4 / 9
芒種【partⅣ】
しおりを挟む
芒種 【partⅣ】
その時、女子部員が掃除の時に言っていた言葉が海斗の脳裏をよぎる。
―「私の従兄弟の元担任で相当な暴力教師だったみたいよ。最近、由依は最近よく顧問に呼び出されてるみたいだし、この間も二人でプールに行くための階段を登ってるところ見たし。今度は暴力じゃなくてエロいことでもしてるんじゃない」―
顧問が女子生徒に手を出すようなゲス野郎ではない。海斗は顧問が潔白であると信じていた。しかし、あんな話を聞かされてはその真偽を確かめたいと思うのは当然だ。海斗は理科準備室の引き戸に耳をそば立てる。理科室には登り切った太陽の光が差し込む一方、海斗の足元から暗い影が伸びていた。
静寂の中、扉から微かに聞こえる顧問と由依の発する声が微かに響く。ほんの数秒の時間が海斗は数分のように長く感じた。集中して声を聞くも何と言っているかほとんど聞きとれなかった。
次の瞬間、足音が理科準備室に向かって聞こえ出した。すると、一言だけ海斗の耳に明確に聞こえた。
「このことは誰にも言わないでください」
明らかに由依の声だった。海斗は中で何が行われていたがわからなかったが、引き戸に耳をつけて話を聞いていたことがバレてはまずい。いくら興味本位とはいえ、人の話を盗み聞きするなんてどう考えても人としてご法度だ。
足音から逃げるように扉を離れた。理科室から素早く出て、そのまま廊下を走りながら階段前の死角に隠れる。海斗の心臓は激しく波打った。由依と顧問は理科準備室を出ずにしばらく話していたのか、海斗が隠れて三十秒ほど時間が経ってから理科室の扉が開く音が聞こえた。
海斗は偶然を装って廊下に出た。理科室の前には顧問と由依の姿があった。やはり理科準備室にいたのは二人だ。
「山下先生、ここにいたんですね」
海斗は荒くなった息を押し込め、何も知らなかったかのように顧問に声をかける。二人は素早く海斗に目を向けた。海斗の目にはあっけにとられた表情をする顧問の顔と瞳を潤ませた由依の姿が映った。
どういうことだ。海斗は疑問に思う。その瞬間に由依の言葉が脳内をこだまする。
―「このことは誰にも言わないでください」―
まさか、あの噂話は本当だったのか。顧問が由依に何かしらの性的な行為を強要し、誰にも言わないでと由依が念押ししていたのか。
海斗の頭がパニックに陥る。そんなはずはない。顧問が。そんな。海斗は言葉を失った。由依はポケットからハンカチを取り出し、潤んだ瞳を拭った。すると、海斗に背を向けて歩き出した。
顧問は立ち去ってゆく由依に目もくれず、海斗に「ジャージ似合うじゃないか。海斗に渡してよかったよ」といつもの笑顔で言い放った。
由依の涙と反対にこの顧問の笑顔……。海斗はその笑顔がまやかしに感じてしまった。
顧問の目の前に立つと海斗は「ジャージありがとうございます。掃除終わりました」と引き攣った笑顔で答えた。
まだ顧問が由依に手を出したと決まったわけではない。海斗は自分に言い聞かせる。
顧問は「そうか。じゃあプールに向かうよ」と言って海斗と一緒にプールに向かって歩き出した。
職員室の前を通りがかると顧問が「一瞬だけ職員室に寄りたいんだ。ちょっと待っててくれないか。」と職員室入った。
海斗が廊下で顧問を待つ中、無意識にポケットに手を入れようとするとさっき拾った髪留めに手が触れた。
もしや、この髪留めがプールに落ちていたのも何か関係があるのか。女子部員もプールに向かうのを見たと言っていし……
顧問はすぐにビニール袋を持って出てきた。
また歩き出す顧問と海斗。混乱して何も言わない海斗に顧問が気さくに話しかける。
「なんだか怖い顔してるな。何か嫌なことでもあったのか?もしかして、ジャージ、気に入らなかったのか?ごめんな。俺も歳だしあまり若い人が着るような派手な服は気ないもんでな」
海斗は「そんなことないですよ。このジャージすごいカッコいいです」と繕った笑顔で顧問に返す。
