヒトです。ではカチョーが風呂に入っている間に、料理を温めなおしましょー。
 今夜はご飯、ジャガイモと玉葱の味噌汁、小松菜と油揚げの煮びたし、大根と手羽先の煮物、冷やしトマト。オサレな料理はよくわかりませんので、私が食べたいものを作るだけです。実家のママンがよく作る料理、家を離れると食べたくなるモノです。
 カチョーが風呂から上がるタイミングに合わせてご飯や味噌汁をよそい、一緒に席についてイタダキマスをする。そしたらカチョーは、箸を持ちながら私に聞いてきた。

「……まだ食べてなかったのか? 待たなくてもいいんだぞ」
「いえ、一人で食べるのが嫌なだけですから。実家ではいつもみんな揃って『イタダキマス』をしていたので、なんとなく私もそういうクセがついたというか……だから気にしないで下さい」

 それに、一緒に食べれば洗う手間も一回で済みますからねっ! そう言って大根に箸を伸ばした。うむ、我ながら上手くできました。煮込む時間が充分あったからね。おっけーおっけー!
 もぐもぐと口を動かしながらカチョーに大根を勧めようと思ったら、カチョーは私を見つめ……見つめてましたっっ! あれデスよー凶器デスよーっ! とてもこう、なんか妙にモゾモゾと居心地が悪くなるんだいっ!
 ――はっ! まさかこれって……ツンデレ要素ですかっ!? うわーやばい、 会社での妙に冷たい態度も、きっとツンの部分に違いないデスッ! くうっ、やるなあカチョー、この私にリアル体験させてくれるとは。「ツンデレ」の極意、しかと受け止めまし――
 ぎゅむーーっ。

「ふがーーっ!」
「現実に戻れ」
「はがっ!(鼻!) はがっ!(鼻!)」



   4


 そんなこんなはアリマシタが、その後はつつがなく(?)、約一週間が過ぎ、ツンデレカチョーにも少しだけ慣れ――
 いや、慣れないデスね! まったく慣れないデス。慣れる日なんて来るのでしょうか。
 今日も今日とて会社帰りのカチョーをお出迎えです。

「お帰りなさいませ、ご主人サマ」
「……どうした」

 どうしたというか、どうせならこの生活を楽しもうと思ったのデス。『三つ指ついてお出迎え! 亭主関白な夫を迎える新婚妻♪初級編』というコンセプトですので、ブリブリエプロンも着けて玄関で正座してお帰りなさいのご挨拶デス!
 カチョーは玄関のドアを閉めることすら忘れたように、しばし呆然としたまま私を見てましたが、そんなことは気にせず、次のテンプレをば……

「えーと何でしたっけ? あ、そうそう! 『お食事になさいますか? お風呂になさいますか? それとも、ワ・タ……』」
「風呂だ」

 カチョーは私の言葉を途中でさえぎり、ダンダンッと足音を立てながら風呂場に直行っ! えー、えぇーー! 最後まで言わせてくだサイーーッ!
 エプロンのポケットからメモ帳を取り出す私。ここにカチョーの生態記録を書き込むのデス! 「カチョーは話を最後まで聞かずに風呂場に行った」とメモメモ。
 では次……食事の用意です。今夜は豚の冷しゃぶと、ナスとジャコとシシトウの煮物、ゴボウと人参のキンピラです。作りたてじゃなくても大丈夫な献立ばかり用意しました! それは何故かというと……
 ノ・ゾ・キ。
 キャー! 何てことをーーっ!! いやいやいやいやっ! そりゃー私もね、イケナイことだとは重々承知。しかしデス。しかーしっ! 一つ屋根の下、期間限定とはいえ、かっちょいー男性と同居生活。これはある意味ね、チャーンス☆なわけデスヨッ! 私ってば……生身の男性をよく知りませんカラー! カラー! カラー!(エコー)
 決して威張れることではありませんが、彼氏いない歴二十二年の身でBLを描いても、つまりそういう場面をうまいこと想像できないのですよね! そんな訳で、ワタクシの描くBLは、アレなしの朝チュンレベル。ま、まあそれでも私は充分満足してはいますがねっ!
 しかし……カチョーのなら見てみたい。うん、カチョーのならアリですっ! どうしてそう思えるのかはまったくワカリマセンが、清水センパイでもマメ橋センパイでもなく、カチョーのはナマで見てみたい……っ!


