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128【計略⑰】
しおりを挟むお金で、人の価値が決まるとは思わない。
でもやっぱり、住む世界が違いすぎると、そう思ってしまう。
「……高橋さん?」
「え、あ……」
――なんだっけ?
何か、質問されてた気がするけど。
「はい?」
小首を傾げて十五度。
かなり、間抜けな顔をしていたに、違いない。
ククッっと、喉の奥を鳴らしたかと思えば、彼はそのままこらえ切れないように笑い出した。
「君は、実に面白い女だな。仕事ができるキャリア・ウーマンなのかと思えば、まるで、十代の少女のような、素直な反応をしてみせる」
よほど、ドストライクで笑いのツボに入ったらしい。言葉の端々が、笑いの余波で震えている。
――しまった。
つい、素が出てしまった。
――えーーと。
「ヤタベグループなら、知っています、はい」
なるべく表情に気持ちが出ないように気を付けて、聞かれたことにだけ端的に答えれば、
「良かった。それは、話が早い」と含み笑いで皮肉が飛んでくる。
――くやしい。
なんだか、心の中をぜんぶ見透かされている気分だ。まるで、その手のひらの中でゆらゆらと揺らされ、後は飲み下されるのを待っているだけの、ワイングラスの中味みたいに。
コクリ、と、また一口ワインを美味しそうに口に含み、彼は話しの続きを始めた。
「叔父、谷田部総次郎には、亡くなった兄の他に四人の妹と一人の弟がいてね、その弟というのが妾腹だった」
――妾腹?
お妾さんの子供の、妾腹?
そういえば、以前、課長に、からかわれたことがあったっけ。
うちの会社の社長と課長との間に漂う微妙な空気を感じて、個人的な知り合いなのか尋ねたときだ。あの時、課長は『妾腹の息子なんだ』と真面目腐った表情で言った。すぐに、冗談だと、ただの父親の知り合いだと笑って否定していたけど。
――この人の叔父さんの兄弟の話なら、課長とは年代が違うから、ぜんぜん関係ない話よね?
「この異母弟は一族の恩恵を受けることなく、自分の才覚で事業を――とは言っても、従業員が数十名ほどの小さな町工場、いわゆる下町の鉄工所の経営者になったんだが、経営に行き詰ってね」
「はあ……」
『鉄工所』というお馴染みのワードに親近感がわいたけど、いまいち話の流れに付いていけず、小首を傾げる。
いったい、この話のどこに、私との関連性があるのだろう?
さっぱり分からない。
「――銀行、ノンバンク、果ては性質の悪い悪徳金融にも手を出して、抜き差しならない状況に陥り、ついには、最後の手段を選択した」
『性質の悪い悪徳金融』
『最後の手段』
他人事ながら、続々飛び出す不穏極まりないワードの数々に、思わず眉根を寄せる。
坂道を転がり落ちる石ころのように、不幸というものは、質量を増やしながら加速していくものなのかもしれない。
「つまり、絶縁状態にあった谷田部の本家、当主におさまっていた異母兄である総次郎に、援助を乞うたわけだ。――で、どうなったと思う?」
「……え?」
いきなり話を振られ、どぎまぎしてしまう。
異母弟、それも絶縁状態にある妾腹の弟からの、援助の依頼。つまりは、借金の申し込み。
総次郎さんがどういう性格の人なのかは分からないけど、妾腹うんねんを割り引いでも、ふだん付き合いのない親戚からの多額の借金の申し込みと考えたら、はたして快く応じるだろうか……。
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