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第4章 ファーストキスは助手席で

63 シンデレラ・ナイト④

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 人間、やればできる。それは真理しんりだと思う。でも、慣れないことはするもんじゃない。これもまた、真理。

 まるで『仮免許練習中』のノリで、隣に鬼教官ならぬ鬼社長を乗せた、いたいけな新人社員の私は、運転を始めてからわずか三十分後、目的地の駐車場に車を滑り込ませた時には、緊張の連続で神経をすり減らしてヘロヘロの状態になっていた。

 救いなのは、駐車場がやたらと広くて空いていたこと。おかげで、『気持ちはもう命がけ』のバック駐車も、どうにか事なきを得た。

――ぶつけなかった。どこにも、ぶつけなかったぞ。

 自分の健闘をほめたたえ、ほっと、胸をなで下ろしたのもつかの間。

「時間がないから、急げ」

 と不動明王様にせかされて休む間もなく車から降りれば、それまでの過重労働に抗議するみたいに膝ががくがくと笑っている。数歩歩いて、耐え切れずに思わずボンネットに手をついてしまった。

「何をしている?」

 まごついている亀な私に痺れを切らしたのか、先に行こうとした社長が向きを変えて歩み寄ってくる。

「すみません、なんでもないです」

 慌てて歩き出そうとしたのがいけなかった。笑った膝は、抗議を聞き入れようとしない主を支えるのを放棄したらしい。

――え? っと思う間もなく、力の抜けた膝はがっくりと下に落ち、私の体は前方につんのめった。重力に引かれた体は、地面に向かって急加速しながら自由落下。

――ぎゃーーーっ!?

 悲鳴を上げる暇もなく、このままいけば、顔面から硬いアスファルトにダイビング――見るも無残な、人間大根おろし状態が一丁完成。のはずだったのに。

 落ちていく体は、地面にたたきつけられる寸前にぴたりと止まった。

「何をやっている?」

 至近距離で耳元に響いてきたため息交じりの低い声音に身体全体がピキリと固まり。鼻腔に届くほのかに甘い柑橘系の香りが、記憶中枢網の端っこに埋もれている『何か』を呼び起こそうとする。

――あれ、この香り……。
 前にも、嗅いだことがある?

 でも、それが何なのか思い出すことよりも、今、目の前に直面している自分を襲っているこの状況を理解することの方が先決だ。

 身体全体をすっぽり包むその束縛と温もりの正体を、まだショックから抜け切らない脳細胞でノロノロと分析する。

 腰に回されているのは、リーチの長い、力強い腕。
 街灯の薄明りでもわかる、目の前には、見覚えのあるダークグレーのスーツと濃紺のネクタイ。

「……え?」

――社長に、助けられた?

 というか、抱き留められた?


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