捕獲大作戦

丹羽 庭子

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小話

majiで捕獲される5行前

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 それはある日の事でした。
 次の新刊を出すにあたり、ある程度テーマを決めようという話し合いをするため、ファミリーレストランに集合したのです。
 休日の昼下がり、その名の通り家族連れが大勢いる中、なにか空気の違う一角がホールの片隅に生まれつつありますが、どうか目を瞑っていただきたい。
 そりゃ……会話の中身はごく一部トンデモナイモノが混じりますけど!
「えーと、じゃあリーダーは?」
「前回はちょっと筋肉祭りしちゃって若干ウケが悪かったのよね。確かに全ページ筋肉ばかりだったから、暑苦しい気もしてたけど」
「今度はさ、制服縛りなんてどう?」
「きゃあっ! いいわね!」
 ……ちなみにこの集まりは、BLのサークルです。びーえる。
 BLとは、ボーイズラブの略語。つまり、男×男のめくるめく愛物語を漫画にして、同人誌に描くのです! つまりその世界が好きな人が集まったサークルがありまして、私はその一サークル「BARA☆たいむ」に所属しております。ちなみに、BL好きな女子の事を腐女子、というんですよ。マメ知識として是非覚えていただきたいです。いつかテストでるかもしれませんよ?
 きゃいきゃいと盛り上がっておりますが、一応直接的な単語は使わないよう、周囲に気を配っております。
「おっと、みんな料理きたよー。和風ハンバーグのランチは誰だっけ?」
「私それー」
 注文していたランチがテーブルに届けられ、一旦趣味の話は切り上げられた。かわりに、いわゆる普通の会話が繰り広げられる。
「なんかあっという間に冬が来そうで嫌だわ」
「あー、そうね。一年が早い事……え、もう再来月ってクリスマス? 年末? 年が明ける!?」
「そしたら新年度で、新人が入ってくるわー。やだわー」
「いよっ! お局様!」
「お局言うなっ! ――と、りりぃたんは、入社式いつ?」
「えーと四月に入ってすぐの月曜日です」 
 そうです。私は今年、社会人になるのです! もうすでに内定式が済んでいるので、あの会社に入社できるのは夢じゃ……ないはずです。
 入社するまでの間、会社へは短時間の研修へ行くくらいで、あとは無事大学を卒業できるよう勉強に勤しむのみですけど。
「んー、じゃあ卒業前までに三作程描いてもらって、と……」
「ちょ、鬼! リーダー、鬼!!」
 入社したら暫くの間、覚えることだらけでいっぱいいっぱいになるだろう私の為に、リーダーはスケジュールを組んでくださいました。えーえー、ほんっと……アリガタイデスヨ。
「ねぇ、もう会社には行ってるんでしょ?」
「あ、はい。たまになんですけど、研修へ――」
 言い終わらないうちに、リーダーやみんなが、一斉にカチャッとフォークを皿に置いた。
 そして、身を乗り出して私に視線を合わせる。
「はぇっ!? ちょ、ナニゴトッ!」
「りりぃたん! いい男はいた!?」
「え、ちょ、ええええええっ!!」
 そこかいな! 関心持つの、そこかいな!!
 私に全員の視線が集まり、思わずのけぞった。ひぃぃ、肉食の目だああっ!
「あそこってさ、数年前に郊外から駅前に移転して、会社大きくなって、その時若手を多く雇い始めたのよね。だ・か・ら! だからよ、りりぃたん! 丁度いい年頃の男が!」
 ギラギラしてます! ちょ、ランチタイム! ファミリー! 昼どき!
「みみみなさん落ち着いて―!」
「いい男いたの? どうなの? 教えなさいー!」
「ひぇぇ~~!」
 と、まあ……あまりに怯える私に、リア充メンバーが「まあまあ」と宥め、穏やかに料理を平らげ、ドリンクバーでそれぞれ飲み物を用意して、改めて質問された。
「え、えーと……いい男、といいますか……これぞ理想の! というお方ならいらっしゃいました」
 そこで、改めて入社試験からの話をすることになった。