 抜き足差し足忍び足……シャワーの音が聞こえるこちら、洗面所前デース。
 ふふん、カチョーは何も気づかず体を洗っていらっしゃる! 私は正統派ののぞき魔として、音も立てずに洗面所の引き戸をスススッと開けた。
 風呂場の扉は、中にいる人のシルエットがうっすらわかる程度のくもりタイプの樹脂パネル。チェック済みデス! 扉の下部には、覗き穴ともなりうる換気口があるのを。そこからコッソリと覗いてみようと思いむわっす!
 両膝をつき、顔を床にこすりつけるようにして、換気口を覗こうとしたその時――

「土下座レベルのヘマでもしでかたのか」
「で、でたーーーーーーーーーーっ!!」

 いきなり扉が開き、カチョーが顔を出した。
 ぎゃっ! ヤヤヤ、ヤバイ! ヤバイデスヨー! カチョーの顔に目線を合わせたのはいいけれど、ここで視線を下げたりしたら、モロですよね……モロ見え……絶対ヤバシ! うむ、ここは一つ腹をくくって!

「カチョー!」
「なんだ」

 ごくり、と唾を呑み込んだら喉が鳴ってしまいました。びしょびしょに濡れたカチョーの髪が、なんとも淫靡いんびな雰囲気をかもし出し、より一層ハァハァものデス!! よし、言うぞ!

「裸見せて下サイ!」
「いいぞ」

 ほらやっぱりダメですよね、すぐ断ると思ってた……って! チョチョチョイ待ってー待ってー!! おっけーなのデスカーッ!? 大パニックな私があわあわしているうちに扉が全開になり……

「ぎゃーーーー! やっぱり無理ーぃぃ!!」

 目をギュッとつむったまま立ち上がり、逃げようと身をひるがえしたら――
 ゴッチーーーーン!
 そこに壁がありました……


 パチッと目を開くと、あたりは薄暗く、天井らしきものが見え……えー、私寝てました? 仰向けの姿勢でぼーっとしたままそちらに顔を向けると、カチョーが私の枕元で胡坐あぐらをかいていました。

「痛みはどうだ」
「――ありましぇん、かちょぉ」

 ああそうだ。私ってば、洗面所で壁に激突したんですね! オデコに手をやると、そこにはヒンヤリとしたタオルが当てられていました。

「触るな。中身を取り替えてやる」

 カチョーは私のオデコに乗せていたものを取り上げ、何やらガサガサやっている。ちょ、ねえナンデスカこれ。
 待ってー! カチョー、氷をレジ袋へダイレクトにインしてますよ!(私、英語デキマス!) ……大胆デスね。いや、だけどカチョーが熱さまし冷却シートを持っているとも思えないし、ある意味、臨機応変に対応したすぐれた処方と言うべきなのでしょーか。

「イタタタタタタッ! カチョー、オデコ撫でないでぇぇっ!」
「こら動くな。たんこぶは冷やすのが一番なんだぞ……ククッ」

 レジ袋の氷を入れ替えてタオルで巻き、私のオデコにそっと乗せたカチョーは、たんこぶを見て小さく笑った。ちょ、待って、どんだけ大きなタンコブなわけですかっ!?

「カチョー!」
「なんだ」
「そもそもカチョーが見てもいいって言ったのが悪いのデスッ!」
「そもそも、か。では、そもそも洗面所に入ってきた理由は? 土下座ポーズをしていた理由は? それから裸を見せろと言ったのは誰だ? ――そもそもお前がこの家にいる理由は何だったか、思い出せ」
「ギャー! カチョーの俺様ドS! コンチクショー! だからごめんなさーい!」

 ガバッと布団を被り、サナギに変身デス! ああもう絶対にかなうわけないのデスよ、カチョーめ! ……ってぇ! わああああっ!!

