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第4章 ファーストキスは助手席で

60 シンデレラ・ナイト①

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 社長の本性を知り、一気に天国から地獄へと突き落とされたその翌日。いつもなら昼食は節約のために手作りのお弁当なんだけど、今日ばかりは特別だ。

 正式採用祝い。
 というよりは、やけ食いの色合いが大分濃い。

 大学の学食で、本日のおすすめメニューの和風ジャンボハンバーグ定食をぺろりと平らげた私は、美由紀に、たまりにたまったグチを聞いて貰っていた。

 とにかく、この胸の奥にわだかまり続けているモヤモヤーっとしたものを、誰かに分かって欲しい。じゃないと、ふくらみ過ぎた風船みたいに破裂しそうなんだもの。

 ようは、ストレス解消。
 優しい心の友の美由紀ちゃんは嫌な顔もせずに、むしろ楽しげに私の長い話に相槌あいづちをうってくれている。

「へえ。で、今夜は、お食事接待に、およばれなわけだ」
「およばれ……って言うのとはまた違うと思うけど」

『接待』かぁ。
 どんな感じなんだろう?
 やっぱり、お客様に『お酌』とかしたりするんだろうか?

 お座敷だと嫌だなぁ。
 正座でどのくらい座っていられるか、あまり自信がないし。

 ううう。憂鬱だーーー。

「でも、一緒に食事をするんでしょ?」
「うん、まあ、そうみたいだけど」

 スポンサーって言ってたから、大事なお客様だよね?

 ああ、気が重いなぁ。
 それにしても、どうして、お供が『私』なんだろう?

 ピカピカの新人社員の私を大切な接待の場に連れて行って、社長にどんなメリットがあるんだろう?

 疑問ばかりが浮かんでは消える。

「じゃあ、オシャレしていかないと、だね」
「え、面接のときに着たパンツスーツで行こうと思ってるんだけど、ダメかな? 社長もスーツでって言ってたし」
「うーーん。そうだねぇ」

 美由紀は腕組みして何やら考えを巡らせたあと、ニッコリと満面の笑顔で言った。

「接待だし、『地味ぃな』パンツスーツでいいと思うよ」
『地味ぃな』のイントネーションに、何かひっかかるものを感じたけど、美由紀も太鼓判を押してくれたことだし、よし。今日は、パンツスーツで出社することにしよう。

 そして、夕方四時。

「亀子さん、行って来るね!」

 リビングのサイドボードの上。九十センチ水槽の水の中でびろーんと手足を伸ばし、卍の形で眠っているミドリガメの亀子さんに声をかける。

 にょーんと顔を水面から出して、『はい、行ってらっしゃい~』と言うみたいに、私に視線を向けてくるそのしぐさに思わず頬の筋肉がへにゃりと緩む。

 本当、亀さんって、癒し系。
 よし、今日も、頑張るぞっ!

 亀子さんに見送られて、お気に入りのネイビーブルーのパンツスーツに身を包んだ私は、張り切って会社――、緑の稲穂の真ん中にそびえたつ、灰銀の巨塔。

 我が職場、ラブホテル・クロスポイントへと、張り切って向かった。

 ちなみに、父はこの時間はまだ会社にいて帰ってくるのは私より少し早いくらいの、たいていが日付が変わった午前一時頃。それでも朝はいつも通りに会社に行くのだから、睡眠時間は毎日三、四時間くらいしか取れない。

 私の睡眠時間も、似たようなものだけど、合間を見て仮眠を取れる私と違って働きづめの父の健康が、少し心配だ。唯一、顔を合わせるのは朝食の時。

『今が踏ん張り所だ。もう少しすれば、暇になるから』と、笑って言う父の顔には、はっきりと疲れの色が見て取れる。

――お父さん、あんまり、無理しないでね……。

 車を走らせながら、ふと脳裏をよぎった、父の一回り小さくなったように感じる後ろ姿に、そっと語りかけた。



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