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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (3)

82 マイ・フェア・シンデレラ⑥

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 奥様こと、今日のゲストの谷田部やたべ志保子しほこさんは、谷田部クループを統べる本家の会長夫人だ。家系図で言えば、俺の父谷田部彰成は、彼女の夫、谷田部総次郎氏の従弟に当たる。

 少しややこしいが、俺と彼女は従甥いとこおい従叔母いとこおばの関係になる。まあ、簡単に言えば、お金持ちの本家の叔母さんだ。

 俺が会社を立ち上げる際に、彼女にはひとかたならぬ尽力をしてもらっている。気さくで飾らない性格の女性だから、茉莉のこともおそらく気に入ってくれるはずだ。

 総支配人の後藤と立ち話のままいくつか料理の段取りの確認をとったあと、ふと茉莉の方に視線を向ければ、なぜかその表情がどんよりと沈んでいる。

 ついさっきまで、特別ボーナスがもらえると張り切っていたのに。具合でも悪いのか?

「おい、どうした?」

 心配になって声をかければ、茉莉は「えっ!?」と飛び上がらんばかりに驚いた。その拍子に、足がたたらを踏んだ。

 慣れないハイヒールを履いていた足は見事にバランスを崩し、全体重がかかった右足首が嫌な曲がり方をする。瞬間、茉莉は痛みに耐えるように顔をゆがませた。

「っつ……」
「おい、大丈夫か? 足を痛めたのか?」

 転ばないように体を抱えて問えば、茉莉は苦痛を耐える表情で無理に笑ってみせる。

「え、ああ、平気です。ちょっとひねっただけなんで、大丈夫です」
「いいから、まずは座れ」

 茉莉を抱え上げて椅子まで連れて行って座らせる。
 ケガの状態を確認するため、俺が椅子に座った茉莉の前に片膝をつき、痛めた右の足首をそっとつかんで少し持ち上げれば、かなり痛むのか茉莉はぐっと歯を食いしばった。

 急な腫れは見られないから、たぶん。

「骨折はしていないようだな。捻挫か……」

 やはり、履きなれないハイヒールはまずかったか。
 いきなり足を掴みあげたせいで、ワンピースの裾が限界までまくれ上がって、かなりきわどい状態になっている。茉莉は、まくれ上がった裾をギュッと引っ張り下ろし、顔を朱に染めて声をしぼりだす。

「だ、大丈夫です。ほんっとうに大丈夫ですからっ!」
「ちょっと待っていろ、今、医者を呼んでくる――」

 俺が立ち上がろうとしたのと凛とした声が響いてきたのは、ほぼ同時だった。

「祐一郎さん、もういらしていたのね」

 入り口から優雅な足取りで歩み寄ってきたのは、中肉中背の年配女性。

 ブランドものだろう、ぜったい既製品ではありえない身体のラインにフィットした、ライト・ブラウンのアンサンブルを身にまとっている。身に着けている、指輪、ネックレスにイヤリングは、本物の宝石にしか出せない輝きを放っていた。

 一目で、セレブと分かる人種だ。

 本日の主役、谷田部志保子さんは、椅子に座る茉莉とその足元で片膝をついている俺を見て、少し驚いたように目を見張って言った。

「あら、何かトラブルでも?」
「すみません。連れが、足を痛めてしまったようで……」
「まあ、それはいけないわね。大丈夫、あなた?」
「あ、はい大丈夫です」

 大切な接待の場を自分のせいで台無しにはできないと思ったのか、茉莉は慌てて俺に小声で訴えてきた。

「大丈夫ですから。もうぜんぜん痛くないですから」

 だが、その表情を見れば、かなり痛むのは一目瞭然。俺は、後ろに控えている総支配人の後藤を手招きして呼んだ。

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