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芒種【partⅢ】
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海斗がシャワーを終えて顧問からもらったタオルで身体を拭き、更衣室に戻りジャージに手を伸ばす。黒の生地に白いラインが3本入った有名ブランドのジャージだった。デザインに飽きたと言っていたが、顧問がこのジャージを着ていた瞬間を見たことがない。袖を通すと海斗は170センチ程度の身長で顧問と背丈はさほど変わらずぴったりのサイズだったが首元に何かちくちくと硬いものが当たる。
一度脱いで確認すると、購入した時についていたであろうタグがまだ付いていた。海斗は不思議に思ったがタグを手で外し、また袖を通した。
海斗は自分の体育着を洗い、更衣室のロッカーに入っていた誰のものかも知らないハンガーを借りた。
プールに戻ると三年生の部員たちはゴールに寄せられ山になった黒いゴミたちを談笑しながらゴミ袋に詰めている。他の部員たちはプールサイドやシャワーの床をブラシで磨き上げていた。
海斗がゴミ集めに参加しようとゴール地点まで駆け足で向かうと、一人の部員が海斗に気付き「海斗、大丈夫なのか?」と声を掛ける。
「全然問題ないよ」
海斗は笑顔で答えた。すると一人の部員が
「あれ。海斗の着てるそのジャージ。先週出た新作だよな」と得意げに言った。
海斗はそんなことも露知らず「そうなのか。たまたま買いに行ったら売ってて衝動買いしちゃったんだよ。本当はここで着たくなかったんだけどな」と話に乗っかる。顧問からもらったなど口が裂けても言えない。海斗はプライドからではなく、顧問が特定の生徒を贔屓しているとバレては教員としての地位を危ぶまれるのではないかと危惧していた。
海斗は内心、デザインに飽きたなどとシャレた言い回しで本当は顧問が着たかったであろうジャージを自分にくれたことに強い感激を受けていた。
海斗は黒いポリ袋を手にゴミ集めに参加した。黒く汚れたヘドロをワイパーを使って、塵取りに集めてはポリ袋に入れる。一人余った男子部員とペアになり、海斗は大きめの塵取りを構えていた。それとなく海斗は辺りを見渡して由依を探した。由依は一生懸命にプールサイドを磨いていた。真っ直ぐな眼差しで力強くブラシを動かす由依が見えた。海斗は由依のことが明確に気になっているが、自分の不明確な恋愛感情にモヤモヤを抱えていた。
顧問がプールに現れ、「高橋。ちょっといいか」と大きな声で由依を呼ぶ。
「はい」
由依はデッキブラシを壁にかけて顧問の元へ向かい、二人は校舎に消えていった。
海斗がゴミをポリ袋に詰めていると、ヘドロの中に太陽の光を強く反射する白く丸いものを見つけた。何かと思い海斗がヘドロの中から引き上げると、ヘドロには似つかわしくない美しい真珠がいくつもあしらわれた髪留めであった。
その瞬間、海斗の脳裏にプールを見つめていた由依の姿が蘇る。もしかしたら由依はこれを探すためにプールサイドからゴミを眺めていたのかもしれない。由依が落としたのだとしたら、なぜプールの中に髪留めなんか落としたのか不思議に思う。海斗は掃除が終わったら髪飾は由依のものか聞くことにした。
さすがにプールのゴミから見つけた物をポケットに入れたとあっては、誰もが不審がると思ったため、海斗は誰にも見つからないよう髪留めをポケットにしまう。
すると、一緒にゴミ集めをしていた女子部員が口を開く。
「そういえば顧問の山下って前の学校で生徒に暴力振るってたんでしょ。」他の男子部員が反応する。
「まじ?全然そんなふうに見えねぇのにな」
「私の従兄弟の元担任で相当な暴力教師だったみたいよ。最近、由依は最近よく顧問に呼び出されてるみたいだし、この間も二人でプールに行くための階段を登ってるところ見たし。今度は暴力じゃなくてエロいことでもしてるんじゃない」
女子部員は畳み掛けるようにべらべらと話し出した。
「まじかよ。確かに由依はめっちゃかわいいし俺のクラスの男子からも人気なのに。残念だなー」
男子部員はワイパーでゴミをちりとりに寄せながら、答える。
作業をする海斗の耳にも会話は聞こえていた。しかし、海斗は他人の噂話を鵜呑みにするような少年じゃなかった。
親世代の先生が子どもに体罰をしていたことなんて珍しい話ではない。顧問の山下先生だってもう五十歳。先生だってきっと学生時代に教師から体罰を受けてきた。自分も同じように生徒に指導したが、顧問が先生になったときに体罰を排除するような時代が来てしまっただけなんだろうとさほど気にはしていなかった。
黒いゴミを拾い終えると、全部員でプールの底をデッキブラシでゴシゴシと擦った。プールをきれいにする頃には午後一時を回っていた。
掃除が終わると一年生が顧問を呼びに行こうとする。
「俺が行く」と海斗が顧問を呼びに行くことにした。もらったジャージのお礼を言いたかったのだ。
海斗は校舎に戻り職員室に入る。日曜というのに10人ほどの教員が仕事をしていた。しかし、顧問の姿はない。海斗は顧問がいそうなところ手当たり次第に探す。顧問は二年生の担任だ。海斗は顧問の担任する教室へ向かう。そこにも顧問の姿はない。
海斗は顧問が化学担当の教員であることを思い出した。海斗は理科室に行った。理科室に入ると来週の授業で使うであろうビーカーや三角フラスコが教卓に綺麗に並べられていた。開けられた段ボールの箱にはビニール袋に入った薬品のようなものが入っている。
