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第3章 これが社長の本性ですか?

52 天国から地獄に落ちるとき

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 今の社長の表情はあの時のものとよく似ていて、怒っているようにも見えるし、困っているようにも見える。

 もしかしたら、その両方なのかな?
 今の私にはまだ、その判別はつかないけど。

 私が食器棚からコーヒーカップを一つ取り出しお盆の上に置くと、社長は無言でそこにもう一つカップを付け足した。

――こ、これは、一緒にコーヒーを飲もう、ってことだよね?

 あ、もしかして。このコーヒー、自分が飲みたかったんじゃなくて、私に入れてくれるつもりだったのかな? それなのに私が用意し始めちゃったから、怒った……というより、困った?

 思いがけず向けられた優しさに、胸の奥で、何かが熱を帯びる。

――やだ。どうしよう。
 なんか、ものすごく嬉しいんですけど?

「あ、ありがとうございます。いただきますっ」

 落とし終わったコーヒーは、社長自ら運んでくれた。やっぱりこのコーヒーは、私に入れてくれるつもりだったのだ。そう再認識して、思わずニヤニヤと頬が緩んでしまう。

 社長室の応接セットのソファーに向かいあって座ると、一カ月前の面接のときのことが、昨日のことのように思い出された。

 あの時はめちゃくちゃ緊張して、鼻血を吹いちゃったんだっけ。
 恥ずかしい思い出にひたっていたら、「美味いかどうかは、分からないが」と、差し出された湯気の上がったコーヒーカップと、角砂糖とミルク。

 せっかく社長自ら入れてくれたんだから、まず最初はブラックに挑戦してみようかな。

「いただきます!」

 香ばしい匂いをたっぷり堪能してから、一口、口に含んでみる。
 ほろ苦い中にも、ほのかな甘みが感じられた。

 インスタントや缶コーヒーのブラックは苦味ばかりが舌に付いて苦手で飲めないんだけど、これは大丈夫。

――うん、美味しいや。

「美味しいです」

 素直な賛辞の言葉を口にすれば、社長は口元に苦笑を浮かべた。

「無理しないで、砂糖入れたら? ミルクもあるし」

 よほど、お子ちゃま舌に見えるのだろうか?

「私だってブラックコーヒーくらい飲めるんですよ。一応、二十歳を超えた大人なので」

 心外だな。
 そんな気持ちを込めて、心持ち口をとがらせて言うと、社長は面白そうに鼻先で笑った。

「ふーん、大人ねぇ」

――ふーん?

 今までになかった初めての反応と砕けた口調。というより不遜とも取れるその口調と表情に、走る違和感。私のコーヒーカップを持つ手の動きがぴたりと止まる。

――なに、今の?
 聞き違い……だよね?

 金縛り状態で動きを止めたまま、ゆったりとコーヒーカップを口に運ぶ社長の動きを、呆然と目で追う。

 優雅な所作でカチャリとコーヒーカップをテーブルに置いた社長は、ソファーに深く背を預け、つまり、ふんぞり返って長い手足を組むとニッコリと口の端を上げた。

 不敵に微笑む銀縁メガネの奥の瞳が、射抜くように真っ直ぐ私を捉える。刹那、背筋に走る戦慄に息を飲む。

 まるで、狩人が獲物に狙いを定めた瞬間のような緊張感が、その場に満ちた。

「社……長?」
「途中で逃げ出すかと思っていたが、一カ月持ちこたえたことは、ほめてやるよ」

「……はい?」


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