上 下
41 / 138
幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)

41 バレてしまったものは仕方がない①

しおりを挟む

 一万円をじっと見つめて何やら考え込んでいた茉莉は、「あ、おつり、四百円ですよね。ちょっと待って下さい、今、出しますから」といって、肩にかけていたバッグをごそごそと探りだした。

 何を考え込んでいるのかと思ったら、時給の計算をしていたらしい。
 守と顔を見合わせ、俺は思わず苦笑をうかべる。

――なんともはや、律義というか馬鹿正直というか。

 俺たちの反応に、茉莉は自分が計算間違いをしたと思ったのだろう、今度は指折り数えて計算をしだした。そのようすを見ていた守が耐えられないと言うように『プッ』と吹き出して、クスクスと笑いだした。

「それが、今日のアルバイト料ってこと。だから、おつりはいらないんだよ。ね、社長?」
「ああ」

 守につられて口元が緩みそうになるのを必死で押さえて、俺は頷いた。

「え? そうなんですか!? あの、その、ありがとうございます……」

 一万円入りの茶封筒を『ははーっ』と捧げ持ち、茉莉はペコリと頭をさげる。どうやらこれで、茉莉の長い面接日は無事に終わりを告げそうだ。

 まあ、俺にとっては笑劇の面接日だったが。と今日の愉快な出来事に思いをはせていたら、茉莉のバッグの中で、スマホがいきなり鳴りだした。マナーモードの低い振動音が、急かすように鳴りひびく。

「あ、すみませんっ」

 俺と守にペコリと頭を下げてスマホの画面に視線を走らせた茉莉は、表示されている文字を確認して、ぎょっとした表情をうかべる。

「あっ……」

――しまった。と、その顔には書いてあった。

「どうかしたの?」と、守が問えば、
「え、あの、父に連絡するのを、ついうっかり忘れちゃって……」と、茉莉は語尾を濁した。

 今度は俺が『しまった』と思った。
 成人しているとはいえ、茉莉はまだ二十歳になったばかりの女の子。深夜まで働いてもらうなら、家族への連絡を促しておくべきだった。これは、俺の配慮不足だ。

「え? 連絡してないの?」

 守の問いに、茉莉は「はい」と引きつり笑いを浮かべながら、スマホを耳に当てる。次の瞬間。

『茉莉!? 大丈夫か!? 今どこにいるんだ!?』

 漏れてきたのは、焦ったような男性の声。おそらく、茉莉の父親、篠原徳太郎さんだろう。

「あ、お父さん、大丈夫だよ。ゴメンね、連絡が遅くなって――」
『こんな時間まで連絡もなしで帰らないなんて、心配するだろう!?』
「うん。ゴメンね、実は……」

 凄い剣幕でまくし立てる父親に、しどろもどろの説明を始めた茉莉の手から、俺はひょいとスマホを取り上げた。

 これは、雇用主としての俺の責任だ。きっちりと、筋を通さなくては。

「社、社長?」

 驚いている茉莉を視線で制して、俺は、コホンと一つ咳払いをしてから口を開いた。

「電話を代わりました、私、不動と申します」
『不動……さん?』

 ああ、やっぱり、篠原徳太郎さん、『クマさんみたいなお隣のおじさん』の声だ。
 訝しげな男性の声を聞いて、懐かしさがこみあげてくる。

「はい。不動祐一郎です。お久しぶりです、篠原さん」

 思わぬ話の成り行きに、わけが分からず、茉莉は目を瞬かせている。

「十二年前まで隣に住んでいた、不動咲子の息子です。私のことを、覚えておられますか?」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】SとMのおとし合い

臣桜
恋愛
明治時代、東京の侯爵家の九条西家へ嫁いだ京都からの花嫁、大御門雅。 彼女を待っていたのは甘い新婚生活ではなく、恥辱の日々だった。 執事を前にした処女検査、使用人の前で夫に犯され、夫の前で使用人に犯され、そのような辱めを受けて尚、雅が宗一郎を思う理由は……。また、宗一郎が雅を憎む理由は……。 サドな宗一郎とマゾな雅の物語。 ※ ムーンライトノベルズさまにも重複投稿しています ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里(うえむらあかり)は、酔い潰れていた所を上司の速見尊(はやみみこと)に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と尋ねワンナイトラブの関係になってしまう。 かと思えば出社後も部長は求めてきて、二人はただの上司と部下から本当の恋人になっていく。 だが二人の前には障害が立ちはだかり……。 ※ 過去に投稿した短編の、連載版です

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

冷徹秘書は生贄の恋人を溺愛する

砂原雑音
恋愛
旧題:正しい媚薬の使用法 ……先輩。 なんて人に、なんてものを盛ってくれたんですか……! グラスに盛られた「天使の媚薬」 それを綺麗に飲み干したのは、わが社で「悪魔」と呼ばれる超エリートの社長秘書。 果たして悪魔に媚薬は効果があるのか。 確かめる前に逃げ出そうとしたら、がっつり捕まり。気づいたら、悪魔の微笑が私を見下ろしていたのでした。 ※多少無理やり表現あります※多少……?

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

【R18】まさか私が? 三人で! ~社内のイケメンが変態だった件について~

成子
恋愛
長身でスタイル抜群の倉田 涼音(くらた すずね)は今年で三十一歳。下着会社の企画部に勤めていて今は一番仕事が楽しい時期だった。仕事一辺倒の毎日で、彼氏といった男性の姿は特になく過ごす毎日。しかし、涼音が慰安旅行で社内の一位、二位を争う男性と関係を持ってしまう。しかも二人と同時に。そして、この二人の正体はとんでもない男だった。 ※複数で絡む話です。ご注意ください。 ※ムーンライトノベルズに掲載しているものの転載です

処理中です...