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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (2)

57 なら俺も腹をくくろう

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 しかし、いくら使わないものだからと言っても、俺としては「はいそうですか」と受け取りにくい。

「じゃあ、商品代を払うから」と言えば、「貰いものだからタダなんです」とニッコリ一蹴されてしまった。

――あれでなかなか、頑固なところもあるんだよなぁ。

 気が弱いだけのYESマンはいらないから、有能な秘書が欲しい社長としては嬉しい発見ではあるが。

「あの――」

 一向に出てくる気配がない俺のことが気になったのか、おずおずと給湯室の中を覗き込んだ茉莉は、俺がコーヒーを入れているのを見て驚いたように目を丸める。

「あ、私がいれますよ?」

 俺の側まで歩み寄れば時すでに遅く、コーヒーメーカーは、ポコポコと湧き上がったお湯でドリップをし始めた。香ばしいコーヒーの良い匂いが、辺りに立ち込める。

「もう、準備終わっちゃいましたね。すみません気が付かなくて。後は私がやりますね」

 そう言って茉莉は、食器棚からコーヒーカップを一つ取り出しトレーの上に置く。俺が無言でそこに、もう一つカップを付け足せば、茉莉はトレーの上に乗った二つのコーヒーカップと俺の顔を見比べて、嬉しそうに表情を輝かせた。

「ありがとうございます。いただきますっ」

 いや、だから、ついでだって――
 まあ、いいか。

 茉莉の嬉しそうな笑顔を見ていたら、なんだか、自分に言い訳しているのが馬鹿らしくなってきた。

 俺は苦笑を浮かべて、ニコニコと機嫌が良くなった茉莉を伴い、コーヒーカップが二つ乗ったトレーをもって社長室に戻った。

 社長室の応接セットのソファーに向かいあって座ると、一カ月前の面接が、昨日のことのように思い出された。緊張のあまり、鼻血を吹いたことに気付かなかった茉莉の姿を思い出して、思わず口の端が上がる。

 最初は、単に「面白い奴」程度の認識だったのに。
 いつのまにか、するりと懐に入られてしまった。

 何事にも前向きで、一生懸命に取り組めるのは、社会人として得難い資質だ。できれば、秘書として一人前に育ててみたいという企業経営者としての欲がある。

 だがと、このままではマズイと、俺の冷静な部分が警鐘を鳴らす。

 美由紀から聞いたところによると、茉莉の夢は『絵本作家』になることだという。
 茉莉にとって俺のところで働くのは、生活するため、大学に通うため、ひいては自分の夢をかなえるための手段に過ぎない。

 それが分かっていて、そこまで、茉莉に要求してもいいのか?
 茉莉をつぶしてしまいやしないか?

 心の中の葛藤は見せずに、俺は微笑んで茉莉にコーヒーをすすめた。

「美味いかどうかは、分からないが」
「いただきます」

 向かい側にチョコンと座る茉莉に湯気の上がったコーヒーカップと、角砂糖とミルクを差し出せば、茉莉は香ばしい匂いをたっぷり堪能してから、ブラックのまま一口、口に含んだ。目を細めてニッコリ微笑むその顔には、『おいしい』と書いてある。

「おいしいです」

 茉莉の素直な賛辞の言葉に、俺は苦笑を浮かべた。

「無理しないで、砂糖入れたら? ミルクもあるし」
「私だってブラックコーヒーくらい飲めるんですよ。一応、二十歳を超えた大人なので」

 心外だな。そんな表情で、茉莉は心持ち口をとがらせる。

――やはり、俺は茉莉が欲しい。
 秘書としての篠原茉莉が欲しい。

 ならば、俺も腹をくくるしかない。

 まずは、一線を引いていた今までとは違う、素の俺を知ってもらおう。壁に隔てられたままでは分かり合えないし、信頼も得られない。そう決意した俺は、茉莉の言葉を鼻先で笑った。

「ふーん、大人ねぇ」

 不遜ともとれる声の響きに、コーヒーカップを持つ茉莉の手の動きが、ぴたりと止まる。

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