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29【告白④】

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 課長の歓迎会といい自然公園での鉢合わせといい、週末は何かに呪われている気がする。そして、その呪いは、今も続いているに違いない――。

 谷田部課長が既婚者で子供がいると発覚したあの週末から、約一か月後の今日。おりしも花の金曜日。

 工期というものがキッチリと決められている仕事がら、図面を書き上げなければいけない締切り日があって、それに間に合わせようとすれば、定時時間内では到底間に合わない。結果、自然と残業が多くなるわけだけど、私的には、そのことは別段気にはならない。

 むしろ、こうして図面台に向かって細かい加工図を書いていくのは無心になれる、とても楽しい作業だ。建築模型が大好きな子供だった私には、つくづく、持って来いの天職だと思う。

 でも、大きな問題が一つあった。
 それは、この残業にもれなく『課長』が付いてくる、と言うことだった。

「あの……、谷田部課長?」
「うん?」

 おずおずと、隣の課長席の図面台で『私の担当工事の柱詳細図』を、華麗なるシャーペンさばきで書きこんでいらっしゃる課長様に声をかけると、シャーペンの動きは止まらないまま、声だけで応答があった。

「課長まで私に付き合って、毎日残業することは無いと思いますけど……」
「どうぜ帰っても一人だし、やることもないからね。気にしない気にしない」

 柔らかい声には、笑いの微粒子が含まれている。

 課長の自宅は東京都内にあって、関東の一県にある我が社に勤務するために、単身赴任をしてきているのだとか。

 まあ、高速道路を使えば一時間半、多く見積もっても二時間もあれば余裕で帰れる距離ではあるけど、なぜかアパートで単身赴任。

 それを課長から聞き出した美加ちゃんは、喜び勇んですぐさま教えに来てくれた。でも、私としては、どう反応して良いのか分からなかった。少なくとも、『嬉しい!』と、能天気に喜ぶことが出来なかったのは確かだ。

「経験値が低くても、猫の手くらいには役に立つだろう?」
「そ、それはそうですけど、なんだか申し訳なくて……」

 気が散るんです、散りまくるんです。
 帰って欲しいんです、帰って!

 そんな念波を飛ばしてみるけど、エスパーならぬ常人である私の気持ちが課長に届くわけもなく、

「仕事に遠慮はいらない。使えるものは、どんどん使ってくれて良いから」

 なんて、図面台の脇からニコニコスマイルを向けられて鼓動が早まってしまう私は、ミジンコ並に掬いようがない。

 大きな工事を受けた時には、チームを組んで図面を書き上げることはよくあるけど、課長自ら部下の仕事を手伝うなんてことは今までなかった。

 猫の手どころじゃなく、課長の腕なら主戦力でもいけるのだから、純粋に仕事面だけを見れば大助かりなのだけど……。

 一緒に居る時間が長ければ長いほど、私の心の中に降り積もり着実に堆積していく『何か』。それが、いつか一杯になって溢れ出してしまいそうで、怖くて仕方がない。

「そうですよー梓センパイ。立ってるものは課長でも使うんですよー」

 隣の図面台からおどけた声が飛んでくる。美加ちゃんも、ご多分に漏れず残業組だ。

「センパイは、一番担当している工事数が多いんですからね。良いですか? もし無理がたたって先輩に倒れられたら、そのとばっちりは、『あたし』にモロに来るんですからね。課長には責任をもってフォローしていただかなくちゃですよ。ね、課長!」

「ああ、了解、了解」

 お願いだから美加ちゃん、課長を煽らないでっ。

『メッ』っと目力を込めて美加ちゃんに渋面向けるけど、とうのご本人様はそんなことなどどこ吹く風で、逆に『頑張れ』とばかりにガッツ・ポーズなんかを返してくるものだから、肩の力が抜けてしまった。

 ああ、仕事をしよう。仕事を。
 それが精神衛生に一番良い。

 諦めの境地で一つ小さなため息を吐き、一般事務職の女の子たちが賑やかに退社していく騒めきを背中越しに聞きながら、頭を仕事モードに切り替える。

『さぁて、今日は柱の詳細図は書き上げないとなぁ』などと考えつつ、設計図をパラパラとめくっていたら、課長のデスクの内線電話が高らかに鳴り響き、ドキリと鼓動が跳ね上がった。

「はい。工務課、谷田部です。……は?」

 電話に出た課長の眉根に、すうっと浅い縦じわがよる。

「ずいぶんと急ですね……はい、ええ」

 何やら要領を得ないような訝しげな表情で相槌を打っていた課長は最後に「分かりました、すぐ伺います」と言って電話を切り、しばし何かを考えるように受話器を睨んだ。

 その表情はどこか怒っているようでもあり、呆れているようにも見える微妙な表情で、訳もなく胸がドキドキしてしまう。

 何? 何か悪い知らせ?

 息をつめて見つめていると、不意に課長が顔を上げて視線がかち合った。

「高橋さん」
「は、はい?」
「社長が、お呼びだ」
「……は?」
「俺と君、二人を、お呼びだそうだ」

 はい?

 その時、なぜか背筋に走ったのは、『嫌な予感』。

 その予感は、見事に的中してしまった。

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