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134【計略㉓】

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「言っておきますが、何をしても、私はあなたの思い通りには動きませんから」
「別にかまわないさ。君が動かずとも、あいつが動くだろうから」
「な……?」
「惚れた女が辱めを受けたなどと、あいつは死んでも絶対公表できまい。恐らく、どんな条件でものむはずだ」

――そんな、バカなこと、あるわけない。

 私は、ただ、あの人のために何かしたくて。
 少しでもいいから、力になりたくて。

 なのに。

「例えば、谷田部の後継者の座から、自ら退しりぞく――とかね」

――ああ……。

 自分の推理の正しさを知ったところで、喜びなど欠片も湧くわけもなく。こみ上げる悔しさと不甲斐無さで、涙がにじんだ。

 でも泣くものか。
 絶対、泣いたりしない。

――隙を見て逃げてやる。

 あの人の足かせにだけは、なりたくない。
 力で敵わないなら、知恵を回せ、梓。

 ギリギリのところで自分を叱咤しったして、私は全身の力を抜いた。それこそ頭の天辺から足の先まで。ガクリと、膝が下に落ちる。

「おおっと、危ない」

 そのまま、私を放り出すなり諸共倒れるなりしてくれればいいものを。

「ケガなどされたら、こちらに不利だからね。気を付けてくれよ」

 クスクスクスと私の魂胆など見透かしたように笑いながら、期待に反して敵は、私を抱き込んで軽々と抱え上げた。いわゆる『姫だっこ』状態だ。

 完全に墓穴を掘った。これでは、向うずねを蹴飛ばすこともできやしない。でもその代わり、利き手の右腕がフリーになった。

 チャンス、到来。
 すかさず、へばりついていた体を押し退け、引きはがしにかかる。

「くっ……うっ」

 じたばた必死にもがくけれど、小憎らしいことに、びくともしやしない。

「では、希望を聞こうか。時間が惜しいからソファーの上? それとも、広々ベットの上? どちらがいい?」

――なんだ、その二択は?
 この、セクハラ親父っ!

 気力を奮い立たせて睨み上げ、声を発する。

「……今すぐ、ここに、降ろして下さい」
「ほう、床か……。そういうのが、好みかね?」

 好みなわけあるかっ!

「降ろしてくれないなら、大声出しますよ?」
「遠慮しないで、出してみるといい」
「ひゃっ!?」

 言いざま、ソファーの上に放り投げるように降ろされ、そのまま押し倒される。抵抗する隙も与えられず、身体全体で、がっしりと抑え込まれてしまった。

「あっ!?」

 っと言う間にメガネを外されて、ど近眼の私は視界がぼやける。これでは、反撃するにも逃げるにも不利だ。

――ひっ、卑怯者っ!
 メガネまで取ることないじゃないっ!

「言っておくが、このフロアには二部屋のぺントハウスしかないから、一般客は出入りしない。その上、お向いさんはあいにく今日は留守でね」

 くっくっと、男は、喉の奥で勝ち誇ったように笑う。

「そもそも、防音対策は万全だから、部屋の外には音漏れはしない設計だ。それでもかまわないなら、思うぞんぶん、叫んでみるといい」
「!?」

 ぬるりと、喉元に湿気を含んだ生温かいモノが這う感触が走り、思わずのけ反った。

「やめ……っ」

 続けて同じ場所に、湿った熱とチクリと刺すような痛みが走る。

――キス……マークを、付けられ……た?

 まるで所有印を刻み込むみたいに、喉元から胸元へ、何度も痛みが走るたびにカッと頭に血が上っていく。

――気持ち悪い。
 悔しい。

 なのに、私は動けない。

 逃げ出したいのにソファーの隅に抑え込まれ、四方八方逃げ場を封じられて、体がどうにも動かない。

「君が私の手に落ちたと知った時の、あいつの顔が見ものだな」

 男はわらう。
 獲物をほふる、蛇のように。

――課……長。
 谷田部課長――。

 私にだけ向けられる優しい笑みが、絶望の色に浸食された脳裏をよぎる。

――だめ。だめだ。

 あきらめたら、本当に、そこで終わってしまう。


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