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105【真意㉑】
しおりを挟むそれにしても、『グループ傘下企業』って、なんのことだろう?
私たちが勤めている太陽工業は、地方都市の一企業だ。
清栄建設を始め、建設業界大手の会社と取引があるのは確かだけど、どこかの大企業の傘下に入ってるなんて話は、聞いたことがない。あくまで、独立した一企業。
それとも、課長が、太陽工業に来る前にいた会社のこと?
詳しくは聞いてないけど、谷田部課長は建築関係の会社から社長自ら引き抜いてきた有望株だってふれこみだった。
建築関係の最大手って言ったら……。
――ピピピピピ。
考えに沈んでいた私は、鳴り響いた、コーヒーメーカーのドリップ終了のアラーム音に、ドキリと現実に引き戻された。それを合図のように、課長と探偵さんの打ち合わせも終息に向かったようだ。
「風間、ガードの件だが、くれぐれも頼むぞ」
「ご心配なく。直接何かを仕掛けてくるほど愚かではないでしょうが、君も充分気を付けてくださいよ。昨夜のように、所在が確認できないのは、困りますからね」
「……わかった。引き続き調査を頼む」
「へっぽこ探偵に、お任せあれ」
どうやら、五分間の密談は、少しばかりタイム・オーバーして終わったらしい。
応接セットの方に、チラリと視線を向けると、にっこり、会心の笑みを浮かべた探偵さんの視線に、がっちりと捕まってしまった。
私が、聞き耳を立てていたことなんか、全部お見通し。そんな笑顔に、たらりと、冷汗が伝い落ちる。
やっぱり、麒麟探偵は、あなどれない人だ。
喉が渇いていたのは本当らしく、持って行ったアイスコーヒーを一口ごくりと口に含んだ探偵さんは、『お、これは美味しい』と目を丸めたと思ったら、その後、ごくごくごくと、一気に残り全部を喉を鳴らして飲み干してしまった。
すがすがしいまでのその飲みっぷりに、思わずこみ上げる笑いの衝動。
なんだか子供みたいだ。
反応が素直というか、いちいちリアクションが、ユニーク。
面白い人だなぁ、この探偵さん。
ぷはぁっ! と、実に満足げな様子で息を吐く探偵さんに、なんとも形容しがたい乾いた眼差しを向け、谷田部課長は呆れたように小さな溜息を落とす。
「お前は……、あれだけ細かく注文を付けたくせに。もう少し味わって飲んだらどうなんだ? ありがたみがない奴だ」
「充分、味わっていますとも。とても美味しかったですよ、高橋さん。ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
にこにこ笑顔で面と向かってお礼を言われ、少し気恥ずかしい気持ちで応えを返すと、探偵さんはビジネスバックを抱えて、「じゃ、そろそろ、おいとましようかな」と腰を上げた。
「今度三人で、酒盛りでもしましょう」
「え、あ、はい。そうですね、ぜひ」
いきなりのお誘いに、とまどい、しどろもどろになってしまう。でも、私に向けられる探偵さんの眼差しは男性のものと言うより、近しい肉親のそれのように柔らかい。
「別に、二人きりでもいいですけどね、僕は。あ、ちなみに、僕はフリーなので、ご心配なく」
「あ、あははは……」
「こら、へっぽこ! 人の部下をナンパするんじゃない」
「はいはい、へっぽこは、退散しますよ。馬に蹴られたくはないですからね」
「お前なぁ……」
「それでは、さようならー」
バイバイと手を振りながら、まるで不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫のような笑みを残して、訪れた時と同じ唐突さで、麒麟探偵は部屋を去って行った。
台風一過。
パタリと、ドアが閉ざされた広い部屋に満ちたのは、なんとも言えない脱力感。
でもそれは、けっして不快なものではなく、見送りに出た玄関ドアの前で課長と二人、顔を見合わせて思わずクスリと笑いあう。
「騒がしい奴で、申し訳ない。あれでけっこう有能なんだが……」
「楽しい方ですね。好きですよ、私。ああいう人」
麒麟探偵さんこと、風間太郎さん。
今後、どういう関わり方をするかは分からないけど、たぶん、良い友人になれる。
そんな気がした。
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