52 / 138
第3章 これが社長の本性ですか?
52 天国から地獄に落ちるとき
しおりを挟む今の社長の表情はあの時のものとよく似ていて、怒っているようにも見えるし、困っているようにも見える。
もしかしたら、その両方なのかな?
今の私にはまだ、その判別はつかないけど。
私が食器棚からコーヒーカップを一つ取り出しお盆の上に置くと、社長は無言でそこにもう一つカップを付け足した。
――こ、これは、一緒にコーヒーを飲もう、ってことだよね?
あ、もしかして。このコーヒー、自分が飲みたかったんじゃなくて、私に入れてくれるつもりだったのかな? それなのに私が用意し始めちゃったから、怒った……というより、困った?
思いがけず向けられた優しさに、胸の奥で、何かが熱を帯びる。
――やだ。どうしよう。
なんか、ものすごく嬉しいんですけど?
「あ、ありがとうございます。いただきますっ」
落とし終わったコーヒーは、社長自ら運んでくれた。やっぱりこのコーヒーは、私に入れてくれるつもりだったのだ。そう再認識して、思わずニヤニヤと頬が緩んでしまう。
社長室の応接セットのソファーに向かいあって座ると、一カ月前の面接のときのことが、昨日のことのように思い出された。
あの時はめちゃくちゃ緊張して、鼻血を吹いちゃったんだっけ。
恥ずかしい思い出にひたっていたら、「美味いかどうかは、分からないが」と、差し出された湯気の上がったコーヒーカップと、角砂糖とミルク。
せっかく社長自ら入れてくれたんだから、まず最初はブラックに挑戦してみようかな。
「いただきます!」
香ばしい匂いをたっぷり堪能してから、一口、口に含んでみる。
ほろ苦い中にも、ほのかな甘みが感じられた。
インスタントや缶コーヒーのブラックは苦味ばかりが舌に付いて苦手で飲めないんだけど、これは大丈夫。
――うん、美味しいや。
「美味しいです」
素直な賛辞の言葉を口にすれば、社長は口元に苦笑を浮かべた。
「無理しないで、砂糖入れたら? ミルクもあるし」
よほど、お子ちゃま舌に見えるのだろうか?
「私だってブラックコーヒーくらい飲めるんですよ。一応、二十歳を超えた大人なので」
心外だな。
そんな気持ちを込めて、心持ち口をとがらせて言うと、社長は面白そうに鼻先で笑った。
「ふーん、大人ねぇ」
――ふーん?
今までになかった初めての反応と砕けた口調。というより不遜とも取れるその口調と表情に、走る違和感。私のコーヒーカップを持つ手の動きがぴたりと止まる。
――なに、今の?
聞き違い……だよね?
金縛り状態で動きを止めたまま、ゆったりとコーヒーカップを口に運ぶ社長の動きを、呆然と目で追う。
優雅な所作でカチャリとコーヒーカップをテーブルに置いた社長は、ソファーに深く背を預け、つまり、ふんぞり返って長い手足を組むとニッコリと口の端を上げた。
不敵に微笑む銀縁メガネの奥の瞳が、射抜くように真っ直ぐ私を捉える。刹那、背筋に走る戦慄に息を飲む。
まるで、狩人が獲物に狙いを定めた瞬間のような緊張感が、その場に満ちた。
「社……長?」
「途中で逃げ出すかと思っていたが、一カ月持ちこたえたことは、ほめてやるよ」
「……はい?」
0
お気に入りに追加
664
あなたにおすすめの小説
【R-18】SとMのおとし合い
臣桜
恋愛
明治時代、東京の侯爵家の九条西家へ嫁いだ京都からの花嫁、大御門雅。
彼女を待っていたのは甘い新婚生活ではなく、恥辱の日々だった。
執事を前にした処女検査、使用人の前で夫に犯され、夫の前で使用人に犯され、そのような辱めを受けて尚、雅が宗一郎を思う理由は……。また、宗一郎が雅を憎む理由は……。
サドな宗一郎とマゾな雅の物語。
※ ムーンライトノベルズさまにも重複投稿しています
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
【R-18・連載版】部長と私の秘め事
臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里(うえむらあかり)は、酔い潰れていた所を上司の速見尊(はやみみこと)に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と尋ねワンナイトラブの関係になってしまう。
かと思えば出社後も部長は求めてきて、二人はただの上司と部下から本当の恋人になっていく。
だが二人の前には障害が立ちはだかり……。
※ 過去に投稿した短編の、連載版です
冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する
砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法
……先輩。
なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……!
グラスに盛られた「天使の媚薬」
それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。
果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。
確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。
※多少無理やり表現あります※多少……?
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!
めーぷる
恋愛
見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。
秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。
呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――
地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。
ちょっとだけ三角関係もあるかも?
・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。
・毎日11時に投稿予定です。
・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。
・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる