ワケあり上司の愛し方～運命の恋をもう一度～【完結】番外編更新中

１８９【最愛㉘】

　東悟が教えてくれた所によると、私が寝落ちしたあの後、母の質問攻撃にあったそうで。

『どういうお付き合いをしているんですか？』と言う母の問いに、東悟が『明日にでも結婚を申し込むつもりです』と答えたら、母は、『こんなのでいいんですか？　返品はききませんよ？』と、今の私とまったく同じ言い回しをしたのだとか。

　それが、東悟の笑いのツボをピンポイント攻撃してしまったみたいだ。

　まさか一言一句違わない言い回しをするなんて、我ながら感心する。変な所で母娘おやこの絆を再確認してしまった。不肖の娘としては、かなり複雑だけど。

「色々片付いたら、正式に挨拶に行かなきゃな」

　酷く優しい声音で、東悟が言う。

　ふと、『正式に挨拶をしている未来図』を想像してみてこれはヤバいと思った。

　十中八九、私は泣く。

　今、ちらりと想像してみただけで、すでに熱いものがこみ上げて来るのに、実際その場になったら、きっと感激のあまり泣いてしまうだろう。

　楚楚と、可愛らしい泣き方ができればいいけど、悲しいかな、涙がでれば自然と鼻水も出るもので。

　涙と鼻水でグシャグシャになった自分の顔しか浮かばない。

――うん。避けて通れるものなら、避けたいイベントだ。

「……もう挨拶しちゃったんだから、いいんじゃないかなぁ。ほら、私の実家、かなり遠いし」

　そうそう。
　改めて報告するのも、なんとなく恥ずかしいし。
　内心、そう自分に言い訳をしていると、ニッコリと満面の笑顔で却下されてしまった。

「それはそれ、これはこれ。やっぱりこういうことは、きっちりケジメをつけないと。きちんと正座して『お嬢さんを私に下さい』ってやつを決めなきゃだろ？」

「……」

　あはははと、浮かべた笑いが若干引きつる。
　どうやら、イベントの一つは予定確定らしい。

　その前に、目前に迫っている、もう一つの一大イベントがある。

『未来のオシュウトメさんと初顔合わせ』

　私的には、こっちの方が重大だ。

「んー……」と、私の肩口に額をつけたまま、悩まし気に東悟が声をあげる。

「ん？」
「ガマンするつもりだったけど、可愛いからやっぱりだめ。ゴメン梓……」

　何だろうと小首をかしげれば、耳元にごく甘のささやきが落される。

「フルコースで、いだだきます」

　――えっ！？

「……ふっ！？」

　言葉に反応する暇もあらばこそ。

　口づけられたかと思えば、驚きでわずかに開いた唇から情熱を宿した舌が差し込まれ、縮こまる自分のそれが強引にからめとられてしまった。

　逃げれば追われさらに深く絡まり合う。その激しさに思考が持って行かれそうになる。
　
「ん……ふぅっ……」

　自分のものとは思えない、甘い声が鼻から抜けていく。

　舌先が甘くしびれて、どこからが自分のものかもわからない――。

　ポロリと一筋、涙が頬を伝って零れ落ちる。

　それは、幸せの甘い涙。

　東悟を想って流した、たくさんの苦くて切ない涙は、もう流れない。

　私は、押し寄せてくる甘美な幸福感に包まれながら、両腕を愛おしい人のその広い背中にしっかりと回した。