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18【追憶④】
しおりを挟む『少し歩くから、履き慣れた靴と動きやすい格好で』と言われていたので、悩んだ末、服装はデニム地のシャツとブルージーンズ、靴は普段から履いている白いスニーカーという、およそ初デートには不似合いなものに落ち着いた。
それにしても『少し歩く』って、先輩はどこに連れて行ってくれるつもりなんだろう? 『場所は、行ってのお楽しみ』と言っていたけど。
悪戯っぽく笑った先輩の笑顔が脳裏に浮かんだとたんに、ドキドキと早まる鼓動。鏡の中を覗けば、白い頬をほんのり赤く染めた、見慣れない表情の自分の顔がある。
初めてのデートだから?
それとも、相手が先輩だから?
ピンポーン――。
鏡の中の自分に問いかけていた私は、不意に上がった玄関のチャイム音に、ハッとして腕時計に視線を走らせた。
げ、もう八時!?
三時に起きてから、実に五時間経過している。こんな集中力が自分にあったなんて、驚きだ。そう感心する一方で、あまりの己の要領の悪さに覚えた軽い目眩を、ブンブンと頭を振って一掃した。
よし、行くぞっ!
バンドバッグをむんずとひっつかんだ私は、鏡の中の自分に渇を入れ、来訪者の元へ向かった。
「おはよう」
「おはようございますっ!」
玄関ドアを開けたとたんに、実に爽やかかつ、にこやかな榊先輩の顔を見るやいなや心臓が妙な具合にステップを踏み始め、挨拶の言葉を言うと同時に私は勢いよくペコリと頭を下げた。
「気が合うね」
「はい……?」
下げた頭越しに落ちてきたのは、笑いを含んだ言葉。その意味が掴めずに、目を瞬かせながら視線を上げると、そこにあったのは、何処かで見たような服装をした榊先輩の姿だった。
淡いブルーのデニム地シャツにブルージーンズ、ご丁寧に足下は白いスニーカーときている。
うわっ!?
これじゃ、まるでペア・ルックじゃない!?
「き、着替えてきますっ!」
こんなこっ恥ずかしい格好で、外なんか歩けない。
左へ回れ!
部屋に戻ろうと踵を返して、ドアの取っ手に手を掛けた所で右手首を掴まれ、思わず硬直。細身の体に似合わない、思いの外大きくてガッチリしたその手には、さほど力を込めているようには見えない。なのに、私はビクリとも動けない。
「そのままで、OK」
「で、でもっ」
掴まれた手首が、全神経が集まったみたいに脈打ち熱を帯びる。
「はい、戸締まりはちゃんとしてね。じゃあ、レッツゴー」
「え、あ、はいっ!」
――思えば、最初の出会いの時も、こんな感じだった気がする。
いい年して水たまりですっころんで子供みたいにべそをかいていた私に、『何やってるんだよ』と『しっかりしろ』と発破をかけてくれた人。この、すがすがしいくらいに爽やかな強引さが、ちょっぴり羨ましい……。
ああ、それにしても。これじゃまるで『市場に引き出される子牛』みたいじゃないか。脳内で『ドナドナ』の、どこかもの悲しいメロディーが鳴っている。
かくして。
ペアルックもどきを身に纏った私は、先輩の言われるままにドアに鍵を掛けた後。その大きな手にガッチリと、今度は左手首を掴まれたまま、引きずられるように我が家を後にした。
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