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第6章 ファーストナイトは夢うつつ

108 社員寮は高級マンション④

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 保冷ポットに入れてきたブラックコーヒーを社長と主任に振る舞い、父にはガムシロップを少しだけ入れた微糖コーヒー、自分用にはカフェオレ用の液体ミルクとガムシロップを少し多く入れて甘めのカフェオレを作った。

 この数日、引っ越し準備であまり寝ていないし、この暑さでバテ気味のせいか体が妙にだるいから、甘い飲み物が飲みたい。

 アイスコーヒーを飲み終えると、スマイリー主任は「今日は公休、明日は有給だから二連休だね。ゆっくり、荷ほどき頑張って!」と陽気に笑いながら、五階下にあるという自分の部屋に戻っていった。

 リビングダイニングのテーブルに残されたのは、並んで座る私と父、そして向かい側でなぜか堅い表情で無言で座る不動社長の三人。

 なんとなく、気まずい雰囲気が漂っているのは、私の気のせい?

「あ、社長、コーヒーのおかわりは、いかがですか?」

 何とか間を持たせたくて問えば、社長は「ああ、もらおうか」と、グラスを私に差しだした。

「お父さんは?」
「ああ、私はもうたくさんだ」

 その言葉の後、状況を大きく変えたのは父だった。

「それより、不動社長。……いや、祐一郎君。君は、私に何か話したいことがあるんじゃないかい?」

 父は空のグラスを大きな両手の間に包みこむように転がしながら、そこに視線を落として静かな声音で言った。

――え?
 社長が、お父さんに話したいこと?

 寝耳に水な私が驚いてその表情を伺い見ると、社長は真剣な眼差しを私に向けてくる。

――こ、これは、もしや。あれか。

『お嬢さんを僕に下さい!』的な、あれか!?

 で、で、でも、私たち、まだ一回キスしたきりだし!

 ど、ど、ど、どうしよう!

 妄想が暴走して一人で慌てている私をよそに、社長はひとつ大きく深呼吸すると、静かに口を開いた。

「先ほど、私の会社が経営しているのがラブホテルだとご存知だとおっしゃいましたが、茉莉さんの勤め先としては、どう考えておられますか?」

 真剣な社長の問いに、父は少し驚いたように目を見開いた後、ニコリと目じりを下げた。まるで、予想していた話と違って、安心したかのように。

「どうとは、どういう意味かな?」
「若いお嬢さんが勤めるには、ふさわしくない会社だとは、思われませんか?」
「君は、自分の仕事が恥ずべきものだと思っているのかい?」
「思っていません」

 自信満々に胸を張る社長の言葉に、父は苦笑を浮かべる。

「茉莉の父親としていうなら、あまり歓迎はできないかな。だが、企業人としていうなら面白い分野だと思う。なんて、会社をつぶした私が偉そうに言えることじゃないのだが……」

 父の言葉に納得したのか否か。
 社長は、ふっと表情をやわらげて、大きな爆弾発言を投下した。

「実は、二か月ほど前に茉莉さんに『好きだ』と告白されまして」

 なぁーんだ。話って会社の職種のことかぁ。それなら面接日に深夜帰宅したとき報告済みだから、ノープロブレムだよ社長! と、脱力しながら自分のアイスカフェオレをゴクリと口に含んだ瞬間だったから、目も当てられない。

 私は『ぶーーーっ!』っと盛大に、アイスカフェオレを吹きだした。

「茉莉、汚いぞ」

 父は、愉快そうに体を揺らして笑っている。テーブルが広かったおかげで、対面にいたにも関わらず、アイスカフェオレの噴霧攻撃を免れた社長も、これまた愉快そうに笑っている。

 ううう。何も、それをばらさなくても!

 私が、羞恥に耐えながら無言で台ふきでテーブルを拭いていると、さらに社長は爆弾を投下し続ける。

「それで、私も茉莉さんのことを好きだったと、改めて自覚しまして。現在結婚を前提にお付き合いさせていただこうかと考えています」

 なにそれ?
 なんですか、それっ?
 私、初耳なんですが、社長ーーーっ!

 ふつう、そういうことは、親に言う前に私本人に言うものではないでしょうか?

 あまりのことのなりゆきに、私が言葉にできずに口をはくはくさせていると、父が耐えきれないといように『ぷっ!』っと噴きだした。 そのまま、苦しそうに文字通り腹を抱えて笑っている。

「それはそれは、ご丁寧におそれいります。で、肝心の茉莉の方は、どうなんだい?」

 まだ笑いの余波で苦しそうにしている父に問われ、私は半ばふてくされて口をとがらせて言う。

「慎重に、検討させていただきます!」


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