上 下
106 / 211

105【真意㉑】

しおりを挟む

 それにしても、『グループ傘下企業』って、なんのことだろう?

 私たちが勤めている太陽工業は、地方都市の一企業だ。

 清栄建設を始め、建設業界大手の会社と取引があるのは確かだけど、どこかの大企業の傘下に入ってるなんて話は、聞いたことがない。あくまで、独立した一企業。

 それとも、課長が、太陽工業に来る前にいた会社のこと?

 詳しくは聞いてないけど、谷田部課長は建築関係の会社から社長自ら引き抜いてきた有望株だってふれこみだった。

 建築関係の最大手って言ったら……。

――ピピピピピ。

 考えに沈んでいた私は、鳴り響いた、コーヒーメーカーのドリップ終了のアラーム音に、ドキリと現実に引き戻された。それを合図のように、課長と探偵さんの打ち合わせも終息に向かったようだ。

「風間、ガードの件だが、くれぐれも頼むぞ」
「ご心配なく。直接何かを仕掛けてくるほど愚かではないでしょうが、君も充分気を付けてくださいよ。昨夜のように、所在が確認できないのは、困りますからね」
「……わかった。引き続き調査を頼む」
「へっぽこ探偵に、お任せあれ」

 どうやら、五分間の密談は、少しばかりタイム・オーバーして終わったらしい。

 応接セットの方に、チラリと視線を向けると、にっこり、会心の笑みを浮かべた探偵さんの視線に、がっちりと捕まってしまった。

 私が、聞き耳を立てていたことなんか、全部お見通し。そんな笑顔に、たらりと、冷汗が伝い落ちる。

 やっぱり、麒麟探偵は、あなどれない人だ。

 喉が渇いていたのは本当らしく、持って行ったアイスコーヒーを一口ごくりと口に含んだ探偵さんは、『お、これは美味しい』と目を丸めたと思ったら、その後、ごくごくごくと、一気に残り全部を喉を鳴らして飲み干してしまった。

 すがすがしいまでのその飲みっぷりに、思わずこみ上げる笑いの衝動。

 なんだか子供みたいだ。
 反応が素直というか、いちいちリアクションが、ユニーク。

 面白い人だなぁ、この探偵さん。

 ぷはぁっ! と、実に満足げな様子で息を吐く探偵さんに、なんとも形容しがたい乾いた眼差しを向け、谷田部課長は呆れたように小さな溜息を落とす。

「お前は……、あれだけ細かく注文を付けたくせに。もう少し味わって飲んだらどうなんだ? ありがたみがない奴だ」
「充分、味わっていますとも。とても美味しかったですよ、高橋さん。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」

 にこにこ笑顔で面と向かってお礼を言われ、少し気恥ずかしい気持ちで応えを返すと、探偵さんはビジネスバックを抱えて、「じゃ、そろそろ、おいとましようかな」と腰を上げた。

「今度三人で、酒盛りでもしましょう」
「え、あ、はい。そうですね、ぜひ」

 いきなりのお誘いに、とまどい、しどろもどろになってしまう。でも、私に向けられる探偵さんの眼差しは男性のものと言うより、近しい肉親のそれのように柔らかい。

「別に、二人きりでもいいですけどね、僕は。あ、ちなみに、僕はフリーなので、ご心配なく」
「あ、あははは……」
「こら、へっぽこ! 人の部下をナンパするんじゃない」
「はいはい、へっぽこは、退散しますよ。馬に蹴られたくはないですからね」
「お前なぁ……」
「それでは、さようならー」

 バイバイと手を振りながら、まるで不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫のような笑みを残して、訪れた時と同じ唐突さで、麒麟きりん探偵は部屋を去って行った。

 台風一過。

 パタリと、ドアが閉ざされた広い部屋に満ちたのは、なんとも言えない脱力感。

 でもそれは、けっして不快なものではなく、見送りに出た玄関ドアの前で課長と二人、顔を見合わせて思わずクスリと笑いあう。

「騒がしい奴で、申し訳ない。あれでけっこう有能なんだが……」
「楽しい方ですね。好きですよ、私。ああいう人」

 麒麟探偵さんこと、風間太郎さん。

 今後、どういう関わり方をするかは分からないけど、たぶん、良い友人になれる。

 そんな気がした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18・短編】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里は、酔い潰れていた所を上司の速見尊に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と言い……。 かなり前に企画で書いたものです。急いで一日ぐらいで書いたので、本当はもっと続きそうなのですがぶつ切りされています。いつか続きを連載版で書きたいですが……、いつになるやら。 ムーンライトノベルズ様にも転載しています。 表紙はニジジャーニーで生成しました

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。 どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。 性描写を含む話には*マークをつけています。

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

おっぱい、触らせてください

スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは―― 「……っぱい」 「え?」 「……おっぱい、触らせてください」 いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

セフレはバツイチ上司

狭山雪菜
恋愛
「浮気というか他の方とSEXするつもりなら、事前に言ってください、ゴムつけてもらいます」 「ぷっくく…分かった、今の所随分と他の人としてないし、したくなったらいうよ」 ベッドで正座をする2人の頓珍漢な確認事項が始まった 町田優奈  普通のOL 28歳 これから、上司の峰崎優太郎みねざきゆうたろう42歳に抱かれる 原因は…私だけど、了承する上司も上司だ お互い絶倫だと知ったので、ある約束をする セフレ上司との、恋 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

処理中です...