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122【計略⑪】

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 もちろん、本当に、トイレに行きたかったわけじゃない。

 目的は、別にある。

 キッチンスペースの更に奥まった一角に、バス・トイレなどの水回りが集中していて、好都合なことに、彼が居る部屋中央に配置された応接セットまでは、けっこうな距離があった。

 これなら、トイレの中でスマートフォンを操作しても、気取られる心配はなさそうだ。

 いそいそとトイレの便座に座り込み、私はハンドバックからスマートフォンを取り出して、表示窓に視線を走らせる。綺麗に、アンテナが立っていた。

――よし、いける。

 メールボックスを開いて、新規作成。
 送信相手は、谷田部課長。

 時間はあまりかけられないから、内容は端的に事実のみを書いた。

 谷田部課長の従兄と名乗る人物に連れられて、課長の部屋のお向いに来ていること。

 従兄さんは、私に折り入って相談があるらしいこと。

 でも、例の盗撮写真の件が関係しているかは、今の段階では私の推論でしかなく、これから話しを聞いてみないと分からないので、あえて触れなかった。

 課長は、盗撮写真を撮らせたのが誰なのかも、その目的も知っているようすだったから、この文面で、今、私が置かれている状況を、たぶん私以上に把握してくれるだろう。

 そして、送信。

 無事送信完了したのを確認して、スマートフォンがマナーモードになっているのを更に確認。少し考えて、ハンドバックには戻さずに、制服のベストの右ポケットに滑り込ませる。

 よし、やるべきこと、二つ目完了。

 残る一つは、彼の『真意』を探ること。その為には、まず、話を聞くことだ。

 立ち上がって水を流し、トイレのドアを開ける。洗面所で手を洗い、さっと身づくろい。鏡の中には、少し不安げな自分の顔が映っていた。

――大丈夫。大丈夫よ。

 だって、たとえ、あの盗撮写真を撮らせたのが彼だとしても、その目的が予想不能だとしても、だからと言って、まさか、私をどうこうしようとは思わないはず。

 それに、そもそも、大前提が私の大きな勘違い――って線も、なきにしもあらず、だし。

 まあ、そうなれば、笑い話ですむことだし。

 一応、課長の『もし、この写真に関連して、なんらかの接触があったら、すぐ、俺に教えてくれ』っていう約束も守ったし。

――うん、大丈夫。

 息を整えながら、内心の動揺を悟られないように。

「お待たせして、すみません」

 私は、彼の待つ応接セットの所までゆっくりと歩みより、どうにか笑顔を浮かべることに成功した。

 一方彼は、きっちり着込んでいた背広の上着を脱ぎ、自分が座るソファの背もたれにかけ、ネクタイも外して、すっかりくつろぎモードに突入していた。

 なんとその手には、ワイングラスまで持っている。

 グラスの中には、赤ワイン。

「この銘柄は、なかなかいけるんだ。君もどう?」

――と満面の笑顔で言われても。

「……すみません。この後、会社に戻らないといけないので」
「ああ、そうだったね。じゃあ、何か飲み物を、持ってこさせよう。何がいいかな?」
「お気づかいなく」

――それよりも、早く、本題に入ってください。

 私は、とっとと、仕事に戻りたいんです。

 ヒクヒクと、早くも、顔に張り付けた笑顔の仮面がひきつってしまう。

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