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対峙する正邪
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対峙する正邪
店を出ると千葉先輩は酔っ払いながら千鳥足だった。きっと酒を飲みすぎたのだろう。いつものことだ羽田は流した。妻とチーママは仲良さそうに話をしている。富岡選手は辺りを見回しながら遊べる場所を探しているようだった。羽田は一人、煙草に火をつけながら風に消し飛ばされていく煙を目で追いながら幸せという空気感をただ味わっていた。このまとまりのない群れを無視して富岡選手が大通りにあるスイミングスクールの駐車場に向かった。羽田は群衆を置き去りに富岡選手を追いかけた。すると富岡選手はスイミングスクールの駐車場に置かれた送迎用のマイクロバスの窓を割り運転席に入って行った。先ほどと同じクールさで顔色ひとつ変えず堂々と窃盗を試みる富岡選手の様子を見ていながらも、羽田は酔いのせいか何をしているのか理解できていなかった。羽田は興味に掻き立てられマイクロバスに一直線に走り、ガラスの割れた窓から忍び込んで何ごともなかったかのように助手席に座った。マイクロバスの運転席と助手席は真ん中に通路が設けられており、少し遠い距離であったがそれでも富岡選手の隣に座ることができて羽田は満足していた。マイクロバスのフロントガラスから覗く夜の街は静寂に包まれ、まるでこの街には5人の男女しか存在していないかのような錯覚を羽田は覚えた。
今ならなんだってできる気がする。そんな稚拙な万能感を抱きながらこの夜を使い果たしたいと羽田の気持ちは沸々と燃え上がっていた。
富岡選手の運転で3人を迎えに行った。3人は楽しそうに談笑していたがマイクロバスが到着すると何の疑いもなく乗り込んだ。富岡選手の運転で10キロほど先の繁華街に向かった。もう深夜1時を回っていたが、車内は騒然で各々が騒ぎ散らかしていた。繁華街に着くと富岡選手が
「ホテルに泊まって明日また遊ぼう」と提案をした。羽田は正直、これからが本当等の遊びじゃないのかと感じながらも富岡選手の提案を飲んだ。さっき感じた万能感は一瞬で打ち砕かれた。ホテルに到着すると羽田夫妻以外は皆別々の部屋に泊まった。羽田はシャワーを浴びながら、盗難したマイクロバスのことを考えていた。皆何も言わずに乗り込んだもののこれはれっきとした犯罪だと焦り感じていた。羽田は頭を流れる温かいシャワーの水を感じながらも、怯える犬のように震えていた。シャワーから上がりドライヤーで髪を乾かしながら、一目、妻の顔を見て安心しようとシャワー室を出る。ホテルの部屋は狭いものの蚊帳のついたダブルベッドにイエローのカバーが掛けられていて、部屋は木目調の床と壁紙で覆われている様はお姫様が泊まるような出立であり羽田は悶々とした。妻はすでにベッドで寝ていた。羽田は妻の寝顔を見て安心したのか、妻に覆いかぶさると深い眠りに落ちた。
翌朝、羽田が目を覚ますと妻はシャワーを浴びていた。羽田は眠たい目を擦りながら部屋の端にあるテーブルのそばで羽田は煙草に火をつけた。やはり羽田は昨日のマイクロバスの件を引きずっていた。悪い夢か酔っ払って見た間違いであって欲しいと願っている羽田は灰塵となった煙草に目をやることもせず懸命に煙草を吸い続けた。やがて灰は羽田の膝に落ちた。机にあったちり紙で灰を丁寧に掬い上げ灰皿に捨てると気を紛らわせるために羽田は煙草の火をちり紙に押しつけて静かに焦げてゆく様を飽きずに眺めていた。
妻と支度を終えロビーに降りると3人がすでに到着していた。千葉先輩が
「ほらっ。行くぞ」と顎で進行方向を示した。妻とともについてゆく。富岡選手は運転席の隣の扉からマイクロバスに乗り込む。マイクロバスの扉は運転席のボタンでしか開けられないのだ。よく見るとマイクロバスにスイミングスクールのペイントがない。それに昨日割れていたと認識していた窓が直っていた。やはり、自分の見間違いだったと安堵した羽田は扉が開くと一目散に助手席に向かった。富岡選手も何も言わずに、羽田を受け入れていた。羽田は昨日から顔色を変えず自分達に付き合う富岡選手を見ながら何と声をかけるべきか悩んでいた。
