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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
41 バレてしまったものは仕方がない①
しおりを挟む一万円をじっと見つめて何やら考え込んでいた茉莉は、「あ、おつり、四百円ですよね。ちょっと待って下さい、今、出しますから」といって、肩にかけていたバッグをごそごそと探りだした。
何を考え込んでいるのかと思ったら、時給の計算をしていたらしい。
守と顔を見合わせ、俺は思わず苦笑をうかべる。
――なんともはや、律義というか馬鹿正直というか。
俺たちの反応に、茉莉は自分が計算間違いをしたと思ったのだろう、今度は指折り数えて計算をしだした。そのようすを見ていた守が耐えられないと言うように『プッ』と吹き出して、クスクスと笑いだした。
「それが、今日のアルバイト料ってこと。だから、おつりはいらないんだよ。ね、社長?」
「ああ」
守につられて口元が緩みそうになるのを必死で押さえて、俺は頷いた。
「え? そうなんですか!? あの、その、ありがとうございます……」
一万円入りの茶封筒を『ははーっ』と捧げ持ち、茉莉はペコリと頭をさげる。どうやらこれで、茉莉の長い面接日は無事に終わりを告げそうだ。
まあ、俺にとっては笑劇の面接日だったが。と今日の愉快な出来事に思いをはせていたら、茉莉のバッグの中で、スマホがいきなり鳴りだした。マナーモードの低い振動音が、急かすように鳴りひびく。
「あ、すみませんっ」
俺と守にペコリと頭を下げてスマホの画面に視線を走らせた茉莉は、表示されている文字を確認して、ぎょっとした表情をうかべる。
「あっ……」
――しまった。と、その顔には書いてあった。
「どうかしたの?」と、守が問えば、
「え、あの、父に連絡するのを、ついうっかり忘れちゃって……」と、茉莉は語尾を濁した。
今度は俺が『しまった』と思った。
成人しているとはいえ、茉莉はまだ二十歳になったばかりの女の子。深夜まで働いてもらうなら、家族への連絡を促しておくべきだった。これは、俺の配慮不足だ。
「え? 連絡してないの?」
守の問いに、茉莉は「はい」と引きつり笑いを浮かべながら、スマホを耳に当てる。次の瞬間。
『茉莉!? 大丈夫か!? 今どこにいるんだ!?』
漏れてきたのは、焦ったような男性の声。おそらく、茉莉の父親、篠原徳太郎さんだろう。
「あ、お父さん、大丈夫だよ。ゴメンね、連絡が遅くなって――」
『こんな時間まで連絡もなしで帰らないなんて、心配するだろう!?』
「うん。ゴメンね、実は……」
凄い剣幕でまくし立てる父親に、しどろもどろの説明を始めた茉莉の手から、俺はひょいとスマホを取り上げた。
これは、雇用主としての俺の責任だ。きっちりと、筋を通さなくては。
「社、社長?」
驚いている茉莉を視線で制して、俺は、コホンと一つ咳払いをしてから口を開いた。
「電話を代わりました、私、不動と申します」
『不動……さん?』
ああ、やっぱり、篠原徳太郎さん、『クマさんみたいなお隣のおじさん』の声だ。
訝しげな男性の声を聞いて、懐かしさがこみあげてくる。
「はい。不動祐一郎です。お久しぶりです、篠原さん」
思わぬ話の成り行きに、わけが分からず、茉莉は目を瞬かせている。
「十二年前まで隣に住んでいた、不動咲子の息子です。私のことを、覚えておられますか?」
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