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66【親友①】

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 波乱含みどころか、怒涛どとうのような『波乱しかなかった』パーティとおまけの遊園地デートのダブルヘッダーで、すっかり体力と精神力を使い果たした週末が明けた月曜日の朝。

 寝不足で重い頭を抱えつつ久々のバス通勤をしてきた私は、バスの運行時間の関係でいつもよりもだいぶ早い時間帯に会社に着いてしまった。

 チラリと視線を走らせた腕時計の針は、午前七時十五分。
 いつもよりも、四十五分も早い。

 まあ、やることはいくらでもあるから、仕事でもしよう。
 それにしても。

「ああああ、気が重い、重すぎる……」

 今から課長に会って顔を突き合わせて、はたして私は平常心でいられるのだろうか?

 日頃でもかなり怪しいのに。

 色々な意味で衝撃的だった週末の余韻よいんが覚めやらぬ今日では、さすがに自分でも表情に出さずにいられるか、はなはだ自信がない。

『私は、部下のプライベートまでは関知しませんので――』

 その一言で、全身に走った衝撃。

 降りていくエレベーター。

 濡れた頬にそっと触れた、指先の温もり。

 背に回された力強い、腕の感触。

 胸から伝わる、熱と鼓動。

 向けられた、真摯な黒い瞳。

 引き寄せられるように重ねあった、唇の熱さ。

『梓、俺は……』

 苦しげに落とされたその呟き。

 あの夜の課長の言葉や表情が脳裏を過り、治まることのない胸の痛みがズキズキとうずき、その存在を主張してくる。

 それに、奥さんが亡くなっていたことと、現在進行形で婚約者候補がいること。知ってしまった事実があまりにもショックで、まだその衝撃から抜け切れていない。

 その上、飯島さんの『俺は諦めないですから、そのつもりでいて下さい』宣言。

 頭が痛い、痛すぎる。

「はあぁあぁぁっ……」

 やっぱり、週末は、何かに呪われてるとしか思えない。そういえば、週末になると仮面を被った殺人鬼が出没して、人を襲いまくる外国のホラー映画があったなぁ……。

 なんて、ネガティブ思考全開でうなだれながら特大のため息を連発しつつ、とぼとぼと、まだ閑散としている会社の社員通用口に足を踏み入れた、その時。

「おはよう、ずいぶん早いな」

 聞き覚えのありすぎる低音ボイスがすぐ後ろから飛んできて、ギョッと足を止めた。

 うわー。うわー。
 まだ心の準備ができてないよー。
 なんでいきなり、会うかな。

「課長、おはようございます」

 ニコリと引きつった笑顔を作ってどうにか声を絞りだし、振り返ればそこには声の主、谷田部課長がいつものニコニコスマイルを浮かべて立っている。さすがと言うか小憎らしいと言うか、その表情に怒涛の週末の余波は欠片も浮かんでいない。

「週末は、色々とお疲れさま」

 朝だからか、いつもよりも低めの優しい響きを持った声音が耳朶をたたき、条件反射で身が強張るのを止められない。

「いいえ私はぜんぜん。課長こそ、お疲れ様でした」

 軽く会釈をして、先に歩き出した課長の後を少し遅れて付いて行く。

 ああ私って、どこまでも間抜けだ。
 いつも私より先に出社しているこの人と鉢合わせする可能性が、頭からスコーンと抜け落ちていたなんて。

 どこかで時間をつぶして来るんだった……。
 なんて、今更どうにもならないことをウダウダ考えていたら、課長がエレベーターの前で足を止め、同じ一階のフロアにある自販機コーナーに視線を走らせて呟いた。

「コーヒーでも飲まないか?」
「えっ?」

 げげっと、笑いが引きつる。
 何を、言い出すんだこのお人。

「どうせ、まだ誰も来てないだろう?」

 そりゃあ、そうだけど。
 課長と二人っきりで、モーニング・コーヒー?
 冗談でしょう?

「それに、君に、渡したいものがあってね」
「え?」

 課長が私に、渡したいもの?

 遊園地で、何か忘れ物でもしたのかな、私。
 パーティで着替えを忘れたこともあって、なんだか自分の素行に自信が持てない。それに。

「ええっと……、はい。ご相伴しょうばんさせて頂きます」

 今の私に、断る理由も根性もなかった。

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