 ――私が入社試験を受けた時や、内定式、研修でお会いした上司の方、その部下など、もうほんとココは天国かとドキドキが抑えきれませんでしたね。
「志望動機は」
 低く落ち着いた艶のある声。
 長机に置かれた、ゴツゴツとしてる大きな手が、私の履歴書を軽く持ち上げている。硬質な髪は緩く後ろに流され、その面立ちは――び・け・い! 美形ですよ皆様! ちょっと! なんなのこのお方は!! 二次元が三次元に具現化し、今ここに降臨あそばされた!! と言っても過言ではありません。複雑に説明したら二時間はかかるので、ここは一つ簡単に言います。イケメンです!
 少し不機嫌そうな顔は、別に私に対してその態度じゃなさそうで、だからといって誰かに……という感じでもなく、これが素の表情なのかも? 年の頃は三十路くらいでしょうか。
「滝浪さん、どうしましたか」
「むぉっ!? は、はあああっ! すすすすみませんっ! ええと――」
 美形の隣に座っていた、もう一人の……こ、こっちもイケメンじゃないですかっ! イケメンの御馳走二人も並べて、私を妄想の世界に連れていくのですねありがとうございます!
 脳内にとんでもない妄想が展開しつつ、口は淡々と積み重ねた練習通りにそれっぽい志望動機を喋っていく。練習、ダイジ! いま一番その成果に感謝しております。
 視線は、じっと二人から離さない。隅々まで眺め、特徴を捉え、心のネタ帳に書き連ねる。

 脳内はとても腐った内容で一杯になりましたが、それでもなんとか内定をもらえたのは奇跡じゃないかなと思っています。
 あの履歴書を持ったお方は袴田カチョー、そして隣にいたイケメン二号は清水サンといって、カチョーの部下なのだそうです。もうじき係長になるとかで、カチョーの傍で見習い中――
 
「ちょっとりりぃたん! なにそのイケメンて! よーこーしーなーさーいぃぃぃ!」
「あああああありぃぃーーだぁぁーー! やーめーてー!」
 肩をガッと両手で掴まれ、前後にガクガクと揺さぶられて、て、て、ああああっ!!
「リーダー、待って、落ち着いて!」
「リーダー!」
 再び周りのメンバーに止められたリーダーは、ふぅふぅと肩で息を吐きながら、すっかりぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
「そうね……ちょっと気が焦っちゃったわ。りりぃたんはこれから入社するわけだし、それから暫くしないと合コンやらなにやら、セッティングは出来ないでしょうし……」
 ううっ、まだ頭がくらくらするぅ……
 目を回した私は、背もたれにグデッと体を預けた。合コン、合コン……ああ、腐女子ですけどリア充でいたい微妙な乙女心ですものね……
 そこで、ハッと天啓が下りた。そうです! そうです!
「リーダー!」
「なっ、なによりりぃたん。急に大きな声出して」
「スーツ男子……どうでしょうか……」
「スーツ……男子モノ……いいわね……」
 ごくり、とメンバー一同の喉が鳴る。テーマを決めようと集まったメンバー全員賛成で、次の同人誌はスーツ男子モノに決まった。ええ、もちろんBLですけど!

 それがまさか――
 私が描いた【課長、深夜に愛を】が(今までに比べて)大ヒット(私調べ)で、二作目、三作目も描くことになるなんて。
 まさか、つい気が緩んで会社に持ち込んだ原稿をカチョーに見られてしまうなんて。
 まさかまさか、原稿返す代わりに、三つの条件を言い渡されるだなんて。
 
 まさか。
 
 一つ屋根の下、一ヶ月間の同居生活がスタートするだなんて、夢にも思いませんでしたよ!
 
 
 ――そんな、残念な腐女子が捕獲されちゃうお話です。
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