「昨日、遅くまで付き合っていただいたのに、今日も遊んでくださるなんてありがたいです」と羽田が声をかける。富岡選手は返答せず真っ直ぐに前を向いていた。羽田はきっと聞こえなかったのだろうと思い特に追求はしなかった。すると富岡選手が運転席の足元から煙草らしきものを2本取り出した。甘ったるい香りのする煙草ではないものだった。
「一本あげる。今日も楽しくやっていくんだから一緒に景気付けしよう」と表情を変えず羽田に渡した。羽田は断ることができず手に取った。
羽田はもちろんこんなものを吸ってしまったら身の破滅を意味することなどわかっていた。しかし、その快楽に対する圧倒的な興味を抑えられずにいた。羽田はふと前を見た。マイクロバスから見える朝空の光は薄く漂う雲たちが太陽を吸収し、地上にいる者たちに光の恩恵を届けまいと阻んでいた。羽田は対立する倫理と解放の葛藤が鬱陶しく感じるようになった。自分らしさという太陽は他人からの目線や客観的な評価という雲に遮られ、社会という地上に降り注ぐころ、光には自分らしさなど何もない。羽田はそんな誇大的で抽象的で未熟な考えに突き動かされた。目の前にある一本に詰め込まれた快楽物質に身を委ねることでしか、自由にはなれないという矛盾。自由になるために不自由な選択をするしかないことに羽田は気づいてはいたもののその善悪を判断する理性などなかった。
羽田は煙草のようなものを口に咥えると迷いなく火をつけた。湧き起こる芳醇な香りを嗅いだ時、もうここまでやってしまったら後戻りはできないと羽田は覚悟を決めた。煙を深く吸い込んだ瞬間に今までの人生で感じたことのない痺れが全身を貫く。羽田はふわふわと宙に浮いたような気持ちになった。自分が煙となりこの席を彷徨っているようだった。富岡選手も煙草らしきものに火をつけて、マイクロバスを運転し始めた。
店を出ると千葉先輩は酔っ払いながら千鳥足だった。きっと酒を飲みすぎたのだろう。いつものことだ羽田は流した。妻とチーママは仲良さそうに話をしている。富岡選手は辺りを見回しながら遊べる場所を探しているようだった。羽田は一人、煙草に火をつけながら風に消し飛ばされていく煙を目で追いながら幸せという空気感をただ味わっていた。このまとまりのない群れを無視して富岡選手が大通りにあるスイミングスクールの駐車場に向かった。羽田は群衆を置き去りに富岡選手を追いかけた。すると富岡選手はスイミングスクールの駐車場に置かれた送迎用のマイクロバスの窓を割り運転席に入って行った。先ほどと同じクールさで顔色ひとつ変えず堂々と窃盗を試みる富岡選手の様子を見ていながらも、羽田は酔いのせいか何をしているのか理解できていなかった。羽田は興味に掻き立てられマイクロバスに一直線に走り、ガラスの割れた窓から忍び込んで何ごともなかったかのように助手席に座った。マイクロバスの運転席と助手席は真ん中に通路が設けられており、少し遠い距離であったがそれでも富岡選手の隣に座ることができて羽田は満足していた。マイクロバスのフロントガラスから覗く夜の街は静寂に包まれ、まるでこの街には5人の男女しか存在していないかのような錯覚を羽田は覚えた。
今ならなんだってできる気がする。そんな稚拙な万能感を抱きながらこの夜を使い果たしたいと羽田の気持ちは沸々と燃え上がっていた。
富岡選手の運転で3人を迎えに行った。3人は楽しそうに談笑していたがマイクロバスが到着すると何の疑いもなく乗り込んだ。富岡選手の運転で10キロほど先の繁華街に向かった。もう深夜1時を回っていたが、車内は騒然で各々が騒ぎ散らかしていた。繁華街に着くと富岡選手が