本当にこの人が由依に……。海斗は何を信じればいいのかわからなくなった。
顧問とともにプールに入ると部員たちは各々談笑しているのか、三つほどのグループになって話をしていた。顧問の姿が見えると三年生の部員だけは顧問を嫌な顔で見ていた。
「おっ、プールすごく綺麗になったじゃないか。みんなありがとう。今日はもう解散だ。ご苦労さん」と顧問が部員を労いビニール袋から棒アイスを取り出した。
部員たちは喜びながら顧問の取り出したアイスを受け取って帰る。
そんな中、さっき噂話をしていた女子部員が顧問に声をかける。
「先生、由依はどこに行ったの?」
顧問は「体調が悪いみたいで先に帰ったよ」と答えた。
「先生が呼び出したのに先に帰ったとかある?先生が帰らせたんじゃないの?」
女子部員が口にする。確かにその通りだ。普通、体調なら自分から申し出て帰るものだが、顧問が呼び出したのに体調不良?どういうことだ。海斗は不審に思った。
顧問は「余計な詮索するな。人にはいろんな事情がある」と毅然と言い放った。海斗は余計に怪しく感じた。確かに由依は少し涙を流していたがあれは体調不良なのか?いや、絶対に違う。海斗はあそこで何かがあったのは間違いないと確信した。
海斗も顧問からアイスをもらった。海斗はモヤモヤした気持ちを抱えながら、更衣室に洗ったジャージを取りに向かった。ジャージを取り下駄箱へと向かいながら、思考を巡らせるが、もう何を考えても悪い想像しか浮かばない。下駄箱につくと三年生の部員たちがたむろしていた。海斗を見つけた女子部員が海斗に声をかける。
「先生のこと見つけたの海斗でしょ。由依はいなかったの?」と海斗に尋ねた。
「由依は一緒にいたけど、帰っていったよ」と答える。
「まじ?じゃあやっぱりあの二人変なことでもしてたんじゃないの。ずっと二人でいたってことでしょ?」と女子部員は疑っていた。周りの部員たちも海斗の返答を待ち構えるように海斗の顔を真っ直ぐと見ていた。
「どうだろうね。由依も体調悪そうだったし、顧問が言ってたことは間違ってないと思うよ」
海斗はこの女の口の軽さを知っていた。だからこそ余計なことは言わないようにした。それにそんな事実がなかったとしたら、あの二人の不利益でしかない。噂話や不確かな情報で二人が学校に居られなくなるのは話が違う。しかし、理科準備室で何かがあったのは確かだ。
海斗の疑念は深まる一方だった。
その時、女子部員が掃除の時に言っていた言葉が海斗の脳裏をよぎる。
―「私の従兄弟の元担任で相当な暴力教師だったみたいよ。最近、由依は最近よく顧問に呼び出されてるみたいだし、この間も二人でプールに行くための階段を登ってるところ見たし。今度は暴力じゃなくてエロいことでもしてるんじゃない」―
顧問が女子生徒に手を出すようなゲス野郎ではない。海斗は顧問が潔白であると信じていた。しかし、あんな話を聞かされてはその真偽を確かめたいと思うのは当然だ。海斗は理科準備室の引き戸に耳をそば立てる。理科室には登り切った太陽の光が差し込む一方、海斗の足元から暗い影が伸びていた。
静寂の中、扉から微かに聞こえる顧問と由依の発する声が微かに響く。ほんの数秒の時間が海斗は数分のように長く感じた。集中して声を聞くも何と言っているかほとんど聞きとれなかった。
次の瞬間、足音が理科準備室に向かって聞こえ出した。すると、一言だけ海斗の耳に明確に聞こえた。
「このことは誰にも言わないでください」
明らかに由依の声だった。海斗は中で何が行われていたがわからなかったが、引き戸に耳をつけて話を聞いていたことがバレてはまずい。いくら興味本位とはいえ、人の話を盗み聞きするなんてどう考えても人としてご法度だ。
足音から逃げるように扉を離れた。理科室から素早く出て、そのまま廊下を走りながら階段前の死角に隠れる。海斗の心臓は激しく波打った。由依と顧問は理科準備室を出ずにしばらく話していたのか、海斗が隠れて三十秒ほど時間が経ってから理科室の扉が開く音が聞こえた。