「カチョー!」

 今度はガバッと勢いよく布団をめくり、上体を起こした。オデコに乗っている冷たいものは左手で押さえてありまっす!

「なんだ」
「なんで私、パジャマ着てるんデスか!?」
「布団に入る時はパジャマを着るものだからな」
「ちっがーーーーーーーーーーーうっ!」

 私はバンバンと布団を叩きながら猛抗議デス! 大体これで何度目でしょーか! この一週間の間も寝オチしていたことが二度ほどありまして、やっぱり変身してました! 

「問題はそこじゃねぇですよっ! 毎回不思議に思って、っていうか、すぐ忘れる私も悪いのですがっ! 今日という今日は言わせてイタダキマス!」
「……ハイハイ」

 うわー! 明らかに返事適当ーーっっ! もうこうなったら、とことんわからせてやらねばならんのですよっ! 私は身を乗り出し、カチョーに迫った。コンタクトも外されていて、視界がぼやけていますからね! 臆せず目と目を合わせて、言い聞かせてやりましょう!

「カチョー! しっかりと私の目を見て下さい!」
「……」
「目を逸らしちゃダメですっ。私がいつの間にかパジャマに着替えてるのはどうしてなのか、教えて下さいっ!」
「仕様だ」
「意味わかんないデスヨ!」
「教えられるか、阿呆」
「ふぉ……?」

 ナニ――ナニコレ。
 まず感じたのは柔らかさ。そして次にやってきたのは温かさ。
 私の視界一杯に広がるカチョーの顔。近い近い近い! って、近いどころか、唇、触れてます! ナニナニナニナニ!? ちょちょちょちょちょ!? 
 大パニックの私からそっと顔を離し、ほっぺたをひと撫でしたカチョーは、「堪えられなかった、すまん」と言い残して部屋を出て行った。
 な……何が起こったの! ねえちょっと誰か! 誰か私に教えてぇぇっ! 思考停止デスッ!!



   5


 かんっぜんに眠れませんデシタ……悶々もんもんとしたまま、夜を明かした私。
 昨晩のカチョーのあの所業。うう、あれは一体どういう意図があってなされたものなのか。
 はっ、そうだ! こんな時、おとゲー(乙女用恋愛ゲームの略デス!)マスターの「リーダー」ならばきっと、良きアドバイスをして下さるに違いありましぇんっ!!
 リーダーとは、私が所属するサークル『BARA☆たいむ』の主催者で、ペンネームは「しゅうどう」。二十九歳、独身、女性。
 リアル世界での彼女は、さる大病院の受付嬢であり、『腐女子』というのがありえないほどの超絶美人なのです。モテモテなので、腐に走っているなんて言っても誰も信じません! 美人ってお得デスねー。
 ともあれ、リーダーなら今この時間も絶対に起きてます。彼女は実家暮らしで、家族に邪魔されずに萌え萌えするために、休日は完徹でゲームをやるというライフスタイルなのです。さ、メールをポチポチ押して、いざ送信!
 ブホー、ブホー、ブホー……
 早っ! 返信早っ! マナーモードにしていた私の携帯が、ブルブル震えてメール着信を知らせる。ぽちっと開封すれば……

『至急 ファミレス 集合』

 決断早ーっ! はっ! ソッコー行かねばひどい目に遭うですよ! まだ寝ているであろうカチョーを起こしてしまっては申し訳ないので、静かに身支度を整え、そっと玄関を出ました。


「……おっどろいた! りりぃたん、いつからそんなメタモルったの?」

 早朝のファミレス。リーダーのぽかんと開いた口から発せられた第一声がこれです。
 メタモルったというのは、つまりメタモルフォーゼした、要するに変身したっていう意味の仲間内での略語です。そして、りりぃたん、というのは私のPNで、『ばらメーカーりりぃ♪』の「りりぃ」。薔薇を作るユリ子、のコトです!
 ちなみに、この時の私のファッションは、これまたご丁寧にファイルにまとめられていた番号三の、『新緑がヤキモチ焼くほど☆アナタにゾッコン』……というコメント付きのコーディネートでした。
 なんだよ、ヤキモチ焼くのかよ新緑が! とウッカリ突っ込んでしまいましたが、毎度このようなコメントに心揺さぶられているようでは、何となく負けた気がして面白くないです。

