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第5章 セカンドキスはまどろみの中

95 美由紀のホテルデート計画②

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 いつも通り私が運転手をしようとしたら「今日は俺が運転する」といって、珍しく社長がハンドルを握ってくれた。

 よほどお気に入りなのか、本日も社長の愛車兼、社用車・シルバーメタリックの高級セダンのカーオーディオから流れてくるのは、いつもの外国人女性が歌う洋楽ポップス。

 聞きなれた音楽を聴くともなしに聞きながら、私は運転手の社長の横顔に視線を走らせる。

 今にも鼻歌を歌い出しそうなくらいに、ご機嫌さんな表情に見えた。

 さっきの「ありがとう、うまかった」にも驚かされたけど、なんだかいつもと違って妙に優しい気がする。

 どういう風の吹き回し? うーん。分からない。

 どうやら市街地の方へ向かっているみたいだ。徐々にまばらだった建物が増えてきて、傾きかけた夕日を浴びた街並は、夜の準備をしているのか妙な活気にあふれている。

「スマイリー主任が『敵情視察にいくんだろう』って言ってましたけど、いったいどこに行くんですか?」 

  今から自分がどこで何をするのか把握しておこうと、運転席でハンドルを握る社長に質問をすれば、社長は「どこだと思う?」と、質問に質問で切り返してきた。

「ええっと、会社うちの敵ってことは……」

 ラブホテルの敵は、たぶんラブホテルの営業の妨げになる何か。それか、営業成績に響く何か――。

「繁盛している他のラブホテル……ですか?」
「正解。なかなか知恵がついてきたじゃないか」

 知恵って。私はしつけをされている飼い犬ですか? と少し悲しくなったけど「ありがとうございます」と一応お礼を言っておく。

 ん? ちょっと待って?

 あることに思い至った私は、助手席で身をこわばらせた。

 他のラブホテルに敵情視察……って、そのラブホテルに客として入るってことだよね? それも社長と二人で――って。

「ええっ!? 二人でラブホテルに入るんですかっ!?」

 うううう、うそっ! 

 『あの朴念仁ぼくねんじんにガンガン、アタックするの。なんなら押し倒せ。この妹が許す!』

 昨日生き生きとした笑顔で私に『他のラブホテル見学という名のデート計画』を授けた美由紀のセリフが脳内を一気に駆け巡る。

「まあ、そういうことだ。一か月前に駅の近くにオープンしたラブホテルが評判がいいらしいから、しっかりチェックを頼むぞ、期待のホープ」

 私は、いつから期待のホープになったのでしょう?

 かなりご機嫌な様子で口の端をあげる運転手様の横顔を仰ぎ見れは、ちらりと愉快そうな視線が送られてきて『ひくり』と頬の筋肉が引きつった。

 こ、これは、陰で美由紀大明神の見えない力が働いたとみるべきか。

「あ、あははは……」

 いや、偶然だよ、偶然。

 今は就業時間内。
 これは立派な仕事なんだから、やましいことなんかこれっぽっちもない。

 なんて言い訳は、駅から少し離れた場所にそそりたっている存在感がありすぎる建物を視界にとらえた瞬間に、きれいさっぱり吹っ飛んだ。

 夕日を浴びて異彩を放っている建物の名はズバリ、『愛の城』。
 
 思わずあんぐりと口を開いてしまった私の目の前には、赤・紫・ピンク。暖色系のきらびやかなネオンに彩られたまるで中世のお城のような外観を持ったラブホテルが建っていた。

 社長はためらう様子もなく、車をお城の中へと進めていく。

 駐車場に車を止めれば、あとはホテルの中に行くしかない。愛のお城の中に社長とふたりで入っていく。その絵面を思い浮かべてドキドキと鼓動が早まっていく。

「ほら、行くぞ」
「は、はいっ!」

 エンジンを切って黒いビジネスバックを手に取り、さっさと車を降りてしまった社長に発破をかけられた私は、慌ててシートベルトを外した。


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