上 下
38 / 138
幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)

38 面白過ぎるにもほどがある④

しおりを挟む

 茉莉は、自分の惨状に気づく気配もなく、言葉に詰まっている俺を不思議そうに見つめている。さすがにここで噴き出したら気の毒だ。そうは思うが、面白すぎて肩がどうしても小刻みに揺れてしまう。

 俺は、咳払いをするような仕草で軽く握った右手でニヤけてしまう口元を隠しながら、席を立った。そのまま壁際のデスクのところにあるティッシュボックスを取ってきて、無言で茉莉の前のテーブルの上に置く。

「は? あの……?」

 この期に及んで鼻血に気づかない茉莉は、小動物めいたしぐさで小首をかしげる。そのしぐさが笑いのツボにめり込んだ俺は、とうとう噴き出してしまった。

 腹筋の痛みに耐えながら「それ、使っていいから」と、ティッシュボックスを指さす。だが、茉莉は理解できないように、ティッシュボックスと俺の顔を交互に見比べる。もちろん、鼻血をたらりと垂らしたままで。

 俺は、懸命に笑いをこらえて、再び指をさした。今度は、テーブルの上のティッシュボックスではなく、茉莉の顔を。そして、語尾を震わせ、ボソリと一言事実を告げる。

「鼻血、出てるよ」

 数瞬後、俺の言葉の意味が脳細胞に達したのか、茉莉はぎょっとして鼻の下を両手で覆い隠した。

 茉莉はこわごわ両手を広げると、てのひらに着いたであろう鼻血を見て「げげっ!?」という表情を浮かべる。

「早く拭いた方がいいと思うけど?」
「あ、は、はひ、あひがとうごはいまふっ!」

 完熟したトマトのように顔を真っ赤に染めた茉莉は、音速のごとくの速さでティッシュペーパーを箱から抜き取り、ティッシュを四つに畳んで鼻の下をぎゅっと押さえた。

 いえ、こちらこそ、楽しませてくれてありがとう。
 とは、さすがに言えない。

――いや、ほんと、久々に楽しい時間だった。

 笑いの波をどうにか乗り切った俺は表情筋を引き締めて、ビジネスモードで面接を切り上げるべく口を開く。

「じゃあ、そう言うことで、月曜からお願いします。何か質問はありますか?」
「あ、はひ。特にないれす」
「では、これで……」

 そう言って俺がソファーから立ち上がりかけたとき、デスクの上にある電話が鳴った。外線ではなくて、内線の『プープー』という呼び出し音だ。

「ちょっと、失礼」
『面接中すみません、佐藤です』

 席を立って受話器を耳に当てれば、相手はコンビニからホテルの方に出勤してきた守だった。

『実は、今日のルームメイクのローテーションに入っている森田さんから「すみませんが事情により三、四時間遅刻します」……って、俺のスマホにメールが入ってました』

 森田和夫は、一年ほど前から夜勤ルームメイクで働いてもらっているパートタイマーの中年男性だ。

 昼間は普通のサラリーマンで、週三日だけパートで働いているのだが、昼間の仕事の関係で遅刻してきたり突然休んだりということが時々あった。要領が良く仕事もできるが、出勤日を減らすなり出勤時間をずらすなりして少し対策を考えないとだめだな。

『本当に遅刻しても出勤すればいいですが、森田さんの場合、なんとも言えないところがありますから。もし、今回欠勤になった場合、これはいよいよ厳しい対応をしないといけない段階ですね』

 守も俺と似たような感想を漏らして、受話器の向こうでため息をはく。

「用件はわかった。事務所の方に行くからお前も顔を出してくれ」
『了解でーす』

 ともかく、数時間、最悪午前二時までのピンチヒッターが必要だ。

 電話を切ってちらりと茉莉の方に視線を走らせれば、ばっちり目があった茉莉は、びくりとソファの上で身をこわばらせた。

――この際、使えるものは使わせてもらうとしよう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18】【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました

臣桜
恋愛
札幌の飲食店でマネージャーをしていた赤松香澄(あかまつかすみ)は、バニーガールの格好をするよう強要されセクハラを受けていた時、ファッションブランドChief Every(チーフ・エブリィ)の社長で、世界長者番付にも載る億万長者。テレビなどメディアにも出る有名人の御劔佑(みつるぎたすく)に助けられた。それだけでなく、御劔の会社で秘書として働くようスカウトされてしまう。熱心に口説いてくる佑に、香澄は心を動かされ、彼と共に東京に向かう事を決意した。東京での秘書生活を経て、佑とも心を通わせ婚約し、お互いの両親とも挨拶をする。いざ彼の母方の実家であるドイツに向かうとそこで香澄に災いが降りかかり――? 佑の従兄である奔放な双子・アロイスとクラウスにも振り回される日々。帰国したかと思えば会社内でのいびりがあり、落ち着いたかと思えばまた新たなトラブルに巻き込まれて――? いちゃいちゃしながら世界を回りつつ、ヒロインの香澄が色んなトラブルに遭い、二人で乗り越えてゆく大長編です。 ※ 未熟な挿絵もついております。 ※ ムーンライトノベルス様、エブリスタ様にも投稿させて頂いております。 ※ ラブシーン(程度の強弱はありますが、こちらで甘い雰囲気と判断した箇所)には☆を、挿絵のついている回には※をつけています。香澄が少し可哀想な目に遭う回は、★をつけます。 ※ 表紙はニジジャーニーを使用しました。

