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第4章 ファーストキスは助手席で

64 シンデレラ・ナイト⑤

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「え? じゃない。しっかり歩かないと、このまま抱いていくぞ?」

――抱いてって。

「ええっ!?」

 満更冗談でもないような低い声音で耳元にささやかれ、慌てて後ろに飛び退くように、全身を包んでいた温もりから身体を引きはがす。

――なーぜ、耳元にささやく、この変態!?
 くすぐったいから、やめてよねっ!

 そう、言い放ってやりたい衝動を、ぐっとこらえて。

「あ、いや、大丈夫です。自分で歩けます、すみません。ありがとうございます」

 反撃をする暇を与えず早口でまくし立て、コメツキバッタの化身のようにペコペコと頭を下げる。

「なら、ちゃんと歩け」
「は、はいっ」

 チラリと、見るからに高価そうなシルバーの腕時計に視線を走らせ、社長はくるりと背を向け、すたすたと歩いて行ってしまう。私はがっくりと肩を落としながら、その後を小走りで追う。

 ああ、この絵面の、わびしさよ。
 なんだか正社員第一日目にして、サラリーマンの哀愁を垣間見てしまった気がする。

 どっと襲いくる疲労感に耐えながら、たどり着いたのは、一軒のお店。ブティック、それもたぶん高級な部類のセレクトショップ。展示されているハイセンスな洋服や服飾品の数々は、どれもこれも見るからに高価そうだ。

 社長令嬢とは名ばかりの一般庶民な生活を送っていた私には、いちばん縁遠いお店には違いない。

 社長の後に続き、一歩煌びやかな店内に足を踏み入れれば、そこにはすでに店員さんが一人、にこやかな満面の笑顔で待ち構えていた。

「不動様、いらっしゃいませ。ご連絡いただいたのは、こちらの方ですか?」

 スレンダーだけど、メリハリの効いたプローポーションを持った、大人の女性のオーラがしみ出したような店員さんは、一部の隙もなく整えられた顔を私に向ける。

――そういえば社長、車の中で、何やら電話で話していたっけ。

「ああ、そうだ」

 向けられる二対の視線に不穏な空気を感じて、思わずじりじりと、後ずさる。

――え、なに? 私のこと?

「急ですまないが、『これ』を、一時間以内になんとかしてくれないか?」

「お任せ下さいな。不動様のご依頼ですもの、きっちり纏めあげてごらんにいれますわ。不動様は、ソファーの方でコーヒーでもお飲みになっていてください」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 ウフフフと、店員さんは肉食の爬虫類めいた獰猛な笑みをその顔に浮かべて私を見た。蛇に睨まれたカエルのように、私は微動だにできなくなる。

――え、ちょっと、なに!?
 なんなのっ!?

 状況判断が追い付かずパ二クる私は、店員さんにがっしり腕を掴まれ、なされるがまま店の奥へと連行されていく。

 そして、そこで待ち受けていたのは想像だにしない、ある意味恐ろしい世界――。

「え、あ、きゃあっ!」

 着ていたスーツを、見る間に脱がされ。

「ちょっ、やめっ」

 目を回している隙にあられもない下着姿にされてしまった私は、貧弱な谷間を両手でガードしながら涙目で訴えた。

「なんなんですか、これは!?」


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