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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)
38 面白過ぎるにもほどがある④
しおりを挟む茉莉は、自分の惨状に気づく気配もなく、言葉に詰まっている俺を不思議そうに見つめている。さすがにここで噴き出したら気の毒だ。そうは思うが、面白すぎて肩がどうしても小刻みに揺れてしまう。
俺は、咳払いをするような仕草で軽く握った右手でニヤけてしまう口元を隠しながら、席を立った。そのまま壁際のデスクのところにあるティッシュボックスを取ってきて、無言で茉莉の前のテーブルの上に置く。
「は? あの……?」
この期に及んで鼻血に気づかない茉莉は、小動物めいたしぐさで小首をかしげる。そのしぐさが笑いのツボにめり込んだ俺は、とうとう噴き出してしまった。
腹筋の痛みに耐えながら「それ、使っていいから」と、ティッシュボックスを指さす。だが、茉莉は理解できないように、ティッシュボックスと俺の顔を交互に見比べる。もちろん、鼻血をたらりと垂らしたままで。
俺は、懸命に笑いをこらえて、再び指をさした。今度は、テーブルの上のティッシュボックスではなく、茉莉の顔を。そして、語尾を震わせ、ボソリと一言事実を告げる。
「鼻血、出てるよ」
数瞬後、俺の言葉の意味が脳細胞に達したのか、茉莉はぎょっとして鼻の下を両手で覆い隠した。
茉莉はこわごわ両手を広げると、てのひらに着いたであろう鼻血を見て「げげっ!?」という表情を浮かべる。
「早く拭いた方がいいと思うけど?」
「あ、は、はひ、あひがとうごはいまふっ!」
完熟したトマトのように顔を真っ赤に染めた茉莉は、音速のごとくの速さでティッシュペーパーを箱から抜き取り、ティッシュを四つに畳んで鼻の下をぎゅっと押さえた。
いえ、こちらこそ、楽しませてくれてありがとう。
とは、さすがに言えない。
――いや、ほんと、久々に楽しい時間だった。
笑いの波をどうにか乗り切った俺は表情筋を引き締めて、ビジネスモードで面接を切り上げるべく口を開く。
「じゃあ、そう言うことで、月曜からお願いします。何か質問はありますか?」
「あ、はひ。特にないれす」
「では、これで……」
そう言って俺がソファーから立ち上がりかけたとき、デスクの上にある電話が鳴った。外線ではなくて、内線の『プープー』という呼び出し音だ。
「ちょっと、失礼」
『面接中すみません、佐藤です』
席を立って受話器を耳に当てれば、相手はコンビニからホテルの方に出勤してきた守だった。
『実は、今日のルームメイクのローテーションに入っている森田さんから「すみませんが事情により三、四時間遅刻します」……って、俺のスマホにメールが入ってました』
森田和夫は、一年ほど前から夜勤ルームメイクで働いてもらっているパートタイマーの中年男性だ。
昼間は普通のサラリーマンで、週三日だけパートで働いているのだが、昼間の仕事の関係で遅刻してきたり突然休んだりということが時々あった。要領が良く仕事もできるが、出勤日を減らすなり出勤時間をずらすなりして少し対策を考えないとだめだな。
『本当に遅刻しても出勤すればいいですが、森田さんの場合、なんとも言えないところがありますから。もし、今回欠勤になった場合、これはいよいよ厳しい対応をしないといけない段階ですね』
守も俺と似たような感想を漏らして、受話器の向こうでため息をはく。
「用件はわかった。事務所の方に行くからお前も顔を出してくれ」
『了解でーす』
ともかく、数時間、最悪午前二時までのピンチヒッターが必要だ。
電話を切ってちらりと茉莉の方に視線を走らせれば、ばっちり目があった茉莉は、びくりとソファの上で身をこわばらせた。
――この際、使えるものは使わせてもらうとしよう。
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