【R-18・連載版】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里(うえむらあかり)は、酔い潰れていた所を上司の速見尊(はやみみこと)に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と尋ねワンナイトラブの関係になってしまう。 かと思えば出社後も部長は求めてきて、二人はただの上司と部下から本当の恋人になっていく。 だが二人の前には障害が立ちはだかり……。 ※ 過去に投稿した短編の、連載版です

冷酷社長に甘く優しい糖分を。

氷萌
恋愛
センター街に位置する高層オフィスビル。 【リーベンビルズ】 そこは 一般庶民にはわからない 高級クラスの人々が生活する、まさに異世界。 リーベンビルズ経営:冷酷社長 【柴永 サクマ】‐Sakuma Shibanaga- 「やるなら文句・質問は受け付けない。  イヤなら今すぐ辞めろ」 × 社長アシスタント兼雑用 【木瀬 イトカ】-Itoka Kise- 「やります!黙ってやりますよ!  やりゃぁいいんでしょッ」 様々な出来事が起こる毎日に 飛び込んだ彼女に待ち受けるものは 夢か現実か…地獄なのか。

【本編完結】【R-18】逃れられない淫らな三角関係~美形兄弟に溺愛されています~

臣桜
恋愛
ムシャクシャしてハプニングバーに行った折原優美は、そこで部下の岬慎也に遭遇した。自分の願望を暴かれ、なしくずし的に部下と致してしまう。その後、慎也に付き合ってほしいと言われるが、彼の家でエッチしている真っ最中に、正樹という男性が現れる。正樹は慎也と同居している兄だった。――「俺たちのものになってよ」 ※ムーンライトノベルズ、エブリスタにも転載しています ※不定期で番外編を投稿します ※表紙はニジジャーニーで生成しました

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18?】あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜

鷹槻れん
恋愛
ノックもなしにドアが開いて、全裸の男が入ってきた。そんな出だしから始まるちょっぴり不思議なドタバタなオフィスものラブコメ♥ --------------------- 荒木 羽理(あらき うり)/25歳は青果専門に扱う商社『土恵商事(つちけいしょうじ)』の経理課で働くTL小説の執筆が趣味の、猫好きなOL。 屋久蓑 大葉(やくみの たいよう)/36歳は、羽理には直接関わりのない雲の上の総務部長。 ある夏の日の夕方。 羽理は仕事帰り、家の近所の神社で催されていた夏祭りで、たまたま見付けた可愛い猫のお守りに一目惚れ。 「あなたに良縁結びますニャ!」と書かれたパッケージを見て、軽い気持ちで「お願いしますニャ!」と願掛けしたのだけれど――。 ※ちょっぴり不思議な現代モノオフィスラブ!? ※BL的な雰囲気がちらほら。 ※レーティングはお守り程度です。 (執筆期間:2022/06/25〜) --------------------- ○表紙絵は市瀬雪ちゃん(https://x.com/yukiyukisnow7?s=21&t=QMTHZgxLmWb6bE3RZSSmJA)に依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします) ○公開後に加筆修正する場合がございます。 ○素人が趣味で書いている無料小説です。ヒーローとヒロインにはそれなりに思い入れがあります。どうか優しい気持ちで見守ってやって下さい♥ ---------------------

【R18・完】お嬢様は“いけないコト”がしたい

Bu-cha
恋愛
「“いけないコト”がしたい。 私、ずっと“いけないコト”がしたかった。」 「俺が何処までも、何にでも付き合います、お嬢様。」 昔も今もこれからも、お嬢様は“いけないコト”がしたい・・・。 31歳の誕生日の夜、財閥の分家の女として育てられてきたお嬢様は7歳も年下の男の子と会った。 高級なスーツにブランド物の腕時計をし、お洒落な髪の毛をしている24歳の年になる男の子と。 『清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!』連載中 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 その他の関連物語 『朝1番に福と富と寿を起こして』 ベリーズカフェさんにて恋愛ランキング最高21位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 ※表紙イラスト Bu-cha作

恋煩いの幸せレシピ ~社長と秘密の恋始めます~

神原オホカミ【書籍発売中】
恋愛
会社に内緒でダブルワークをしている芽生は、アルバイト先の居酒屋で自身が勤める会社の社長に遭遇。 一般社員の顔なんて覚えていないはずと思っていたのが間違いで、気が付けば、クビの代わりに週末に家政婦の仕事をすることに!? 美味しいご飯と家族と仕事と夢。 能天気色気無し女子が、横暴な俺様社長と繰り広げる、お料理恋愛ラブコメ。 ※注意※ 2020年執筆作品 ◆表紙画像は簡単表紙メーカー様で作成しています。 ◆無断転写や内容の模倣はご遠慮ください。 ◆大変申し訳ありませんが不定期更新です。また、予告なく非公開にすることがあります。 ◆文章をAI学習に使うことは絶対にしないでください。 ◆カクヨムさん/エブリスタさん/なろうさんでも掲載してます。

処理中です...