上 下
48 / 211

47【告白㉒】

しおりを挟む

「ほら、腹の虫が文句をいってる。腹が減ってはいくさはできないってね。昔の人もいってるだろう?」

 ――いくさって、今からいくさをするんですか、あなたは?

「……約束する。食事が終わったらすぐに帰る。だから、俺を信用してくれないか?」
「……」

 ボソリと落とされた呟きに、答えることができない。

 この人を信用していない訳じゃない。
 例え酔っていたとしても、嫌がる人間に無理強いをするような人じゃないって、良く分かっている。

 酒の勢いで女をどうこうするような男なら、歓迎会の夜、私のアパートに泊まった時にどうにかなっていたはずだ。

 問題は、私。

 私は、自分の脆さを知っている。
 どんなに言い繕ってもこの人に惹かれるのを止められない、弱い自分を知っている。

 あのエレベーターでのキスの余韻が覚めやらない今、課長と二人きりになってそれでも自分を保っていられる自信なんか、私にはない。

 ――ごめんなさい。
 どんなことがあっても自分の心を隠し通せるほど、私は強い女じゃないんです。

「課長のことは、信頼しています。でもすみません。やっぱりだめです。ご一緒することはできません……」

 本音を口にすることはできず、手にした買い物袋をギュッと握りしめ、ただ当たり障りのない逃げ口上を何とか絞り出す。

 落ちかけた視線を上げると、真っ直ぐに私に向けられていた少し鋭さを感じさせる黒い瞳が、ふっと優しげに細められるのが見えた。

「そうだな」

 まるで憑き物が落ちたように、穏やかな表情を浮かべて。

「困らせて、悪かったな。もうこんなことは二度としないから」

『二度としないから』

 待っていたはずのその言葉が、胸の奥に深い傷を穿つ。

 答えることが出来ずに俯く私の頭に、すうっと大きな手が乗せられた。

 そしてその温もりに宿る、既視感。

 それが今日、会社の玄関先で頭に感じた温もりと同じものだと不意に気づく。

『あああれは、気のせいなんかじゃなかったんだ』と、なぜか湧き上がるのは哀しくなるくらいの、安堵感。

「すまなかったな。今日のことは忘れてくれ……」

 降りつもる、穏やかな声が、心の奥に眠る琴線を優しく鳴らす。

 ――本当はね。
 本当は一緒に、サバの味噌煮缶で白いご飯を食べたかった。

 ビールと酎ハイで乾杯して、柿ピーをつまんで。
 今まで、こんなことがあったのだと、

 十八歳の女の子だった私も一緒にお酒が飲める大人の女になったのだと、二人でゆっくりと語らいたかった。

 でも、きっとそれだけじゃすまなくなる。
 そこで止めておけるほどには、まだ私は大人じゃない。

 だから――。

「はい……」

 口からこぼれ出したのは、それだけで。

『忘れます。だから課長も忘れて下さいね!』と、本当は明るく言いたかった肝心の言葉は、声にはならなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R-18・短編】部長と私の秘め事

臣桜
恋愛
彼氏にフラれた上村朱里は、酔い潰れていた所を上司の速見尊に拾われ、家まで送られる。タクシーの中で元彼との気が進まないセックスの話などをしていると、部長が自分としてみるか?と言い……。 かなり前に企画で書いたものです。急いで一日ぐらいで書いたので、本当はもっと続きそうなのですがぶつ切りされています。いつか続きを連載版で書きたいですが……、いつになるやら。 ムーンライトノベルズ様にも転載しています。 表紙はニジジャーニーで生成しました

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

昨日、課長に抱かれました

美凪ましろ
恋愛
金曜の夜。一人で寂しく残業をしていると、課長にお食事に誘われた! 会社では強面(でもイケメン)の課長。お寿司屋で会話が弾んでいたはずが。翌朝。気がつけば見知らぬ部屋のベッドのうえで――!? 『課長とのワンナイトラブ』がテーマ(しかしワンナイトでは済まない)。 どっきどきの告白やベッドシーンなどもあります。 性描写を含む話には*マークをつけています。

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

おっぱい、触らせてください

スケキヨ
恋愛
社畜生活に疲れきった弟の友達を励ますべく、自宅へと連れて帰った七海。転職祝いに「何が欲しい?」と聞くと、彼の口から出てきたのは―― 「……っぱい」 「え?」 「……おっぱい、触らせてください」 いやいや、なに言ってるの!? 冗談だよねー……と言いながらも、なんだかんだで年下の彼に絆されてイチャイチャする(だけ)のお話。

若妻シリーズ

笹椰かな
恋愛
とある事情により中年男性・飛龍(ひりゅう)の妻となった18歳の愛実(めぐみ)。 気の進まない結婚だったが、優しく接してくれる夫に愛実の気持ちは傾いていく。これはそんな二人の夜(または昼)の営みの話。 乳首責め/クリ責め/潮吹き ※表紙の作成/かんたん表紙メーカー様 ※使用画像/SplitShire様

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

セフレはバツイチ上司

狭山雪菜
恋愛
「浮気というか他の方とSEXするつもりなら、事前に言ってください、ゴムつけてもらいます」 「ぷっくく…分かった、今の所随分と他の人としてないし、したくなったらいうよ」 ベッドで正座をする2人の頓珍漢な確認事項が始まった 町田優奈  普通のOL 28歳 これから、上司の峰崎優太郎みねざきゆうたろう42歳に抱かれる 原因は…私だけど、了承する上司も上司だ お互い絶倫だと知ったので、ある約束をする セフレ上司との、恋 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

処理中です...