海斗は偶然を装って廊下に出た。理科室の前には顧問と由依の姿があった。やはり理科準備室にいたのは二人だ。
「山下先生、ここにいたんですね」
海斗は荒くなった息を押し込め、何も知らなかったかのように顧問に声をかける。二人は素早く海斗に目を向けた。海斗の目にはあっけにとられた表情をする顧問の顔と瞳を潤ませた由依の姿が映った。
どういうことだ。海斗は疑問に思う。その瞬間に由依の言葉が脳内をこだまする。
―「このことは誰にも言わないでください」―
まさか、あの噂話は本当だったのか。顧問が由依に何かしらの性的な行為を強要し、誰にも言わないでと由依が念押ししていたのか。
海斗の頭がパニックに陥る。そんなはずはない。顧問が。そんな。海斗は言葉を失った。由依はポケットからハンカチを取り出し、潤んだ瞳を拭った。すると、海斗に背を向けて歩き出した。
顧問は立ち去ってゆく由依に目もくれず、海斗に「ジャージ似合うじゃないか。海斗に渡してよかったよ」といつもの笑顔で言い放った。
由依の涙と反対にこの顧問の笑顔……。海斗はその笑顔がまやかしに感じてしまった。
顧問の目の前に立つと海斗は「ジャージありがとうございます。掃除終わりました」と引き攣った笑顔で答えた。
まだ顧問が由依に手を出したと決まったわけではない。海斗は自分に言い聞かせる。
顧問は「そうか。じゃあプールに向かうよ」と言って海斗と一緒にプールに向かって歩き出した。
職員室の前を通りがかると顧問が「一瞬だけ職員室に寄りたいんだ。ちょっと待っててくれないか。」と職員室入った。
海斗が廊下で顧問を待つ中、無意識にポケットに手を入れようとするとさっき拾った髪留めに手が触れた。
もしや、この髪留めがプールに落ちていたのも何か関係があるのか。女子部員もプールに向かうのを見たと言っていし……
顧問はすぐにビニール袋を持って出てきた。
また歩き出す顧問と海斗。混乱して何も言わない海斗に顧問が気さくに話しかける。
「なんだか怖い顔してるな。何か嫌なことでもあったのか?もしかして、ジャージ、気に入らなかったのか?ごめんな。俺も歳だしあまり若い人が着るような派手な服は気ないもんでな」
海斗は「そんなことないですよ。このジャージすごいカッコいいです」と繕った笑顔で顧問に返す。
本当にこの人が由依に……。海斗は何を信じればいいのかわからなくなった。
顧問とともにプールに入ると部員たちは各々談笑しているのか、三つほどのグループになって話をしていた。顧問の姿が見えると三年生の部員だけは顧問を嫌な顔で見ていた。
「おっ、プールすごく綺麗になったじゃないか。みんなありがとう。今日はもう解散だ。ご苦労さん」と顧問が部員を労いビニール袋から棒アイスを取り出した。
部員たちは喜びながら顧問の取り出したアイスを受け取って帰る。
そんな中、さっき噂話をしていた女子部員が顧問に声をかける。
「先生、由依はどこに行ったの?」
顧問は「体調が悪いみたいで先に帰ったよ」と答えた。
「先生が呼び出したのに先に帰ったとかある?先生が帰らせたんじゃないの?」
女子部員が口にする。確かにその通りだ。普通、体調なら自分から申し出て帰るものだが、顧問が呼び出したのに体調不良?どういうことだ。海斗は不審に思った。
顧問は「余計な詮索するな。人にはいろんな事情がある」と毅然と言い放った。海斗は余計に怪しく感じた。確かに由依は少し涙を流していたがあれは体調不良なのか?いや、絶対に違う。海斗はあそこで何かがあったのは間違いないと確信した。
海斗も顧問からアイスをもらった。海斗はモヤモヤした気持ちを抱えながら、更衣室に洗ったジャージを取りに向かった。ジャージを取り下駄箱へと向かいながら、思考を巡らせるが、もう何を考えても悪い想像しか浮かばない。下駄箱につくと三年生の部員たちがたむろしていた。海斗を見つけた女子部員が海斗に声をかける。
