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17【追憶③】

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 次の土曜日。
 榊先輩とデートの約束をしていた、その日の朝。
 私は、予定よりも三時間も早く目が覚めてしまった。というより、うつらうつらした程度でほとんど眠れなかったのだ。

 何を『着ていこうか』に始まり、『手とか繋いじゃうんだろうか』とか、『まさか、最初のデートでキスとかないよね?』とか、果ては『何処かで休んで行こうとか言われたらどうしよう』とか。色々と暴走する妄想のせいであまりに興奮しすぎて、目をつぶってもぜんぜん眠気がやって来なかった。

 枕元の目覚まし時計に視線を這わせると、午前三時。
 少しは眠らないと、肝心のデート最中にうつらうつらしかねない。そうは思うけど、目をつぶれば浮かぶのは妄想の波状攻撃。

「はあっ……」

 一つ、長ーいため息を吐きだす。眠るのを諦めた私はもぞもぞとベッドを抜け出して、早すぎる朝食の準備を始めた。

 我が城は、学生用に建てられた八畳一間のワンルーム。四階建てのアパートの外観は大分年季が入っているけど、中身はみんな今風に綺麗にリフォームされている。

 明るい木目調のフローリングに白いクロス張りの壁。小さいながらもオシャレな出窓が付いていて、ミニ観葉植物の寄せ植えなんかを飾っている。

 ソファーベッドの足下には食卓兼勉強机兼憩いの場所でもある、小さな白いコタツテーブル。そのテーブルでトーストとカフェオレで軽い朝食を済ませた私は、早速イソイソと『お出かけ』の準備に取りかかった。

 小さなコタツテーブルの白い天板の上にどんと置いた、明るい木目柄のメイクボックス。私の唯一とも言える『お洒落アイテム』を広げて、いざメイク開始! とばかりに、メイクボックスの扉裏の鏡を覗き込んで思わず意気消沈してしまった。

「うわぁ、クマができてる……」

 ただでさえ冴えない顔が、輪を掛けて冴えなくなっている。睡眠不足がすぐ目の下のクマになって出てしまうこの体質を恨まずにいられない。

「……メイク、してみようかな?」

 いつもは基礎化粧品で肌を整えるだけで、ほとんどメイクはしない。
 さすがに冠婚葬祭などの『お呼ばれ』の時にはファンデーションとリップくらいは付けてはみるけど、華やかなメイクはなんだか自分には似合わない気がして、敬遠してしまう。

 だけど、今日は大切な日。
 なんて言っても、高橋梓、十八歳にして初デートの日。

 ここで頑張らななきゃ、いつ頑張るんだ!

「よしっ!」

 バッチリ、メイクを決めてみようじゃないか!

 と、張り切ってメイクを開始したのは良いけれど……。

 私は、肝心なことを失念していた。
 メイクをしたことがない、イコール、メイクの仕方が分からないってことなのだ。

 念入りに洗顔して、化粧水と乳液、化粧下地クリームを塗って、ファンデーションを塗る。ここまでの基礎メイクは、いつもやっているから分かる。いつもはスティックから直付けしてしまうリップも、リップブラシをつかって丁寧に塗ってみた。問題は、この先。

 アイメイクって、どうやれば良いんだろう?
 チークって、どの辺にどのくらい塗るんだった?

 化粧品を買うときに、販売員さんからレクチュアーされた記憶はあるのに、肝心の内容を覚えていない。

 ううっ、やっぱり付け焼き刃じゃうまく行かない。
 でも。習うより慣れろよね?

 ニッコリ。

 鏡の中の自分を励ますように笑顔を作ってから、私は人生初とも言える『バッチリメイク』に挑戦し始めた。が、これがうまくいかない。塗っては落とし、塗っては落としを繰り返し、時間だけが無駄に過ぎていく。

そして結局、『バッチリメイク』は失敗に終わった。何度やり直しても、そこはかとなく漂う『塗りました!』感が気になって仕方がないのだ。はっきり言って、似合わない。

 TVタレントや女優さんみたいに、なんて望まないから、せめて普通に見える程度に仕上がれば言うことはないのに、そのレベルにすら手が届かない。どうも、私には『メイクセンス』というものが欠如しているんじゃないかと思う。

 この期に及んでどうしようもないので、最初に戻ってファンデーションと口紅だけの芸のないメイクが出来上がった。


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