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125【計略⑭】
しおりを挟む「それは、最後の楽しみに取っておくとして――、ひとつ確認しておきたいんだが、九年前、東悟が泣く泣く別れた意中の彼女とは、君のことだね?」
――え……?
一瞬、何のことを言われているのか、分からなかった。
『九年前、東悟が泣く泣く別れた意中の彼女』
――この人は、昔、課長と私が恋人関係だったことを知っている。
そして、別れたことも。
よく考えれば、この人は、課長の身内。
昔の事情を知っていても、不思議はない。
待って。
ということは、谷田部課長が――東悟があの時、どうして突然一方的な別れを告げ私の前から姿を消したのか、その理由も知っているってこと?
「……」
「答えないことが、答え……ということかな?」
この人は、すべて知っている。
過去、谷田部課長と私が付き合っていたことも別れた原因もその後の経緯も、そして、現在の二人の微妙な関係も。たぶんすべて調べつくした上で、私に意地悪な質問をぶつけてその反応を見て楽しんでいる。そんな気がした。
だったら、いちいち素直に驚いて楽しませてやる義務はない。どんな目的があるのか知りたかったけど、やっぱり、私に探偵の真似ごとは無理だった。この辺が、引き時だ。
そうと決まったら、即行動――とばかりに、
「すみませんが、もうそろそろ会社に戻らないといけないので、失礼させていただきます」
ソファーから腰を浮かしかけたその時。
「おや、都合が悪くなると逃げるのか?」
揶揄するような声が飛んできた。
それは、今までかろうじてかぶっていた彼の『年上の紳士』という仮面に、ぺりっと亀裂が入った、そんな瞬間。
「逃げるなんて、そんなつもりはありません。本当に、仕事のスケジュールの都合なんです。すぐに戻ると同僚にも言ってきてありますし」
「その仕事よりも、大事だと思ったから、ここまで初対面の私に付いてきたんじゃないのか、君は?」
「そ、それは……」
痛い所をチクリとつつかれ、続く言葉がうまく出てこない。
「東悟のことなど関係ない、どうなっても知ったことではないと思うのなら、何も聞かずにこのまま帰ればいい。止めはしないから」
低く地を這うような声が、あからさまな挑発の言葉を放つ。私の内心に走ったのは怯えだった。でも、その内心の怯えを凌駕したのは、弱腰になって尻尾を丸めて逃げ出そうとした自分に対する、憤り。
――こうなったら、とことん聞いてやろうじゃない。そして、探ってやる。
この人の腹の底に何があるのか、を。
この人が敵か味方か。
それを、見極めてやる。
まんまと挑発に乗っている、そういう自覚はあるけど。
「わかりました。お話しを伺います」
私は、浮かしかけていた腰を元の位置に落ち着け、背筋を伸ばして、まっすぐ彼の目を見据えた。返される視線は、愉悦という名の怪しい光をはらんでいる。楽しげに、ニヤリと上がる口角。
「君はやはり、私が思った通りの女性だ」
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