「先生のこと見つけたの海斗でしょ。由依はいなかったの?」と海斗に尋ねた。
「由依は一緒にいたけど、帰っていったよ」と答える。
「まじ?じゃあやっぱりあの二人変なことでもしてたんじゃないの。ずっと二人でいたってことでしょ?」と女子部員は疑っていた。周りの部員たちも海斗の返答を待ち構えるように海斗の顔を真っ直ぐと見ていた。
「どうだろうね。由依も体調悪そうだったし、顧問が言ってたことは間違ってないと思うよ」
海斗はこの女の口の軽さを知っていた。だからこそ余計なことは言わないようにした。それにそんな事実がなかったとしたら、あの二人の不利益でしかない。噂話や不確かな情報で二人が学校に居られなくなるのは話が違う。しかし、理科準備室で何かがあったのは確かだ。
海斗の疑念は深まる一方だった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
男子高校生の休み時間
こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
Toward a dream 〜とあるお嬢様の挑戦〜
green
青春
一ノ瀬財閥の令嬢、一ノ瀬綾乃は小学校一年生からサッカーを始め、プロサッカー選手になることを夢見ている。
しかし、父である浩平にその夢を反対される。
夢を諦めきれない綾乃は浩平に言う。
「その夢に挑戦するためのお時間をいただけないでしょうか?」
一人のお嬢様の挑戦が始まる。
物理部のアオハル!!〜栄光と永幸の輝き〜
saiha
青春
近年、高校総体、甲子園と運動系の部活が学生を代表する花形とされている。そんな中、普通の青春を捨て、爪楊枝一本に命をかける集団、物理部。これは、普通ではいられない彼らの爆笑アオハル物語。
野球の王子様3 VS習志野・練習試合
ちんぽまんこのお年頃
青春
聖ミカエル青春学園野球部は習志野に遠征。昨年度の県内覇者との練習試合に臨むはずが、次々と予定外の展開に。相手方のマネージャーが嫌味な奴で・・・・愛菜と取っ組み合い?試合出来るの?
Last Recrudescence
睡眠者
現代文学
1998年、核兵器への対処法が発明された以来、その故に起こった第三次世界大戦は既に5年も渡った。庶民から大富豪まで、素人か玄人であっても誰もが皆苦しめている中、各国が戦争進行に。平和を自分の手で掴めて届けようとする理想家である村山誠志郎は、辿り着くためのチャンスを得たり失ったりその後、ある事件の仮面をつけた「奇跡」に訪れられた。同時に災厄も生まれ、その以来化け物達と怪獣達が人類を強襲し始めた。それに対して、誠志郎を含めて、「英雄」達が生れて人々を守っている。犠牲が急増しているその惨劇の戦いは人間に「災慝(さいとく)」と呼ばれている。
黄昏は悲しき堕天使達のシュプール
Mr.M
青春
『ほろ苦い青春と淡い初恋の思い出は・・
黄昏色に染まる校庭で沈みゆく太陽と共に
儚くも露と消えていく』
ある朝、
目を覚ますとそこは二十年前の世界だった。
小学校六年生に戻った俺を取り巻く
懐かしい顔ぶれ。
優しい先生。
いじめっ子のグループ。
クラスで一番美しい少女。
そして。
密かに想い続けていた初恋の少女。
この世界は嘘と欺瞞に満ちている。
愛を語るには幼過ぎる少女達と
愛を語るには汚れ過ぎた大人。
少女は天使の様な微笑みで嘘を吐き、
大人は平然と他人を騙す。
ある時、
俺は隣のクラスの一人の少女の名前を思い出した。
そしてそれは大きな謎と後悔を俺に残した。
夕日に少女の涙が落ちる時、
俺は彼女達の笑顔と
失われた真実を
取り戻すことができるのだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる