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47【告白㉒】
しおりを挟む「ほら、腹の虫が文句をいってる。腹が減っては戦はできないってね。昔の人もいってるだろう?」
――戦って、今から戦をするんですか、あなたは?
「……約束する。食事が終わったらすぐに帰る。だから、俺を信用してくれないか?」
「……」
ボソリと落とされた呟きに、答えることができない。
この人を信用していない訳じゃない。
例え酔っていたとしても、嫌がる人間に無理強いをするような人じゃないって、良く分かっている。
酒の勢いで女をどうこうするような男なら、歓迎会の夜、私のアパートに泊まった時にどうにかなっていたはずだ。
問題は、私。
私は、自分の脆さを知っている。
どんなに言い繕ってもこの人に惹かれるのを止められない、弱い自分を知っている。
あのエレベーターでのキスの余韻が覚めやらない今、課長と二人きりになってそれでも自分を保っていられる自信なんか、私にはない。
――ごめんなさい。
どんなことがあっても自分の心を隠し通せるほど、私は強い女じゃないんです。
「課長のことは、信頼しています。でもすみません。やっぱりだめです。ご一緒することはできません……」
本音を口にすることはできず、手にした買い物袋をギュッと握りしめ、ただ当たり障りのない逃げ口上を何とか絞り出す。
落ちかけた視線を上げると、真っ直ぐに私に向けられていた少し鋭さを感じさせる黒い瞳が、ふっと優しげに細められるのが見えた。
「そうだな」
まるで憑き物が落ちたように、穏やかな表情を浮かべて。
「困らせて、悪かったな。もうこんなことは二度としないから」
『二度としないから』
待っていたはずのその言葉が、胸の奥に深い傷を穿つ。
答えることが出来ずに俯く私の頭に、すうっと大きな手が乗せられた。
そしてその温もりに宿る、既視感。
それが今日、会社の玄関先で頭に感じた温もりと同じものだと不意に気づく。
『あああれは、気のせいなんかじゃなかったんだ』と、なぜか湧き上がるのは哀しくなるくらいの、安堵感。
「すまなかったな。今日のことは忘れてくれ……」
降りつもる、穏やかな声が、心の奥に眠る琴線を優しく鳴らす。
――本当はね。
本当は一緒に、サバの味噌煮缶で白いご飯を食べたかった。
ビールと酎ハイで乾杯して、柿ピーをつまんで。
今まで、こんなことがあったのだと、
十八歳の女の子だった私も一緒にお酒が飲める大人の女になったのだと、二人でゆっくりと語らいたかった。
でも、きっとそれだけじゃすまなくなる。
そこで止めておけるほどには、まだ私は大人じゃない。
だから――。
「はい……」
口からこぼれ出したのは、それだけで。
『忘れます。だから課長も忘れて下さいね!』と、本当は明るく言いたかった肝心の言葉は、声にはならなかった。
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