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第5章 セカンドキスはまどろみの中

96 美由紀のホテルデート計画③

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 社長の隣りへ小走りで行くと、おもむろに手を繋がれた。それも指と指をからめあった『恋人つなぎ』だ。社長の長くて少し冷たい指先に『ぎゅっ』と自分の指を握りこまれて、瞬時に頬に熱がこもる。

 手。初めて手を繋いでしまった。
 気恥ずかしさと嬉しさで、思わずへにゃりと頬の筋肉が緩んでしまう。

 いや、これは仕事だから!

 自分に言い聞かせるも、嬉しいものは嬉しいのだから仕方がない。

 お手て繋いで入り口の自動ドアから一歩足を踏み入れれば、そこに広がっているのは中世のお城、ではなく予想外に近代的なホテルのフロントだった。

 我がホテルクロスポイントのフロントは、お客様が料金を支払うために必要な最低限のスペースを確保して視界を制限する作りになっている。

 これは、ラブホテルという性質上お客様の顔を見ないために配慮したもの。でもこの愛の城のフロントはまったく正反対だった。普通のホテルのようにカウンターがあるだけで、視界はフリー。そこに普通のホテルの従業員のような制服を身にまとった女性が、にこやかなビジネススマイルを浮かべて立っていた。

「いらっしゃいませ。大変申し訳ございません。ただいま満室ですので、あちらの待合室でお待ちいただけますか? 空室が出ましたら順番にお呼びいたしますので。フリードリンクとなっていますので、おくつろぎくださいませ」
 
 社長は、頷いて番号札を受け取ると、フロントの女性が教えてくれた待合室の方へ私の肩を抱いてリードするように歩いていく。そのあまりのさりげなさに、驚く暇もあらばこそ。

 恋人つなぎの次は、肩を抱かれてしまった。
 なんだかこれ、恋人の親密度がだんだんアップしていってませんか?

 このまま進んだら、フルコース……。
 いやいやいや、ないないないっ!

 フロントから少し奥まったところにある待合室は、こぎれいな喫茶店といった感じだった。やはり、ここもオープンで、私たちを入れた四組のカップルが少し離れたテーブルに座っている。

 ちらりと視線を走らせてチェックしてみたら、皆私たちと同じ二十代くらいの若いカップルがほとんどだ。確かに、年配の人には、このオープンさは敬遠されてしまうかもしれない。

「で、感想はどうだ?」

 隣りに座った社長が顔を近づけて、耳元で囁くように小声で話しかけてくる。内心ドキドキしたけど、表情に出ないように私も頭を寄せて、小声で答える。

「フロントも待合室もオープンだから、若い人がターゲットなのかな、と思います」
「自分でこのホテルを使いたいと思うか?」
 
 少し考えて自分が感じたことを口にする。

「一度は入ってみたい気はします。外観がアレなので、どんなホテルなのか気になる人は多いかもしれないって思いますけど」
「確かに、インパクトはあるな」

 社長は愉快そうにクスリと笑った。

「でも、こんな風にオープンな所もあるんですね。少し驚きました」

 多少のデザインの違いはあっても、ラブホテルの基本構造はみんな同じだと思っていたから、正直ここのオープンさはカルチャー・ショックだ。


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