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第5章 セカンドキスはまどろみの中
94 美由紀のホテルデート計画①
しおりを挟む翌日の日曜日の夕方五時。
出勤した私は、日課になっている仕事始めのコーヒーを入れて、社長室にいる社長に持って行ったときに、おずおずと口を開いた。
「あの、お話があるんですが……」
今日は、外出の予定は入っていないから、このまま社長の書類作りのお手伝いをすることになっている。呼ばれない限り、社長室に他の社員が入ってくることはまずないから、例の話をするなら今がチャンスだ。
「うん?」
コーヒーを美味しそうに一口口に含んだ後、応接セットのソファーに座る社長は、お盆を胸に抱えたまま傍らに立つ私の方に視線を上げた。
視線と視線がまっこうからぶつかり、後ろ暗いことがある私は思わず目が泳いでしまう。
や、やっぱり無理だ。
せっかく計画を考えてくれた美由紀には申し訳ないけど、私にはハードルが高すぎる。
「あ、いえ、なんでもないです」
くるりと向きを変えて給湯室に向かおうとすると、社長が「俺の方で話がある」と、自分の右隣のソファーを座れとばかりにトントンと叩いた。
「はい?」
何事だろうと首を傾げながら、言われるまま社長の隣に心持ち社長の方へ体を向けて浅く腰を下ろした。
「今日は、予定を変更して、これから出かけるから用意してくれ」
今まで突然予定が変わることなどなかったから、少し面食らってしまった。
「あ、はい分かりました。何を用意すればいいですか?」
「この茶封筒と、A4のクリップ・ボード、それに四色ボールペンくらいだな」
「クリップボードって、書類とか乗せて使う板みたいなのですか?」
「ああ、それだ。四色ボールペンもクリップ・ボードも事務室の机にあるはずだ」
「わかりました」
それにしても、普通のボールペンじゃなくて、なぜに四色ボールペン?
少し疑問に思いつつも隣の事務室に指示されたモノを取りに向かったら、珍しくデスクに座って何やらパソコンを操作しているスマイリー主任がいた。
「おはようございます!」
「おはよう」
さすがスマイリー主任。今日もニックネームに違わない、気持ちのいいニコニコ笑顔だ。
「これから、社長とお出かけだって?」
「はい。なんだか突然予定が変わったみたいで……」
「はいこれ、クリップ・ボードと四色ボールペン。これを取りに来たんでしょ?」
「え、なんでわかったんですか?」
今日はまだ社長とスマイリー主任は話をしてないはずだけど。
「今朝、今日は敵情視察に行くから、留守の間はよろしく頼むって電話があったからね。敵情視察にこの二種類は必須だから」
「はい……?」
敵情視察って、確か敵の陣地にスパイとして入り込んで情報を集める、みたいな意味だったと思うけど、なんで敵情視察?
疑問符を顔に貼り付けながら、ニコニコ笑顔のスマイリー主任からクリップ・ボードと四色ボールペンを予備を含めて二本、ありがたく受け取った私は、わけがわからないまま社長室に戻った。
「これでよろしいですか?」
「ああ、大丈夫だ」
私からクリップ・ボードと四色ボールペンを受け取ると、社長は傍らに置いてあったビジネスバックを開けて、A4の茶封筒と一緒にしまい込んだ。
「悪いがこれを下げてくれるか?」
社長が、ローテーブルの上にある空のコーヒーカップを私の方に寄せる。
「はい、わかりました」
「ありがとう、うまかった」
「は……!?」
突然耳なれない言葉が聞こえて、思わず、手にした空のコーヒーカップを落としそうになった。
な、な、なに!?
今、「ありがとう、うまかった」って言ったよね!?
聞き間違いじゃないよね!?
社長の顔をまじまじと見つめれば、「何をしている。それをかたずけ終わったらいくぞ?」といつも通りの硬質の視線が、銀縁メガネの奥から投げかけられる。
「は、はい。今すぐにっ」
速足でコーヒーカップを給湯室に下げて、さっと洗って洗いカゴに伏せてから社長室に戻ると、黒いビジネスバックを持った社長はもう準備万端で待ち構えていた。
「それじゃ、行くぞ」
心なしか社長の表情が楽し気に見えて、私もちょっと楽しい気持ちになってくる。どこで何をするのかは分からないけど、一生懸命頑張るだけだ。
「はい!」
私は元気に返事をして、社長室を出ていくその広い背中を追った。
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