捕獲大作戦

丹羽 庭子

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1巻

1-2

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 ――ってことで、ここはデパートの最上階。
 ちょ、ここ、関係者以外は立ち入り禁止区域っぽくないですか? やけにハデハデで、セレブリティがご利用になりそうな雰囲気です。

「ここ、どこなんですか……」

 アマゾネスもとい、ガードマンのように屈強な女性スタッフに両腕を抱えられて連行されていく私は、とっくに戦意など喪失してマス。さっき応対してくれた男性はスマートな紳士って感じだったのに、どうしてここの女性陣はこんな怖そうなのでしょうか。どうせなら可愛い侍女風がよかったです! とか思いながら力なく疑問を口に出せば、右側のアマゾネスが答えてくれた。

「ここはVIP専用ルームでございます」
「デパート内の各部門の最高峰を集めた特別室です」

 と、メイクが完璧すぎる左側のアマゾネスも答えてくれる。

「袴田様、こちらでしばらくお待ち下さい」
「ああ」

 かかかかちょお? カチョーはひと座りするだけでお金を取られそうな重厚なソファにゆったりと腰を下ろし、長ーい脚を組んで、私に向かって軽く手を振り、目を細めた。

「行ってこい」

 カチョーーッ! 私には、私には「逝ってこい」と聞こえましたよぉぉぉ!!
 ふたたびがっしりと両腕を押さえられ、試着室へと連れて行かれマシタ……


 ――ちょ! わ! やめてええええ!
 ――激安量販店で三年前に買ったような服は早く脱いで下さい。 
 ――何故それをぉぉぉ!
 ――あらっ、このブラ、糸がほつれてる! おまけに上下バラバラなんて信じられない!!
 ――ごめんなさいぃーー!
 しかもデスよ? カチョーがすぐ近くにいるというのに、採寸された数字を大声で読み上げられてしまいました!
 ――身長一五二センチだけど……すごいわ、バスト七十のD?
 ――声! 声出てマス! 
 ――お椀型だし、キュッと締まってるし、プリンとしてるし!
 ――いぃぃやぁぁーー!
 なんという羞恥プレイ! 個人情報保護法はどこいった! 事細かに体中を採寸され、あれよあれよという間に、高そうな下着で体を補正されつつ装着(しかも上下お揃いデス!)、ナウなヤングにバカウケ必至でステキ女子ウフフな服を着せられ、アマゾネスから化粧の指導を受けた。


 ようやくすべてが終わった。
 初心者向け六センチヒールのパンプスを履き、フラフラしながらドアを開け、カチョーのいるソファに近づいた。

「か、かちょぉぉぉ」
「……」

 半泣きの私を見るとカチョーは黙って立ち上がり、ワタクシめの手を取りソファへとエスコートしてくれた。
 そして……あれ? あ、あれれ? ななな何? 手、放して下さいよ! ちょ、指、ゆびゆび、絡めないでぇぇ!
 カチョーは私の手を握り、指を絡めたままソファに座るので、必然的に私も隣に座ることになった。その距離感もアレだけど、カチョーの目線が私から外れないので非常に困る……逃げたい度MAX!

「では、こちらの書面にサインをお願いします」

 執事(仮)が、高級そうなカップに入ったコーヒーと書類を運んできて、そしてカチョーにペンを渡した。カチョーが書類にサラサラとサインを書きつけている間、私はやっとカチョーの視線から逃れることができた。ホッとして、絡められた手とは反対側の自由が利く手でコーヒーを一口すすった。しかし。それにしても。私の手をすっぽりと覆いつくすカチョーの手……手……大きいデスネ……
 カチョーはペンを置き、「ああ」と、何か思い出したかのように言う。

「季節ごとにそれぞれ二十セット用意を。着まわし例を写真に撮ってファイリングして、それに合うバッグ、靴、装飾品も揃えてくれ」
「はい。それではこちらのショルダーバッグとハンドバッグを主として、ご旅行に行かれるようでしたらボストンバッグ、スーツケースも追加いたします。国内外ブランド問わず、ということでよろしいでしょうか」
「それでいい」
「かしこまりました。後ほどお届けにあがります」

 ――へ? ど、どういうこと? 私の理解力では追いつきません。

「他にも何かいるか?」
「いいぃぃぃらないデス! これ以上買ったら、体で払――ぎゃっ!」
「人聞き悪いこと言うな、阿呆!」

 でもでも、どういうことなの? はっ! こういう時こそ現実逃避デス!


