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第5章 セカンドキスはまどろみの中
93 妹はこうして発破をかける
しおりを挟む衝撃の車中告白劇の後、社長と私の間で何かが変わったかというと、表面的には何も変わらず。変わらないことに対して、私は内面的に少しばかりモヤモヤしたものを抱えていた。
そんな膠着状態が大きく動き出すきっかけは、美由紀の何気ない一言だった。
土曜日の午後。いつもの行きつけの喫茶店ノアールで美由紀と二人で他愛無い話に花を咲かせているとき、美由紀は何気なく質問を投げてきた。
「そういえば、あれから兄貴とは何か進展があったの?」
告白から一カ月。悲しいほど、二人の間に変化はない。デートもしてないし、そもそも二人だけでプライベートな会話すらしていない。
私、本当に告白したんだよね?
確かに、社長と甘いキスをしたよね?
全部、都合がいい妄想とかじゃないよね?
「あははは……」
私は、少しばかり哀しい気持ちで形ばかりの笑顔を浮かべた。
「そっか。やっぱりねぇ……」
美由紀は腕組みをすると、うーんと形の良い眉根を寄せる。
「だいたい、茉莉も兄貴も忙しすぎるのよね。兄貴はもともと仕事の虫で睡眠時間は三、四時間でもぜんぜん平気な変な人だけど、茉莉はかなり無理してるんじゃない?」
「うん、私も睡眠時間は三、四時間かなぁ……」
夜勤をしながら大学にも通うとなると、どうしても睡眠時間を削るしかなくなる。もともと八時間はたっぷり寝たい人なので、私的には三、四時間の睡眠は『仮眠』に近い感覚だ。もちろん、休みの日には普通に眠れるけど、それは週に二日、仕事が公休の土曜日と火曜日の夜だけ。
つまり、それ以外の曜日は五日間、睡眠不足になる。週五日熟睡しないで仮眠状態でいると、どうなるか。
「茉莉、目の下のクマ、かなりひどいよ?」
「うん、知ってる……」
ということになるわけだ。
忙しすぎて、愛を語らう暇がないって、どうよ?
その上、いよいよ家を出なくていけない期限が一カ月後に決まったものだから、『引っ越し費用の工面』と『引っ越し先探し』もしなくちゃならない。
「引っ越しもしなきゃだし……うう、なんで引っ越しってあんなにお金がかかるの?」
引っ越しには、敷金礼金もろもろで数十万円の費用がかかると知ったときの衝撃は、今だ記憶に新しい。美由紀には申し訳ないけど、思わず大きなため息が出てしまう。
「あ、それそれ。言うのを忘れてた。引っ越し先は探さなくてもいいよ。兄貴の方で社員寮を用意してくれるから」
「え……? 社員寮なんてあるの?」
それは初耳だ。
「うん、まあね。敷金礼金なし、家賃は給料天引き一万円ぽっきり、もちろんお父さんとの同居もOKだって」
「ええっ!? 社員寮って家賃一万円でいの!?」
「いいのいいの」
「ううっ、助かる~」
ああ、よかった。
これで、とりあえず目の前に迫った難問はクリアできそうだ。
残る問題は。
「ねえ茉莉。妹のあたしが言うのもなんだけど、こと恋愛に関するかぎり兄貴のリードは期待しない方がいいよ」
美由紀は、オレンジジュースをストローでかき回しながら、少し遠い目をして言った。
「もしかして、私から、アプローチしろって言ってる?」
「うん、言ってる」
「恋愛スキルが乏しい私にどうしろと?」
確かに以前婚約者はいたけど、だからと言って恋愛上手かと言えばそれは違う。
「食事でもデートでもいいから、ねだってみたら? 茉莉に言われれば、兄貴は断らないと思うよ」
ねだる? ねだるって、どうやるの?
経験がないから、どんなタイミングでどんなふうに言えばいいのか全くわからない。
「うーーーん」
「ほら、せっかくラブホテルが職場なんだから、一部屋貸し切ってお泊りデートとかしてみたら?」
「無理無理無理、無理だからそれ!」
お掃除する人たちが同僚のラブホテルで、私にいったい何をしろと!?
「クロスポイントが嫌なら、他のホテルでもいいじゃない? ほら、他のホテルを見て勉強したいとかなんとか言えば、兄貴もその気になるって」
確かに、勉強したいと言えば社長は連れて行ってくれそうだけど。
「それって、本当に見学だけして帰ってきても……」
「いいわけないでしょ。あの朴念仁にガンガン、アタックするの。なんなら押し倒せ。この妹が許す!」
押し倒せって……。言ってることがだんだん過激になってるよ、美由紀ちゃん。
「あはははは……」
かくして、私は美由紀に約束させられてしまった。
『他のラブホテル見学という名のデート計画』の遂行を。
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