「ホテルに泊まって明日また遊ぼう」と提案をした。羽田は正直、これからが本当等の遊びじゃないのかと感じながらも富岡選手の提案を飲んだ。さっき感じた万能感は一瞬で打ち砕かれた。ホテルに到着すると羽田夫妻以外は皆別々の部屋に泊まった。羽田はシャワーを浴びながら、盗難したマイクロバスのことを考えていた。皆何も言わずに乗り込んだもののこれはれっきとした犯罪だと焦り感じていた。羽田は頭を流れる温かいシャワーの水を感じながらも、怯える犬のように震えていた。シャワーから上がりドライヤーで髪を乾かしながら、一目、妻の顔を見て安心しようとシャワー室を出る。ホテルの部屋は狭いものの蚊帳のついたダブルベッドにイエローのカバーが掛けられていて、部屋は木目調の床と壁紙で覆われている様はお姫様が泊まるような出立であり羽田は悶々とした。妻はすでにベッドで寝ていた。羽田は妻の寝顔を見て安心したのか、妻に覆いかぶさると深い眠りに落ちた。
翌朝、羽田が目を覚ますと妻はシャワーを浴びていた。羽田は眠たい目を擦りながら部屋の端にあるテーブルのそばで羽田は煙草に火をつけた。やはり羽田は昨日のマイクロバスの件を引きずっていた。悪い夢か酔っ払って見た間違いであって欲しいと願っている羽田は灰塵となった煙草に目をやることもせず懸命に煙草を吸い続けた。やがて灰は羽田の膝に落ちた。机にあったちり紙で灰を丁寧に掬い上げ灰皿に捨てると気を紛らわせるために羽田は煙草の火をちり紙に押しつけて静かに焦げてゆく様を飽きずに眺めていた。
妻と支度を終えロビーに降りると3人がすでに到着していた。千葉先輩が
「ほらっ。行くぞ」と顎で進行方向を示した。妻とともについてゆく。富岡選手は運転席の隣の扉からマイクロバスに乗り込む。マイクロバスの扉は運転席のボタンでしか開けられないのだ。よく見るとマイクロバスにスイミングスクールのペイントがない。それに昨日割れていたと認識していた窓が直っていた。やはり、自分の見間違いだったと安堵した羽田は扉が開くと一目散に助手席に向かった。富岡選手も何も言わずに、羽田を受け入れていた。羽田は昨日から顔色を変えず自分達に付き合う富岡選手を見ながら何と声をかけるべきか悩んでいた。
「昨日、遅くまで付き合っていただいたのに、今日も遊んでくださるなんてありがたいです」と羽田が声をかける。富岡選手は返答せず真っ直ぐに前を向いていた。羽田はきっと聞こえなかったのだろうと思い特に追求はしなかった。すると富岡選手が運転席の足元から煙草らしきものを2本取り出した。甘ったるい香りのする煙草ではないものだった。
「一本あげる。今日も楽しくやっていくんだから一緒に景気付けしよう」と表情を変えず羽田に渡した。羽田は断ることができず手に取った。
羽田はもちろんこんなものを吸ってしまったら身の破滅を意味することなどわかっていた。しかし、その快楽に対する圧倒的な興味を抑えられずにいた。羽田はふと前を見た。マイクロバスから見える朝空の光は薄く漂う雲たちが太陽を吸収し、地上にいる者たちに光の恩恵を届けまいと阻んでいた。羽田は対立する倫理と解放の葛藤が鬱陶しく感じるようになった。自分らしさという太陽は他人からの目線や客観的な評価という雲に遮られ、社会という地上に降り注ぐころ、光には自分らしさなど何もない。羽田はそんな誇大的で抽象的で未熟な考えに突き動かされた。目の前にある一本に詰め込まれた快楽物質に身を委ねることでしか、自由にはなれないという矛盾。自由になるために不自由な選択をするしかないことに羽田は気づいてはいたもののその善悪を判断する理性などなかった。
羽田は煙草のようなものを口に咥えると迷いなく火をつけた。湧き起こる芳醇な香りを嗅いだ時、もうここまでやってしまったら後戻りはできないと羽田は覚悟を決めた。煙を深く吸い込んだ瞬間に今までの人生で感じたことのない痺れが全身を貫く。羽田はふわふわと宙に浮いたような気持ちになった。自分が煙となりこの席を彷徨っているようだった。富岡選手も煙草らしきものに火をつけて、マイクロバスを運転し始めた。
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