「で、何があったわけ? ほら、早く言いなさい!」

 リーダーは、寝不足ゆえに充血したギラギラした目で、ずいいーっと身を乗り出してきた。ひいぃっとのけぞりつつも、昨晩我が身に起こった出来事をダイジェスト版で語ります。

「ふぅん? それは美味しいシチュね。ふっふふっふふふふふ……」

 キャーー! リーダーの妄想魂に火がついたぁぁぁぁーー!
 ガクブルしながら、紅茶を飲み込む。コーヒーではなく紅茶にしたのは、カチョーが毎朝淹れてくれるコーヒーの味に慣れてしまい、外で飲むコーヒーは美味しく感じられなくなってしまったから。
 だけどリーダー、その手元スンゲー怖いですからっ! 何というか……あれだ、自動書記をするアッチの人みたいに、ノートを見もしないでメモをとる姿……かなり殺気立ってます。
 私の話を一通りメモし終えたリーダーは、ガシリと私の手を握る。

「なんて素晴らしい環境にいるの、りりぃたん! それはぜひとも観察日記をつけるべきよ。で、私に定期報告すること。ふふっ、体を張ってまで、わざわざこういう展開にもっていくとは……っ!」
「観察日記ってナニ! ていうかカラダ張っていませんし、わざわざ展開なんてできましぇーーん!」

 カチョーが何故あんな行動をとったのか、二次元世界でも三次元世界でもモテモテで恋多きリーダーに、ぜひとも解説してもらいたかったんですけど! ふて腐れる私を尻目に、リーダーはネタ帳を畳みながら、「まあまあ」となだめにかかった。

「まあ、そう騒がずに。りりぃたんの課長さんが何故いきなり唇を寄せてきたのかということだけどね、私の見立てでは……あ、ちょっとゴメンね? 電話かかってきちゃった。んー、知らない番号だわ。仕事関係かも」

 リーダーは携帯電話を手に、席を離れた。
 明け方のファミレスは、私たちの他に客は二組しかいなくて、とっても静か。なので、リーダーが遠くで話す声もかすかに聞こえてきます。なになに?
 ――え? あ、でも……なんっ!? ――はい。――はい。……では失礼します。
 通話を終えて、席に戻ってきたリーダーの顔は真っ青だった。コーヒーカップを両手で持ったまま、じっと動かない。 

「――りりぃ……恐ろしい子!」

 と一言つぶやき、リーダーはコップのお冷を一気に飲み干した。え、何、今の電話って、もしかして私に関係あるのデスカ!? 
 そう尋ねると、リーダーは、「いいこと?」と幾分血の気が戻った顔を上げた。

「唇が当たった――と言うけれど、それはもう明らかにキスなのだと認めなさい。その課長さんはバツイチだって言ってたけど……」

 と、リーダーは美しい眉をひそめていたけれど、急にパッと顔を輝かせて、「そうだっ!」と、何やら思いついたようだった……。ううっ、嫌な予感がビンビンですよ? こりゃちょいとロクでもないことになりそーだよ!?

「ねえ、りりぃたん。課長さんがキスしたこと、特に気にしなくていいと思うわよ?」
「へっ!?」

 気にしなくていいって! アレを気にするなっていうのは無茶じゃありませんかい!?

「私の推測ではね――」

 ~リーダーのストーリー~
 リーダーは深くて悲しいカチョーの事情(推測だけど)を話して聞かせてくれた。

「グスッ……ひっ、ひっく……ワ、ワカリマシタ。そういうことなら、私、頑張ります」

 リーダーが語っている間、後から後から湧いてくる涙を止められなかった。そうか、それならしょうがないよ。と、目と鼻を真っ赤にして泣き続けた私の頭を、リーダーは優しく撫でてくれました。

「じゃ、家に戻りなさい。課長さんに黙って出てきたんでしょ? もう起きているだろうし、きっと心配しているわよ」
「そっ、そうですね、帰ります。あっ、本、ありがとうございました!」

 そう言って、持ってきたキャスター付きスーツケースに本を詰め込んだ。次回の同人誌を出すための参考資料や、リーダーお勧めの萌え本コレクションを借りたのです!

「じゃあ、気をつけて帰るのよ。そう、色々気をつけて……ふふっ」


 リーダーとファミレスで別れた後、私はどんよりと重い気持ちで歩いていた。
 悲しい理由(仮)に、何故こんなにも心を揺さぶられるのかわからない。あーもう。何なんでしょうね。
 カチョーの家に戻る途中、一旦心の中を整頓せいとんしようと公園のベンチに腰かけた。
 悲しい理由……それは前妻との別れのトラウマ、ですか。リーダーが言うには、ですけどね……
【推測その一】 美男美女で誰からも祝福されて結婚した二人だったが、妻が不治の病に侵された。死別の瞬間、「キス、して?」と請われ、男は精一杯の気持ちをこめて妻に口づけした。それから何年か経ち、男には気になる女性が現れた。しかし亡き妻への思慕しぼと新しい女性への想いの板挟みにあって気持ちは揺れ動く。そこへ、男の目の前に差し出された女性の唇。ついに男は心の誓いを破り――
【推測その二】 美男美女で誰からも祝福されて結婚した二人だったが、お互いに仕事が忙しくてすれ違いの生活が続いた。やがて気持ちもすれ違うようになる。男はこのままではいけないと妻に向かい合おうとするが、にべもなく断られた。その後、ふたりは話し合って離婚を決意。共有財産の分割を進め、ついに二人は別れ別れに――
【推測その三】 美男美女で誰からも祝福されて結婚した二人だったが――以下略。


 何パターンかの切ない話を臨場感たっぷりにリーダーから聞かされ、そのどれもこれもが胸に刺さった。あれだけ顔のいいカチョーだから、前の奥様もきっとステキだったのでしょうね。カチョーはどんな表情で奥様を見ていたのかな。恋して、好きで、愛していたのでしょうか。
 私はどうしてか、胸の奥がチクチクと痛くなった。そしてすごくすごく、カチョーのれてくれるコーヒーが飲みたくなった。カチョーのところに、今すぐ帰りたい。
 えいやっ、と気合を入れて立ち上がった。ある決意を胸に秘めて……


 スーツケースをガラガラと転がしながら、ようやく帰還。
 そういえば……やけに朝日がまぶしいですね。いま何時、と携帯を開いてみたら……ぎゃっ! 着信一六件!? ちょ、待って、これ全部カチョーからですっ!
 そうだ私、マナーモードにしたままバッグに放り込んでいたから……えーと、でも待て待て。なんでこんなに電話してきたんだろ。昨夜はカチョーにキスされたショックで眠れずに、夜明け前にコッソリと家を出た。うん、そりゃ心配になるか? カチョー怒ってる? でも大丈夫です……よ、ね? ハハハ……
 ビクビクしながら鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとしたその時――
 ガチャ、ゴチーーンッ!

「にぎゃああっ!」

 内側から勢いよくドアが開き、私のオデコにクリーンヒット!
 ギャー、ここ、ここ、昨日たんこぶ作ったトコロー! オデコを押さえて叫ぶ私を見て、カチョーは軽く目を見張ったが、すぐにホッとした表情を見せた――って、その顔反則! うっすら髭が生えていて、髪も整えていないからワイルドさがプラスされていて、こう……より一層男性的魅力が溢れて、溢れて、ダダ漏れで……! わああっ、魅力の無駄遣い禁止ーぃぃっ! と、意味不明な叫びを心の中で上げてしまいました。
 そんなことより、とにかく帰還の挨拶をば。 

「ただいまです!」
「――お帰り」

 おろろ? なんでしょ、思ったよりやけに優しげな声デスヨ? 
 家に入り、ひとまずスーツケースは玄関のたたきに置きました。あ、そーだ、ちょっと機嫌よさそうなカチョーにお願いしちゃおっかな。ファミレスにいた時から気になって、どうしてもカチョーに頼みたかったのだ。

「かちょお、お願いがあるんですが」
「なんだ」
「コーヒーが飲みたいデス! カチョーの淹れてくれるコーヒーが、一番美味しいですから!」
「……そうか」

 私が拳を握って力説すると、カチョーは「待ってろ」と言って私の頬をぺんぺんと叩き、台所に向かった。その背中を目で追っていくと――あれ……タバコ? 換気扇の下に、見覚えのない灰皿があり、吸殻がこんもりと溜まっております! あら、あらら? これってカチョーが吸ったんですかね? でも、カチョーがタバコを吸っているところなんか会社でも見たことありません。

「カチョー、タバコ吸われるんですか?」

 やかんに水を入れているカチョーに聞いてみた。するとカチョーは口をへの字に曲げて言った。

「……めるのをめた」

 えーと。タバコを止めるのを、止めたってこと?
 カチョーはお湯を沸かし、ミルで豆を挽き、「タバコのことは気にするな」と言いながら、コーヒーをドリップしていく。あー、いい香りデスね……いい香りのコーヒーを淹れてくれるいい男、しかも休日仕様でちょっとワイルドエッセンスがプラスされていて、むっちゃ色気モレモレです。そんなお方がコーヒーを淹れる姿って……鼻血ブーものデス。バリスタの彼との熱い夜、なんていうのもいいかも――って、そうじゃない。吸い殻の山を気にするなって言われても、あんなてんこ盛りになっているのを見たら、誰だって気にするでしょうが! 禁煙の誓いを破って一服するにしても、限度ってモンがあるでしょ!

「……家出したわけじゃないんだな?」

 立ち昇る湯気の向こうから、カチョーが私に尋ねる。

「も、もちろんデス! 同人サークルのリーダーと緊急の会議があって。でもカチョー殿を起こすのは忍びないんで、コッソリ外出したのです。すんません、ごめんなさいっ」

 き、気遣いをしたのです! ザッツ☆気遣い! 日本の心は和の心です! 
 四人掛けのダイニングテーブルに座った私の目の前に、カチョー自ら淹れてくれたコーヒーの入ったマグカップが二つ。カチョーはいつもなら私の対面に座るのに、今朝は何故か私の隣に座り、長ーい脚を組む。
 それにしても、ステキな家具が配置されたこのお部屋。インテリアコーディネーターの友人がいい仕事してくれました! いやー、居心地いいですね。マグカップを手にとり、コーヒーの味を堪能していたけれど、カチョーからの事情聴取は続いていました。

「あのスーツケースは?」
「えっ?」

 カチョーが聞きたいのは、何故スーツケースを家から持ち出したかってことなんでしょーけども。私が何も答えなかったからか、カチョーは繰り返す。

「あのスーツケースは?」
「じ、尋問ですかっ!?」
「あのスーツケースは?」

 ……くっ、質問に答えない限り、同じセリフが延々と続く気配がプンップンだぁぁっ!

「あ、あれは……」
「あれは?」
「趣味……の本を借りるためなの、デス……本が、おおお重くて」

 なんデショ……敗北感がはんぱねぇ……
 今や色気大臣となったカチョーを、脳内でアレコレしてやるぅ! と密かに反逆を試みたのですけれど、脳内の妄想においてすらコテンパンに言い負かされてしまいました。ダメじゃん私! 頑張れ、踏ん張れ、れっつらごー!

「いやほら、あのですね、カチョー、これは私の心のアンネイのためと言いマスか……」
「心の安寧あんねい、か」

 そう言って、カチョーは私のあごを指でクイっと持ち上げた。

「ちょちょちょっ! カチョー!?」
「……心配したぞ」

 目をすがめ、小さくつぶやかれたその言葉に、カチョーは心から私を案じてくれていたのだと今さらながら気づいた。
 そりゃそーですよね。チューした翌朝に私が姿を消してしまったら、そりゃ心配しますよね。


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