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22【追憶⑧】
しおりを挟む前もって予約を入れてくれていたようで、すぐに営業スマイル全開で飛んできたウエイトレスさんに案内されて、私たちは二階部分の最奥、窓際の席に陣取った。他の席はほとんど埋まっているから、けっこう有名な人気店なのかもしれない。
ほどなく、例の蒸気機関車が『シュッシュッポッポー』と言う絵にかいたような音を響かせながら、バーベキューの材料を運んできて、先輩と二人だけの初・ランチタイムが始まった。
最初こそ、向かい合って食事をすることに慣れなくてぎこちなかったけれど、どうもバーベキューという食事スタイルは緊張をほぐしてくれる効果があるらしく、いつの間にか体の力も抜けて楽しいひと時が流れていった。
もしかしたら先輩は、その辺も考えてこの店を選んでくれたのかもしれない。ふと、そう思った。
料金は割り勘でとお願いしたけど、『せめてこのくらいは良い格好をさせてくれよ』と笑顔で断られて、恐縮しつつもその言葉に甘えさせてもらった。でも、『次にかかる料金は、自分が払おう!』と心密かに決意するのは忘れない。
「味はどうだった?」
車に戻ってすぐにそう問われ、反射的に「とっても美味しかったです!」と、素直な言葉が口を飛び出した。
「それは良かった」
本当に、美味しかった。
地元の黒和牛の高級肉は少し炙っただけで舌の上でとろけるほど柔らかく、朝取りの地元新鮮野菜は、どれも甘くて絶品。でも、一番のご馳走はたぶん――。
「好きな人と食べるのが、一番のご馳走だな」
まるで私の心を読んだみたにサラリと、なんのてらいもなく先輩はドキリとするセリフを口にする。
「そ、そうですねっ」
『好きな人と』という言葉が、勝手に脳内でエコーで増幅され、カッと顔に血が上って思わず声が変な風に裏返った。
「ここはガキの頃両親と一緒に来て以来なんだけど、味はあの頃のまま変わらない気がするな」
そう言うと先輩は、遠い思い出を辿るように懐かしげに眼をすがめた。
その表情はとても楽しげで、ああ、きっと先輩は、温かい家庭で愛されて育った人なんだろうなぁと、見ていて幸せな気持ちになる。ごの人を育てた人達ならば、きっと大らかで明るいご両親なのだろう。家族と過ごした大切な思い出の場所に自分を連れてきてくれた、その事実が嬉しい。
「本当に、美味しかったです。ご馳走様でした」
「どういたしまして。あ、はい、ウーロン茶」
店の前の自動販売機で買ったペットボトル入りのウーロン茶を受け取り、お礼を言って一口口に含んだ。油料理の後で、さっぱりして美味しい。なんて、小さな幸せにひたっていたら、先輩が思いついたように話を振ってきた。
「あ、そうそう。カップルにまつわるこんなジンクス知ってる?」
「はい?」
ジンクスって、縁起担ぎとか言い伝えの、ジンクス?
なんだろう? と目を瞬かせて、もう一口ゴクゴクとウーロン茶を口に含んだ。そのタイミングを見計らったように、満面の笑顔で爆弾発言は投下された。
「焼き肉を一緒に食べてるカップルはH済み」
ぶーーーっ!?
口に含んだウーロン茶が、勢いよく噴出したのは言うまでもない。
ゲホゲホとむせ返りながら涙目で視線を走らせると、爆弾発言投下犯はこの上もなく愉快そうに笑い声を上げている。
こ、この人は、私をからかって遊んでるだけに違いないっ!
私はこの時、先輩の中での自分の立ち位置を、なんとなく悟った。
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