ここにはいないようだ。海斗が理科室を出ようとすると微かに声が聞こえた。理科室の隣にある理科準備室からだ。理科準備室は廊下から入ることができず、理科室の教卓奥の引き戸からしか入ることができない。理科準備室の入り口に近づくと男と女の声がする。興味本位で耳を澄ますと理科準備室から顧問と由依の声が聞こえた気がした。
一度脱いで確認すると、購入した時についていたであろうタグがまだ付いていた。海斗は不思議に思ったがタグを手で外し、また袖を通した。
海斗は自分の体育着を洗い、更衣室のロッカーに入っていた誰のものかも知らないハンガーを借りた。
プールに戻ると三年生の部員たちはゴールに寄せられ山になった黒いゴミたちを談笑しながらゴミ袋に詰めている。他の部員たちはプールサイドやシャワーの床をブラシで磨き上げていた。
海斗がゴミ集めに参加しようとゴール地点まで駆け足で向かうと、一人の部員が海斗に気付き「海斗、大丈夫なのか?」と声を掛ける。
「全然問題ないよ」
海斗は笑顔で答えた。すると一人の部員が
「あれ。海斗の着てるそのジャージ。先週出た新作だよな」と得意げに言った。
海斗はそんなことも露知らず「そうなのか。たまたま買いに行ったら売ってて衝動買いしちゃったんだよ。本当はここで着たくなかったんだけどな」と話に乗っかる。顧問からもらったなど口が裂けても言えない。海斗はプライドからではなく、顧問が特定の生徒を贔屓しているとバレては教員としての地位を危ぶまれるのではないかと危惧していた。
海斗は内心、デザインに飽きたなどとシャレた言い回しで本当は顧問が着たかったであろうジャージを自分にくれたことに強い感激を受けていた。
海斗は黒いポリ袋を手にゴミ集めに参加した。黒く汚れたヘドロをワイパーを使って、塵取りに集めてはポリ袋に入れる。一人余った男子部員とペアになり、海斗は大きめの塵取りを構えていた。それとなく海斗は辺りを見渡して由依を探した。由依は一生懸命にプールサイドを磨いていた。真っ直ぐな眼差しで力強くブラシを動かす由依が見えた。海斗は由依のことが明確に気になっているが、自分の不明確な恋愛感情にモヤモヤを抱えていた。
顧問がプールに現れ、「高橋。ちょっといいか」と大きな声で由依を呼ぶ。
「はい」
由依はデッキブラシを壁にかけて顧問の元へ向かい、二人は校舎に消えていった。
海斗がゴミをポリ袋に詰めていると、ヘドロの中に太陽の光を強く反射する白く丸いものを見つけた。何かと思い海斗がヘドロの中から引き上げると、ヘドロには似つかわしくない美しい真珠がいくつもあしらわれた髪留めであった。
その瞬間、海斗の脳裏にプールを見つめていた由依の姿が蘇る。もしかしたら由依はこれを探すためにプールサイドからゴミを眺めていたのかもしれない。由依が落としたのだとしたら、なぜプールの中に髪留めなんか落としたのか不思議に思う。海斗は掃除が終わったら髪飾は由依のものか聞くことにした。
さすがにプールのゴミから見つけた物をポケットに入れたとあっては、誰もが不審がると思ったため、海斗は誰にも見つからないよう髪留めをポケットにしまう。
すると、一緒にゴミ集めをしていた女子部員が口を開く。
「そういえば顧問の山下って前の学校で生徒に暴力振るってたんでしょ。」他の男子部員が反応する。
「まじ?全然そんなふうに見えねぇのにな」
「私の従兄弟の元担任で相当な暴力教師だったみたいよ。最近、由依は最近よく顧問に呼び出されてるみたいだし、この間も二人でプールに行くための階段を登ってるところ見たし。今度は暴力じゃなくてエロいことでもしてるんじゃない」
女子部員は畳み掛けるようにべらべらと話し出した。
「まじかよ。確かに由依はめっちゃかわいいし俺のクラスの男子からも人気なのに。残念だなー」
男子部員はワイパーでゴミをちりとりに寄せながら、答える。
作業をする海斗の耳にも会話は聞こえていた。しかし、海斗は他人の噂話を鵜呑みにするような少年じゃなかった。
親世代の先生が子どもに体罰をしていたことなんて珍しい話ではない。顧問の山下先生だってもう五十歳。先生だってきっと学生時代に教師から体罰を受けてきた。自分も同じように生徒に指導したが、顧問が先生になったときに体罰を排除するような時代が来てしまっただけなんだろうとさほど気にはしていなかった。
黒いゴミを拾い終えると、全部員でプールの底をデッキブラシでゴシゴシと擦った。プールをきれいにする頃には午後一時を回っていた。
掃除が終わると一年生が顧問を呼びに行こうとする。
「俺が行く」と海斗が顧問を呼びに行くことにした。もらったジャージのお礼を言いたかったのだ。
海斗は校舎に戻り職員室に入る。日曜というのに10人ほどの教員が仕事をしていた。しかし、顧問の姿はない。海斗は顧問がいそうなところ手当たり次第に探す。顧問は二年生の担任だ。海斗は顧問の担任する教室へ向かう。そこにも顧問の姿はない。
海斗は顧問が化学担当の教員であることを思い出した。海斗は理科室に行った。理科室に入ると来週の授業で使うであろうビーカーや三角フラスコが教卓に綺麗に並べられていた。開けられた段ボールの箱にはビニール袋に入った薬品のようなものが入っている。
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