 ――執事の胸に禁断の欲望が渦巻いていた。
 主人にこのような思慕しぼを持つことは許されない。しかも主は男で、執事である自分も男だ。同性であるが故に越えられない壁がある。主の女性遍歴はずっとこの目で見てきているから、好みのタイプは熟知している。しかし――今、目の前にいる主人の無防備な寝顔に、とうとう……


 ごりごりごりごり。

「あだだだだだだだだだっ!」
「帰るぞ」

 カ、カチョーッ! グーの関節部分で頭をゴリゴリやらないでくだサイッ! 見た目は地味だけど、痛みはハンパねえですから!
 しししかしカチョー……

「あ、あのカチョー? この……手は……?」
「繋いでいるが、それがどうした」

 どうした、って、どうしたもこうしたもないデスヨッ! 
 カチョーサマは放す気サラサラなさそうに見える。
 もうワタクシめは疲れてしまい、文句を言う元気も失せ、カチョーのおっきな手に繋がれたまま黙って歩きますデス。しっかし、ヒールのある靴など普段はまったく履きませんから、六センチといえども中ボス級にやっかいですな。生まれたての小鹿ばりにヨタヨタと歩いていると、カチョーが急に立ち止まり。そして歩きやすいように気を遣ってくれたのか、手を放してくれた、と思ったら……

「しっかり掴まれよ」

 カチョーと腕を組まされました! ちょ、待て待て、これはアレだろ、これではラブなカポーが周りのみんなに見せつけるように市中を練り歩く構図だろぉぉ! 無理無理、あたしゃ言うなれば、専属メイド、従業員っすよ!? ご主人様お止めくだせえっっ!

「ご主人様か――それも悪くない」

 ぎゃあああっ! うっかり口に出してマシターー!
 カチョーサマはニヤリと口の端を歪め、暗黒のドS笑顔で私の手をガッチリと挟み、逃げられないようにしながら私を連行しました……


 白亜の城(私にはそう見えマス)に戻り、やれやれと履きなれないパンプスを脱ぎ、玄関のたたきの端に寄せる。……ってさ、おっかしーな。フツーは玄関って、もうちょい砂とか埃とか端っこに溜まってませんか? 

「何をしている、早く入れ」
「はっ、はひーっ!」

 玄関から真っ直ぐに伸びる廊下。その途中に、二階へと続く階段がある。さっきはすぐに二階に上がったため、まだ他の部屋は見ていないのデス。
 カチョーに続いて私がリビングへ入ると――

「か、かちょお……?」
「なんだ」
「あの……」

 あまりの光景に絶句デスヨッ!

「あのぉ……汚部屋はいずこ……デスカ……」

 ニュース番組などでたまに取り上げられるゴミ屋敷的な、そんなイメージを持ってましたが……っ!

「カチョーッ! 私はどんな家事をすればっっ!?」

 そう、この部屋には、何もない。テレビ? ノー! カーペット? ノー! 生活臭? ノーォォォォッ!! なーんにーもなーーいっ! 辛うじてあるのはカーテンとソファとリビングテーブル。
 まあ待て。ちょっと待て。一回深呼吸だよ私。一回目を閉じてみればいいじゃなーい? 見間違いかもしれなくってよっ!?
 スーーーーッ……ハーーーーーーッ。よし!

「……変わりません」
「何やってるんだ」
「いえ、ファンタジーはやっぱり二次元の世界にだけあるんだな、と自覚したところデス」
「意味がわからん」
「わからなくていいんです。ところでワタクシめは、この家で一体何をすればいいのですか? こんなステキハウスに掃除が必要だとは思えませんデスけど」

 ここに人が住んでいるとは思えないほどキレイ。モデルハウスのほうがよっぽど生活感があるくらい。そんな疑問満載な私の手に、ポンと財布が置かれた。

「明日からしてもらうことを言う。家具や生活用具をこれで揃えてくれ」
「……へ?」
「できるだけ家庭的な雰囲気を出すように。それから掃除、洗濯、料理を任せる」
「……なっ?」
「明日は日曜だが、私はどうしてもやらねばならない仕事が入った。朝はいつも食べないから要らないが、夕飯を楽しみにしている」

 なんてこったぁぁ! カチョー! いち、いちから家具を揃えろとぉぉっ!? ああ、でもそれはひとまずいておこう。私にはどうしても確認しなければならないことが一つある。

「かちょお?」
「なんだ」
「あの、ワタクシはメイド服を着たほうがよろしいデスカ?」

 バチコーン!

「ギャッ!」

 カチョーのデコピン、クリティカルヒット!!

「阿呆! 普通の格好でいい、普通で!」

 そしてカチョーは風呂に入ると言い、着替えの服を取りにサッサと二階へ上がってしまった。
 うわーん! ほんの出来心だったのにっ! 家事といえばメイド、メイドといえばコスプレ! だから漫画の資料用に買ったメイド服を持ち込んだのになー。
 つまり……


「ご、ご主人様っ! 僕は男です!」
「それは知っているが、何か問題でも?」
「大アリですって!」
「ほう……その割には」
「わわっ、ダ、ダメですって!」

 ……


 パカーーーン!

「カチョーーォォッ! スリッパで叩くのは反則デスーッッ!!」

 いつの間にかリビングへ戻ってきたカチョーに、スリッパで叩かれました……。あったんだ、スリッパ――って、なんで私が妄想してるタイミングがわかるかなっ!? カチョーの妄想キャッチセンサーはかなり感度がいいですね!

「風呂はあとで適当に入れ。明日は午前中にデパートから荷物が届く。頼んだぞ」
「りょーかいしまシタ……」

 私はノロノロと二階に上がり、あてがわれた部屋に入りました。そして日中書き損ねた妄想シチュをメモろうと手帳を取り出したまでは覚えてますが、あまりに疲れていたので、そのまま夢の世界へと旅立ちマシタ……



   3


「……んー、今なんじぃ……?」

 翌朝、日曜日。布団の中から腕を伸ばし、頭上に置いてあるはずの目覚まし時計を手探りした。
 ん? ん? アリマセンね――ってぇっ!
 ばっさーっ、と掛け布団を蹴り上げ、飛び起きた私は……

「え、まさか異世界?」

 とりあえず異世界トリップにありがちなテンプレをつぶやいてみた。
 まさに見覚えのない部屋――って、あれ? ぐるーりと見渡せば、見覚えのあるスーツケースが。
 ああ……カチョーの城か、ここ。なんだまだ朝早いじゃん――ってぇぇっ!!(二度目)
 サスガに目が覚めましたよっ、なんてこったぁっ! 私、昨日の夜はそのまま寝ちゃったにょぉっ! 手帳にネタを書こうと思ったところまでは覚えている。ええ、覚えていますよ? でも、たしか床の上で行き倒れてしまったはず。今いる、今座っているこの場所は、お・ふ・と・ん。ナンデデショーカ。
 訳わかんないことが、もう一つ。私……なんで……なんで……

「ぱーーーーじゃーーーーまーーーーぁぁぁ!」

 肌触りの恐ろしく良い、上質の生地で作られたパジャマですっ! ちょ、なんで私がコレ着てるんでしょうかっ!?
 しばし呆然としていたら、ノックの音と同時に(同時に!)ドアが開いた。ちょっと! ノックする意味、ないじゃないですか!

「朝からうるさいぞ」
「かちょぉぉぉっ! あのっ、私の現在の状況は一体ナンでしょうか」
「……寝て起きたところだな」
「見たままーーっ!」

 ぎゃふんとひっくり返りそうになりましたよっ。
 カ、カチョーめ、Tシャツにジャージズボン穿いて、うっすら生えたおヒゲらしきモノをなぞるんじゃありまセンッ! ずるいぜ、萌えるぜ、コンチクショー! 

「私はどうして布団の中に? それに、何故パジャマを着てるんですか?」
「さあな」

 ソコ答えてーーーーーーっ!
 私はカチョーに何度も問うてみたのですが、その都度華麗にスルーされました。――限りなく「着せられた」可能性が高いのですが。高いのですが。いやっ、しかしっ! でもデスヨ? 私に記憶がないだけで、寝ぼけながらも何らかの方法で着替えたという可能性も無きにしもあらず! うん、よし、じゃあその方向で、その方向でーぇぇぇ……納得しておきましょう。
 洗面所で身支度をし、使い慣れないクラゲちゃんを目に入れて(というか、これも外してアリマシタ……謎だ)リビングへと足を踏み入れれば、コーヒーの香りがふわんと漂っています。

「飲むか? カップはこれ一つしかないが」
「……えーえー。何もないのは存じ上げておりますからね。じゃ、イタダキマス」

 家電など何も見当たらないくせに、ご立派なコーヒーメーカーだけはあるんですね。やたらいい香りがするんで、私も一杯いただきました。あー、美味しい。

「カチョー、食べないんですか? 今日は休日出勤だと聞きましたが……」
「朝は食欲がない」
「私はガッツリ派なんですけどね……」

 Yシャツにネクタイを結んでいるカチョーを眺めつつ、こんなレアな光景を独り占めできるなんてウホホだわ、と密かにほくそ笑みながら冷蔵庫を開けた。昨日の帰りしなに買っておいたおにぎりを二つ取り出し、ペリペリと包装をがす。食べるものはこれだけ。だって鍋すらないから、何も作れまセンッ。(涙)
 リビングテーブルの前で正座をして、ぱちんと手を合わせて、いただきますのご挨拶。さーて食べようかと一つ手に取り、あーんと口を開けたら……

「うまそうだな」
「かちょおーぉぉっ!」

 カチョー殿は私の手ごと掴んで、おにぎりを自らの口へ運んだ。それはそれは気持ちがいいほどの食べっぷりで、おにぎりはわずか数口でカチョーのお腹に収まってしまいました。しかも最後に私の指に付いたご飯粒まで、唇で綺麗にぬぐい取ったのデス。

「じゃあ行って来る」

 カチョーは私の頬をさっと撫で、ご出勤なさいました。私の口は、酸素不足の金魚のようにパクパクするばかりで、抗議の一つもできなかったデス。


 くっ、カチョーめぇ! なんつーオッソロシーことしやがりますかっ!
 私は只今、妄想の限りをメモすべく、机に向かってガシガシと書き連ねておりマス。昨日から現在までの妄想回数は約二十回。私の妄想力を舐めんなデスヨッ!
 さっきのカチョーの唇の感触も忘れないうちに記しておこう……私の指に触れたクチビルの感触……


 彼は僕の手首を押さえたまま、僕の人差し指と親指についた米粒を一粒ずつ、その少し薄い唇でんでいった。
 うっすら開いた唇が僕の皮膚の上を滑り、そこかしこに散らばっている小さな米粒を捕まえていく。その度に熱い吐息が指にかかり、僕はたまらなくドキドキしてしまった。
 ――指が熱い。しかし、熱をもったのは指だけではない。
 激しく自己主張を始めた自らを、彼に気づかれないよう……


「だーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」

 駄目デスっ! 
「私」を「僕」に変換してみましたが、どうにもこうにも私の指に触れるカチョーの唇、そして私をじっと見つめるその視線がまったくもって頭から離れまセンッ!! ヤメたヤメたっ! よし、後で書き直そう! とにかく今日やるべきことは……荷物を受け取りーの、家具と生活用品を買い揃えーのデスね? よしここは一つ、腐女ふじょトモにヘルプしてもらおう!
 私には、インテリアコーディネーターを生業なりわいとする腐女子友達がいる。ええ、腐女子は腐った部分を巧く隠して社会に生息しているものですからね! 彼女は中学校以来のツレなんですけどね、まあなんだ、見た目と肩書きにだまされんなよオマエラ! っていうのはこいつのためにある言葉だと思います。そもそもこの友とは――以下略。


 彼女に連絡をすると、たまたま近くにいるとのことで、すぐにやって来てくれて、部屋の採寸をして帰って行きました。
『ちょこれいとnight』という、プレミア付きのBL同人誌と引き換えでしたが、背に腹は変えられまセンッ! 仕事の鬼である彼女ならば、できるだけ家庭的なイメージに、という要望通りのものが今日明日中にすべて揃うことでしょう。持つべきものは友ですなっ!
 そうこうしているうちにデパートの執事(仮)がやって来て、山のような荷物を搬入ぅ! ……全部、私の服やバッグや靴やアクセサリー。これまでずっと考えないようにしてきましたが、このお代金てどうなのさ。私の一ヶ月分の給料じゃ明らかに足りないんですけど……。でも流石にそれはカチョーも御存知でしょーから、帰ったらきちんと聞いて確かめねばなりません。でもまあ今はとにかく片付けなければ! 急げぇぇっ!


 その日の夜。

「あ、カチョー。お帰りなさい」
「……」
「ご飯にしマスか? お風呂にしマスか? それともワ・タ――」
「……風呂。それから、その服は着替えて来い」

 私がメイド服を着て玄関で迎えると、カチョーはネクタイを緩めながら風呂場へ直行しました。なるほどなるほど、外出から戻ったら風呂へ直行するタイプなんですね。メモメモっと。
 ふふーん、カチョーの態度は想定の範囲内です。気分を盛り上げるために着ただけなので、サクッと着替えまーす!


 夕食は、実家の母に聞いて献立を考えました。

『研修合宿なのに食事は出ないの?』
「え、あ、あの、料理は当番制で! で、いつもおかーさんが作るアレの分量を教えて! あと、隠し味って何?」
『うーん。私もお隣のおばさまから教わったんだけど、それを教えるわ』
「わーい、ありがと!」
『ちょっと甘めにするのがコツで――』

 そうしてでき上がったのがコチラ。

「親子丼、大根の味噌汁、ワカメとキュウリの酢の物、舞茸と大根の煮付け、か?」
「すみません、今私が食べたい物でして。あと、家族以外のために作るのは初めてなんですけど……」

 味とか大丈夫ですか? と聞こうとしたら、アララなんでしょう、カチョーの目元が緩んでます?

「俺の好物ばかりだ。――うん、美味い」
「ふぉっ、ありがとうございマスッ!」

 褒められて、なんだかめちゃくちゃ嬉しくて、「ひゃっほう!」と叫びたくなりました、というか叫びました。私が作った物を食べてくれて、褒めてくれるなんて、嬉しいことこの上ないですね。よし、メモろう! このシチュを、次回『BARA☆たいむ』に投稿する際に使おうと、私は心に固く誓いました。


「おはよーございマスッ!」
「ああ、おはよう」

 本日は月曜日、出勤日でございます。
 朝は炊きたてご飯と、昨日多めに作っておいた味噌汁の残り、塩もみキュウリ、サンマのみりん干し。焼くだけなので簡単です。実家でよく食べる献立を参考に、朝食を整えました。

「この味噌汁、いい味がする」
「ダシ入り味噌を使っているんですけど、仕上げに鰹節の削り粉を少し入れると、風味が良くなるんですよ。実家ではいつもそうしてます」
「そうか。それにしても――残さずきれいに食べるな」
「ハイ! 残すのが嫌なんデス!」

 両親にそうしつけられたのですよ。おもてなしを受けたのにそれをないがしろにするのは大変失礼なことであると。アレルギーでもない限り、苦手な食材もありがたく頂きなさい、と――
 私の実家があるド田舎では、隣近所と頻繁に行き来をし、お呼ばれする機会も多く、他家の冠婚葬祭に関わりを持つことだってあります。そんな土地に嫁いだ母は、ここで生まれ育った人みたいに馴染みきっていたけれど、実はヨソから来たんです。それだけに、人づきあいのマナーには人一倍の注意を払っていたようです。
 なので私も小さい頃から、出された物はキチンと食べきる。たとえ苦手なシイタケのすまし汁が出たとしても残しませんよ!(涙)

「そうか。いい主義だな」
「はいっ! あ、カチョーだって私の料理を綺麗に食べて下さるじゃないですか」

 カチョーはご飯粒一つ残さず平らげてくれる。それを見るとメッチャ嬉しいし、喜んで食べてくれる姿を想像しながら料理をするのは張り合いがあります!

「お前の作る料理は美味い」

 カチョー、そうやってふわんと目元を緩めるのは反則デスヨ? カチョーは味噌汁のお椀をゆっくりと置き、どこか遠くを見るような目をしている。ううむ、一体何を考えているのでしょーか? あっ! ひょっとして、昔の男と逃げたとかいう噂の奥様のこと? 前の奥様のことでも思い出しましたかっ!? さっき、「お前の」って言いましたもんね! ということは、前妻の作ったお料理は……

「そうだ、言い忘れていたが……」
「えっ? あっ、ハイッ!」
「今日の服は八番でいけ」
「……ナンデスト?」
「じゃあ先に行く。ちゃんと戸締りをして行けよ」

 カチョーはお茶をゴクリと飲み干し、先に出発してしまった。
 八番……八番……はっ! まさかあのステキ衣装ファイルに収められている、コーディネート番号八のことでしょうかっ! いつそのファイル調べたよ!
 今の私の姿は、エプロンを外せばいつものスーツ。超無難なこの服装……気に食わないのデスカ、カチョー殿。
 朝食の後片付けを終え、二階の部屋のクローゼットを開ける。何度開けても、慣れまセンね……。デパートメントゥで購入したステキ女子服が、ずらりと並んでおりマス。目がチカチカいたしますデスヨッ!
 衣装ファイルを開き、ずらりと写真が並ぶ中、八と書かれたページを開く。そこには『キラリ☆風がそよぐ春色コーデ』と書いた付箋ふせんが貼られている。薄いピンク色のニットにふんわりしたタックスカート、それに白のスプリングコート。ベージュのストッキングは少し柄が入ったものが必須! と注釈まで付いて……バッグもパンプスも指定アリ。どんだけ丁寧なんだよ! 書いたのはあのアマゾネスかっ! どんだけファンシーな世界をさまよってるんだ! 戻ってこーいっ! 
 さて。なんだかんだと文句を言いつつも、ちゃんと指定通りにフルモデルチェンジしたこの姿……出勤するのがちょっと躊躇ためらわれマス……上司や先輩、同僚のみんなになんて言われることやら。


「わっ! ユリ子ちゃん……だよね? どしたの」

 ぎゃっ! さすがマメ橋センパイっスね! 早速見つかっちゃったYO! 
 私はコッソリと社内に入り、マイ机に向かってとにかく静かに静かにしていたが、マメさが売りのマメ橋、もとい高橋センパイに早速声をかけられてしまった。

「ごごごごごめんなさいっ! ほんの出来心でっ!」
「何言ってるの。違うよ、すっげー可愛くなってる! あ、みんなー、こっち来て」

 そう言って、マメ橋センパイはフロアにいるオネエサマ達を呼び集めた。

「え、誰? ――ユリ子ちゃん?」
「どうしたの? イメチェン?」
「可愛い、可愛い!」

 綺麗なおねーさま達が、ワタクシめをぎゅうっと抱き締めて頬ずりなさいマス。ちょ、ね、待って、おねーたま! 私はそんな趣味ないけど、どうにかなりそう……いいカホリがしマス……むっはー! 近づくだけで欲情モノですヨッ! おおぉぉやーらかいっ!! きゅうっと抱かれるこの感触……女子、やーらかい……ウットリ。 

「おい、始業時間だぞ。仕事にかかれ」

 私達が輪になってキャアキャアやっているうしろから声がかかったのですが……
 ぎ、ぎゃあああっ! かちょぉぉぉっ!! 
 ――って、あれ? カチョーは何故か私をスルーし、普段通りの「カチョー」な顔して自分の机に向かって行きます。あれ……あれれ? 今日はデコピンとかゴリゴリ攻撃はないのデスね。
 カチョーに一喝いっかつされ、みんなそれぞれ仕事に向かいました。それは、何ら変わりない日常の光景。
 だけどカチョーの妄想キャッチセンサーが反応しなかったので、私はなんとなく物足りなさを感じてしまいました。


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