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幕 間 社長・不動祐一郎の独り言 (1)

34 俺はロリコンでも光源氏でもない②

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『茉莉が社員で働けるところを探しているから、兄さんのところで面接してもらえないかなと思って』
「社員って、大学はどうするんだ?」

 茉莉は美由紀と同じ美大の三年になったばかりで、あと二年の在学期間があるはずだ。大学に通う経済的な余力がないってことか?

『できれば続けたいようだけど、経済的に難しいみたい。それにいずれ家も出なくちゃいけないみたいで……』
「それで、自分で金を稼ごうって結論に至ったわけか」
『うん、そういうこと。仕事に生きるんだ! って、がぜん張り切ってたわ』

 思い出したように、美由紀は小さくクスリと笑う。

「しかし、日本でも屈指の規模を誇っていた運送会社の社長令嬢とも思えないたくましさだな」

 ピンチに落ち込むのではなく、それを跳ねのける茉莉の打たれ強さを感じて、思わず口の端があがる。俺の記憶にある篠原茉莉は八歳のあどけない少女のままだが、現在の茉莉はかなりたくましく成長したようだ。

『ふふふ。美しく成長した紫の上を愛でられるチャンスよ、光源氏さま』

 からかいモードに突入した美由紀は、愉快気にクスクスと笑いだした。

 以前、『十代のころは、お隣の篠原さんちの茉莉ちゃんに癒されていた』とうっかり口を滑らせてから、美由紀は茉莉の話を聞かせてくるたびに『ロリコン兄貴』だの『光源氏』だのいってからかってくる。

 言っておくが、俺はロリコンではないし、光源氏のように少女を自分好みの女に育てる危ない趣味もない。

『で、面接はしてくれるんでしょ?』
「面接ならいくらでもしてやるが、雇ってくれとは言わないんだな」

 あくまでも面接であって雇用の確約ではない。面接の結果、不採用という可能性だってじゅうぶんあるのだ。

『言えば、無条件で雇ってくれるの? 実力主義で縁故とか大嫌いな兄さんが、相手の適正も見ずにボランティア精神を発揮しちゃう?』
「無条件では雇わない。そんなの雇う側も雇われる側も不幸な結果を招くだけだろう」

 問題は、それだけじゃない。

「第一、うちの仕事場は『ラブホテル』だ。雇うとなれば、ルームメイクかフロントをやってもらうことになるだろう。どちらにせよ二十歳の女の子が喜ぶような職種じゃないが、その辺は大丈夫なのか?」

 俺の質問に、美由紀は『あー、それねぇ』と、喉の奥で含み笑いをしてから愉快そうに言葉を続ける。

『職種、仕事内容もろもろは聞かないで面接に行くそうです、茉莉ちゃんは』
「は……?」

 なんだそれ。
 就職を希望する企業の職種や仕事内容を知らないで、どうやって面接時の質問に答えるつもりなんだ?

『一応、大人のお仕事だよって教えておいたから、よろしくお願いいたします。それと社長が兄貴だとは言ってないから、私のことは気にしないで心おきなく面接してね』

 仕事は仕事。友人の兄だからと甘えられても困るから、それは助かるが。クスクス笑いが止まらない美由紀の言葉に、一つ小さくため息をこぼす。

「わかった。日程は、スケジュールを調整して明日にでもお前に連絡する。それと、これは別件なんだが、昨日かおるとの正式な離婚が成立した」
『……ふーん』
「ふーんって、その反応はひどくないか? 仕事に妻を取られた傷心の兄に対して、もっと優しい労りの言葉とかあるだろう」
『だって、そもそも期間限定の偽装結婚でしょ?』

 思いもよらない美由紀の核心を突いた言葉に、思わずうっと息をのむ。

 なんで、お前がソレを知っている?

 美由紀の言う通り薫との結婚は、親父がお膳立てしたがっていた政略結婚をかわすための方便だった。つまりが、一年契約の偽装結婚というやつだ。

 薫の方も俺と似たような境遇で、親からの見合い攻撃が煩わしくて俺に「いっそ、偽装結婚でもしちゃわない?」と提案してきたのだ。

 まあ偽装とは言っても、もともと気心が知れた友人関係でお互い嫌いなわけじゃなかったから、まったく何もなかったとは言わないが。

「薫に聞いたんだな?」
『ご名答ー』
「なんだお前ら、そんなに仲が良かったのか?」
『まあね。風邪ひいたときとか、ただでなんども診てもらっちゃいました』

 女のネットワーク、おそるべし。男の知らないところで、どんな情報網が張り巡らされているんだか。

『そっか、正式に離婚したんなら心おきなく光源氏できるね、がんばれ兄貴ー!』

 何を頑張れというんだ。

 かわいい妹から生暖かいエールを送られた俺は、そっとスマホの通話終了ボタンを押したのだった。

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